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城にて。
モンスターと人。
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「……。でも本当は彼らは、良い人たちなんだ。僕のような第7階級を、引き取ってくれた」
そう言いケヴィンは、真っ赤な顔で雑巾を取る。
そして、一心不乱にその汚れ……。
自分が望んでも望んでも弾かれ返す、剣の道の跡を消していく。
「僕は先行きを不安視した両親に、教会に預けられたんだ。第7階級じゃ……ね。やれる仕事は限られる。ずびっ。農作業もままならない。魔法がなければ、水を田畑に運ぶにも苦労する。釘を打つために、大地の力を借りることもできないんだっ。まだまだやれない事……。そんな事しかない……よ。ぐすっ」
このマナが溢れる世界で、マナに取り残されればもう――。
努力で巻き返す事にも、限界があった。
泣いても変わらない現実。
「それをシャルドネが拾った、と」
「うん。教会に残って仕事をするか、飛び出すか。それしかないんだよ。だけどシャルドネ様が拾って育ててくれた。ずっ、ずびっ。本当に本当に、感謝しているんだ。騎士団の見習いにまで、引き上げてくれたんだもん。こんな……。こんな第七階級」
飛び出すといっても、家出ではない。
『口減らし』を察して、逃げ出すだけだ。
それはジキムートもよく知っていた。
それに……。
(第七……ね。これが最低辺か。それじゃあ神の愛を説く教会には、残れないわな。だが俺は結構好きだがな、その数字。俺も次に聞かれたらそう答えるか。)
ジキムートはうなずく。
幻想ではない、神が身近な世界の中。
そこで、神の寵愛無き者が、神の愛を語る。
それはありえないと言えるのだ。
ケヴィンが教会に残れる可能性は、ゼロと言ってよかった。
シャルドネが拾わなければ間違いなく、末路は乞食か犯罪者だったろう。
「でも本当は僕、残ってれば傭兵になってたかもしれないって、良く思うんだ」
「だからお前、ギルドに顔を出すのか」
「うん。僕でもやれる仕事はないかって。昔は結構お仕事……。って言っても、虫の退治だとかしか、させて貰えなかったけど。それでも仕事があったんですよ」
鼻をすする音が、収まり始めていた。
ケヴィンが冷静になったのだろう。
「なるほど、な」
なぜあんなにケヴィンが、傭兵ギルドに顔が利くのかと思っていたが、合点がいったジキムート。
彼は、ケヴィンが道場を拭き掃除している横で、どっかと座る。
そして、ナイフを準備し始めた。
「ねぇ、ジキムートさんはモンスターとか、退治とかするんでしょ。どんな感じなの?」
「モンスター……ねぇ。討伐は鳥類が多い。襲ってくるからな」
「飛ぶんならやっぱり、ドラゴンとかはっ!?」
「ドラゴン退治なんて、ギルドには出ないぞ。あの~ほら、小型のヤモリの一種は別だが。普通のドラゴンとかは、王国とか騎士団に伝手つてがないとダメだな」
ドラゴンは特別だ。
その希少性と神聖性からも、特別とみなされている。
その為、下賤な傭兵なんぞにドラゴン退治など、頼むわけもなく……。
王侯貴族によって独占されていた。
(ドラゴンって言えば、貴族の子女様専用。もっぱら社交界での、格上げ用の生物だな。
やっぱ王も貴族も、いつ自分が権力から転げるか不安なんだろうよ。こっちの世界ではどうなのかね?)
ケヴィンを見ながら、自分の世界に想いをはせ笑う傭兵。
(うちの世界じゃ貴族共が、ドラゴンが出たって聞いたらすぐにでも、クソ垂れてでも参加するんだわ、これが。貴族の長子以外が特にそう。そんで、大部隊引き連れて討伐に行く。その姿を俺らは『餌の行進』って呼んでた。)
ドラゴンを狩る為に行くんじゃない。
ドラゴンの胃袋に住居を構える為に、行くのさ。
きっと快適なんだぜ。
だって、9割帰ってこないんだもの。
それがお決まりの文句になっていた。
(まっ、うちの姉さんはそのドラゴンを、たった一人で狩ったけどな。)
「じゃあ他の……。ほらっ、リザードマンとかはっ!?」
「いや、ドラゴン以外でも、モンスター退治はあまりしないぞ?」
笑いながら言うそのジキムートの言葉に、ケヴィンはがっかりしたように聞く。
「えぇ……。なんでです? モンスター、狩らないんですか?」
「狩らない。人を滅多と襲わないからな」
「……?」
分からないといった顔で手が止まり、ケヴィンはジキムートを見る。
「よく素人が勘違いするんだが……。怪物、モンスターは普通、人を襲わない」
「いや、そんな馬鹿なっ!? あんな怖くて凶暴な奴が、人間を襲わないわけが……っ。それによく、街でも騎士団にも話が来てて、討伐に行ってますよ?」
少しだが、ジキムートの〝腕″を疑い始めているケヴィン。
それを見、考えたジキムート。
そして加工していたナイフを裏返し、ケヴィンに向いて話し出す。
「ある……。とある話をしてやる。これは相棒と行ったんだが、な。ハーピィ、人面鳥の討伐だった」
「ええっ」
やっと来ました。と言わんばかりに、話に食いついてくるケヴィン。
「ある男が酒場で急に、俺に話しかけた。内容はこうだ……。そいつの妻がハーピィに食われた。今ならまだ、目星がつく。どうやらその時ペンダントを飲み込んで、下痢で飛べなくなったらしい。一匹だけで残ってるが、自分じゃ無理だ。討伐してくれって」
(あの時イーズは、楽しそうに引き受けてたな。そういうお涙ちょうだい、大っ好きだから。)
話ながらジキムートは、相棒の笑顔を思い出した。
「俺たちはすぐさま出て、そいつを狩りに行った。風が強くて、ハーピィが飛べそうになかったからな。ほらあいつ、でかいだろ?」
ジキムートが手で形を描く。
「追い詰めそして、最後の一突き。ってとこで、そのハーピィが言ったんだ。なぜだ、なぜ私を殺す……って。だから言ってやったんだよ。お前は人間を襲ったからなって。そうすると奴はこういった。食った時、周りの人間たちは喜んでいた。悲しむ人間なんていなかった。ってな」
「?」
訝しそうにケヴィンが、ジキムートを見る。
「そんな顔してたよ、イーズも。それで俺達は依頼人に聞いた。するとどうやらそれは、貴族だったらしい。貴族が腹をすかしたハーピィの前で、女をなぶり殺しにしたそうな。すると、空腹のハーピィは貴族のスキを見て、そいつに食いついた」
手のひらを握って、噛みつくような仕草を見せる傭兵。
「滅多と人を襲わないハーピィも、空腹には勝てず、ってよ。耳を噛みちぎられ、足のかぎ爪で肉を裂かれ、叫ぶ女。それを大笑いで見てたんだとよ、貴族共が。死ぬまで」
「う……」
ケヴィンが涙目で口を押える。
凄惨だったろうことは、目に浮かんだ。
まだ生きながらに食われたのだ。
(イーズはそのまま、貴族に殴り込みに行こうとか言いだしたな。無理だったが。)
どう考えても分が悪い。それに何より引き留めたのは、依頼者だった。
「だがなんで、貴族に復讐しないのかって言ったら、自分がさらに復讐されて死んじまうからだと。だけど、腹にたまったもんを出してやりたい。そういう事らしい」
「そんな……っ」
(それを聞いたイーズが依頼人に酒ぶっかけて、乱闘戦やらかしてたな。俺はその賭けで儲けたが。ふふっ、体術覚えさせておいて良かった良かった。)
ぼっこぼこになったイーズを思い出し、笑いをこらえる。
そのせいで、儲けた金を彼女に貢がされたが……。
今はもう、良い思い出だ。
「そう……ですか」
ケヴィンはうつむく。
貴族の横暴に覚えがない者は、この世にはいない。
それは貴族でさえ……だ。
隣の貴族は当然、自分たち貴族にも横暴なのだ。
「ハーピィも普段は、人は襲わない。俺らを警戒するからな。モンスターは決して、頭は悪くないんだよ。たかだか1匹や2匹、人間の子供を食っただけで大騒ぎして、討伐隊を組織する。そんな危ない種族を襲うバカいるかよ」
「それはそうですけど……。でも、お腹が極限に減ってれば――」
「一回の食事で、全員殺されるリスクを背負うってのか? 腹減ってるってんなら俺なら、人間襲うより前に、大蛇の巣穴にでも特攻かけるね」
「そう言われると……。そうです……よね」
ケヴィンが考え込む。
理屈に合わない行動を起こす、ヒトという種族。
それを襲う理屈に欠けるのだ。
襲った場合の費用対効果。
それが未知数な生き物、人間。
恐らくモンスターはそう思っている。
「モンスターは人を恐れている。間違いなくな。俺らみたいな殺人鬼がウロウロしてるんだからよ」
「傭兵が殺人鬼、ですか。確かにそうかもしれませんね」
「だがケヴィン、それは騎士団もそうだぞ? あんな豪勢な鎧着て襲われてみ? モンスターはしょんべん垂らして逃げるに決まってらぁ。人間は遠くからでも騎士団やら傭兵やら、いきなり呼んでいきなり殺しに来る。モンスターは人間にいつも、びくついてるよ」
「んぅ……。騎士団も、殺人鬼ですか? ん~」
ケヴィンが困惑する。
他種族から見れば人間は、遠くからでも戦力の融通をする、希有マレな生き物でもあった。
「モンスターの中には徒党を組んで、ほぼ国と同じレベルの集団も居るが……。まぁ人間を率先して襲うのは、人間同士だけだ。んなわけで、依頼も人間相手が7割さっ」
「人間同士で率先、ですか? なんで率先、なんですか?」
ケヴィンが不思議そうに聞く。
完全に、掃除の手が止まっていた。
「あ~それな。人間が人間を襲いたがるのは単純に、農耕があるからだって。そう偉い学者に聞いた。田畑に価値を見出した、人間独特の考えらしい」
人は〝場所″に固執する。
田畑が整わなければ、生活が維持するのが難しいからだ。
だがもうすでに、文明が立ってから1千年以上経っている。
良い土地は大体、他人が占有していた。
そうなると人間同士、殺し合いをするしかないのだそうな。例え100年恨まれても、だ。
「へぇ~。よく知ってますね。ジキムートさんすごいやっ!」
ジキムートを見る目が、キラキラとした目に戻っているケヴィンっ!
まぁこれも、旅師の楽しみの一つだ。
「まぁな。つうわけで、スライムとかゾンビにあと狼、そんな脳がとろけた奴ならいざ知らず。オークも、リザードマンも、ゴブリンとかハーピィ。物を扱える程度の脳を持った生き物は全部、人間なんてあんまり襲わない。テリトリーに入らなけりゃな」
「じゃっ、じゃあなんで、モンスター退治の依頼があるんですか?」
「鳥類だ。あいつらだけは別。あのクソ共は飛び回れるからな。居場所がばれにくい。お前七面鳥の顔見て、どれが昨日、自分が卵食った奴か言い当てられるか?」
「いやっ……。それは」
汗を流すケヴィン。
当然だろう。
そして、飛んで頻繁に居場所を変える鳥を特定するなんざ、不可能に近い。
するとナイフを再度、奇麗に整え始めたジキムート。
目線を手元に下げながら、そのがっかりしたケヴィンの顔に、ぽそりと声をかける。
「だが一応俺らも、普通の地を這うモンスターとは戦うぞ? 冬は特に……な」
「えっ、やっぱりあるって事……ですか? なんで冬だけ?」
訳が分からない、と言った風に聞くケヴィン。
「あぁ冬だけは、な。兵隊さん達が働きたくないってうるさいから、俺らが出張る羽目になる。なぁ……知ってっか? 冬の鎧を素手でつかむと、冷気で指が凍って鎧から取れなくなるって。」
「聞いた事だけは……。」
喋り方の雰囲気の変わったジキムートに、恐る恐る返すケヴィン。
「寒いなんてもんじゃねえよ、そりゃ。たまんない寒さの中、間違って指を鎧に触れさせると、な。バリバリーてっ! 指の皮膚がめくれちまうんだよっ!」
「ひっ……」
ジキムートの声と圧力に負け、ケヴィンが口を開けたまま痛そうにすくみあがる。
寒い地方では、戦争等のような人同士がやる喧嘩は、双方のやる気が限界まで損ねられるので、行わない場合が多かった。
だが、寒さに強いようなモンスター種は逆に、活発に動き回り始めてしまう。
なので頻繁に『貴族から』ギルドへ、依頼が殺到する時期でもある。
(貴族と騎士様は、冬を超す為に肉をつける。が、傭兵達は生きる為に肉を減らす。この言葉が全てだわな。)
冬になれば、暖かく家族と籠れる貴族や騎士と違って、傭兵は死ぬほど寒い、氷点下の世界で働かざるを得ない。
鼻水とヨダレを凍らしながら、必死に……銀貨2枚。
たった6千円の仕事を受けて、せっせと戦うわけだ。
彼らはモンスターと戦う以前の問題として、凍傷と遭難、気絶。
そう言った物にも恐怖しながら、雪山を潜っていく。
モンスターと戦いになる前に力尽き、そして、春になるまで眠りにつく傭兵の、なんと多い事か。
「あ~あと大異変。ドラゴンとかなんか、ヤバいのが起きちまった時。あん時は、たとえ殺されようと山から大量……。数百数千の単位で、モンスターがマジでうじゃうじゃと湧いてくる事はあんのよなぁ」
「ねぇねっ! やっと村だよ、ジークっ! あぁ……。やっとまともに寝れるぅ」
笑うイーズ。
地獄の出口にたどり着いた、そう言った顔だ。
確かにそれは、間違いではない。
この寒い秋口、彼女らは森林の中で5日もの間、戦ったのだ。
そう言いケヴィンは、真っ赤な顔で雑巾を取る。
そして、一心不乱にその汚れ……。
自分が望んでも望んでも弾かれ返す、剣の道の跡を消していく。
「僕は先行きを不安視した両親に、教会に預けられたんだ。第7階級じゃ……ね。やれる仕事は限られる。ずびっ。農作業もままならない。魔法がなければ、水を田畑に運ぶにも苦労する。釘を打つために、大地の力を借りることもできないんだっ。まだまだやれない事……。そんな事しかない……よ。ぐすっ」
このマナが溢れる世界で、マナに取り残されればもう――。
努力で巻き返す事にも、限界があった。
泣いても変わらない現実。
「それをシャルドネが拾った、と」
「うん。教会に残って仕事をするか、飛び出すか。それしかないんだよ。だけどシャルドネ様が拾って育ててくれた。ずっ、ずびっ。本当に本当に、感謝しているんだ。騎士団の見習いにまで、引き上げてくれたんだもん。こんな……。こんな第七階級」
飛び出すといっても、家出ではない。
『口減らし』を察して、逃げ出すだけだ。
それはジキムートもよく知っていた。
それに……。
(第七……ね。これが最低辺か。それじゃあ神の愛を説く教会には、残れないわな。だが俺は結構好きだがな、その数字。俺も次に聞かれたらそう答えるか。)
ジキムートはうなずく。
幻想ではない、神が身近な世界の中。
そこで、神の寵愛無き者が、神の愛を語る。
それはありえないと言えるのだ。
ケヴィンが教会に残れる可能性は、ゼロと言ってよかった。
シャルドネが拾わなければ間違いなく、末路は乞食か犯罪者だったろう。
「でも本当は僕、残ってれば傭兵になってたかもしれないって、良く思うんだ」
「だからお前、ギルドに顔を出すのか」
「うん。僕でもやれる仕事はないかって。昔は結構お仕事……。って言っても、虫の退治だとかしか、させて貰えなかったけど。それでも仕事があったんですよ」
鼻をすする音が、収まり始めていた。
ケヴィンが冷静になったのだろう。
「なるほど、な」
なぜあんなにケヴィンが、傭兵ギルドに顔が利くのかと思っていたが、合点がいったジキムート。
彼は、ケヴィンが道場を拭き掃除している横で、どっかと座る。
そして、ナイフを準備し始めた。
「ねぇ、ジキムートさんはモンスターとか、退治とかするんでしょ。どんな感じなの?」
「モンスター……ねぇ。討伐は鳥類が多い。襲ってくるからな」
「飛ぶんならやっぱり、ドラゴンとかはっ!?」
「ドラゴン退治なんて、ギルドには出ないぞ。あの~ほら、小型のヤモリの一種は別だが。普通のドラゴンとかは、王国とか騎士団に伝手つてがないとダメだな」
ドラゴンは特別だ。
その希少性と神聖性からも、特別とみなされている。
その為、下賤な傭兵なんぞにドラゴン退治など、頼むわけもなく……。
王侯貴族によって独占されていた。
(ドラゴンって言えば、貴族の子女様専用。もっぱら社交界での、格上げ用の生物だな。
やっぱ王も貴族も、いつ自分が権力から転げるか不安なんだろうよ。こっちの世界ではどうなのかね?)
ケヴィンを見ながら、自分の世界に想いをはせ笑う傭兵。
(うちの世界じゃ貴族共が、ドラゴンが出たって聞いたらすぐにでも、クソ垂れてでも参加するんだわ、これが。貴族の長子以外が特にそう。そんで、大部隊引き連れて討伐に行く。その姿を俺らは『餌の行進』って呼んでた。)
ドラゴンを狩る為に行くんじゃない。
ドラゴンの胃袋に住居を構える為に、行くのさ。
きっと快適なんだぜ。
だって、9割帰ってこないんだもの。
それがお決まりの文句になっていた。
(まっ、うちの姉さんはそのドラゴンを、たった一人で狩ったけどな。)
「じゃあ他の……。ほらっ、リザードマンとかはっ!?」
「いや、ドラゴン以外でも、モンスター退治はあまりしないぞ?」
笑いながら言うそのジキムートの言葉に、ケヴィンはがっかりしたように聞く。
「えぇ……。なんでです? モンスター、狩らないんですか?」
「狩らない。人を滅多と襲わないからな」
「……?」
分からないといった顔で手が止まり、ケヴィンはジキムートを見る。
「よく素人が勘違いするんだが……。怪物、モンスターは普通、人を襲わない」
「いや、そんな馬鹿なっ!? あんな怖くて凶暴な奴が、人間を襲わないわけが……っ。それによく、街でも騎士団にも話が来てて、討伐に行ってますよ?」
少しだが、ジキムートの〝腕″を疑い始めているケヴィン。
それを見、考えたジキムート。
そして加工していたナイフを裏返し、ケヴィンに向いて話し出す。
「ある……。とある話をしてやる。これは相棒と行ったんだが、な。ハーピィ、人面鳥の討伐だった」
「ええっ」
やっと来ました。と言わんばかりに、話に食いついてくるケヴィン。
「ある男が酒場で急に、俺に話しかけた。内容はこうだ……。そいつの妻がハーピィに食われた。今ならまだ、目星がつく。どうやらその時ペンダントを飲み込んで、下痢で飛べなくなったらしい。一匹だけで残ってるが、自分じゃ無理だ。討伐してくれって」
(あの時イーズは、楽しそうに引き受けてたな。そういうお涙ちょうだい、大っ好きだから。)
話ながらジキムートは、相棒の笑顔を思い出した。
「俺たちはすぐさま出て、そいつを狩りに行った。風が強くて、ハーピィが飛べそうになかったからな。ほらあいつ、でかいだろ?」
ジキムートが手で形を描く。
「追い詰めそして、最後の一突き。ってとこで、そのハーピィが言ったんだ。なぜだ、なぜ私を殺す……って。だから言ってやったんだよ。お前は人間を襲ったからなって。そうすると奴はこういった。食った時、周りの人間たちは喜んでいた。悲しむ人間なんていなかった。ってな」
「?」
訝しそうにケヴィンが、ジキムートを見る。
「そんな顔してたよ、イーズも。それで俺達は依頼人に聞いた。するとどうやらそれは、貴族だったらしい。貴族が腹をすかしたハーピィの前で、女をなぶり殺しにしたそうな。すると、空腹のハーピィは貴族のスキを見て、そいつに食いついた」
手のひらを握って、噛みつくような仕草を見せる傭兵。
「滅多と人を襲わないハーピィも、空腹には勝てず、ってよ。耳を噛みちぎられ、足のかぎ爪で肉を裂かれ、叫ぶ女。それを大笑いで見てたんだとよ、貴族共が。死ぬまで」
「う……」
ケヴィンが涙目で口を押える。
凄惨だったろうことは、目に浮かんだ。
まだ生きながらに食われたのだ。
(イーズはそのまま、貴族に殴り込みに行こうとか言いだしたな。無理だったが。)
どう考えても分が悪い。それに何より引き留めたのは、依頼者だった。
「だがなんで、貴族に復讐しないのかって言ったら、自分がさらに復讐されて死んじまうからだと。だけど、腹にたまったもんを出してやりたい。そういう事らしい」
「そんな……っ」
(それを聞いたイーズが依頼人に酒ぶっかけて、乱闘戦やらかしてたな。俺はその賭けで儲けたが。ふふっ、体術覚えさせておいて良かった良かった。)
ぼっこぼこになったイーズを思い出し、笑いをこらえる。
そのせいで、儲けた金を彼女に貢がされたが……。
今はもう、良い思い出だ。
「そう……ですか」
ケヴィンはうつむく。
貴族の横暴に覚えがない者は、この世にはいない。
それは貴族でさえ……だ。
隣の貴族は当然、自分たち貴族にも横暴なのだ。
「ハーピィも普段は、人は襲わない。俺らを警戒するからな。モンスターは決して、頭は悪くないんだよ。たかだか1匹や2匹、人間の子供を食っただけで大騒ぎして、討伐隊を組織する。そんな危ない種族を襲うバカいるかよ」
「それはそうですけど……。でも、お腹が極限に減ってれば――」
「一回の食事で、全員殺されるリスクを背負うってのか? 腹減ってるってんなら俺なら、人間襲うより前に、大蛇の巣穴にでも特攻かけるね」
「そう言われると……。そうです……よね」
ケヴィンが考え込む。
理屈に合わない行動を起こす、ヒトという種族。
それを襲う理屈に欠けるのだ。
襲った場合の費用対効果。
それが未知数な生き物、人間。
恐らくモンスターはそう思っている。
「モンスターは人を恐れている。間違いなくな。俺らみたいな殺人鬼がウロウロしてるんだからよ」
「傭兵が殺人鬼、ですか。確かにそうかもしれませんね」
「だがケヴィン、それは騎士団もそうだぞ? あんな豪勢な鎧着て襲われてみ? モンスターはしょんべん垂らして逃げるに決まってらぁ。人間は遠くからでも騎士団やら傭兵やら、いきなり呼んでいきなり殺しに来る。モンスターは人間にいつも、びくついてるよ」
「んぅ……。騎士団も、殺人鬼ですか? ん~」
ケヴィンが困惑する。
他種族から見れば人間は、遠くからでも戦力の融通をする、希有マレな生き物でもあった。
「モンスターの中には徒党を組んで、ほぼ国と同じレベルの集団も居るが……。まぁ人間を率先して襲うのは、人間同士だけだ。んなわけで、依頼も人間相手が7割さっ」
「人間同士で率先、ですか? なんで率先、なんですか?」
ケヴィンが不思議そうに聞く。
完全に、掃除の手が止まっていた。
「あ~それな。人間が人間を襲いたがるのは単純に、農耕があるからだって。そう偉い学者に聞いた。田畑に価値を見出した、人間独特の考えらしい」
人は〝場所″に固執する。
田畑が整わなければ、生活が維持するのが難しいからだ。
だがもうすでに、文明が立ってから1千年以上経っている。
良い土地は大体、他人が占有していた。
そうなると人間同士、殺し合いをするしかないのだそうな。例え100年恨まれても、だ。
「へぇ~。よく知ってますね。ジキムートさんすごいやっ!」
ジキムートを見る目が、キラキラとした目に戻っているケヴィンっ!
まぁこれも、旅師の楽しみの一つだ。
「まぁな。つうわけで、スライムとかゾンビにあと狼、そんな脳がとろけた奴ならいざ知らず。オークも、リザードマンも、ゴブリンとかハーピィ。物を扱える程度の脳を持った生き物は全部、人間なんてあんまり襲わない。テリトリーに入らなけりゃな」
「じゃっ、じゃあなんで、モンスター退治の依頼があるんですか?」
「鳥類だ。あいつらだけは別。あのクソ共は飛び回れるからな。居場所がばれにくい。お前七面鳥の顔見て、どれが昨日、自分が卵食った奴か言い当てられるか?」
「いやっ……。それは」
汗を流すケヴィン。
当然だろう。
そして、飛んで頻繁に居場所を変える鳥を特定するなんざ、不可能に近い。
するとナイフを再度、奇麗に整え始めたジキムート。
目線を手元に下げながら、そのがっかりしたケヴィンの顔に、ぽそりと声をかける。
「だが一応俺らも、普通の地を這うモンスターとは戦うぞ? 冬は特に……な」
「えっ、やっぱりあるって事……ですか? なんで冬だけ?」
訳が分からない、と言った風に聞くケヴィン。
「あぁ冬だけは、な。兵隊さん達が働きたくないってうるさいから、俺らが出張る羽目になる。なぁ……知ってっか? 冬の鎧を素手でつかむと、冷気で指が凍って鎧から取れなくなるって。」
「聞いた事だけは……。」
喋り方の雰囲気の変わったジキムートに、恐る恐る返すケヴィン。
「寒いなんてもんじゃねえよ、そりゃ。たまんない寒さの中、間違って指を鎧に触れさせると、な。バリバリーてっ! 指の皮膚がめくれちまうんだよっ!」
「ひっ……」
ジキムートの声と圧力に負け、ケヴィンが口を開けたまま痛そうにすくみあがる。
寒い地方では、戦争等のような人同士がやる喧嘩は、双方のやる気が限界まで損ねられるので、行わない場合が多かった。
だが、寒さに強いようなモンスター種は逆に、活発に動き回り始めてしまう。
なので頻繁に『貴族から』ギルドへ、依頼が殺到する時期でもある。
(貴族と騎士様は、冬を超す為に肉をつける。が、傭兵達は生きる為に肉を減らす。この言葉が全てだわな。)
冬になれば、暖かく家族と籠れる貴族や騎士と違って、傭兵は死ぬほど寒い、氷点下の世界で働かざるを得ない。
鼻水とヨダレを凍らしながら、必死に……銀貨2枚。
たった6千円の仕事を受けて、せっせと戦うわけだ。
彼らはモンスターと戦う以前の問題として、凍傷と遭難、気絶。
そう言った物にも恐怖しながら、雪山を潜っていく。
モンスターと戦いになる前に力尽き、そして、春になるまで眠りにつく傭兵の、なんと多い事か。
「あ~あと大異変。ドラゴンとかなんか、ヤバいのが起きちまった時。あん時は、たとえ殺されようと山から大量……。数百数千の単位で、モンスターがマジでうじゃうじゃと湧いてくる事はあんのよなぁ」
「ねぇねっ! やっと村だよ、ジークっ! あぁ……。やっとまともに寝れるぅ」
笑うイーズ。
地獄の出口にたどり着いた、そう言った顔だ。
確かにそれは、間違いではない。
この寒い秋口、彼女らは森林の中で5日もの間、戦ったのだ。
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しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
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