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0章~プロローグ~
人ってえのはやっぱ……。
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眩しい――。
眩しすぎて、何も見えない。
「やっと見つけた。私、ここよ……」
声がする。
とても懐かしいような、切ないような声。
その声に答えようとするが――。
声が出ない。
「迎えに来たの。世界を超えて、あなただけを。長かった」
泣きそうな声。
泣かないでくれ、愛おしい人。
君を……君だけを私は……。
「おいっ、一列に並べっ!」
怒鳴り声が響く。
そこには男たち、いや、少量だが女もいた。
いかつそうな鎧をまとった者から、ぺらっぺらの、どう見ても乞食のような者も。
老人、若い者。
手のない奴から、目がない奴まで千差万別――。
というより、有象無象。
その黒い群れが、まだ陽が高い頃からずっと、たむろしている。
「そん時俺は言ってやったのよ、ナイフで目をエグられるのが良いか、薬を出すのが良いかっ。てな。」
「そうそう。なぁに、金はきちんと払うさ。この仕事が終わったらよぉ。俺らは正直者だからなっ! 借りたのは確か……、10だったか?」
「いや、5だろうよ相棒。多分5つだ。こっちは緊急なんだ、我慢しろってんだよっ。待ってりゃいつかきちんと、払うんだから。なぁ? かぁ……ぺっ!」
笑いを上げ、タンを吐き出す男達。
その他方でも――。
「ほんとあの代筆屋、無能だよなぁっ」
「全くだぜ。コイツが〝妹に金を送ってくれ″って、書いて欲しいって言ったんだ。そしたらあの野郎、『妹さんのお名前は? おいくらにしましょう』って聞いてくんだよ」
「だから俺が、オーシャって妹で、銀貨10枚だって言ってやった。ここまでは良かったのに、こっからが最悪だったぜ。アイツ全く、言葉が理解できてねえっ。よくあんなんで代筆なんぞできるよなっ」
「そうそう、こっからが問題でよぉ。なんと代筆屋が『それでは、この手紙のあて先はどちらでしょう?』っつうんだよ。はぁ? 妹に決まってんだろっ、て。かぁ~、ぺっ」
ペッと吐き出されるタン。
地面は〝タン″と小便だらけ。
それが、湿った比較的暖かい空気に触れ、あたりに臭いを放射させている。
「そしたらその代筆屋、何を考えたか。『もう一人、妹さんがおられるので?』って言うんだよ。もう頭悪すぎて面倒だから、ぼっこぼこにしてやったっ! なぁ信じられるかっ!? 俺の妹はオーシャしかいねえっつぅのっ」
怒りをあらわにし、男が怒鳴るっ! すると・・・。
「あっ、でも。もしかすっとよぉ。その代筆屋、お前の母ちゃんとできてたんじゃねえ?妹がほんとはもう一人、どっかにいんだよ。イヒヒヒっ」
ゲラゲラと、品のない笑い声を響かせながら、口々にしゃべっている有象無象。
貧民街のような、異臭がする。
人の心が腐った臭いが、充満しているのだ。
「……」
町の人間達は、その場所を大きく迂回して、〝軍用駅″を通り過ぎて行く。
当然だろう、この場所だけ異様なのだから。
鈍る太陽――。
太陽はいつもどうり陽気に、輝いている。
だが、ここにいれば嫌でも、そう感じる場所。
この一角だけが、鈍った太陽で汚れていた。
「この臭いは、異世界でも変わらんか――。ふふっ」
男は、軍の馬車の上。
彼ら有象無象が、目指す場所。
そこに先に陣取って、上から見下ろしていた。すると――。
「お前、35を過ぎているな?」
「あっ……。あぁ」
一番前の奴が何やら、兵士に止められている。
有象無象よりは遥かに小ぎれいだが、強そうに見えない、汎用的な鎧をまとった兵士〝が″、言いがかりをつけていた。
「35以上の奴は通せない。ほら、書いてあるだろう。若く強いものを募集、とな」
「それは嘘の臭いがするな」
男がつぶやいた。
「そっ、そんな事、依頼を受けたときは言われてない。きっ、貴様ら。俺をこんななりだから、馬鹿にしているならっ。そのっ。シャルドネ候に訴えるぞっ!」
最大限の剣幕で、怒りをぶつける魔法士。
「どうぞ、ご自由に――」
だが、余裕たっぷりに応える兵士。
確かに、怒りをぶつける男は、腕っぷしは弱そうだ。
しかしそれは、問題ないはずである。
なぜなら魔法を使えれば、それで良いのだから。
「だが、お前みたいのはカモられる、と」
よれよれの、薄汚れた黒衣。
ジャーキーのようなその、筋肉。
それだけならまだしも。
顔が……、ひ弱だ。
こけた頬にハゲた頭。
垂れ下がった目じり。
「顔にナイフ傷でもつけろ。それが良い」
人相一つで世界は変わる。
そう、こんな狭く、卑屈な世界ならば。
「……くっ」
うめくと何を思ったか、その35歳以上の男は、やおらポケットから袋を取り出した。
そして、難クセをつける兵に渡す。
「次……。来いっ!」
するとその魔法士は、馬車のほうへと無言で歩き出す。
兵は次の者を、横柄に呼ぶ――。
彼らの〝裁量″が、ここの全てだ。
現代のように、上司を呼んでクレームつければ、なんとかなる――。
なんてそんな甘い考えは、通らない。
むしろ上司にも、金を支払わされるのがオチだった。
「神が居ようと居まいと、人ってのは等しく臭せぇんだな」
こういった、負と抑圧の感覚。
それが充満するこの場所は、彼がいた世界と全く変わらない風景。
安堵の息を吐く傭兵。
「だが、俺の世界と違うのはアイツ……。さっきから、五月蠅いのが居る事くらいか」
「4柱の神に、世界を正しくお導きいただけるように、仕手を目指しましょう~っ」
カーンっ!
鐘の音を響かせながら、司祭がありがたい説話を大声で、叫んでいる。
「4柱の神。とりわけ水の神ダヌディナ様は、慈愛と好奇心の神として有名です。彼女は我々になくてはならない、水と癒しを与えてくれているっ。さぁ感謝ですっ。共に神を称える言葉を述べましょうっ。」
カーンっ!
耳をつんざく音。
司祭の言葉は一面に響き、男は、耳をふさぐ仕草をした。
「あなたは水を飲まずに、一生を生きれますか? 砂漠で渇きっ、今にも死にそうな時っ! 慈愛の水のマナがあなたを支え、喉を潤す一滴の魔法となった夜っ。それをお忘れかっ!? 我らは、彼女の愛に報いなければなりませんっ」
「何が……。神だ」
機嫌が悪そうに、男がつぶやく。
だが――。
「ありがとうございます、水の神ダヌディナ様。えと……あの。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手」
「いえいえ、違いますよ。そちらは4柱の神、全てを奉る言葉。水の神はこう――。たゆたう水、誇りの流れ。神のうるおい。です」
「すっ、すいません。へへ、こちとら学がねえもんで」
ぺこりと嬉しそうに、満面の笑みでデカい親父――。
いや、『傭兵という名の殺人鬼』が頭をかく。
「……」
この光景は、何度見ても慣れない。
この世界の人間は、神の話となるとまるで、赤子のように純粋になる。
それは、人殺しの傭兵でも同じ。
全員受付をすますと、この司祭の説教に『必ず』、耳を傾けていたのだ。
全く動じず、自然な流れで。
その傭兵は司祭から、〝青いパーチメント(羊皮紙)″をもらう。
そうして大切そうに、ボロの袋にしまい込んで、乗り込んできた。
「ちっ。早く捨てちまいてぇが」
自らがもらったパーチメントを、苦々しく見る男。
彼もソレを、もらっていた。
いや、もらわずには居られなかった。
「神を愛さない、異世界人だ。なんてバレちまったら……。一体どうなるか分からんからな」
彼は不自然な対応を取らないよう、気を配っている。
しかし、やおら周りを見渡すと、口元からよだれをたらし……。
青い羊皮紙へと落とした。
「神なんぞクソくらえだ」
「おいっ、何しやがるっ!」
響く怒号っ!
それは、列の一番先頭からだ。
そこら中に大声が響いている。
「お前のは無効だ。帰れ」
ドンッ!
男は突き飛ばされたっ!
突き飛ばしたのはまた、あの兵隊だ。
そして、怒号をあげる傭兵をまるで――。
いや、実質汚い物乞いを追いやろうと、シッシッと手をひらひらとさせる。
「なっ。俺のはきちんとした、ギルドの依頼証だっ。よく見やがれっ!」
紙を広げるギョロっとした、カメレオンを思わせる男っ!
その目で兵を睨む。だが――。
「次だ、来いっ!」
一瞥すらくれず、人差し指で次を呼ぶ兵隊。
その様子を見て、男はため息交じりにつぶやいた。
「やめておけ〝新人″。人を見ろ」
横柄な兵の周辺を見ながら彼は、その後の惨事を予見する。
「てんめぇ……」
人波に押され、カメレオン男ははじき出され、消えていった。
だがその怒りは収まらず、びきびきとコメかみに、血筋を浮き立たせていくっ!
「おぉ良いぜ。それならよぉっ!」
すると突然――。
懐に手を入れ、走り出した。
ドンドンと……。
ドンドンと前に進み、そして、先ほどの兵が見えた瞬間っ!
グズッ。
肉に深く突き刺さる、鈍い音っ!
「ぐぁっ!?」
兵は――刺していた。
カメレオン男を、後ろからっ!
「お前、どうやら夜の歓楽街で、〝おいた〟したらしいな。逮捕状が出てるんだよ」
真後ろから、ささやくような声――。
別の兵だ。
彼はカメレオン男が、懐に手を入れる前。
その時即時、槍を構えていた。
そして、カメレオン男が走り出すと同時に〝目標″に向かって、走っていたのだ。
ドンッ!
痛みに震えるカメレオン男を突き飛ばし、兵が笑った。
「間抜けな〝新人″坊や。チュチュチュっ。たっちしな」
兵はまるで、子供をあやす様に口を鳴らすっ!
そして、苦しみもだえるカメレオン男を笑って、煽りをいれるっ!
「周りを見ろって事だ。戦場で思い込みが激しいと、死んじまうぞ。こいつら兵隊は誰一人として、傭兵を……。俺らを人間だなんて、思ってないんだよ新人。勉強代、高くついちまったな。ふぅ……。」
男は地べたに這いずるカメレオン男を見て、笑う。
「あぁ……。ぐあぁっ!? いてぇえっ。助けてっ、助けてくれっ!」
ザスッ!
兵は、痛みに震えるカメレオン男から、刺していた槍を無理やり引き抜いたっ!
「ぐっ!?」
「どうよっ。俺の立派な〝モノ″は」
そして、血まみれの槍を振り上げ、ジョークを言って笑う。
「長さはよくてもちょいと、細すぎやしませんかねえ」
「あらぁ、あたしはそんな立派なもんなら、奥までほじくって欲しいわねぇ、兵隊さ~ん」
それに下品な声で、笑いで、応える傭兵達。
クスクスと、神の愛を説く司祭までもが、笑っている。
そして薄ら笑いを残してすぐに、何事もなかったように彼らは……。
それぞれの場所へと戻っていった。
「神は人を愛せども、人は人を愛さず。因果だな~。ふふっ」
あざけるように、この世界を思う男。
そして、一通り終わると兵達は、司祭に頭を垂れ、馬車へと乗り込む。
「あーこほん。全員いるな。では説明だ。お前たちはこれから、我らの領土の守りにつく。そこは要所でありそして――。〝神域″だ。」
「お前たちは、栄えある我ら『バスティオン侯国騎士団第13連隊』所属の任に、つく事となった」
全く感情を込めず、ひたすら朗読する兵達。
1人がやおら、コンコン……っと、車掌の椅子をたたく。
するとゆっくりと――。
かなり老朽化しているのだろうか?
きしむような音を響かせ、馬車が動き出した。
「主だった任務は2つ。街のパトロール、外敵からの守護。この2つ。以上だ」
そういうと同時にため息を吐き、手に持った何かを、傭兵達に投げつけた。
ドシャっと音を立て、血みどろの何か――。
カメレオン男が、床に放り出される。
そして、馬車から降りようとする兵隊達。
しかしその顔に突然、何か覇気のような物が戻っていき……。
「あっ、そうそうお前達っ。1つ、俺から元気が出るような、景気づけのはなむけをやるよっ! もし、お前らが帰ってこれたら、第2連隊中央守護、メーク・インジーを訪ねてこいっ」
「あぁ、そういやそっかっ。いっけね。忘れてたっ! へへっ、訪ねてきたらとーっておきの、バルゴダワインをおごってやるんだったっ! もちろん本物の、混じりっけなしのやつよっ」
身振り手振りで、内容を説明する兵。
「バルゴダワインっていったら、高級品じゃねえかっ!? マジかよっ」
「ああマジよっ。なんせ神を外敵から守った、英雄様だもんな~。こいつぁ傭兵ども全員に伝えてあるっ! 良いかぁ。メーク・インジーだ。忘れるなよぉ」
すると鼻で笑い、そそくさと兵達は、馬車から飛び降りていった。
「嘘の臭い。ようは、そんな約束は鼻っからねぇって事か」
そう、男はあきれたように言う。
恐らくだが、そんな人物はいないのだろう。
その上で、訪ねてきた人間を馬鹿にした挙句、訪ねて来たその数を、賭けの標的にしたのだろう事。それは、経験から分かった。
だが、気になることが一点。
「その賭けは、成立するかどうか……。だな」
賭けは、2手以上に分かれないと、成立しない。
生きて帰れる人間が、1人でもいる。
そう思われなければ、賭けにはならないのだ。
ゆっくりとそのクッション性の悪い、湿気と汚れで布なのか、それとも木なのかさえ分からなくなった座席。
それに男は、頭を預けた。
「異世界脱出計画も、前途洋々だ」
笑いながらふと、鼻歌を歌い始める。
この世界の人間が、誰も――。
そう、誰一人として、知らない歌。
〝神を罵倒する歌″を。
「神の~ケツに、あぁふふんふ~ん」
上機嫌の彼を乗せ、馬車が走り出した。
神の地。
地獄の戦場へと。
「我らは罪人です、神よ。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。あなたの元に、あのような汚れを寄こす事を、どうか……。どうか、ご容赦ください」
地獄行きの馬車から飛び降りた、兵達と司祭。
3人は真摯に、己が信じる神へと、祈りを込めた。
その祈りは真剣で、嘘偽りのない物。
そして悲壮的な、後悔の念が漂っている。
「……」
祈り終わると、自分の仕事へと戻ろうとする司祭たち。
――が。
「あのゴミどもが決して、一人も、絶対にっ。あなた様のおひざ元まで届かぬ事を切に……。切に願う」
一人の兵は、独り言ちる。
それはきっと、紛れもない嫉妬なのだろう。
馬車を見る彼の目には、隠しきれない〝羨望″の色が、透けて見えていた。
例えそれが、地獄への直行便であろうとも。
神がいるなら恐らく。
そうきっと――。
眩しすぎて、何も見えない。
「やっと見つけた。私、ここよ……」
声がする。
とても懐かしいような、切ないような声。
その声に答えようとするが――。
声が出ない。
「迎えに来たの。世界を超えて、あなただけを。長かった」
泣きそうな声。
泣かないでくれ、愛おしい人。
君を……君だけを私は……。
「おいっ、一列に並べっ!」
怒鳴り声が響く。
そこには男たち、いや、少量だが女もいた。
いかつそうな鎧をまとった者から、ぺらっぺらの、どう見ても乞食のような者も。
老人、若い者。
手のない奴から、目がない奴まで千差万別――。
というより、有象無象。
その黒い群れが、まだ陽が高い頃からずっと、たむろしている。
「そん時俺は言ってやったのよ、ナイフで目をエグられるのが良いか、薬を出すのが良いかっ。てな。」
「そうそう。なぁに、金はきちんと払うさ。この仕事が終わったらよぉ。俺らは正直者だからなっ! 借りたのは確か……、10だったか?」
「いや、5だろうよ相棒。多分5つだ。こっちは緊急なんだ、我慢しろってんだよっ。待ってりゃいつかきちんと、払うんだから。なぁ? かぁ……ぺっ!」
笑いを上げ、タンを吐き出す男達。
その他方でも――。
「ほんとあの代筆屋、無能だよなぁっ」
「全くだぜ。コイツが〝妹に金を送ってくれ″って、書いて欲しいって言ったんだ。そしたらあの野郎、『妹さんのお名前は? おいくらにしましょう』って聞いてくんだよ」
「だから俺が、オーシャって妹で、銀貨10枚だって言ってやった。ここまでは良かったのに、こっからが最悪だったぜ。アイツ全く、言葉が理解できてねえっ。よくあんなんで代筆なんぞできるよなっ」
「そうそう、こっからが問題でよぉ。なんと代筆屋が『それでは、この手紙のあて先はどちらでしょう?』っつうんだよ。はぁ? 妹に決まってんだろっ、て。かぁ~、ぺっ」
ペッと吐き出されるタン。
地面は〝タン″と小便だらけ。
それが、湿った比較的暖かい空気に触れ、あたりに臭いを放射させている。
「そしたらその代筆屋、何を考えたか。『もう一人、妹さんがおられるので?』って言うんだよ。もう頭悪すぎて面倒だから、ぼっこぼこにしてやったっ! なぁ信じられるかっ!? 俺の妹はオーシャしかいねえっつぅのっ」
怒りをあらわにし、男が怒鳴るっ! すると・・・。
「あっ、でも。もしかすっとよぉ。その代筆屋、お前の母ちゃんとできてたんじゃねえ?妹がほんとはもう一人、どっかにいんだよ。イヒヒヒっ」
ゲラゲラと、品のない笑い声を響かせながら、口々にしゃべっている有象無象。
貧民街のような、異臭がする。
人の心が腐った臭いが、充満しているのだ。
「……」
町の人間達は、その場所を大きく迂回して、〝軍用駅″を通り過ぎて行く。
当然だろう、この場所だけ異様なのだから。
鈍る太陽――。
太陽はいつもどうり陽気に、輝いている。
だが、ここにいれば嫌でも、そう感じる場所。
この一角だけが、鈍った太陽で汚れていた。
「この臭いは、異世界でも変わらんか――。ふふっ」
男は、軍の馬車の上。
彼ら有象無象が、目指す場所。
そこに先に陣取って、上から見下ろしていた。すると――。
「お前、35を過ぎているな?」
「あっ……。あぁ」
一番前の奴が何やら、兵士に止められている。
有象無象よりは遥かに小ぎれいだが、強そうに見えない、汎用的な鎧をまとった兵士〝が″、言いがかりをつけていた。
「35以上の奴は通せない。ほら、書いてあるだろう。若く強いものを募集、とな」
「それは嘘の臭いがするな」
男がつぶやいた。
「そっ、そんな事、依頼を受けたときは言われてない。きっ、貴様ら。俺をこんななりだから、馬鹿にしているならっ。そのっ。シャルドネ候に訴えるぞっ!」
最大限の剣幕で、怒りをぶつける魔法士。
「どうぞ、ご自由に――」
だが、余裕たっぷりに応える兵士。
確かに、怒りをぶつける男は、腕っぷしは弱そうだ。
しかしそれは、問題ないはずである。
なぜなら魔法を使えれば、それで良いのだから。
「だが、お前みたいのはカモられる、と」
よれよれの、薄汚れた黒衣。
ジャーキーのようなその、筋肉。
それだけならまだしも。
顔が……、ひ弱だ。
こけた頬にハゲた頭。
垂れ下がった目じり。
「顔にナイフ傷でもつけろ。それが良い」
人相一つで世界は変わる。
そう、こんな狭く、卑屈な世界ならば。
「……くっ」
うめくと何を思ったか、その35歳以上の男は、やおらポケットから袋を取り出した。
そして、難クセをつける兵に渡す。
「次……。来いっ!」
するとその魔法士は、馬車のほうへと無言で歩き出す。
兵は次の者を、横柄に呼ぶ――。
彼らの〝裁量″が、ここの全てだ。
現代のように、上司を呼んでクレームつければ、なんとかなる――。
なんてそんな甘い考えは、通らない。
むしろ上司にも、金を支払わされるのがオチだった。
「神が居ようと居まいと、人ってのは等しく臭せぇんだな」
こういった、負と抑圧の感覚。
それが充満するこの場所は、彼がいた世界と全く変わらない風景。
安堵の息を吐く傭兵。
「だが、俺の世界と違うのはアイツ……。さっきから、五月蠅いのが居る事くらいか」
「4柱の神に、世界を正しくお導きいただけるように、仕手を目指しましょう~っ」
カーンっ!
鐘の音を響かせながら、司祭がありがたい説話を大声で、叫んでいる。
「4柱の神。とりわけ水の神ダヌディナ様は、慈愛と好奇心の神として有名です。彼女は我々になくてはならない、水と癒しを与えてくれているっ。さぁ感謝ですっ。共に神を称える言葉を述べましょうっ。」
カーンっ!
耳をつんざく音。
司祭の言葉は一面に響き、男は、耳をふさぐ仕草をした。
「あなたは水を飲まずに、一生を生きれますか? 砂漠で渇きっ、今にも死にそうな時っ! 慈愛の水のマナがあなたを支え、喉を潤す一滴の魔法となった夜っ。それをお忘れかっ!? 我らは、彼女の愛に報いなければなりませんっ」
「何が……。神だ」
機嫌が悪そうに、男がつぶやく。
だが――。
「ありがとうございます、水の神ダヌディナ様。えと……あの。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手」
「いえいえ、違いますよ。そちらは4柱の神、全てを奉る言葉。水の神はこう――。たゆたう水、誇りの流れ。神のうるおい。です」
「すっ、すいません。へへ、こちとら学がねえもんで」
ぺこりと嬉しそうに、満面の笑みでデカい親父――。
いや、『傭兵という名の殺人鬼』が頭をかく。
「……」
この光景は、何度見ても慣れない。
この世界の人間は、神の話となるとまるで、赤子のように純粋になる。
それは、人殺しの傭兵でも同じ。
全員受付をすますと、この司祭の説教に『必ず』、耳を傾けていたのだ。
全く動じず、自然な流れで。
その傭兵は司祭から、〝青いパーチメント(羊皮紙)″をもらう。
そうして大切そうに、ボロの袋にしまい込んで、乗り込んできた。
「ちっ。早く捨てちまいてぇが」
自らがもらったパーチメントを、苦々しく見る男。
彼もソレを、もらっていた。
いや、もらわずには居られなかった。
「神を愛さない、異世界人だ。なんてバレちまったら……。一体どうなるか分からんからな」
彼は不自然な対応を取らないよう、気を配っている。
しかし、やおら周りを見渡すと、口元からよだれをたらし……。
青い羊皮紙へと落とした。
「神なんぞクソくらえだ」
「おいっ、何しやがるっ!」
響く怒号っ!
それは、列の一番先頭からだ。
そこら中に大声が響いている。
「お前のは無効だ。帰れ」
ドンッ!
男は突き飛ばされたっ!
突き飛ばしたのはまた、あの兵隊だ。
そして、怒号をあげる傭兵をまるで――。
いや、実質汚い物乞いを追いやろうと、シッシッと手をひらひらとさせる。
「なっ。俺のはきちんとした、ギルドの依頼証だっ。よく見やがれっ!」
紙を広げるギョロっとした、カメレオンを思わせる男っ!
その目で兵を睨む。だが――。
「次だ、来いっ!」
一瞥すらくれず、人差し指で次を呼ぶ兵隊。
その様子を見て、男はため息交じりにつぶやいた。
「やめておけ〝新人″。人を見ろ」
横柄な兵の周辺を見ながら彼は、その後の惨事を予見する。
「てんめぇ……」
人波に押され、カメレオン男ははじき出され、消えていった。
だがその怒りは収まらず、びきびきとコメかみに、血筋を浮き立たせていくっ!
「おぉ良いぜ。それならよぉっ!」
すると突然――。
懐に手を入れ、走り出した。
ドンドンと……。
ドンドンと前に進み、そして、先ほどの兵が見えた瞬間っ!
グズッ。
肉に深く突き刺さる、鈍い音っ!
「ぐぁっ!?」
兵は――刺していた。
カメレオン男を、後ろからっ!
「お前、どうやら夜の歓楽街で、〝おいた〟したらしいな。逮捕状が出てるんだよ」
真後ろから、ささやくような声――。
別の兵だ。
彼はカメレオン男が、懐に手を入れる前。
その時即時、槍を構えていた。
そして、カメレオン男が走り出すと同時に〝目標″に向かって、走っていたのだ。
ドンッ!
痛みに震えるカメレオン男を突き飛ばし、兵が笑った。
「間抜けな〝新人″坊や。チュチュチュっ。たっちしな」
兵はまるで、子供をあやす様に口を鳴らすっ!
そして、苦しみもだえるカメレオン男を笑って、煽りをいれるっ!
「周りを見ろって事だ。戦場で思い込みが激しいと、死んじまうぞ。こいつら兵隊は誰一人として、傭兵を……。俺らを人間だなんて、思ってないんだよ新人。勉強代、高くついちまったな。ふぅ……。」
男は地べたに這いずるカメレオン男を見て、笑う。
「あぁ……。ぐあぁっ!? いてぇえっ。助けてっ、助けてくれっ!」
ザスッ!
兵は、痛みに震えるカメレオン男から、刺していた槍を無理やり引き抜いたっ!
「ぐっ!?」
「どうよっ。俺の立派な〝モノ″は」
そして、血まみれの槍を振り上げ、ジョークを言って笑う。
「長さはよくてもちょいと、細すぎやしませんかねえ」
「あらぁ、あたしはそんな立派なもんなら、奥までほじくって欲しいわねぇ、兵隊さ~ん」
それに下品な声で、笑いで、応える傭兵達。
クスクスと、神の愛を説く司祭までもが、笑っている。
そして薄ら笑いを残してすぐに、何事もなかったように彼らは……。
それぞれの場所へと戻っていった。
「神は人を愛せども、人は人を愛さず。因果だな~。ふふっ」
あざけるように、この世界を思う男。
そして、一通り終わると兵達は、司祭に頭を垂れ、馬車へと乗り込む。
「あーこほん。全員いるな。では説明だ。お前たちはこれから、我らの領土の守りにつく。そこは要所でありそして――。〝神域″だ。」
「お前たちは、栄えある我ら『バスティオン侯国騎士団第13連隊』所属の任に、つく事となった」
全く感情を込めず、ひたすら朗読する兵達。
1人がやおら、コンコン……っと、車掌の椅子をたたく。
するとゆっくりと――。
かなり老朽化しているのだろうか?
きしむような音を響かせ、馬車が動き出した。
「主だった任務は2つ。街のパトロール、外敵からの守護。この2つ。以上だ」
そういうと同時にため息を吐き、手に持った何かを、傭兵達に投げつけた。
ドシャっと音を立て、血みどろの何か――。
カメレオン男が、床に放り出される。
そして、馬車から降りようとする兵隊達。
しかしその顔に突然、何か覇気のような物が戻っていき……。
「あっ、そうそうお前達っ。1つ、俺から元気が出るような、景気づけのはなむけをやるよっ! もし、お前らが帰ってこれたら、第2連隊中央守護、メーク・インジーを訪ねてこいっ」
「あぁ、そういやそっかっ。いっけね。忘れてたっ! へへっ、訪ねてきたらとーっておきの、バルゴダワインをおごってやるんだったっ! もちろん本物の、混じりっけなしのやつよっ」
身振り手振りで、内容を説明する兵。
「バルゴダワインっていったら、高級品じゃねえかっ!? マジかよっ」
「ああマジよっ。なんせ神を外敵から守った、英雄様だもんな~。こいつぁ傭兵ども全員に伝えてあるっ! 良いかぁ。メーク・インジーだ。忘れるなよぉ」
すると鼻で笑い、そそくさと兵達は、馬車から飛び降りていった。
「嘘の臭い。ようは、そんな約束は鼻っからねぇって事か」
そう、男はあきれたように言う。
恐らくだが、そんな人物はいないのだろう。
その上で、訪ねてきた人間を馬鹿にした挙句、訪ねて来たその数を、賭けの標的にしたのだろう事。それは、経験から分かった。
だが、気になることが一点。
「その賭けは、成立するかどうか……。だな」
賭けは、2手以上に分かれないと、成立しない。
生きて帰れる人間が、1人でもいる。
そう思われなければ、賭けにはならないのだ。
ゆっくりとそのクッション性の悪い、湿気と汚れで布なのか、それとも木なのかさえ分からなくなった座席。
それに男は、頭を預けた。
「異世界脱出計画も、前途洋々だ」
笑いながらふと、鼻歌を歌い始める。
この世界の人間が、誰も――。
そう、誰一人として、知らない歌。
〝神を罵倒する歌″を。
「神の~ケツに、あぁふふんふ~ん」
上機嫌の彼を乗せ、馬車が走り出した。
神の地。
地獄の戦場へと。
「我らは罪人です、神よ。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。あなたの元に、あのような汚れを寄こす事を、どうか……。どうか、ご容赦ください」
地獄行きの馬車から飛び降りた、兵達と司祭。
3人は真摯に、己が信じる神へと、祈りを込めた。
その祈りは真剣で、嘘偽りのない物。
そして悲壮的な、後悔の念が漂っている。
「……」
祈り終わると、自分の仕事へと戻ろうとする司祭たち。
――が。
「あのゴミどもが決して、一人も、絶対にっ。あなた様のおひざ元まで届かぬ事を切に……。切に願う」
一人の兵は、独り言ちる。
それはきっと、紛れもない嫉妬なのだろう。
馬車を見る彼の目には、隠しきれない〝羨望″の色が、透けて見えていた。
例えそれが、地獄への直行便であろうとも。
神がいるなら恐らく。
そうきっと――。
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