異世界冒険譚 神無き世界の傭兵から 親愛なる人を愛する神へ~傭兵が死すべき場所は 神の慈愛の手のひらか それとも神に見放されし己が郷土か~

猫板家工房

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勝者の褒賞。

旅立つ。

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「いらっしゃい」

声が響いた。

前回はあいさつなどなかった。

そう、客が来たのだ。

「……」

彼は金貨を置いて商品を受け取り、そのまま出ていく。

「待ちな……」

そう言って店主は、何かを彼に投げた。

「はなむけだ。このイユリン・カイゼルからの直々。感謝しろよ傭兵」

低い老兵の声が響く。

受け取った彼は中身を覗き、口角を上げる。

そして腕に、買いたての〝それ″をはめて、笑った。


バタンっ。


店を出た男は、風を切って歩いて行く。

すると声が。

大声と歓声が聞こえてくる。


「良いぞっ、デブピエロっ! やれっ」

「眼鏡のピエロも良いね良いねっ! そのフットワーク……って、コケるんかーいっ!」

聴衆が笑いに包まれている。

覚えているだろうか?

対立していた、お笑いギルドの2人だ。

その2人が殴り合っている。

「どうやら〝形″になったらしいな」

彼らは殴り合いながら、自分の芸を見せ、笑いを取っている。

アカバナと……アオバナ。

銅貨が結構、入っていた。

「長く続くとは思えないが、良いよな。それが旅師の、楽しみってもんよっ」

少しこの町も、旅人の街になりつつあった。

どうせ彼らピエロもこの後、取り分だの、強く殴りすぎたの言って、別れるのだろう。

だが小麦と土の臭いも。

そして、この人間同士がすれ違って出す、肉感たっぷりで、味のある臭いも。

どちらもたまらなく……。

そう、間違いなく好きだった。

「異世界も悪くねえ臭い、吹かせやがるぜ」

笑った。

人間の嘘も真実も。

すべて風に流れ、消えていく。

まるで、世界に旅立つように。



「俺の次の目的地は、神の水都。そして、〝神の獣″をお持ちください……、か」

吹き曝しの馬車の中。

がやがやと聞こえる噂話。

その中の一言――。

「人はいっぺんは、賭けに出る必要ってのがあるからなぁ」

「それはそう、同意するぜ」

苦笑した男、ジキムート。

彼も賭けに勝って、ここにいる。

そして……、料理の得意なお人よしが、最後に寄こしたその、サンドイッチにかぶりつく。

「んっ、うめぇ」

笑うジキムート。

彼は食べながら、傭兵達の噂話に耳を傾け続ける。


「でも、不思議と総本山のヴェサリオ教会も、この聖地の件にはだんまりだよな。事あるごとに、王家はこうあるべきだの、鉱山を開発してはいけないだのと。全くもってうるさいのになぁ。ほらいつぞやも。いつもの良く当たるとご自慢の……。ふふふっ」

笑いをもらすと、他の奴らも笑った。

「はは……。その予言とやらで、クライン王家の後継争いに口出ししたような、出しゃばりのくせに」

「まっ、ご神託を下すナニガシも今は、トイレ休憩なんだろ? 足が便所にハマっちまって、それどころじゃねえんだよ」

おぅ、と苦しそうな顔をすると、他の傭兵達が大笑いするっ!

「でもそういやクライン帝国はなんで、この選挙とやらに割って入んなかったんだ? だって神様だぜ? あの高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。そんな大事なモンをおいそれと手放すなんて、あまりに馬鹿すぎねぇか?」

直属騎士でもなんでも入れて、妨害をすればいい。

そう言いたいのだろう。

一人が口にした疑問。

その言葉に誰もが、押し黙る。


「選挙……だったか。それで勝つ自信があった。とかじゃねえ?」

「あぁ、それはあんな。あそこの王様は世界に名だたる〝賢王オーギュスト・リベラ″だもんな」

顎に手を当て、傭兵の一人が同意する。

「あの、ヴェサリオの予言が口出ししたせいで、悲惨なお家騒動になった結果、生まれた王様、な 」

悲惨。

その現場に居て、悲しみを巻き起こした人間も、この場に居る。

なぜならそれが、傭兵の仕事なのだから。

「確かあの、世継ぎはもうすでに決まってたってえのに、そいつの排斥命令だしたんだよなっ! そんで別の、どっかの田舎貴族を指名しちまった。な~んも関係ないヴェサリオがっ!」

いい迷惑だと言わんばかりに、天を仰ぐ傭兵。

「確かこうだったか。その世継ぎは、〝ヒューマン・エンド(孤独)〟の影に蝕まれている。将来必ず、人類のアダ敵になる……。だったか」

「〝孤独″ねぇ。世界に漂う負の空気、っていう神話のアレだろ? 事実なら大変っちゃあ大変だが、それで内戦になっちまったもんなぁ。俺もあっちこっちで参戦したさ。金にはなったけどありゃあ……。見てらんなかったぜ」


隣村の男が町の女を犯し、財を奪う事件があったとする。

その報復と称してその村の、全く関係ない人間の田畑が焼かれてしまう。

すると雄姿によって密告された、今まで街に居ついていた、隣村出身の者。

それが、街の憲兵に通報された挙句、拷問を受ける。理由もなく。

その、一部の悪評を聞いた村の者達は、町の人間が村に行くと突然、クワで襲うようになってしまう。関係ないのに。

私刑に私刑を重ね、そしてそんな中、街で火災が起きると……。

止まらなくなる。

村と町が戦場になり、殺しあう。

例えその火災の犯人が、天災や、ちょっとした自然発火でも、だ。

町を荒川区として、村を浦和市だとすれば、少しでもリアルが持てるだろう。

荒川区を救うために、江東区が駆け付け。

駆け付けた江東区に、浦和の味方の、葛飾区が攻撃する――。

滑稽で、笑い事のようだが、国と警察と軍が機能していない、という前提であれば、どうだろうか?

誰がこの怨嗟を止められるだろう?

貴方が止めてくれるだろうか?

そして、ドンドンと拡大するのが内戦である。


「で、結果。その意中の伯爵だったか、侯爵が政権を取ったが……。まぁ、それからヴェサリオとは、距離をおいてるわな」

「んでも、皮肉なのは、さ。ヴェサリオご指名の王様が、賢王だったって事かねぇ。あれをたった10年で巻き返して、大帝国に返り咲いちまった。へへっ。これで勘定は、チャラってこったかね?」

「チャラ、ねぇ。まぁ、確かにすごいっちゃすげえわな。一時期各国の使者ですら、あの国に近づくのを避けてる位、むごかったんだからよ。俺ら傭兵にも、わんさか護衛の仕事が出てたぜ」

憎しみの連鎖から、10年で抜け出す。

そこには相当な覚悟と、血が流れただろう。

「だが、その賢王様の目論見も、外れちまった。ヤレヤレ……。ひひひっ、ざまあねえな」

笑う傭兵。

例え関係がなくとも、実績のある人間が失敗するのは、楽しいのだろう。

その時、ジキムートの鼻になにか……、感じたことがない匂いが触れた。


「なんだ、この匂い……」

すると横の傭兵が、大声を上げるっ!

「おいっ、あれ見ろよっ!」

声に全員が外を見るっ!


「神の街……。神に愛された町っ! 見えたぞ〝ディヌアリア″っ。ついに、ついについに来たぞっ。俺らはついに……。神様の地へっ!」

「あぁ……。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。俺の人生でさいっこうの一瞬だーーっ!」

感慨深げに傭兵達は、その、神の蒼一色に染まった街を見ている。

感激と感動の嵐っ!

馬車の中はまるで、ご当地アイドルが初の東京ドーム公演をし、それを見守る会員番号2ケタ台の男たちっ!

と言った、鬼気迫る物がある。

中には涙を浮かべ、失神しそうな者もたくさんいた。

「あれが神がいる場所か。へぇ……」

その高貴なる、みやびの城へ、異世界人の彼が思った事。


「えらく人間臭いのな」

立ち上る町からの煙に、口元から笑みがこぼれる。

「人間臭いならきっと、なんとかなるさっ。待ってろ、イーズ」
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