異世界冒険譚 神無き世界の傭兵から 親愛なる人を愛する神へ~傭兵が死すべき場所は 神の慈愛の手のひらか それとも神に見放されし己が郷土か~

猫板家工房

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0章~プロローグ~

人ってえのはやっぱ……。

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  眩しい――。



眩しすぎて、何も見えない。





「やっと見つけた。私、ここよ……」



声がする。



とても懐かしいような、切ないような声。



その声に答えようとするが――。



声が出ない。





「迎えに来たの。世界を超えて、あなただけを。長かった」



泣きそうな声。



泣かないでくれ、愛おしい人。



君を……君だけを私は……。











 「おいっ、一列に並べっ!」



怒鳴り声が響く。



そこには男たち、いや、少量だが女もいた。



いかつそうな鎧をまとった者から、ぺらっぺらの、どう見ても乞食のような者も。



老人、若い者。



手のない奴から、目がない奴まで千差万別――。



というより、有象無象。





その黒い群れが、まだ陽が高い頃からずっと、たむろしている。



「そん時俺は言ってやったのよ、ナイフで目をエグられるのが良いか、薬を出すのが良いかっ。てな。」



「そうそう。なぁに、金はきちんと払うさ。この仕事が終わったらよぉ。俺らは正直者だからなっ! 借りたのは確か……、10だったか?」



「いや、5だろうよ相棒。多分5つだ。こっちは緊急なんだ、我慢しろってんだよっ。待ってりゃいつかきちんと、払うんだから。なぁ? かぁ……ぺっ!」



笑いを上げ、タンを吐き出す男達。



その他方でも――。





「ほんとあの代筆屋、無能だよなぁっ」



「全くだぜ。コイツが〝妹に金を送ってくれ″って、書いて欲しいって言ったんだ。そしたらあの野郎、『妹さんのお名前は? おいくらにしましょう』って聞いてくんだよ」



「だから俺が、オーシャって妹で、銀貨10枚だって言ってやった。ここまでは良かったのに、こっからが最悪だったぜ。アイツ全く、言葉が理解できてねえっ。よくあんなんで代筆なんぞできるよなっ」





「そうそう、こっからが問題でよぉ。なんと代筆屋が『それでは、この手紙のあて先はどちらでしょう?』っつうんだよ。はぁ? 妹に決まってんだろっ、て。かぁ~、ぺっ」





ペッと吐き出されるタン。



地面は〝タン″と小便だらけ。



それが、湿った比較的暖かい空気に触れ、あたりに臭いを放射させている。





「そしたらその代筆屋、何を考えたか。『もう一人、妹さんがおられるので?』って言うんだよ。もう頭悪すぎて面倒だから、ぼっこぼこにしてやったっ! なぁ信じられるかっ!?  俺の妹はオーシャしかいねえっつぅのっ」



怒りをあらわにし、男が怒鳴るっ! すると・・・。



「あっ、でも。もしかすっとよぉ。その代筆屋、お前の母ちゃんとできてたんじゃねえ?妹がほんとはもう一人、どっかにいんだよ。イヒヒヒっ」



ゲラゲラと、品のない笑い声を響かせながら、口々にしゃべっている有象無象。



貧民街のような、異臭がする。



人の心が腐った臭いが、充満しているのだ。







「……」



町の人間達は、その場所を大きく迂回して、〝軍用駅″を通り過ぎて行く。



当然だろう、この場所だけ異様なのだから。



鈍る太陽――。





太陽はいつもどうり陽気に、輝いている。



だが、ここにいれば嫌でも、そう感じる場所。



この一角だけが、鈍った太陽で汚れていた。





「この臭いは、異世界でも変わらんか――。ふふっ」



男は、軍の馬車の上。



彼ら有象無象が、目指す場所。



そこに先に陣取って、上から見下ろしていた。すると――。







「お前、35を過ぎているな?」



「あっ……。あぁ」



一番前の奴が何やら、兵士に止められている。



有象無象よりは遥かに小ぎれいだが、強そうに見えない、汎用的な鎧をまとった兵士〝が″、言いがかりをつけていた。





「35以上の奴は通せない。ほら、書いてあるだろう。若く強いものを募集、とな」



「それは嘘の臭いがするな」



男がつぶやいた。



「そっ、そんな事、依頼を受けたときは言われてない。きっ、貴様ら。俺をこんななりだから、馬鹿にしているならっ。そのっ。シャルドネ候に訴えるぞっ!」



最大限の剣幕で、怒りをぶつける魔法士。



「どうぞ、ご自由に――」



だが、余裕たっぷりに応える兵士。





確かに、怒りをぶつける男は、腕っぷしは弱そうだ。



しかしそれは、問題ないはずである。



なぜなら魔法を使えれば、それで良いのだから。



「だが、お前みたいのはカモられる、と」





よれよれの、薄汚れた黒衣。



ジャーキーのようなその、筋肉。



それだけならまだしも。



顔が……、ひ弱だ。



こけた頬にハゲた頭。



垂れ下がった目じり。



「顔にナイフ傷でもつけろ。それが良い」



人相一つで世界は変わる。



そう、こんな狭く、卑屈な世界ならば。









「……くっ」



うめくと何を思ったか、その35歳以上の男は、やおらポケットから袋を取り出した。



そして、難クセをつける兵に渡す。



「次……。来いっ!」



するとその魔法士は、馬車のほうへと無言で歩き出す。



兵は次の者を、横柄に呼ぶ――。



彼らの〝裁量″が、ここの全てだ。





現代のように、上司を呼んでクレームつければ、なんとかなる――。



なんてそんな甘い考えは、通らない。



むしろ上司にも、金を支払わされるのがオチだった。







「神が居ようと居まいと、人ってのは等しく臭せぇんだな」



こういった、負と抑圧の感覚。



それが充満するこの場所は、彼がいた世界と全く変わらない風景。



安堵の息を吐く傭兵。



「だが、俺の世界と違うのはアイツ……。さっきから、五月蠅いのが居る事くらいか」





「4柱の神に、世界を正しくお導きいただけるように、仕手を目指しましょう~っ」





カーンっ!





鐘の音を響かせながら、司祭がありがたい説話を大声で、叫んでいる。



「4柱の神。とりわけ水の神ダヌディナ様は、慈愛と好奇心の神として有名です。彼女は我々になくてはならない、水と癒しを与えてくれているっ。さぁ感謝ですっ。共に神を称える言葉を述べましょうっ。」





カーンっ!





耳をつんざく音。



司祭の言葉は一面に響き、男は、耳をふさぐ仕草をした。





「あなたは水を飲まずに、一生を生きれますか? 砂漠で渇きっ、今にも死にそうな時っ!  慈愛の水のマナがあなたを支え、喉を潤す一滴の魔法となった夜っ。それをお忘れかっ!? 我らは、彼女の愛に報いなければなりませんっ」



「何が……。神だ」



機嫌が悪そうに、男がつぶやく。



だが――。





「ありがとうございます、水の神ダヌディナ様。えと……あの。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手」



「いえいえ、違いますよ。そちらは4柱の神、全てを奉る言葉。水の神はこう――。たゆたう水、誇りの流れ。神のうるおい。です」



「すっ、すいません。へへ、こちとら学がねえもんで」



ぺこりと嬉しそうに、満面の笑みでデカい親父――。



いや、『傭兵という名の殺人鬼』が頭をかく。





「……」



この光景は、何度見ても慣れない。



この世界の人間は、神の話となるとまるで、赤子のように純粋になる。



それは、人殺しの傭兵でも同じ。



全員受付をすますと、この司祭の説教に『必ず』、耳を傾けていたのだ。



全く動じず、自然な流れで。



その傭兵は司祭から、〝青いパーチメント(羊皮紙)″をもらう。





そうして大切そうに、ボロの袋にしまい込んで、乗り込んできた。



「ちっ。早く捨てちまいてぇが」



自らがもらったパーチメントを、苦々しく見る男。



彼もソレを、もらっていた。



いや、もらわずには居られなかった。







「神を愛さない、異世界人だ。なんてバレちまったら……。一体どうなるか分からんからな」

彼は不自然な対応を取らないよう、気を配っている。



しかし、やおら周りを見渡すと、口元からよだれをたらし……。



青い羊皮紙へと落とした。



「神なんぞクソくらえだ」



「おいっ、何しやがるっ!」



響く怒号っ!







それは、列の一番先頭からだ。



そこら中に大声が響いている。



「お前のは無効だ。帰れ」





ドンッ!





男は突き飛ばされたっ!



突き飛ばしたのはまた、あの兵隊だ。



そして、怒号をあげる傭兵をまるで――。



いや、実質汚い物乞いを追いやろうと、シッシッと手をひらひらとさせる。





「なっ。俺のはきちんとした、ギルドの依頼証だっ。よく見やがれっ!」



紙を広げるギョロっとした、カメレオンを思わせる男っ!



その目で兵を睨む。だが――。



「次だ、来いっ!」



一瞥すらくれず、人差し指で次を呼ぶ兵隊。



その様子を見て、男はため息交じりにつぶやいた。



「やめておけ〝新人″。人を見ろ」



横柄な兵の周辺を見ながら彼は、その後の惨事を予見する。







「てんめぇ……」



人波に押され、カメレオン男ははじき出され、消えていった。



だがその怒りは収まらず、びきびきとコメかみに、血筋を浮き立たせていくっ!



「おぉ良いぜ。それならよぉっ!」



すると突然――。



懐に手を入れ、走り出した。





ドンドンと……。





ドンドンと前に進み、そして、先ほどの兵が見えた瞬間っ!





グズッ。





肉に深く突き刺さる、鈍い音っ!



「ぐぁっ!?」



兵は――刺していた。



カメレオン男を、後ろからっ!





「お前、どうやら夜の歓楽街で、〝おいた〟したらしいな。逮捕状が出てるんだよ」



真後ろから、ささやくような声――。



別の兵だ。



彼はカメレオン男が、懐に手を入れる前。



その時即時、槍を構えていた。



そして、カメレオン男が走り出すと同時に〝目標″に向かって、走っていたのだ。





ドンッ!





痛みに震えるカメレオン男を突き飛ばし、兵が笑った。



「間抜けな〝新人″坊や。チュチュチュっ。たっちしな」



兵はまるで、子供をあやす様に口を鳴らすっ!



そして、苦しみもだえるカメレオン男を笑って、煽りをいれるっ!





「周りを見ろって事だ。戦場で思い込みが激しいと、死んじまうぞ。こいつら兵隊は誰一人として、傭兵を……。俺らを人間だなんて、思ってないんだよ新人。勉強代、高くついちまったな。ふぅ……。」





男は地べたに這いずるカメレオン男を見て、笑う。



「あぁ……。ぐあぁっ!? いてぇえっ。助けてっ、助けてくれっ!」





ザスッ!





兵は、痛みに震えるカメレオン男から、刺していた槍を無理やり引き抜いたっ!



「ぐっ!?」



「どうよっ。俺の立派な〝モノ″は」



そして、血まみれの槍を振り上げ、ジョークを言って笑う。



「長さはよくてもちょいと、細すぎやしませんかねえ」



「あらぁ、あたしはそんな立派なもんなら、奥までほじくって欲しいわねぇ、兵隊さ~ん」



それに下品な声で、笑いで、応える傭兵達。



クスクスと、神の愛を説く司祭までもが、笑っている。





そして薄ら笑いを残してすぐに、何事もなかったように彼らは……。



それぞれの場所へと戻っていった。



「神は人を愛せども、人は人を愛さず。因果だな~。ふふっ」



あざけるように、この世界を思う男。





そして、一通り終わると兵達は、司祭に頭を垂れ、馬車へと乗り込む。



「あーこほん。全員いるな。では説明だ。お前たちはこれから、我らの領土の守りにつく。そこは要所でありそして――。〝神域″だ。」



「お前たちは、栄えある我ら『バスティオン侯国騎士団第13連隊』所属の任に、つく事となった」



全く感情を込めず、ひたすら朗読する兵達。





1人がやおら、コンコン……っと、車掌の椅子をたたく。



するとゆっくりと――。



かなり老朽化しているのだろうか?



きしむような音を響かせ、馬車が動き出した。



「主だった任務は2つ。街のパトロール、外敵からの守護。この2つ。以上だ」



そういうと同時にため息を吐き、手に持った何かを、傭兵達に投げつけた。



ドシャっと音を立て、血みどろの何か――。



カメレオン男が、床に放り出される。





そして、馬車から降りようとする兵隊達。



しかしその顔に突然、何か覇気のような物が戻っていき……。



「あっ、そうそうお前達っ。1つ、俺から元気が出るような、景気づけのはなむけをやるよっ! もし、お前らが帰ってこれたら、第2連隊中央守護、メーク・インジーを訪ねてこいっ」



「あぁ、そういやそっかっ。いっけね。忘れてたっ! へへっ、訪ねてきたらとーっておきの、バルゴダワインをおごってやるんだったっ! もちろん本物の、混じりっけなしのやつよっ」



身振り手振りで、内容を説明する兵。





「バルゴダワインっていったら、高級品じゃねえかっ!? マジかよっ」



「ああマジよっ。なんせ神を外敵から守った、英雄様だもんな~。こいつぁ傭兵ども全員に伝えてあるっ! 良いかぁ。メーク・インジーだ。忘れるなよぉ」



すると鼻で笑い、そそくさと兵達は、馬車から飛び降りていった。



「嘘の臭い。ようは、そんな約束は鼻っからねぇって事か」



そう、男はあきれたように言う。



恐らくだが、そんな人物はいないのだろう。





その上で、訪ねてきた人間を馬鹿にした挙句、訪ねて来たその数を、賭けの標的にしたのだろう事。それは、経験から分かった。



だが、気になることが一点。





「その賭けは、成立するかどうか……。だな」



賭けは、2手以上に分かれないと、成立しない。



生きて帰れる人間が、1人でもいる。



そう思われなければ、賭けにはならないのだ。



ゆっくりとそのクッション性の悪い、湿気と汚れで布なのか、それとも木なのかさえ分からなくなった座席。



それに男は、頭を預けた。





「異世界脱出計画も、前途洋々だ」



笑いながらふと、鼻歌を歌い始める。



この世界の人間が、誰も――。



そう、誰一人として、知らない歌。



〝神を罵倒する歌″を。



「神の~ケツに、あぁふふんふ~ん」



上機嫌の彼を乗せ、馬車が走り出した。



神の地。



地獄の戦場へと。









「我らは罪人です、神よ。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。あなたの元に、あのような汚れを寄こす事を、どうか……。どうか、ご容赦ください」



地獄行きの馬車から飛び降りた、兵達と司祭。



3人は真摯に、己が信じる神へと、祈りを込めた。



その祈りは真剣で、嘘偽りのない物。



そして悲壮的な、後悔の念が漂っている。





「……」



祈り終わると、自分の仕事へと戻ろうとする司祭たち。



――が。





「あのゴミどもが決して、一人も、絶対にっ。あなた様のおひざ元まで届かぬ事を切に……。切に願う」



一人の兵は、独り言ちる。



それはきっと、紛れもない嫉妬なのだろう。



馬車を見る彼の目には、隠しきれない〝羨望″の色が、透けて見えていた。



例えそれが、地獄への直行便であろうとも。



神がいるなら恐らく。



そうきっと――。
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