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勝者の褒賞。

殺し合いの果てに。

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「……。なぜ、こんな事に」

「ひどい……。ひどすぎるじゃない」

すすり泣く声。

城内は静まり返っていた。


その一画。

死体が並ぶその部屋の中で、傭兵が白い布を持って、独り言ちる。

「――だから言ったろ。お前に騎士は無理だって」

ボーっとする頭を押さえ、ジキムートが悲しそうに笑う。

「……」

応えない、ケヴィン。

傭兵はまだ、〝クスリ″の後遺症に苦しんでいた。

関節の痛みと、肌の痛み。

その上、チリつくような喉の渇きに、異様な寒気。

多用な症状が襲う中、声を絞り出す。


「全力を出そうが、何しようが、よ。勝てねえ事しかねえんだよ……。世の中ってのはさ。無理するなよ。逃げたきゃ逃げれば良い。分かるけど、さ。俺もきっと。……。あぁ」

苦しそうに唇を噛むジキムート。

最愛の女性を守ろうとしたのだ。

きっと自分も……。

そう思い、そして、思考を停止させる。

傭兵には、自分自身が信じられなかった。

「傭兵にも向いてねぇよ、お前。普通に暮らせる普通の奴は、幸せなんだぞ」

ゆっくりとケヴィンのほほを撫で、そこを後にするジキムート。

「待て……」

そう、白く冷たい手が彼を止めた。

「なんだよ」

振り向かず、答える。

「ねぇ……。どうなったの……、ヴィエッタ様は? きっと……。きっと無事だよ……ね?ねぇ」

「こんな時に、他人の心配をすんじゃねえよっ!」

ジキムートは、その引き留める影に目をやり、強引に布をかぶせてやるっ!

「せめて俺に、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″をあげちまった事を、後悔ぐらいはしろよっ」

ジキムートが生き残れたのはきっと、そのせいだ。

そして、ケヴィンが苦しみを癒せなかったのも、そのせいだ。

目を閉じ、死体だらけの部屋を出た傭兵。



「チッ……」

その瞬間、舌打ちが響く。

ジキムートの目線の先には、たくさんの騎士団員たちと、使用人がいた。

気にせず通り抜けるジキムート。

「あいつ……。なんで生きてんだよ」

「絶対、怪しいぜあの野郎」

「あんな薄汚い野良犬じゃなく、領主様にっ。神の奇跡が起これば良かったのに」

ぼそぼそと声が聞こえる。

これ見よがしに騎士団と使用人たちが、無視して通り抜けるジキムートに、声を浴びせていた。

そして前に人が居なくなった時、やおら……、ジキムートが止まる。

振り返る傭兵。

「おい」

そう、ジキムートが声をかけると一斉に、蜘蛛の子を散らした様に、声が静まった。

すぐに傭兵から目をそらす、騎士団達。


その元へとゆっくりと、歩き出したジキムート。

「お前。俺に自分の低能を押し付けるのは、やめろ」

手ごろな奴――。

難くせをつけてくる騎士団員に、面と向かって告げるジキムート。

反論を受けるとは、思っていなかったのだろう。

騎士団員はビクリっと体を震わせて、言い返す。

「なっ、なんだよ……。お前が怪しいのは事実だろっ!」

「だからなんだよ。それがお前ら腰抜けが負けた事と、どう関係がある」

「おっ、お前さえ来なければ、こんな事にならなかったんだっ! そっ、そうだろ。なっ」

仲間全員に聞くように、騎士団員が〝頼り″の方角に声をかけた。

頼りにされたその他は、肯定はしないが、否定もしない。

「それはただの、お前の妄想だろう。しかも、そんな大事な時の為の騎士団だ。違うのか? だがお前らは、ロクに戦いもせず。逃げ回った結果、無様に負けて領主を失った。それを俺で発散するのはやめろ。と言ってんだ。たった一人に何人殺されてんだよ」

冷静に、そして淡々と続けるジキムート。

「だっ、誰が……。俺たちは戦ったっ!」

傭兵の言葉を聞いて、彼に掴みかかる騎士団員っ!

だが馬力の差せいか、上背がジキムートよりある騎士団員が押しても、あまり動かない。

そしてジキムートがまだ、淡々と話を続ける。


「本気で、か? それであの結果か。領主は死んで、お前はのこのこ生き残ったのにな。本気なら死ねただろうよ。なんで、命を捨てなかった? 最後まで戦えなかった?」

「お前だって死んでないだろっ。本気じゃなかったっ!」

「例えそうだとして、なんだ? 俺はお前の手下でも、騎士団員でもない。俺が死ぬまで戦う義務はないんだよ、お前と違ってな。騎士団の義務はどうした? なんの為の騎士だ?」

「おっ、お前に言われる筋合いはっ!」

「あるねっ! 俺に喧嘩売ったんだ、あるに決まってるっ! それにその口ぶりじゃあまるで、俺のケツに隠れて、危機を去りたいと言っているように聞こえるが? いや、実際お前は、俺の後ろに隠れたよな。そうだろ騎士団共よっ!」

「そっ、そんな事言ってないだろうがっ。そんな話でもねぇっ!」

「じゃあなんと言っている? お前はなんと主張している?」

「おっ、お前が怪しいから……。そのっ」

ジキムートに突っかかった騎士団員は、言葉を失う。

感情に任せた言葉なぞ、取りまとめる事ができないのは明白だ。

支離滅裂で、行き当たりばったり論法に効く言葉は、シンプルだ。

真意を問いただす、

それだけで良い。


「なっ……。もっ。でっ、出て行けよっ! 文句があるなら出ていけっ! よそ者は出ていけって言ってんだっ!」

バンッ! バンッ!

ジキムートの鎧と、騎士団員のガントレットがかち合うっ!

必死に押し出すように騎士団員が、ジキムートを押し出しているっ!

手が出始めた。

白旗だろう。

それを見計らい傭兵は……。

「暴力はやめろ~。話はそれだけか? んっ? それだけを伝える為にお前は、わざわざ俺が怪しいだとかなんとか吠えてたのかっ!? 馬鹿じゃないのか?」

ゆっくりと煽っていく。

相手が白旗を振った所からが……、勝負だ。

「ばっ、馬鹿はお前だっ! 出ていけっ、早くっ! 早くだクソ野郎っ!」

バンッ! バンッ!

必死にジキムートを押す騎士団員っ!

だが、動かないっ!

「そ・れ・で……。俺が出ていけば、お前の失態は消えるのか? 出ていけば、どうなって正しくなると思っているのか、聞かせてくれ。領主を見殺しにしたお間抜けさんよ~」

「でっ、出ていけっ! 出ていけって言ってんだよっ!」

バンッ!

なんとか押しだそうと、躍起の騎士団員っ!

頭の中はもうすでに、真っ白だ。

騎士団員は必死にジキムートを押し出して、全力で吠えるっ!


「ぷふっ、ダせえ」

わざわざ仕草を大仰にし、相手の血の気を誘う。

例えどうこようが、傭兵はぶれない。

彼は経験から、こういった輩の対応には慣れていた。

「くっ、クソがっ! お前がだせえんだよっ! だせえのはお前だっ!」

「命もかけられない騎士団様が、俺をだせえだって? 笑えるねっ。自分で反省をしろっ!  だからお前はダメなんだよ。田舎騎士の、世間知らずなんだ」

キャンキャンと吠える犬の騎士をよそに、傭兵は言葉をつづった。

ジキムートは怒鳴る訳でもなくただ、負け犬の彼らに、〝しつけ″を行ってやる。

「出てけっ。早く出てけよぉっ!」

騎士団員に涙が浮かぶ。

言い返す言葉がない。

「くっ……。クソぉ」

「……」

泣きむせび、やる気をなくすのが手に取るように分かる。

それは口論相手だけではない。

他の者達も黙りこくるだけ。するとジキムートは……。

「分かったよ。出て行きゃ良いんだろ?」

そう言うと傭兵は、背を向けた。

……。

静まり返る城内。

だが・・・っ!


ガッ!


「ぎゃぁああっ!?」

大振りの大振り。

涙で視界がぼやけて見えない、騎士団員。

それに、振り向きざまのパンチをお見舞いしたジキムートっ!

「暴力はやめろと言ったぞ、無能。てめえじゃ俺に、勝てねえんだよっ!」

彼は冷静を貫き通した。

「こっ、この……」

殴られた騎士団員が、殴られた頭を戻しすぐさま、反撃に出ようとする……がっ!

ガスガスっ!

ジキムートのパンチが連続で飛ぶっ!

一撃で終わるなんて、そんな訳がなかった。

「素人が」


どこか甘えがある。

どうせ一撃殴られればそのまま、自分の責任をうやむやにして、喧嘩に発展させる算段なのだろう。

仲間頼りの大口。

そして最後は仲間全員で、1人をす巻きにして勝利宣言、という所か。

だが、相手は傭兵だ。

兵隊は傭兵をクズだというが、その通りだ。

それなのになぜ、後ろを見せた程度で終わってくれると思ったのか?

そして、殴られてすぐさま、反撃をしようとしたのか?

的確に〝拳闘″に入れなかったのか。

「甘えんだよっ!」

「あぁ……あ」

仲間はすでに、ジキムートの拳圧と殺気に圧倒され、棒立ちだ。

「そらっ。それっ、あい……よっ!」

ガスッ! ゴッ! ガガッ!

矢継ぎ早に打ち付けられる、コブシっ!

倒れさせないように、そして、近寄ってタックルに入らせないように、と。

的確に相手を保ちながら、鎧のない場所を殴りこむ傭兵っ!

「がっ……。てめっ」

うめき声。

だがそれはすぐに、泣き声に代わる。

「ぐっ!? うぅ……すまんっ、ごっごめんっ。謝るっ! がはっ、謝るからっ!」

だが――。

ガスッ! ガッ!

一度喧嘩を売られたら最後。

一方が倒れて立てなくなるまで、通す。

仁義だ。

そして、殴られ始めてものの十秒で、脳震盪でも起こしたのだろう。

頭を押さえ、土下座のように倒れ伏す騎士団員っ!

その肩を踏み、ジキムートが要求を突きつける。

「泣けばなんとかなるなんて、思っちゃいないだろうな? 喧嘩を売って勝手に泣いて、きめぇんだよ。謝罪なんてどうでも良い。俺は傭兵だぜ。金を出してもらおうか」

「……くぅ……うぅ」

震える指で、お金を差し出す騎士団員。

倒れた相手を踏みながら、意気揚々とそれを奪い去るジキムート。


「サンキュウ……。良い儲けだわ。弱い奴の喧嘩は買うに限る、な」

笑うジキムート。

傭兵は、儲けられればそれで良い。

周りの人間はあからさまに、極道でヤクザな相手に目を逸らし、結局は仲間を助けなかった。

そしてジキムートが前を向くと、いきなり……。

「そこまでだ。主がお呼びになっている」

音も無く現れた女。

それが、目の前の極道者に声をかける。

女はツナギを着たあの、庭師のローラ。
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