異世界冒険譚 神無き世界の傭兵から 親愛なる人を愛する神へ~傭兵が死すべき場所は 神の慈愛の手のひらか それとも神に見放されし己が郷土か~

猫板家工房

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異世界の町。

『絶対的』という意味。

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「失礼する。そこの店主、そのブレスレットを見せてもらおうか」



そして現れる、蒼の者――。





「えっ……あぁ。どうぞどうぞ、〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″様」



さっきまで色気たっぷりの、商売っ気を振りまいて元気だったおばちゃんが、急に緊張した面持ちに変わるっ!





「……確かに。少し高いが、神の水都から運ばれたようだな」



じろじろと、そのブレスレットを見やる蒼の者。





「そっ、そんな。高く設定をしてるわけじゃないさっ、いやだわぁ。これを持ってくることがどれ程大変か……」



「そうか」



おばちゃんの話の腰を折るように返事する、蒼の聖典守護。



どうやらお値段は、どうでも良いらしい。







上げたり下げたり、裏向けたり表の文字をジッ……と見たり。



「それで、これが〝ブルーブラッド(蒼白なる生き血)″等と、お前たちが呼んでいる物だな?」



そう言って蒼の者は、ブレスレットの先を示す。



「そっ……そうだよ。間違いない本物さっ。力もこもってる。なんせあの御神水、バイオ・ストリームが入ってんだからねっ」



そのおばちゃんの言葉に、何かの術式だろうか?



蒼の者の手がうっすらと、光を放つ。







それと〝ブルーブラッド(蒼白なる生き血)″を反応させているらしい。



「少量だが……。そうか、分かった。確認が取れた。品物は健全で疑いがない」



「ふぅ――。そっ、そうだろそうだろ? 私が商売で……」



「それでは次だ。神が、ダヌディナ様が。かの者を守るという約束はどこにある」









……。









「えっ……?」





一息つきかけたころに突如、質問がささる。



「そしてかの者への授与運命。手に入れるべき、とダヌディナ神様が示された印を、見せてもらおうか」



「あっ……。ちょっ、ちょっと待っておくれっ!」



矢継ぎ早の質問。



おばちゃんはしどろもどろだ。



そして、何かを感じ取ったようでもある。







「それはその――。なんていうのか、ねぇ? 〝感じる″じゃない? そう……さ」



「感じる? お言葉をいただいた訳では無い、と」



蒼の者が、おばちゃんの応えに再度、質問する。



そうすると途端に、おばちゃんの様子が変わったっ!



「えっ……。あぁ。いや。まぁねぇ」



全身ずぶぬれになるほど汗を吹き出し、蒼白になってしまう!



「つまりは店主は、独断で神威カムイを語ったと」





「そっ……、それは。あたしゃ別に、神様のお言葉を代弁する神威カムイなんて決してっ! そそっ……。そんな重大なもんじゃ」



今、おばちゃんは神威カムイ。



要は神からの、『直接の』言葉や寵愛をねつ造したと、容疑をかけられているのだ。





「だがそれは、〝ヒューマン・ディスグレイス(人類汚辱)″。人類への最悪の侮辱であるっ!」





宣言するように、声高に言い放つ〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″っ!



その言葉に、市場が止まった。



淡々とした蒼の者の言葉の中に、ただならぬ断罪と、怒りの念が感じとれるっ!





「でももし、神様がいればきっと……。そう言っていただけるさ。ねっ、そうだろうケヴィンっ!」



そう震えながらも強く、ケヴィンの裾を持つおばちゃん。



だがケヴィンには、答える事はできないようだった。





「ならば直接会って、神の裁きを受けてみるか、店主。もし、神が言っていないとお答えを示された場合、我ら人間族全体をたばかった罪……。重いぞ」



「そっ……それは、それだけは勘弁しとくれよっ!? なんでいきなりこんなっ……。こんな事に。はぁ……はぁっ!」





動揺に次ぐ動揺。





おばちゃんはかなり、狼狽している。



その横でジキムートも同じく、蒼白になっていた。







「人間〝族″をたばかった……か、なるほどね」



〝ヒューマン・ディスグレシス(人類汚辱)″。



それは、神様の言葉を勝手に、個人で使った詐欺事件。



もしくは文書偽造、という事で理解すれば良い。



だがこの詐欺は、字ヅラ程度では収まらないのだ。



人類汚辱、その物々しい言い方も恐らくは、コケ脅しではないのを感じ取るジキムート。



この状況下、彼はとある童話を思い出していた。









その童話は、『虎の威を借るキツネ』。



(虎の威を借るためにはまず、嘘つきと妄想癖をやめよ……か。なんとも皮肉が効いた話だな。これじゃあ宗教が、ほとんど成り立たねえじゃねえか。)



この童話の内容。



それは、力強く偉い虎と、ひ弱でずる賢い狐のお話。





ある日、嘘つき狐は虎に言った、自分は偉いと。



私の権威を見せてやる。



そう言って、町を虎と一緒に、まるで嘘つき狐が虎を従えたように歩いた。



当然町は、虎を恐れて縮こまる。



そして嘘つき狐は住民が恐れる姿を、あたかも自分の権威であるかのように見せ、虎を驚かせた。







ここで言う虎を神に。





そして狐は、人間に変えれば良い。





そうすれば我々の世界、ひいては、ジキムートの世界の宗教の原理に近い、民話になる。



だがこの世界では、民話に追記ができてしまった――。





(この後、この世界じゃあ他の狐共がシャシャリ出て来て、神様に直接聞いてくださる訳だ。イチイチ。この狐がやった事は、神様をたぶらかす行為です~って。そういうチクり魔はどこにでも居るが、な)





押し問答を繰り広げているおばちゃんと、蒼の者を見比べる傭兵。



今回はおばちゃんが嘘つき狐。



蒼の者が、正直なチクり魔キツネ、だ。



問題はその後。





(もし……。いっぺんでも嘘がバレたら即、人類全体の敵。毛皮にされて、フードにされちまうってか。すっげぇ面倒な処刑スイッチが、日常に埋め込まれてやがるっ。神威カムイってのは面倒要注意だ。)





ジキムートが頭をかく。



その顔にはありありと、『面倒臭ぇ』という文字が浮かんでいた。



(だが、俺がいっちばん警戒しなきゃなんないのは、神様なんかじゃねえ。)







「おいおい、俺らの神様のお言葉をあろうことか、人間が語ったらしいぜ? 正気じゃねえぞっ。そんなクソゴミが、この国にはいるのかよっ」



「ありえねえっ。そんなの死刑だっ。万死に値するっ。俺達は神様のしもべなんだぞっ! てめえの妄想の神様なんぞ、聞きたかねえっ」



幾人かが叫んでいる。



周りを見渡す傭兵。





「しっ、死刑だってっ!? 馬鹿言うんじゃないよっ。アタシは別に、そんな大事をしようってんじゃないっ! 黙ってなっ!」



死刑という言葉に敏感に反応し、怒りに任せておばちゃんが叫ぶっ!





だが……。





「黙ってろだって? 皆の神様の話に、黙ってられる訳ねえだろうがっ!」



「ババアッ! てめえ何様のつもりだっ! 俺らの神様を侮辱しておいてっ! その糞女をさっさと連れて行って、首を晒しちまえよっ!」



「神様はお前の為にいるんじゃねえぞっ! 独占するつもりかこの、メスブタがっ!」





「くっ、アンタたちっ! いい加減アタシらの話に……っ。」





「なんだったら俺が殺してやるよっ。神様のお言葉は神様からっ! 人間がひざまずくのも神様だけっ! それ以外の偽物は全部、消えちまえっ!」



「そうだそうだっ! 俺らの神への愛を、ババアに見せてやるぜっ! 神様を侮辱する奴は俺らの敵っ! 俺ら人間族、全ての敵さっ!」



「首を晒せーっ! 神に懺悔させろーっ!」





男も女も、老いも若きも。





口々におばちゃんを罵倒し、つかみかかろうとする聴衆たちっ!



しかもその言葉には、感情の『空疎さ』がない。



煽って楽しんでいるのではなく、切実な、心のこもった悪意。



まるで、自分が被害を受けているような、真摯で本気の言葉尻っ!





(だめだな。もうすぐリンチだ。)





ジキムートが聴衆を見渡している。



この熱気はもうすぐ、止められなくなるはず。



そう踏んで、身を隠そうと考えていると――。





「……仕事の邪魔を。しないでくれないか?」



〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″が視線を動かし、騒いでいる聴衆たちを一瞥する。





「ひっ!?」





「……」





すると、今まで怒り猛っていた者たちが一斉に引いて、大人しくなったっ!



さすがに、聖典守護には気後れするらしい。



だが未だ、このおばちゃんを中心とした一帯には、異様な断罪の雰囲気が充満している。







(この話のキモは、神の一存じゃねえ。神が全てを動かしているように見えるがこの神威カムイ、それと〝ヒューマン・ディスグレイス(人類汚辱)〟。2つはセットだ。実際は同族嫌悪の感情の、その極みから生まれてやがるっ! 本人たちがどう考えているかは知らんが……な。)



虎を心の底から敬愛する狐の群れに、抜け駆け行為は認められない。



神を目の前にして絶対に容赦されない、『抜け駆け禁止の一線』があるのだ。





だがその反面、この世界には良い事もある。



彼ら狐である人間は、神である虎と逐一会話し、真実を知れるのだから。





だが――。





異世界人のジキムートには、そうは思えなかった。



(そうなると狐は、希望にすがる為の嘘は、つけなくなるな。神様にイチイチ言葉をもらわなきゃ、慰める事もできねえじゃねえかっ。じゃあ一体誰が人を――。いや、人の〝心″を救済するんだよ)







時に人は、嘘を求める。





絶望に打ちひしがれた時、ワラをも掴む人は『宗教』という虚像にすがろうとする。



だがこの世界の教会では、『神はお助けになりませんが、私がついてます。神は貴方様には興味がないようですが、ね?』と言われてしまう訳だ。



一度見放されれば、終わり。



救いはどこからも、来ない。







(宗教の基本理念も、勧誘に救済。ことごとく全部、完全に崩れてやがるっ! 俺が思ってたより遥かに深刻だぞ、この国。いや、この世界っ!)



勧誘などしてはいけない。なぜなら信じていないモノなどいないから。



そして何より、救済などはない。



救済するなどと一言も、神が言っていないから。



そして残ったのは『罰』。



人と人とが与えあう、罰のみが残った。







「そこの騎士団員、この女を連れていく。手伝ってくれ」



「……」



言われるがままに、部下でもないハズの騎士団員が、蒼の者の言葉に従った。



おばちゃんを無理やり、引っ張って行こうとする。





「あっ、あたしは悪気があって言ったんじゃない……っ。そっ、そうなんだよ。それくらいで何さっ! 人類をたばかるって大げさなっ! ねえケヴィン、何とか言っておくれよっ」

叫びだしたおばちゃんっ!



しどろもどろというより、断末魔に近い。



「ごめん、おばちゃん」





「結婚相談か……。良いね、俺もお願いをしてみようか」



ジキムートが笑う。



「こちらに来てもらおう」



蒼の使徒が強引に、腕を引く。





それに引きずられるおばちゃんは何か、叫んでいる。





「ちょっ、待て。待ってって言ってるじゃないさ。店があるからっ。それくらい、それくらいは良いだろうって、言ってんだよっ。」



「おばちゃん……」



ケヴィンが苦しそうに、死に物狂いのおばちゃんから目をそむける。





「ほら、そこの兵隊さんたちっ! あんたらもなんとか言っておくれよっ! あんたらはここを長く、守ってきたんじゃないかいっ! あたしは決して神を冒涜したんじゃないって、分かるだろっ! 前はこんなんじゃなかったっ! ほらっ。助けなよっ!」





兵隊を呼ぶおばちゃん。



だが、苦々しい顔をして、騎士団はそっぽを向いてしまった。





(町の均衡が崩れている。だが、これが神が居る世界の幸せ……。か。)



見た事ない、神と人間との〝二重統治″体制。



それに目を白黒させるジキムート。



彼はふと……、シャルドネの姿。真紅のローブを思い出した。



おそらくは、そういう事なのだろう。







(慎ましい抵抗、な。そしてその先が知りたい、本気でよ。ヒトの信念すら神に飲み込まれて、屈服させられるのかを、よ。)



ジキムートは、そんな事を思った。





「……」



「神威カムイは語っちゃダメなんだよ。ジキムートさんも気を付けてね。この町は今、生まれ変わろうとしている途中なんだ。神を真摯に受け入れるために」



静かになった市場の、止まったような時間が終わる。



活気が戻って騒がしくなる中、苦しそうな顔で語るケヴィン。



その抱えた痛みは、神への愛なのだろう。きっと……。







「そうか。俺、田舎の出だからな。緩まないように気をつけるようにするぜ。――所でケヴィン、尊神リービアはどうなんだ?」



雑踏の中、2人は人に流され歩いていく。



とりあえず、動きだした群衆から抜け出さなければならない。





「尊神リービアは、普通だと思います。神を敬う為に、人が自らに課す物だから。例えば……そう。ご飯を残さないとか。優しくするとか。それを他人に強要しないことが条件だけれども、ありですよ全然」





「……なるほどな」



(神威カムイと尊神リービア。そんでもって大聖典と、小聖典。2つは同じだろうな。面倒くせえもんだ。)



小聖典が嫌われる理由もなんとなく、理解できた異世界人。





この世界。



もし神の誕生日が来たとしても、『喜べ』と直接言われない限りは、喜べない。



せいぜい心の中で尊神し、ケーキやモミの木に〝一人″で、もくもくと飾り付けるしかなかった。



そこに小聖典が無理やりに、人の感性をねじ込もうという訳だ。







だが民衆達はそれに少なからず、反発している。



神以外の言葉に躍らされたくない、という感情が強いのだろう。



神の居る世界は、神への同化も喜びの共有も、難しいらしい。





「神が目の前にいる孤独……か」



触れられる距離にいても決して、彼らは神に触れられはしない。



距離の問題ではない。



他人の目がある限り、世界は神が居る孤独に耐えなければならないのだ。





すると目の前、広場があった。
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