異世界冒険譚 神無き世界の傭兵から 親愛なる人を愛する神へ~傭兵が死すべき場所は 神の慈愛の手のひらか それとも神に見放されし己が郷土か~

猫板家工房

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2章 聖地編。

聖地の出迎え。

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「さてさて~っと。じゃあ偉大で賢くて、マナをタダで配ってくれる、太っ腹の……。えと、まぁなんか、すっげぇ神様に会いに行きますかっ」

笑ってジキムートは、神を敬う言葉を適当に並び立てながら、席を立とうとする。

――が。

「おらっ。早く出ろやっ、ゴミども!」

「邪魔だってんだよっ。お前が歩くのがおせぇんだろがよっ」

「てめが押すからつっかえんだよ、ボケっ。ちょっとは頭使えよっ!」

車内は大混雑だ。

傭兵共は必死に、出口につながる通路に殺到している。

神を前にしても、このならず者たちは――。

いや、神の前だからこそ、だろうか。

傭兵が礼儀や順番を守って、スムーズに、我慢強く並ぶ。

そういった考えが、彼らに浮かぶはずなかった。


似たような物はヤクザ、か。

全員がヤクザで埋まった、満杯のバスを想像しよう。

〝派閥″が違う奴らが、一斉に降りる。と考えてみればいい。

しかも親分(神)に、『はよぅせいやっ!』と恫喝を受けている。

さすればどうなるかなんて話は、至極簡単で、分かり切っていた。


「ふぅ、諦めっか」

醜い争い合いで、ゆっさゆさと揺れる車内。

とりあえずジキムートは、おっさんと、ガラの悪いおばさん達がひしめく、出口付近。

そこに近づくのは、よしておく事とにする。

「……」

じーっと、座って待つ車内。

そんな中にあって、ジキムートが気になった事があった。

それは、一人の傭兵。

物憂げ? なのだろうか。

なんともボーっと、外を見ている人間が一人。

「……」

白いマントで全身を覆った、小柄の傭兵らしき者。

そいつは、ゆっくりと座って残っている。

少し違和感を覚えたジキムート。


(なんだアイツ。神様にいち早く、会いたくないのか?)

ジキムートは異世界の人間。

信仰心なんて無くて、当たり前だ。

が、この世界。

マナが基本無料で、気前よく配ってくれる『我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手』。

そんな太っ腹の神に、敬愛を欠く者がいるとは到底、信じ難かった。

「……」

何より違和感を感じさせるのは、その傭兵の目線。

世界中の人間が目指すハズの、神の城。

それが立っている町の中央の逆方向を、平然と見ている事だ。

「早くしろ、ボケがっ!」

ガッ!

「てめぇっ!」

短気な奴も多い。

コブシで語り合っているらしい。

「クソゴミ共っ! いい加減にしろよ、毎回毎回……っ」

時間が過ぎ続ける。

「……」

窓際の傭兵は相も変わらずじっと、神殿とは逆方向を見ていた。

ジキムートは、足で貧乏ゆすりしなが待つ。すると……。


「なんだ、あのガキ」

すっと出て来た、目の端の子供。

そこに、ジキムートの視点が定まる。

そしてもよおす、嫌な予感。

瞬間、ジキムートが中腰になったっ!

「この聖都から……っ。神の地から出ていけっ! 神を愚弄する者どもめぇーーーっ」

唐突に叫ぶと、小さな瓶を子供が投げたっ!

小瓶の軌道を注視するジキムート。

少し遅れて異変に気づいた、白マントっ!

白マント傭兵も立ち上がって、フードの奥から小瓶を凝視するっ!

「くっ……」

用心の為に二人とも、瓶が投げ込まれる地点。

一番傭兵が密集している出入口。

そこから距離を取るべく、体を準備させたっ!


バリンっ。


甲高い音。

それが耳に響くと同時……っ!

「おっ……。おぉ、なんだこれっ!? なっ……」

前の方で、何か異変を察知する声。

そして……。

ビキビキビキィっ!

一気に車内に、冷気の蛇のうねりが走ったっ!

「がぁっ!?」

「ぎゃぁっ!」

ぴしゃっ!

前の方で悲鳴が同時に唱和し、血が飛ぶっ!

「っと!?」

ジキムートが襲い来る氷から逃げようとしたその時、冷気の一端が――。

新しく新調した左のマントに触れて、冷気に巻かれてしまうっ!

ジュッ!

焼きつくように、マントが凍り付いていくっ!


「クソがっ!」

威力を察した瞬間っ!

シュルルっ!

音を立てながらスライディングして、距離を取るっ!

その後イスを2つ、サルの様に器用に飛び越え、後ろに逃げ込んだジキムートっ!

すると、冷気は大人しくジキムートの手前で、動きを止めた。

なんとか魔法の効果範囲から出たのを、確認できた傭兵。


「ふぅっ! おいっ、頭を低く……」

念の為に、マントの凍った部分を切り取りながら、ジキムートが白マントに目線をやる。

「いや、大丈夫のようだな」

ジキムートが言うまでもなく、白マント傭兵はきちんと体勢を低くし、外を警戒をしている。

どうやらそこそこは、戦闘の経験があるらしい。


「前はダメですね」

前から血が流れてきている。

魔法の発生源たる、馬車の出入り口を見やる、白マント傭兵。

「あぁ」

苦々しく、ジキムートが同意して前を見る。

そこには人型の群れ。

氷の尖った部分に刺さって、苦しんでいるのが見えた。

時折、救助を求める声が聞こえてくる。

「やべぇ。逃げ道がねえぞっ。後ろは壁に、前は地獄」

「外に行くだけなら、窓が。他にはない」

白マント傭兵が目線を這わせ、つぶやく。

非常に窮屈な馬車の中。

出入口は一か所だけで、そこはもう通れない。


「だが、窓も狭い。無理やりに突っ込めば、なんとかなる程度だな」

ジキムートが窓をチェックする。

そこにふと、ジキムートの脳裏に案が――。

そう、妙案が浮かんだ。

A案。

出入口を塞ぎ、そのまま逃げ遅れた奴らを掃討するために何か、大きな力で馬車ごとつぶす。

B案。

パニックになり、窓から無理に出てくる奴らを狙い撃ち。

「俺なら……2つともだぜ」

舌なめずりする、哀れな処刑対象。

ジキムートは相手を思いやる、優しい心を使って戦場を分析してやる。

一刻を争う場面。そう長く考える余裕はないっ!


「よしっ……。ささっと安全に、外に出よう。チラッとだが駅には、相当に〝ガラの悪い″奴らが見えた。それの悲鳴が聞こえないって事は、だ」

「えぇ、外を狙わないのならば、狙いを私達に絞っている。目標以外への各個牽制は、しない方針だっ! そうなると、引きこもるのは得策ではないっ!」

「問題はどこから逃げるか、だぜ」

「見やすい場所から逃げれば即、攻撃が飛んでくる恐れがあるっ。 どこかの建物の上から、私達を見てますね。一刻を争うでしょう」

「狙いは俺らだけ。目立てば即、攻撃。そんでもって、時間はねぇっ! ふぅ、人気者はつれぇぜっ! だったら、アッチかコッチだ」

ジキムートが指をさした、2つの方向。

後ろと下。

「ならば私は、こちら選択しますっ!」

即時、白マントが2択の答えを出した。

出入口でも、窓でも下でもない。

完全に終点の壁っ!


「良いねっ!」

悪くない白マントの判断に、笑うジキムートっ!

「火……火……火。我に……って、ちょっと!?」

「よしっ、行っくぜーーっ!」

呪文を唱えるフード傭兵の隣。

いきなり叫んで走り出すジキムートっ!

左肩を構え……。


バキバキィっ!


「なっ!?」

フード傭兵は驚嘆の声を上げるっ!

だがすぐにジキムートに続き、そのコミカルな――。

洋画アニメよろしく、人間を型抜きでもしたかのような穴。

筋肉の力だけでぶち抜かれた壁を通って、抜け出そうと……っ!

ヒューッ。

落下音がした。

突然、氷の塊が馬車の上に出現。

大きさは、20人乗りの馬車、その質量の2倍くらいはある。

超大物だっ!


「おっ……おいおいっ! 冗談だろっ!? 逃げろーっ!」

辺りは騒然となったっ!

馬車から一目散に逃げて行く、他の傭兵達っ!

しかし間もなく、氷がそのまま落下っ!

バキバキっ!

馬車の天井を突き破って、馬車を破壊っ!

耳をつんざく音と共に、大破する馬車っ!

「ぐっ!?」

衝撃が走り、フード傭兵の体が……弾け飛ぶっ!

「あがっ……っ!? この位置じゃっ!?」

フード傭兵が飛ばされた距離が浅い。

その位置では、飛んでくる馬車と砕けた氷の残骸、双方の餌食になってしまうっ!

もうすでに、白マント傭兵の目の前には、飛んでくる馬車の後輪部分が見えたっ!


「ちぃっ!」

とっさにジキムートが、フード傭兵を庇ったっ!

抱きかかえるように、飛んでくる馬車の残骸に背を向けるジキムート。

バキバキっ!

ジキムートに馬車の後輪が直撃っ!

シュバッ!

直後、鼓膜に衝撃が走ると共に、砂煙に飲み込まれる2人っ!

「ぐぅ……」

「……クッ」

飛んでくるのは、凶器に近い風圧。

馬車の残骸。

そして、尖った氷の破片っ!

それらが2人を飲み込んでいくっ!

バタバタバタっ!

絶えず細かい殺気が、自分達にあたってきているっ!

スパッ! スパパッ!

マントが切れ、服が切れ……。

ドシャァアアッ! ガララっ!

更には何か重い物が、自分達の横に落ちてくだけているっ!

ヒヒーンっ!

馬の断末魔が聞こえた。

体を飲み込む、すさまじい衝撃波っ!

揺さぶられながらも、ジキムート達は体を縮めて身を守る。

バキバキっ、バシャァっ!

そして一面、砂ボコリ……。

彼らは煙の中に、消えてしまっていた。



「くっけほっ。誰かっ、無事な奴はいねえかっ! 大丈夫かよっ」

大きな衝撃。

20人乗りの大型馬車が一瞬でペッシャンコになり、辺りは騒然となっている。

だが……。

「……あぁ。俺は、俺たちは大丈夫だ」

声が……。

ジキムートの声がした。

煙の中一人だけが、外へと歩き出す。

「……ふぅ。ありがとうございます」

抱えられながらもう一人のフード傭兵が、礼を告げた。

「そうか、全然かまわんぞ。だがそう思うんなら……ヤらせろっ」

ガスっ!

「はいはい。私は男ですよ」

お姫様抱っこで砂の中から2人、格好良く登場しそうだった。

だが紳士で平等なハズの交渉……。

一発ヤりたい折衝案は横暴にも、否決されてしまう。

そして2人は別々に、煙の中から出てくる。

「おぉ。すげえなおめえら」

「ええ。まぁ、当然のことですよ。私の実力なら……ね」

そう言って笑い、白マント傭兵はフードを取って……。

「ふぅ、全く。たまらない」

「……」

陽にさらされた、フード傭兵の中身。

それを見るや否や、血相を変える周りの傭兵達っ!


「なっ……。おめえ、おめえはっ!? 大変だっ。ケガしてるっ! 手当してやるよ。ほれっほれっ」

ササッと傭兵達が、そのフードの傭兵に取り付こうとするっ!

ジキムートなんぞ、全く誰も寄り付く気配も無いの、だ。

「ほら包帯をっ。包帯をせにゃな~。特に足元なんかは、大切よぉ。ほらぁ」

傭兵達数人、有象無象の指が、白マント傭兵の太ももに伸びる。

「……どっっ、せいゃッ!」

「ぎゃあっ!」

「ぐぇっ」

回し蹴り一閃っ!

白マント傭兵に蹴られ、苦しみもがく傭兵達。

だが。

「足っ……。足だけで良いんだ、おりゃぁよぉ」

「結構ですっ!」

「俺は……。俺は脇を……。脇の臭いだけで、それはそれだけでも……っ」

ガっ!

「私は男だ。オ・ト・コ」

魑魅魍魎どもの頭を踏みつけ、その女――。

いや、自称男が言い放つっ!


「じゃ……じゃあ男で良いから、太ももを」

「し・つ・こ・い」

顔面にかかとをぶち込んでさし上げる、自称男。

――男共が躍起になるのは無理もない。

そこに立っていたのは非常に……。

そう、べらぼうに美しい自称男。


腕は細くそして何より、体の全体が丸い。

確かにケヴィンは女性っぽかったが、だがしかし。

やはり、男性の体のフォルムは抜け出していない。

それに対してこの自称男。

体の成りは完全に、女性だ。

背丈は小柄で、比較的丸っこい、女性らしい可愛いフォルムをしている。

……胸は無いに等しいかったが。

服はクリーム色の上下と、大きめの白のマントを羽織っていた。

装備は魔法士ならは重装、前衛としてならゴミだと言える程度。

肌の露出は低く、顔と手以外は表に出ていない。

目は一際美しいブラウン。

少しピンク色にも見えたその瞳と、なんとなく拗ねたような目元。

顔の作りは端正で美しく、スッキリとしたフェイスラインだ。

髪は銀色で前以外はさっぱりと、後ろに細く括らせている。

その括った髪を結ぶ布には、小さい黄色の花。

肌は白くて、傷も全くないと言えた。

雰囲気は大人びており、全体的に清潔で繊細、そして潔癖。

傭兵には似つかわしくない、貴族にも見える優雅さがある。

そんな美少女的な、自称男。


「全くあなた達、そんなにこの顔が良いのですか? いい加減に……」

ドドドオっ!

「何を遊んでいる、虫けらどもめーーっ!」

白マント傭兵の声を遮るように、遠くから怒鳴り声が聞こえたっ!

遠くから一団がやってくる。迅速に、そして怒涛にっ!

「やっ、やべぇ。軍の連中だっ」

「13連隊の奴らが来たぞっ」

傭兵達が一斉にピンっと棒立ちになり、緊張した面持ちになるっ!

何人かは、どこかに走って逃げてしまった。

もう間近に迫る、馬の蹄が地を蹴る音。

だがその馬が止まるよりも先に、怒鳴り声の一撃が刺さるっ!


「被疑者の確保はどうしたこの、傭兵どもがっ!」

その声の主は、最も頑丈そうな鎧をまとい、一際豪華なフルフェイスで全身を守った男。

どう見ても、隊長格である者が言葉を発するっ!

そして……。

ヒヒーンっ!

遅ればせながら、砂埃をあげながら馬が止まる。

「どうしたっ、返事をせんか傭兵っ!」

そして馬上から下りもせず、見下しながら、隊長格が怒声を続けてきたっ!

男の後ろには大群、総勢20もの兵がいる。

その中には女性の姿も多い。

半数以上が女と見えた。

「さっさと答えろっ! この下賤な男どもがっ」

し……んと黙りこくる傭兵達に、女の甲高い声が響くっ!

「えらく多いな」

ジキムートが、引き連れられている女性の多さに驚き、声を上げた。

「何言ってるんです。普通ですよ、このくらい。」

「普通、か。シャルドネの騎士はほとんど、野郎ばっかだったがな」

「あぁ。それは、田舎ですからねぇ。王都行くとこんなの、日常茶飯事です」

「へぇ」


(この異世界じゃ、そうなのか。だとすると女の多さの理由は恐らく、魔法だな。アイツらの恰好はどう見ても、近接やろうって感じじゃねえ)

女性騎士団員の姿を見ながら、ジキムートが考える。

私達の世界では想像に難いが、この世界は魔法がある。

魔法が使えれば、肉体が貧弱かどうかなんて、そんな事は関係はない。

実際、実力伯仲と言える魔法士女と、剣士男。

これなら十中八九、魔法士が就職に優位だ。

(うちらの世界でも、魔法士は引く手あまただった。いや、むしろ人材が枯渇しまくってたから、女でもなんでもウェルカムだったしな。)

魔法士は引く手あまた。

武門の道も、極道の世界でさえも。

女だからと言うハンデはある程度、少なくなっている。

しかし……。


「女かよ……。鬱陶しい」

憂鬱そうにどこかから、傭兵の舌打ちが聞こえてくる。

「いやらしい眼でこっちを見るな、下賤共っ!」

その一方馬上からは、女騎士たちの見下した声。

(まぁ所詮、女で魔法士だ。傭兵にとっちゃあんまり、かんばしい話じゃねえ。それにどうやら騎士の女は相当に、雑草臭えときてる。うちらの世界じゃ数は限られてたし、良い所出のお嬢様も多かったが……。)

ジキムートの世界の女騎士は大体、良家の長女などが多かった。

生まれた時すぐに、ラグナ・クロスを開けさせられた者達だ。

女が家を継ぐにはどうしても、致死率を覚悟してでも、力を手に入れるしかなかったからである。


「汚らしいんだよ、傭兵共っ! さっさと質問に答えて消えろっ!」

「ちっ……後ろに隠れるだけが能の、“アス・アーティスト・プロ(ケツ絵描き)”の癖しやがって」

(ふふっ。雑草女が騎士になると、こうなんのか。うちの世界じゃ平民の女は、致死率を聞いた瞬間逃げ出す奴が大半だ。って、クソ神父が言ってたな。だから魔法なんて使える平民女はそもそも、貴族以上に希少種だった)

ジキムートの世界はこの異世界と違って、最大の障壁があった。

ジキムートは、自分の腕の入れ墨を見る。

その、致死率30パーの彫り物を。
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