異世界冒険譚 神無き世界の傭兵から 親愛なる人を愛する神へ~傭兵が死すべき場所は 神の慈愛の手のひらか それとも神に見放されし己が郷土か~

猫板家工房

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異世界の町。

大いなる福音。その代償と、豚の入浴病。

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「あれは……。ふふ~ん。そう、お気づきですね? これがあの、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″を祀る場所。そして、この都市のみならず、この国の中核となる予定の場所でもあるっ。そう、神への礼拝堂なのですっ!」





近づいてきたケヴィンの鼻息が、荒すぎる……っ。



圧が鬱陶しくてしょうがない。



だが、確かにこの町で一番と言って差し支えない、それ。



豪華さでは、力のある貴族邸宅にも引けを取らない程の、神の礼拝堂が建設されている。



その荘厳さに興味深そうに近寄り、周りにある格子が張られた窓から中を覗き込み、ジキムートがうかがった。









「確かにすげぇや。ラグナロク柱には到底及ばんが」



彼は感心する。



内部にはどうやら、中央に大きな噴水。



周りを、ステンドグラスに覆われた空間が広がっている。



装飾は煌びやかで、絢爛豪華。



金箔をはっている部分も散見された。しかも……。



「あの城と同等くらいは、あるんじゃないか?」



面積が広い。











とにかく広大な面積と同時に、きらびやかさを持つそれ。



様相はまるで、年がら年中クリスマス装飾の、東京ドーム城。



そんな物があると言って、過言ではない。







「で、そのブルーブラッドとやらは、どこなんだ? ここに祀るんだろ?」



ケヴィンの話から察したジキムートは、くだんのブルーブラッドとやらが見れるのかと期待して、じっと中を覗き込む。



「……。いえ、それはまだですよ。そんな一朝一夕に、持ってこれる物ではないので。でも建物だけでもほらっ、すごいじゃないですかっ! 4柱の神様の威厳とか現してっ。そういう、ねっ!?」



必死に、ケヴィンが素晴らしさをアピールするっ!



「ん~……」



査定するようにその城を見やる、ジキムート。



「期待して損したな。これならただの、趣味の悪いお城だ。損した損したっ」











「う~」



悔しそうにケヴィンがうなった。



だが、そのジキムートの言葉は存外、誰にでも共通する物のようである。



「おい、どうなってるっ。俺はこんな張りぼてを見に来たんじゃねえっ! せっかく見に来てやったのにっ。ここには〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″があるって聞いて、わざわざ遠くから来たんだぞっ!」



怒鳴り声が聞こえた。



その声の発端はどうやら、門にあたる部分かららしい。



ジキムート達は顔を見合わす。











「だから、何度も言ってるだろうが……。まだ準備をしている状態だとなっ! 全く、鬱陶しい」

騒ぐ男に邪険にし、騎士団が言い放つ。



「じゃあ早くしろよっ。もう5日も待ってんだぞ。こちとら5日も何も食わず、パンすら口にできてねえっ! それでも待ってんだっ」



「そんなに早く終わるわけが無いだろがっ、この傭兵崩れのゴミがっ! しつこいんだよっ」



思いっきり、傭兵崩れと呼んだ男を押し出す騎士団。



ここはやはり、神への礼拝堂ともあって厳重だ。



騎士団が常に、チラホラ見える位置に陣取っている。













「ふざっけんなこの野郎。風呂も我慢してるんだぞっ! シラミが出てきちまってる。あ~くそっ。かゆいんだよっ」



大声で叫んで、頭を掻きむしる傭兵。



待たされるイライラは相当らしい。



「おいお~い。そこのあんちゃん。神様の前で無法はいかんぞ~」



そこにふらふらっとやってきた、おっさん達3人。



酒も入り上機嫌だ。











「誰だお前らっ! 部外者はすっこんでろっ。こちとら宿すら取れねえってのに、酒飲みの戯言なんぞ聞けるかっっ!」



「おっ――。へへっ、なんだよ。酒を飲む金もねえのか。ほれっ、飲ませてやるぞ~同郷」



銅貨をちゃりん……と、投げてやる部外者達。



「そういう問題じゃねえっ! 俺には故郷で待ってる奴らがいるんだよ。そいつらの金全部合わせてもそんな遊興、できやしねえんだっ! だが、なんとしてでも依頼は終わらせてやる……。なんとしてもなぁ」







その目は真剣だった。



どっしり座り込み、そこからテコでも動かないという眼力を放つその、シラミ傭兵。



(あぁ……。あの目は、すこぶるヤバいぞ。傭兵が一年にいっぺん〝豚の入浴病″にかかった時の目だ。)



見覚えがある眼。



そしてジキムート自身にも、記憶がある。









ところで傭兵は、有り体で言ってどうだろう――そう、ゴミではないだろうか?



人として、だ。



もし幼少期の作文に、勇者ならいざ知らず、傭兵になりたい。なんて書いた子供がいたら私は、その子の親の頭を疑うだろう。



時に、豚は自分が汚いと知っているそうな。



だから風呂に入って、泥を洗い流そうとする。



その数秒後には汚れて、元通りになるにも関わらず、だ。



それと同じで、傭兵は自分をゴミだと知っている。



だから豚と同じく……。











(必死に『一時的な』善行に走るんだよな。自分の罪悪感を落とそうと、必死になる。その姿を豚になぞらえて、豚が入浴するような病。とかいう奴がいたが……。その通りだよ。)



代表的な物が目の前にいる。



故郷の為、女の為。



それに友人の為に、家族の為。







「そっか。あの人代理参拝なんだ……」



ケヴィンが不憫そうに言う。



「代理参拝?」



「うん、全員で参拝費を出し合うんだよ。それを誰か健常な……。足腰が強い人一人に預けて、自分の分も参拝をお願いするんだ。そうやって不自由な人達が、自分の祈りと魂を預けるんだね」



「なるほど、な」



山道や街道は危険だ、夜とは言わず昼間でも。



いつ山賊や海賊、モンスターが出るかわからない。



老人、女、子供。



そんな者がおいそれと、歩いて旅ができるご時世じゃないのだ。











道も分からない場合が多発する。



いつもいつも、道しるべがあると思ってはいけない。



(そこの領主が適当だと、道しるべが3里先にしかねえとか、ザラだもんな。)



3里=約12キロである。



ざっと3駅に一つ刻みでしか、道しるべしかない計算だ。



(仕事を疎かに旅行に行って、税金の徴収が減るとあいつら貴族連中は、税を上乗せしてきやがるし。この風習は確かに、合理的だぜ。ただうちらの世界では、見に行く神様はいなくて、こっちに殺しに来る神しかいないが、な。)





この世界、臨時国会なぞ開かずとも税は、〝勝手に″上げたい放題だ。



野党がいたら、血管がブチ切れていたろう。











「だからあの傭兵、必死にしがみついてやがんのか。くくっ。若いうちから頭空っぽで、けんかっ早いから邪険にされ……。でも今は、村の奴らが必死にみつくろった、わずかな金持たされて頼りにされて。そんで、全員分の願いをたくされるってんだ。あ~大変大変」





シラミ傭兵に同情するジキムート。



「なんかジキムートさん、笑ってません?」



「いんや、むしろ親身さ。ただ一つ……。忘れちゃならねえのは、豚が入浴するのはたいてい〝泥水の中″って相場があんだよ」



おそらくケヴィンよりは、ジキムートは親身だろう。



事実彼は、自分を見ている気になっているのだから。







30超えて、久しぶり開けた段ボール。



そこに入っていた中学位の、必死におしゃれした自分の写真。



それを発掘してしまった時の心境と、似ている。









「ふんっ、お前の事情など、そんなもんは知らねえよっ! 帰れ帰れ小汚いっ。そのシラミが入った頭を近づけるなよ。洗って来いっ! それまでは貴様は一切、出入り禁止だっ! 良いなっ。」



「なっ。話聞いてなかったのかっ! こちとら飯も満足に食えねえって言ってんだ。そんな事する余裕はねえっっ!」



「しかし、これは神様にも失礼だっ! お前、その汚いなりで参拝するつもりかよっ!? 水の神ダヌディナ様はキレイ好きだと、それを知らない訳がねえだろよっ。お前のような人間、近づけさせるわけにいかんっ!」





神の性質にも、多様性があるようだ。



ダヌディナの綺麗好きを前に出され、シラミ傭兵が気圧される。



だがそれでも、更に食らいつく。









「クッ。だったらどうしろってんだよっ!? 金はねえんだこれっぽちもっ。」



「それならそこいらで、依頼でも受けろやっ。モンスター狩って来いよ、〝フリっティング・ドンキ(ひらひら舞うロバ)〟っ!」



「死んじまったら意味ねえだろがっ! 俺は今、村からの最重要依頼の途中だってんだっ。故郷の奴ら全員の、神様への尊神リービアの為に我慢してんだよっ!」



目を血走らせて、必死に抗弁するシラミ傭兵っ!



その言葉にやはり、親身になれるジキムート。









(大事な依頼の途中に色気を出すと、トンでもねえ事になるからな。まあ、正解だわ。)



相棒を思い出すジキムート。



モンスターより遥かに危ない兵器が、身近にいるのだ。



その言葉に説得力を感じれた。



だが――。









「だったら村に一度帰れば良いっ。帰ってまた、金でも集めて来いよ。おらっ!」





ドンっ!





叫びながら、その食らいつくシラミ傭兵を、腕で一気に押し切った騎士団員っ!





ドタッ!





ずさぁーー。





「くそっ!」



倒れるシラミ傭兵。



「神殿ができてからもう一回来いよ。この薄汚い傭兵がっ! かぁ――ぺっ!」



タンを吐く騎士団員。



ありありと、傭兵への嫌悪が伝わってくる顔だ。





「おっ。おい騎士団さんよ。それはねえだろっ! 俺たちの重税……知らないとは言わせねえぞっ!」



しかし今度は酔っ払いまでも、騎士団員の言葉に反応し始めたっ!



「そうだっ。そんな簡単に金が集めれるわきゃねぇっ! 基本税35に栄養費25もあんだぞっ」



「それだけじゃねえっ! 改築費10に、賦役までついてきやがるっ。そんなもん払って、おいそれと来れねえんだよっ、このクソがーーっっ!」









あわせて70パーセント。







1000万の年収で、手取り300万。



500万の年収で、150万。



旅なんて、できるわけがなかった。







「ん~……? 〝栄養費″? 確かそれ、樹木管理及び、生育費用供出金だっけか。ってことはお前は、あぁ……ハハッ。フランネルの奴だな? あーあ~、かわいそうになぁ。」



気づいたように、酔っ払い含めた傭兵達を見やる、騎士団員。



何か――。



非常に人の癇に障るだろう眼で、見下す様に見始めた。









「そ、そうだっ。なんかフランネルに文句あんのかよ。」



「あの国は……。可哀そうだよなぁ。あそこは聖域が完全非公開だから、わざわざ他国にすがらなきゃ、聖域を拝む事すらもできないんだって。そんな話は聞く。それなのに税金だけはしっかり取られるんだもんなぁ? 悲しくなんないのか? ん~?」





「チッ! そんな事、お前には関係ねえだろうがっ! 大体この国は、つい先ごろまでは『頭を鋼に食われた国』だったくせにっ! 俺らは生まれてからずっと、福音を得られてこれたんだよっ! それで良いのさっ」





唇を噛み締めるシラミ傭兵達。



必死に、自分に言い聞かせているようだった。



だが――。



「あぁ~。福音なぁ。そのせっかくの福音国家もなぁ? 市民にはいっぺんたりとも、〝死んでも″聖域を踏ませないんだからよぉ。実感としてどうなのか、って話よ。」



「くぅ・・・」







「なんつうの? マナは溢れててもむなしいっていうか。いっぺん位は拝みてえだろぉ~。なぁ? そのせいではるばるこんな所まで、来ちゃったわけだしぃ? ホントならお前の故郷の奴らも、代理なんぞ寄こさずに、自分で行ける場所だったろうに、さっ!」





シラミ傭兵達の苦しみを、あざ笑うように馬鹿にする騎士団員。



その時見るからに、傭兵の額に血筋の跡が見えたっ!



「おいおい……。なんかヤバそうな気配がすっぞ。挑発の度が過ぎてるんじゃね、アレ」



異世界人のジキムートでも分かった。



この世界で、神に関わる事で馬鹿にすると……相手も本気になる。



いや、ならざるを得ない事を。



それを知っていてやっているのだ、あの騎士団員は。











「ザッパさん……。この頃様子がおかしいんだ。なんか横暴で、騎士団長にも食ってかかるし」



そう言ってすぐに、ケヴィンが割って入る。



「まぁまぁ……。その、ね。落ち着きましょうよ」



「なんだよケヴィン? 何が落ち着けだっ。 〝小姓ペイジ〟如きが口出すんじゃねえっ! 俺はまっとうな事言ってるぜ。良いじゃねえか、なぁ? ヴィエッタ様も言ってる。経済が潤えば庶民が喜ぶってな」





「ザッパさんっ!」



ケヴィンが止めようと、ザッパに抱き着く様に割って入っている。



だが気にせずあざ笑いながら、傭兵を煽り立てている騎士団員。





「こいつら異国民が、必死に這いつくばって稼いだもんを、俺らの神様に使えば俺らは万々歳よっ! 昔はそうやって俺らも、福音共に搾り取られて来たんだろうがっ! 頭を鋼に食われた獣だのなんだのってよぉっ!」











憂さを晴らすように叫び散らす、煽り魔騎士団員っ!



「やっ、やめましょうその話はっ! だっ、誰かっ。騎士団の方ーっ!」



ケヴィンはそれを止めようと必死に、仲間を呼ぼうとしていた。





「まぁお前らはせっせと、自国の――。へへっ。聖域すら見せてくれねえ樹の神様。それを肥やすために、税金払えば良いさ~。そんでもって後の残りは、お・れ・ら・の、水の神様に払えば良いんだぜっ!」





「ぐぅ……」



涙ぐむ、シラミ傭兵と酔っ払いたちっ!









(なんだあいつ……。薬でも決めてるのか? あいつら傭兵共がぶら下げてる剣が、見えないわけじゃねえだろ。)



シラミ傭兵達の剣を見るジキムート。



「てめぇ……。俺らの国を知りもしねえくせに、よくもっ! こちとら税が払えなきゃ髪を樹の栄養にしてんだっ。それでも足りなかったら指つめて、樹木様にささげるんだよっ! 」



シラミ傭兵は腕を見せつけるっ!



その手には、8本しか指がない。



あとは〝樹木様″の栄養となったようだ。



酔っ払いの方も指はまばら。



同胞だと分かったのは、そう言う事だろう。











「男だけじゃねえっ、若い女も髪のない奴らがザラだってんだっ! それなのに聖域の壁すら一目、一生のうち一度すら目にする事ができねぇんだぞ、チクショウめっ。その気持ちが……。その心がてめえに分かるのかっ! あぁんっ!?」



この、樹に愛されし、美しい森の国には全ての虫がいる。



ただし、頭ジラミだけはいない、決して。



そう言われた逸話がある。



要は、町の人間の無髪を揶揄したのだ。









「へっ、そうかいそうかい。そういやお前、頭にシラミができたんだよなー? むしろ良かったじゃねえか、人生初のシラミができて。俺ら水の神様に感謝でもしろよっ! この脳無しの〝フリっティング・ドンキ(ひらひら舞うロバ)〟ど……」



その時だった。



騎士団員の言葉を無視し、シラミ傭兵が突進したっ!





ドスッ!





「ぐっ!?」



2人とも倒れ込みそして、シラミ傭兵が上のマウントを取って、大声を上げるっ!









「てめえの髪も、神にささげてやんよっ!」



叫んでナイフをかざして一気っ、頭めがけて振り下ろすっ!



ぎゃあ……。



叫び声が響くっ!



すると、他の傭兵達も剣を抜いたっ!



「やべぇっ!」



少しおびえるジキムート。



実際怖いのだ、〝民衆蜂起″はっ!







彼は何度か巻き込まれたからその恐ろしさをよく、知っていた。
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