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異世界の町。
大いなる福音。その代償と、豚の入浴病。
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「あれは……。ふふ~ん。そう、お気づきですね? これがあの、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″を祀る場所。そして、この都市のみならず、この国の中核となる予定の場所でもあるっ。そう、神への礼拝堂なのですっ!」
近づいてきたケヴィンの鼻息が、荒すぎる……っ。
圧が鬱陶しくてしょうがない。
だが、確かにこの町で一番と言って差し支えない、それ。
豪華さでは、力のある貴族邸宅にも引けを取らない程の、神の礼拝堂が建設されている。
その荘厳さに興味深そうに近寄り、周りにある格子が張られた窓から中を覗き込み、ジキムートがうかがった。
「確かにすげぇや。ラグナロク柱には到底及ばんが」
彼は感心する。
内部にはどうやら、中央に大きな噴水。
周りを、ステンドグラスに覆われた空間が広がっている。
装飾は煌びやかで、絢爛豪華。
金箔をはっている部分も散見された。しかも……。
「あの城と同等くらいは、あるんじゃないか?」
面積が広い。
とにかく広大な面積と同時に、きらびやかさを持つそれ。
様相はまるで、年がら年中クリスマス装飾の、東京ドーム城。
そんな物があると言って、過言ではない。
「で、そのブルーブラッドとやらは、どこなんだ? ここに祀るんだろ?」
ケヴィンの話から察したジキムートは、くだんのブルーブラッドとやらが見れるのかと期待して、じっと中を覗き込む。
「……。いえ、それはまだですよ。そんな一朝一夕に、持ってこれる物ではないので。でも建物だけでもほらっ、すごいじゃないですかっ! 4柱の神様の威厳とか現してっ。そういう、ねっ!?」
必死に、ケヴィンが素晴らしさをアピールするっ!
「ん~……」
査定するようにその城を見やる、ジキムート。
「期待して損したな。これならただの、趣味の悪いお城だ。損した損したっ」
「う~」
悔しそうにケヴィンがうなった。
だが、そのジキムートの言葉は存外、誰にでも共通する物のようである。
「おい、どうなってるっ。俺はこんな張りぼてを見に来たんじゃねえっ! せっかく見に来てやったのにっ。ここには〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″があるって聞いて、わざわざ遠くから来たんだぞっ!」
怒鳴り声が聞こえた。
その声の発端はどうやら、門にあたる部分かららしい。
ジキムート達は顔を見合わす。
「だから、何度も言ってるだろうが……。まだ準備をしている状態だとなっ! 全く、鬱陶しい」
騒ぐ男に邪険にし、騎士団が言い放つ。
「じゃあ早くしろよっ。もう5日も待ってんだぞ。こちとら5日も何も食わず、パンすら口にできてねえっ! それでも待ってんだっ」
「そんなに早く終わるわけが無いだろがっ、この傭兵崩れのゴミがっ! しつこいんだよっ」
思いっきり、傭兵崩れと呼んだ男を押し出す騎士団。
ここはやはり、神への礼拝堂ともあって厳重だ。
騎士団が常に、チラホラ見える位置に陣取っている。
「ふざっけんなこの野郎。風呂も我慢してるんだぞっ! シラミが出てきちまってる。あ~くそっ。かゆいんだよっ」
大声で叫んで、頭を掻きむしる傭兵。
待たされるイライラは相当らしい。
「おいお~い。そこのあんちゃん。神様の前で無法はいかんぞ~」
そこにふらふらっとやってきた、おっさん達3人。
酒も入り上機嫌だ。
「誰だお前らっ! 部外者はすっこんでろっ。こちとら宿すら取れねえってのに、酒飲みの戯言なんぞ聞けるかっっ!」
「おっ――。へへっ、なんだよ。酒を飲む金もねえのか。ほれっ、飲ませてやるぞ~同郷」
銅貨をちゃりん……と、投げてやる部外者達。
「そういう問題じゃねえっ! 俺には故郷で待ってる奴らがいるんだよ。そいつらの金全部合わせてもそんな遊興、できやしねえんだっ! だが、なんとしてでも依頼は終わらせてやる……。なんとしてもなぁ」
その目は真剣だった。
どっしり座り込み、そこからテコでも動かないという眼力を放つその、シラミ傭兵。
(あぁ……。あの目は、すこぶるヤバいぞ。傭兵が一年にいっぺん〝豚の入浴病″にかかった時の目だ。)
見覚えがある眼。
そしてジキムート自身にも、記憶がある。
ところで傭兵は、有り体で言ってどうだろう――そう、ゴミではないだろうか?
人として、だ。
もし幼少期の作文に、勇者ならいざ知らず、傭兵になりたい。なんて書いた子供がいたら私は、その子の親の頭を疑うだろう。
時に、豚は自分が汚いと知っているそうな。
だから風呂に入って、泥を洗い流そうとする。
その数秒後には汚れて、元通りになるにも関わらず、だ。
それと同じで、傭兵は自分をゴミだと知っている。
だから豚と同じく……。
(必死に『一時的な』善行に走るんだよな。自分の罪悪感を落とそうと、必死になる。その姿を豚になぞらえて、豚が入浴するような病。とかいう奴がいたが……。その通りだよ。)
代表的な物が目の前にいる。
故郷の為、女の為。
それに友人の為に、家族の為。
「そっか。あの人代理参拝なんだ……」
ケヴィンが不憫そうに言う。
「代理参拝?」
「うん、全員で参拝費を出し合うんだよ。それを誰か健常な……。足腰が強い人一人に預けて、自分の分も参拝をお願いするんだ。そうやって不自由な人達が、自分の祈りと魂を預けるんだね」
「なるほど、な」
山道や街道は危険だ、夜とは言わず昼間でも。
いつ山賊や海賊、モンスターが出るかわからない。
老人、女、子供。
そんな者がおいそれと、歩いて旅ができるご時世じゃないのだ。
道も分からない場合が多発する。
いつもいつも、道しるべがあると思ってはいけない。
(そこの領主が適当だと、道しるべが3里先にしかねえとか、ザラだもんな。)
3里=約12キロである。
ざっと3駅に一つ刻みでしか、道しるべしかない計算だ。
(仕事を疎かに旅行に行って、税金の徴収が減るとあいつら貴族連中は、税を上乗せしてきやがるし。この風習は確かに、合理的だぜ。ただうちらの世界では、見に行く神様はいなくて、こっちに殺しに来る神しかいないが、な。)
この世界、臨時国会なぞ開かずとも税は、〝勝手に″上げたい放題だ。
野党がいたら、血管がブチ切れていたろう。
「だからあの傭兵、必死にしがみついてやがんのか。くくっ。若いうちから頭空っぽで、けんかっ早いから邪険にされ……。でも今は、村の奴らが必死にみつくろった、わずかな金持たされて頼りにされて。そんで、全員分の願いをたくされるってんだ。あ~大変大変」
シラミ傭兵に同情するジキムート。
「なんかジキムートさん、笑ってません?」
「いんや、むしろ親身さ。ただ一つ……。忘れちゃならねえのは、豚が入浴するのはたいてい〝泥水の中″って相場があんだよ」
おそらくケヴィンよりは、ジキムートは親身だろう。
事実彼は、自分を見ている気になっているのだから。
30超えて、久しぶり開けた段ボール。
そこに入っていた中学位の、必死におしゃれした自分の写真。
それを発掘してしまった時の心境と、似ている。
「ふんっ、お前の事情など、そんなもんは知らねえよっ! 帰れ帰れ小汚いっ。そのシラミが入った頭を近づけるなよ。洗って来いっ! それまでは貴様は一切、出入り禁止だっ! 良いなっ。」
「なっ。話聞いてなかったのかっ! こちとら飯も満足に食えねえって言ってんだ。そんな事する余裕はねえっっ!」
「しかし、これは神様にも失礼だっ! お前、その汚いなりで参拝するつもりかよっ!? 水の神ダヌディナ様はキレイ好きだと、それを知らない訳がねえだろよっ。お前のような人間、近づけさせるわけにいかんっ!」
神の性質にも、多様性があるようだ。
ダヌディナの綺麗好きを前に出され、シラミ傭兵が気圧される。
だがそれでも、更に食らいつく。
「クッ。だったらどうしろってんだよっ!? 金はねえんだこれっぽちもっ。」
「それならそこいらで、依頼でも受けろやっ。モンスター狩って来いよ、〝フリっティング・ドンキ(ひらひら舞うロバ)〟っ!」
「死んじまったら意味ねえだろがっ! 俺は今、村からの最重要依頼の途中だってんだっ。故郷の奴ら全員の、神様への尊神リービアの為に我慢してんだよっ!」
目を血走らせて、必死に抗弁するシラミ傭兵っ!
その言葉にやはり、親身になれるジキムート。
(大事な依頼の途中に色気を出すと、トンでもねえ事になるからな。まあ、正解だわ。)
相棒を思い出すジキムート。
モンスターより遥かに危ない兵器が、身近にいるのだ。
その言葉に説得力を感じれた。
だが――。
「だったら村に一度帰れば良いっ。帰ってまた、金でも集めて来いよ。おらっ!」
ドンっ!
叫びながら、その食らいつくシラミ傭兵を、腕で一気に押し切った騎士団員っ!
ドタッ!
ずさぁーー。
「くそっ!」
倒れるシラミ傭兵。
「神殿ができてからもう一回来いよ。この薄汚い傭兵がっ! かぁ――ぺっ!」
タンを吐く騎士団員。
ありありと、傭兵への嫌悪が伝わってくる顔だ。
「おっ。おい騎士団さんよ。それはねえだろっ! 俺たちの重税……知らないとは言わせねえぞっ!」
しかし今度は酔っ払いまでも、騎士団員の言葉に反応し始めたっ!
「そうだっ。そんな簡単に金が集めれるわきゃねぇっ! 基本税35に栄養費25もあんだぞっ」
「それだけじゃねえっ! 改築費10に、賦役までついてきやがるっ。そんなもん払って、おいそれと来れねえんだよっ、このクソがーーっっ!」
あわせて70パーセント。
1000万の年収で、手取り300万。
500万の年収で、150万。
旅なんて、できるわけがなかった。
「ん~……? 〝栄養費″? 確かそれ、樹木管理及び、生育費用供出金だっけか。ってことはお前は、あぁ……ハハッ。フランネルの奴だな? あーあ~、かわいそうになぁ。」
気づいたように、酔っ払い含めた傭兵達を見やる、騎士団員。
何か――。
非常に人の癇に障るだろう眼で、見下す様に見始めた。
「そ、そうだっ。なんかフランネルに文句あんのかよ。」
「あの国は……。可哀そうだよなぁ。あそこは聖域が完全非公開だから、わざわざ他国にすがらなきゃ、聖域を拝む事すらもできないんだって。そんな話は聞く。それなのに税金だけはしっかり取られるんだもんなぁ? 悲しくなんないのか? ん~?」
「チッ! そんな事、お前には関係ねえだろうがっ! 大体この国は、つい先ごろまでは『頭を鋼に食われた国』だったくせにっ! 俺らは生まれてからずっと、福音を得られてこれたんだよっ! それで良いのさっ」
唇を噛み締めるシラミ傭兵達。
必死に、自分に言い聞かせているようだった。
だが――。
「あぁ~。福音なぁ。そのせっかくの福音国家もなぁ? 市民にはいっぺんたりとも、〝死んでも″聖域を踏ませないんだからよぉ。実感としてどうなのか、って話よ。」
「くぅ・・・」
「なんつうの? マナは溢れててもむなしいっていうか。いっぺん位は拝みてえだろぉ~。なぁ? そのせいではるばるこんな所まで、来ちゃったわけだしぃ? ホントならお前の故郷の奴らも、代理なんぞ寄こさずに、自分で行ける場所だったろうに、さっ!」
シラミ傭兵達の苦しみを、あざ笑うように馬鹿にする騎士団員。
その時見るからに、傭兵の額に血筋の跡が見えたっ!
「おいおい……。なんかヤバそうな気配がすっぞ。挑発の度が過ぎてるんじゃね、アレ」
異世界人のジキムートでも分かった。
この世界で、神に関わる事で馬鹿にすると……相手も本気になる。
いや、ならざるを得ない事を。
それを知っていてやっているのだ、あの騎士団員は。
「ザッパさん……。この頃様子がおかしいんだ。なんか横暴で、騎士団長にも食ってかかるし」
そう言ってすぐに、ケヴィンが割って入る。
「まぁまぁ……。その、ね。落ち着きましょうよ」
「なんだよケヴィン? 何が落ち着けだっ。 〝小姓ペイジ〟如きが口出すんじゃねえっ! 俺はまっとうな事言ってるぜ。良いじゃねえか、なぁ? ヴィエッタ様も言ってる。経済が潤えば庶民が喜ぶってな」
「ザッパさんっ!」
ケヴィンが止めようと、ザッパに抱き着く様に割って入っている。
だが気にせずあざ笑いながら、傭兵を煽り立てている騎士団員。
「こいつら異国民が、必死に這いつくばって稼いだもんを、俺らの神様に使えば俺らは万々歳よっ! 昔はそうやって俺らも、福音共に搾り取られて来たんだろうがっ! 頭を鋼に食われた獣だのなんだのってよぉっ!」
憂さを晴らすように叫び散らす、煽り魔騎士団員っ!
「やっ、やめましょうその話はっ! だっ、誰かっ。騎士団の方ーっ!」
ケヴィンはそれを止めようと必死に、仲間を呼ぼうとしていた。
「まぁお前らはせっせと、自国の――。へへっ。聖域すら見せてくれねえ樹の神様。それを肥やすために、税金払えば良いさ~。そんでもって後の残りは、お・れ・ら・の、水の神様に払えば良いんだぜっ!」
「ぐぅ……」
涙ぐむ、シラミ傭兵と酔っ払いたちっ!
(なんだあいつ……。薬でも決めてるのか? あいつら傭兵共がぶら下げてる剣が、見えないわけじゃねえだろ。)
シラミ傭兵達の剣を見るジキムート。
「てめぇ……。俺らの国を知りもしねえくせに、よくもっ! こちとら税が払えなきゃ髪を樹の栄養にしてんだっ。それでも足りなかったら指つめて、樹木様にささげるんだよっ! 」
シラミ傭兵は腕を見せつけるっ!
その手には、8本しか指がない。
あとは〝樹木様″の栄養となったようだ。
酔っ払いの方も指はまばら。
同胞だと分かったのは、そう言う事だろう。
「男だけじゃねえっ、若い女も髪のない奴らがザラだってんだっ! それなのに聖域の壁すら一目、一生のうち一度すら目にする事ができねぇんだぞ、チクショウめっ。その気持ちが……。その心がてめえに分かるのかっ! あぁんっ!?」
この、樹に愛されし、美しい森の国には全ての虫がいる。
ただし、頭ジラミだけはいない、決して。
そう言われた逸話がある。
要は、町の人間の無髪を揶揄したのだ。
「へっ、そうかいそうかい。そういやお前、頭にシラミができたんだよなー? むしろ良かったじゃねえか、人生初のシラミができて。俺ら水の神様に感謝でもしろよっ! この脳無しの〝フリっティング・ドンキ(ひらひら舞うロバ)〟ど……」
その時だった。
騎士団員の言葉を無視し、シラミ傭兵が突進したっ!
ドスッ!
「ぐっ!?」
2人とも倒れ込みそして、シラミ傭兵が上のマウントを取って、大声を上げるっ!
「てめえの髪も、神にささげてやんよっ!」
叫んでナイフをかざして一気っ、頭めがけて振り下ろすっ!
ぎゃあ……。
叫び声が響くっ!
すると、他の傭兵達も剣を抜いたっ!
「やべぇっ!」
少しおびえるジキムート。
実際怖いのだ、〝民衆蜂起″はっ!
彼は何度か巻き込まれたからその恐ろしさをよく、知っていた。
近づいてきたケヴィンの鼻息が、荒すぎる……っ。
圧が鬱陶しくてしょうがない。
だが、確かにこの町で一番と言って差し支えない、それ。
豪華さでは、力のある貴族邸宅にも引けを取らない程の、神の礼拝堂が建設されている。
その荘厳さに興味深そうに近寄り、周りにある格子が張られた窓から中を覗き込み、ジキムートがうかがった。
「確かにすげぇや。ラグナロク柱には到底及ばんが」
彼は感心する。
内部にはどうやら、中央に大きな噴水。
周りを、ステンドグラスに覆われた空間が広がっている。
装飾は煌びやかで、絢爛豪華。
金箔をはっている部分も散見された。しかも……。
「あの城と同等くらいは、あるんじゃないか?」
面積が広い。
とにかく広大な面積と同時に、きらびやかさを持つそれ。
様相はまるで、年がら年中クリスマス装飾の、東京ドーム城。
そんな物があると言って、過言ではない。
「で、そのブルーブラッドとやらは、どこなんだ? ここに祀るんだろ?」
ケヴィンの話から察したジキムートは、くだんのブルーブラッドとやらが見れるのかと期待して、じっと中を覗き込む。
「……。いえ、それはまだですよ。そんな一朝一夕に、持ってこれる物ではないので。でも建物だけでもほらっ、すごいじゃないですかっ! 4柱の神様の威厳とか現してっ。そういう、ねっ!?」
必死に、ケヴィンが素晴らしさをアピールするっ!
「ん~……」
査定するようにその城を見やる、ジキムート。
「期待して損したな。これならただの、趣味の悪いお城だ。損した損したっ」
「う~」
悔しそうにケヴィンがうなった。
だが、そのジキムートの言葉は存外、誰にでも共通する物のようである。
「おい、どうなってるっ。俺はこんな張りぼてを見に来たんじゃねえっ! せっかく見に来てやったのにっ。ここには〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″があるって聞いて、わざわざ遠くから来たんだぞっ!」
怒鳴り声が聞こえた。
その声の発端はどうやら、門にあたる部分かららしい。
ジキムート達は顔を見合わす。
「だから、何度も言ってるだろうが……。まだ準備をしている状態だとなっ! 全く、鬱陶しい」
騒ぐ男に邪険にし、騎士団が言い放つ。
「じゃあ早くしろよっ。もう5日も待ってんだぞ。こちとら5日も何も食わず、パンすら口にできてねえっ! それでも待ってんだっ」
「そんなに早く終わるわけが無いだろがっ、この傭兵崩れのゴミがっ! しつこいんだよっ」
思いっきり、傭兵崩れと呼んだ男を押し出す騎士団。
ここはやはり、神への礼拝堂ともあって厳重だ。
騎士団が常に、チラホラ見える位置に陣取っている。
「ふざっけんなこの野郎。風呂も我慢してるんだぞっ! シラミが出てきちまってる。あ~くそっ。かゆいんだよっ」
大声で叫んで、頭を掻きむしる傭兵。
待たされるイライラは相当らしい。
「おいお~い。そこのあんちゃん。神様の前で無法はいかんぞ~」
そこにふらふらっとやってきた、おっさん達3人。
酒も入り上機嫌だ。
「誰だお前らっ! 部外者はすっこんでろっ。こちとら宿すら取れねえってのに、酒飲みの戯言なんぞ聞けるかっっ!」
「おっ――。へへっ、なんだよ。酒を飲む金もねえのか。ほれっ、飲ませてやるぞ~同郷」
銅貨をちゃりん……と、投げてやる部外者達。
「そういう問題じゃねえっ! 俺には故郷で待ってる奴らがいるんだよ。そいつらの金全部合わせてもそんな遊興、できやしねえんだっ! だが、なんとしてでも依頼は終わらせてやる……。なんとしてもなぁ」
その目は真剣だった。
どっしり座り込み、そこからテコでも動かないという眼力を放つその、シラミ傭兵。
(あぁ……。あの目は、すこぶるヤバいぞ。傭兵が一年にいっぺん〝豚の入浴病″にかかった時の目だ。)
見覚えがある眼。
そしてジキムート自身にも、記憶がある。
ところで傭兵は、有り体で言ってどうだろう――そう、ゴミではないだろうか?
人として、だ。
もし幼少期の作文に、勇者ならいざ知らず、傭兵になりたい。なんて書いた子供がいたら私は、その子の親の頭を疑うだろう。
時に、豚は自分が汚いと知っているそうな。
だから風呂に入って、泥を洗い流そうとする。
その数秒後には汚れて、元通りになるにも関わらず、だ。
それと同じで、傭兵は自分をゴミだと知っている。
だから豚と同じく……。
(必死に『一時的な』善行に走るんだよな。自分の罪悪感を落とそうと、必死になる。その姿を豚になぞらえて、豚が入浴するような病。とかいう奴がいたが……。その通りだよ。)
代表的な物が目の前にいる。
故郷の為、女の為。
それに友人の為に、家族の為。
「そっか。あの人代理参拝なんだ……」
ケヴィンが不憫そうに言う。
「代理参拝?」
「うん、全員で参拝費を出し合うんだよ。それを誰か健常な……。足腰が強い人一人に預けて、自分の分も参拝をお願いするんだ。そうやって不自由な人達が、自分の祈りと魂を預けるんだね」
「なるほど、な」
山道や街道は危険だ、夜とは言わず昼間でも。
いつ山賊や海賊、モンスターが出るかわからない。
老人、女、子供。
そんな者がおいそれと、歩いて旅ができるご時世じゃないのだ。
道も分からない場合が多発する。
いつもいつも、道しるべがあると思ってはいけない。
(そこの領主が適当だと、道しるべが3里先にしかねえとか、ザラだもんな。)
3里=約12キロである。
ざっと3駅に一つ刻みでしか、道しるべしかない計算だ。
(仕事を疎かに旅行に行って、税金の徴収が減るとあいつら貴族連中は、税を上乗せしてきやがるし。この風習は確かに、合理的だぜ。ただうちらの世界では、見に行く神様はいなくて、こっちに殺しに来る神しかいないが、な。)
この世界、臨時国会なぞ開かずとも税は、〝勝手に″上げたい放題だ。
野党がいたら、血管がブチ切れていたろう。
「だからあの傭兵、必死にしがみついてやがんのか。くくっ。若いうちから頭空っぽで、けんかっ早いから邪険にされ……。でも今は、村の奴らが必死にみつくろった、わずかな金持たされて頼りにされて。そんで、全員分の願いをたくされるってんだ。あ~大変大変」
シラミ傭兵に同情するジキムート。
「なんかジキムートさん、笑ってません?」
「いんや、むしろ親身さ。ただ一つ……。忘れちゃならねえのは、豚が入浴するのはたいてい〝泥水の中″って相場があんだよ」
おそらくケヴィンよりは、ジキムートは親身だろう。
事実彼は、自分を見ている気になっているのだから。
30超えて、久しぶり開けた段ボール。
そこに入っていた中学位の、必死におしゃれした自分の写真。
それを発掘してしまった時の心境と、似ている。
「ふんっ、お前の事情など、そんなもんは知らねえよっ! 帰れ帰れ小汚いっ。そのシラミが入った頭を近づけるなよ。洗って来いっ! それまでは貴様は一切、出入り禁止だっ! 良いなっ。」
「なっ。話聞いてなかったのかっ! こちとら飯も満足に食えねえって言ってんだ。そんな事する余裕はねえっっ!」
「しかし、これは神様にも失礼だっ! お前、その汚いなりで参拝するつもりかよっ!? 水の神ダヌディナ様はキレイ好きだと、それを知らない訳がねえだろよっ。お前のような人間、近づけさせるわけにいかんっ!」
神の性質にも、多様性があるようだ。
ダヌディナの綺麗好きを前に出され、シラミ傭兵が気圧される。
だがそれでも、更に食らいつく。
「クッ。だったらどうしろってんだよっ!? 金はねえんだこれっぽちもっ。」
「それならそこいらで、依頼でも受けろやっ。モンスター狩って来いよ、〝フリっティング・ドンキ(ひらひら舞うロバ)〟っ!」
「死んじまったら意味ねえだろがっ! 俺は今、村からの最重要依頼の途中だってんだっ。故郷の奴ら全員の、神様への尊神リービアの為に我慢してんだよっ!」
目を血走らせて、必死に抗弁するシラミ傭兵っ!
その言葉にやはり、親身になれるジキムート。
(大事な依頼の途中に色気を出すと、トンでもねえ事になるからな。まあ、正解だわ。)
相棒を思い出すジキムート。
モンスターより遥かに危ない兵器が、身近にいるのだ。
その言葉に説得力を感じれた。
だが――。
「だったら村に一度帰れば良いっ。帰ってまた、金でも集めて来いよ。おらっ!」
ドンっ!
叫びながら、その食らいつくシラミ傭兵を、腕で一気に押し切った騎士団員っ!
ドタッ!
ずさぁーー。
「くそっ!」
倒れるシラミ傭兵。
「神殿ができてからもう一回来いよ。この薄汚い傭兵がっ! かぁ――ぺっ!」
タンを吐く騎士団員。
ありありと、傭兵への嫌悪が伝わってくる顔だ。
「おっ。おい騎士団さんよ。それはねえだろっ! 俺たちの重税……知らないとは言わせねえぞっ!」
しかし今度は酔っ払いまでも、騎士団員の言葉に反応し始めたっ!
「そうだっ。そんな簡単に金が集めれるわきゃねぇっ! 基本税35に栄養費25もあんだぞっ」
「それだけじゃねえっ! 改築費10に、賦役までついてきやがるっ。そんなもん払って、おいそれと来れねえんだよっ、このクソがーーっっ!」
あわせて70パーセント。
1000万の年収で、手取り300万。
500万の年収で、150万。
旅なんて、できるわけがなかった。
「ん~……? 〝栄養費″? 確かそれ、樹木管理及び、生育費用供出金だっけか。ってことはお前は、あぁ……ハハッ。フランネルの奴だな? あーあ~、かわいそうになぁ。」
気づいたように、酔っ払い含めた傭兵達を見やる、騎士団員。
何か――。
非常に人の癇に障るだろう眼で、見下す様に見始めた。
「そ、そうだっ。なんかフランネルに文句あんのかよ。」
「あの国は……。可哀そうだよなぁ。あそこは聖域が完全非公開だから、わざわざ他国にすがらなきゃ、聖域を拝む事すらもできないんだって。そんな話は聞く。それなのに税金だけはしっかり取られるんだもんなぁ? 悲しくなんないのか? ん~?」
「チッ! そんな事、お前には関係ねえだろうがっ! 大体この国は、つい先ごろまでは『頭を鋼に食われた国』だったくせにっ! 俺らは生まれてからずっと、福音を得られてこれたんだよっ! それで良いのさっ」
唇を噛み締めるシラミ傭兵達。
必死に、自分に言い聞かせているようだった。
だが――。
「あぁ~。福音なぁ。そのせっかくの福音国家もなぁ? 市民にはいっぺんたりとも、〝死んでも″聖域を踏ませないんだからよぉ。実感としてどうなのか、って話よ。」
「くぅ・・・」
「なんつうの? マナは溢れててもむなしいっていうか。いっぺん位は拝みてえだろぉ~。なぁ? そのせいではるばるこんな所まで、来ちゃったわけだしぃ? ホントならお前の故郷の奴らも、代理なんぞ寄こさずに、自分で行ける場所だったろうに、さっ!」
シラミ傭兵達の苦しみを、あざ笑うように馬鹿にする騎士団員。
その時見るからに、傭兵の額に血筋の跡が見えたっ!
「おいおい……。なんかヤバそうな気配がすっぞ。挑発の度が過ぎてるんじゃね、アレ」
異世界人のジキムートでも分かった。
この世界で、神に関わる事で馬鹿にすると……相手も本気になる。
いや、ならざるを得ない事を。
それを知っていてやっているのだ、あの騎士団員は。
「ザッパさん……。この頃様子がおかしいんだ。なんか横暴で、騎士団長にも食ってかかるし」
そう言ってすぐに、ケヴィンが割って入る。
「まぁまぁ……。その、ね。落ち着きましょうよ」
「なんだよケヴィン? 何が落ち着けだっ。 〝小姓ペイジ〟如きが口出すんじゃねえっ! 俺はまっとうな事言ってるぜ。良いじゃねえか、なぁ? ヴィエッタ様も言ってる。経済が潤えば庶民が喜ぶってな」
「ザッパさんっ!」
ケヴィンが止めようと、ザッパに抱き着く様に割って入っている。
だが気にせずあざ笑いながら、傭兵を煽り立てている騎士団員。
「こいつら異国民が、必死に這いつくばって稼いだもんを、俺らの神様に使えば俺らは万々歳よっ! 昔はそうやって俺らも、福音共に搾り取られて来たんだろうがっ! 頭を鋼に食われた獣だのなんだのってよぉっ!」
憂さを晴らすように叫び散らす、煽り魔騎士団員っ!
「やっ、やめましょうその話はっ! だっ、誰かっ。騎士団の方ーっ!」
ケヴィンはそれを止めようと必死に、仲間を呼ぼうとしていた。
「まぁお前らはせっせと、自国の――。へへっ。聖域すら見せてくれねえ樹の神様。それを肥やすために、税金払えば良いさ~。そんでもって後の残りは、お・れ・ら・の、水の神様に払えば良いんだぜっ!」
「ぐぅ……」
涙ぐむ、シラミ傭兵と酔っ払いたちっ!
(なんだあいつ……。薬でも決めてるのか? あいつら傭兵共がぶら下げてる剣が、見えないわけじゃねえだろ。)
シラミ傭兵達の剣を見るジキムート。
「てめぇ……。俺らの国を知りもしねえくせに、よくもっ! こちとら税が払えなきゃ髪を樹の栄養にしてんだっ。それでも足りなかったら指つめて、樹木様にささげるんだよっ! 」
シラミ傭兵は腕を見せつけるっ!
その手には、8本しか指がない。
あとは〝樹木様″の栄養となったようだ。
酔っ払いの方も指はまばら。
同胞だと分かったのは、そう言う事だろう。
「男だけじゃねえっ、若い女も髪のない奴らがザラだってんだっ! それなのに聖域の壁すら一目、一生のうち一度すら目にする事ができねぇんだぞ、チクショウめっ。その気持ちが……。その心がてめえに分かるのかっ! あぁんっ!?」
この、樹に愛されし、美しい森の国には全ての虫がいる。
ただし、頭ジラミだけはいない、決して。
そう言われた逸話がある。
要は、町の人間の無髪を揶揄したのだ。
「へっ、そうかいそうかい。そういやお前、頭にシラミができたんだよなー? むしろ良かったじゃねえか、人生初のシラミができて。俺ら水の神様に感謝でもしろよっ! この脳無しの〝フリっティング・ドンキ(ひらひら舞うロバ)〟ど……」
その時だった。
騎士団員の言葉を無視し、シラミ傭兵が突進したっ!
ドスッ!
「ぐっ!?」
2人とも倒れ込みそして、シラミ傭兵が上のマウントを取って、大声を上げるっ!
「てめえの髪も、神にささげてやんよっ!」
叫んでナイフをかざして一気っ、頭めがけて振り下ろすっ!
ぎゃあ……。
叫び声が響くっ!
すると、他の傭兵達も剣を抜いたっ!
「やべぇっ!」
少しおびえるジキムート。
実際怖いのだ、〝民衆蜂起″はっ!
彼は何度か巻き込まれたからその恐ろしさをよく、知っていた。
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