異世界冒険譚 神無き世界の傭兵から 親愛なる人を愛する神へ~傭兵が死すべき場所は 神の慈愛の手のひらか それとも神に見放されし己が郷土か~

猫板家工房

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城にて。

モンスターと人。

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「……。でも本当は彼らは、良い人たちなんだ。僕のような第7階級を、引き取ってくれた」





そう言いケヴィンは、真っ赤な顔で雑巾を取る。





そして、一心不乱にその汚れ……。



自分が望んでも望んでも弾かれ返す、剣の道の跡を消していく。









「僕は先行きを不安視した両親に、教会に預けられたんだ。第7階級じゃ……ね。やれる仕事は限られる。ずびっ。農作業もままならない。魔法がなければ、水を田畑に運ぶにも苦労する。釘を打つために、大地の力を借りることもできないんだっ。まだまだやれない事……。そんな事しかない……よ。ぐすっ」





このマナが溢れる世界で、マナに取り残されればもう――。



努力で巻き返す事にも、限界があった。



泣いても変わらない現実。









「それをシャルドネが拾った、と」



「うん。教会に残って仕事をするか、飛び出すか。それしかないんだよ。だけどシャルドネ様が拾って育ててくれた。ずっ、ずびっ。本当に本当に、感謝しているんだ。騎士団の見習いにまで、引き上げてくれたんだもん。こんな……。こんな第七階級」





飛び出すといっても、家出ではない。



『口減らし』を察して、逃げ出すだけだ。



それはジキムートもよく知っていた。



それに……。







(第七……ね。これが最低辺か。それじゃあ神の愛を説く教会には、残れないわな。だが俺は結構好きだがな、その数字。俺も次に聞かれたらそう答えるか。)



ジキムートはうなずく。



幻想ではない、神が身近な世界の中。



そこで、神の寵愛無き者が、神の愛を語る。



それはありえないと言えるのだ。



ケヴィンが教会に残れる可能性は、ゼロと言ってよかった。



シャルドネが拾わなければ間違いなく、末路は乞食か犯罪者だったろう。







「でも本当は僕、残ってれば傭兵になってたかもしれないって、良く思うんだ」



「だからお前、ギルドに顔を出すのか」



「うん。僕でもやれる仕事はないかって。昔は結構お仕事……。って言っても、虫の退治だとかしか、させて貰えなかったけど。それでも仕事があったんですよ」



鼻をすする音が、収まり始めていた。



ケヴィンが冷静になったのだろう。







「なるほど、な」



なぜあんなにケヴィンが、傭兵ギルドに顔が利くのかと思っていたが、合点がいったジキムート。



彼は、ケヴィンが道場を拭き掃除している横で、どっかと座る。



そして、ナイフを準備し始めた。





「ねぇ、ジキムートさんはモンスターとか、退治とかするんでしょ。どんな感じなの?」



「モンスター……ねぇ。討伐は鳥類が多い。襲ってくるからな」



「飛ぶんならやっぱり、ドラゴンとかはっ!?」



「ドラゴン退治なんて、ギルドには出ないぞ。あの~ほら、小型のヤモリの一種は別だが。普通のドラゴンとかは、王国とか騎士団に伝手つてがないとダメだな」







ドラゴンは特別だ。





その希少性と神聖性からも、特別とみなされている。



その為、下賤な傭兵なんぞにドラゴン退治など、頼むわけもなく……。



王侯貴族によって独占されていた。







(ドラゴンって言えば、貴族の子女様専用。もっぱら社交界での、格上げ用の生物だな。

やっぱ王も貴族も、いつ自分が権力から転げるか不安なんだろうよ。こっちの世界ではどうなのかね?)



ケヴィンを見ながら、自分の世界に想いをはせ笑う傭兵。





(うちの世界じゃ貴族共が、ドラゴンが出たって聞いたらすぐにでも、クソ垂れてでも参加するんだわ、これが。貴族の長子以外が特にそう。そんで、大部隊引き連れて討伐に行く。その姿を俺らは『餌の行進』って呼んでた。)





ドラゴンを狩る為に行くんじゃない。



ドラゴンの胃袋に住居を構える為に、行くのさ。



きっと快適なんだぜ。



だって、9割帰ってこないんだもの。



それがお決まりの文句になっていた。









(まっ、うちの姉さんはそのドラゴンを、たった一人で狩ったけどな。)



「じゃあ他の……。ほらっ、リザードマンとかはっ!?」



「いや、ドラゴン以外でも、モンスター退治はあまりしないぞ?」



笑いながら言うそのジキムートの言葉に、ケヴィンはがっかりしたように聞く。



「えぇ……。なんでです? モンスター、狩らないんですか?」



「狩らない。人を滅多と襲わないからな」



「……?」







分からないといった顔で手が止まり、ケヴィンはジキムートを見る。



「よく素人が勘違いするんだが……。怪物、モンスターは普通、人を襲わない」



「いや、そんな馬鹿なっ!? あんな怖くて凶暴な奴が、人間を襲わないわけが……っ。それによく、街でも騎士団にも話が来てて、討伐に行ってますよ?」



少しだが、ジキムートの〝腕″を疑い始めているケヴィン。



それを見、考えたジキムート。



そして加工していたナイフを裏返し、ケヴィンに向いて話し出す。









「ある……。とある話をしてやる。これは相棒と行ったんだが、な。ハーピィ、人面鳥の討伐だった」



「ええっ」



やっと来ました。と言わんばかりに、話に食いついてくるケヴィン。





「ある男が酒場で急に、俺に話しかけた。内容はこうだ……。そいつの妻がハーピィに食われた。今ならまだ、目星がつく。どうやらその時ペンダントを飲み込んで、下痢で飛べなくなったらしい。一匹だけで残ってるが、自分じゃ無理だ。討伐してくれって」









(あの時イーズは、楽しそうに引き受けてたな。そういうお涙ちょうだい、大っ好きだから。)



話ながらジキムートは、相棒の笑顔を思い出した。



「俺たちはすぐさま出て、そいつを狩りに行った。風が強くて、ハーピィが飛べそうになかったからな。ほらあいつ、でかいだろ?」



ジキムートが手で形を描く。









「追い詰めそして、最後の一突き。ってとこで、そのハーピィが言ったんだ。なぜだ、なぜ私を殺す……って。だから言ってやったんだよ。お前は人間を襲ったからなって。そうすると奴はこういった。食った時、周りの人間たちは喜んでいた。悲しむ人間なんていなかった。ってな」





「?」



訝しそうにケヴィンが、ジキムートを見る。



「そんな顔してたよ、イーズも。それで俺達は依頼人に聞いた。するとどうやらそれは、貴族だったらしい。貴族が腹をすかしたハーピィの前で、女をなぶり殺しにしたそうな。すると、空腹のハーピィは貴族のスキを見て、そいつに食いついた」





手のひらを握って、噛みつくような仕草を見せる傭兵。



「滅多と人を襲わないハーピィも、空腹には勝てず、ってよ。耳を噛みちぎられ、足のかぎ爪で肉を裂かれ、叫ぶ女。それを大笑いで見てたんだとよ、貴族共が。死ぬまで」



「う……」



ケヴィンが涙目で口を押える。









凄惨だったろうことは、目に浮かんだ。



まだ生きながらに食われたのだ。



(イーズはそのまま、貴族に殴り込みに行こうとか言いだしたな。無理だったが。)



どう考えても分が悪い。それに何より引き留めたのは、依頼者だった。







「だがなんで、貴族に復讐しないのかって言ったら、自分がさらに復讐されて死んじまうからだと。だけど、腹にたまったもんを出してやりたい。そういう事らしい」



「そんな……っ」



(それを聞いたイーズが依頼人に酒ぶっかけて、乱闘戦やらかしてたな。俺はその賭けで儲けたが。ふふっ、体術覚えさせておいて良かった良かった。)



ぼっこぼこになったイーズを思い出し、笑いをこらえる。



そのせいで、儲けた金を彼女に貢がされたが……。



今はもう、良い思い出だ。









「そう……ですか」



ケヴィンはうつむく。



貴族の横暴に覚えがない者は、この世にはいない。



それは貴族でさえ……だ。



隣の貴族は当然、自分たち貴族にも横暴なのだ。







「ハーピィも普段は、人は襲わない。俺らを警戒するからな。モンスターは決して、頭は悪くないんだよ。たかだか1匹や2匹、人間の子供を食っただけで大騒ぎして、討伐隊を組織する。そんな危ない種族を襲うバカいるかよ」





「それはそうですけど……。でも、お腹が極限に減ってれば――」



「一回の食事で、全員殺されるリスクを背負うってのか? 腹減ってるってんなら俺なら、人間襲うより前に、大蛇の巣穴にでも特攻かけるね」



「そう言われると……。そうです……よね」



ケヴィンが考え込む。











理屈に合わない行動を起こす、ヒトという種族。



それを襲う理屈に欠けるのだ。



襲った場合の費用対効果。



それが未知数な生き物、人間。



恐らくモンスターはそう思っている。









「モンスターは人を恐れている。間違いなくな。俺らみたいな殺人鬼がウロウロしてるんだからよ」



「傭兵が殺人鬼、ですか。確かにそうかもしれませんね」



「だがケヴィン、それは騎士団もそうだぞ? あんな豪勢な鎧着て襲われてみ? モンスターはしょんべん垂らして逃げるに決まってらぁ。人間は遠くからでも騎士団やら傭兵やら、いきなり呼んでいきなり殺しに来る。モンスターは人間にいつも、びくついてるよ」





「んぅ……。騎士団も、殺人鬼ですか? ん~」

ケヴィンが困惑する。



他種族から見れば人間は、遠くからでも戦力の融通をする、希有マレな生き物でもあった。







「モンスターの中には徒党を組んで、ほぼ国と同じレベルの集団も居るが……。まぁ人間を率先して襲うのは、人間同士だけだ。んなわけで、依頼も人間相手が7割さっ」



「人間同士で率先、ですか? なんで率先、なんですか?」



ケヴィンが不思議そうに聞く。



完全に、掃除の手が止まっていた。







「あ~それな。人間が人間を襲いたがるのは単純に、農耕があるからだって。そう偉い学者に聞いた。田畑に価値を見出した、人間独特の考えらしい」



人は〝場所″に固執する。



田畑が整わなければ、生活が維持するのが難しいからだ。



だがもうすでに、文明が立ってから1千年以上経っている。



良い土地は大体、他人が占有していた。



そうなると人間同士、殺し合いをするしかないのだそうな。例え100年恨まれても、だ。









「へぇ~。よく知ってますね。ジキムートさんすごいやっ!」



ジキムートを見る目が、キラキラとした目に戻っているケヴィンっ!



まぁこれも、旅師の楽しみの一つだ。





「まぁな。つうわけで、スライムとかゾンビにあと狼、そんな脳がとろけた奴ならいざ知らず。オークも、リザードマンも、ゴブリンとかハーピィ。物を扱える程度の脳を持った生き物は全部、人間なんてあんまり襲わない。テリトリーに入らなけりゃな」











「じゃっ、じゃあなんで、モンスター退治の依頼があるんですか?」



「鳥類だ。あいつらだけは別。あのクソ共は飛び回れるからな。居場所がばれにくい。お前七面鳥の顔見て、どれが昨日、自分が卵食った奴か言い当てられるか?」



「いやっ……。それは」



汗を流すケヴィン。



当然だろう。



そして、飛んで頻繁に居場所を変える鳥を特定するなんざ、不可能に近い。







するとナイフを再度、奇麗に整え始めたジキムート。



目線を手元に下げながら、そのがっかりしたケヴィンの顔に、ぽそりと声をかける。



「だが一応俺らも、普通の地を這うモンスターとは戦うぞ? 冬は特に……な」



「えっ、やっぱりあるって事……ですか? なんで冬だけ?」



訳が分からない、と言った風に聞くケヴィン。









「あぁ冬だけは、な。兵隊さん達が働きたくないってうるさいから、俺らが出張る羽目になる。なぁ……知ってっか? 冬の鎧を素手でつかむと、冷気で指が凍って鎧から取れなくなるって。」



「聞いた事だけは……。」



喋り方の雰囲気の変わったジキムートに、恐る恐る返すケヴィン。



「寒いなんてもんじゃねえよ、そりゃ。たまんない寒さの中、間違って指を鎧に触れさせると、な。バリバリーてっ! 指の皮膚がめくれちまうんだよっ!」



「ひっ……」



ジキムートの声と圧力に負け、ケヴィンが口を開けたまま痛そうにすくみあがる。







寒い地方では、戦争等のような人同士がやる喧嘩は、双方のやる気が限界まで損ねられるので、行わない場合が多かった。



だが、寒さに強いようなモンスター種は逆に、活発に動き回り始めてしまう。



なので頻繁に『貴族から』ギルドへ、依頼が殺到する時期でもある。









(貴族と騎士様は、冬を超す為に肉をつける。が、傭兵達は生きる為に肉を減らす。この言葉が全てだわな。)









冬になれば、暖かく家族と籠れる貴族や騎士と違って、傭兵は死ぬほど寒い、氷点下の世界で働かざるを得ない。



鼻水とヨダレを凍らしながら、必死に……銀貨2枚。



たった6千円の仕事を受けて、せっせと戦うわけだ。



彼らはモンスターと戦う以前の問題として、凍傷と遭難、気絶。



そう言った物にも恐怖しながら、雪山を潜っていく。



モンスターと戦いになる前に力尽き、そして、春になるまで眠りにつく傭兵の、なんと多い事か。









「あ~あと大異変。ドラゴンとかなんか、ヤバいのが起きちまった時。あん時は、たとえ殺されようと山から大量……。数百数千の単位で、モンスターがマジでうじゃうじゃと湧いてくる事はあんのよなぁ」





















「ねぇねっ! やっと村だよ、ジークっ! あぁ……。やっとまともに寝れるぅ」



笑うイーズ。



地獄の出口にたどり着いた、そう言った顔だ。



確かにそれは、間違いではない。



この寒い秋口、彼女らは森林の中で5日もの間、戦ったのだ。
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