ゼノビアの宝石箱 ~シルクロードを巡る煌めきの物語~

結城かおる

文字の大きさ
上 下
14 / 19
第1章 翡翠行旅

第14話 討伐軍

しおりを挟む
――そうして私は、また人から人……いえ、今度は猫の妖怪のもとへ渡りました。

 あの夜、眠り込んだ仁問さまを、白猫がこれ幸いとばかりに手をかけたとき、私は焦ってどうにかしようと夢中で、気がつけば何か光を発したようです。

 仁問さまは「辟邪へきじゃ」と私のことをおっしゃったけれども、まさかこのような力が私に秘められていたとは。でも、仁問さまはたとえ一夜でも契った相手のことはあだやおろそかにはなさることはせず、私の身をもって報い、白蓮の心を慰めたのです。

 それにしても、奴奈川姫ぬながわひめさまは、私の運命を「遠くに旅するもの」とおっしゃった。
 確かに、秋津洲あきつしまを出でて新羅へ渡り、そして唐土へと数十万里を運ばれてきました。手も足もない私が、ですよ。鮎児あゆこさま、金春秋きんしゅんじゅうさま、そしてご子息の仁問さまへと持ち主も変わりましたが、げに数奇な巡り合わせとはこのようなことを申すのでありましょう。

 私を愛でて下さった仁問さまの行く末をこの眼で見ることが叶わず、御身をお守りすることもできず心残りでしたが、ある日、白蓮がそわそわとした様子で朱雀大路に足を向けました。

 彼女は霊力が戻ったのか、またあの舞姫のいで立ちで日銭を稼いでおりましたが、この日は市ではなく、長安の真ん中を南北に貫く大路を目指しました。すでに大路には人だかりがしていて、遠く瑞雲に霞む宮城から行列がやってきますが、皆はそれを待っていたのでした。

 隻眼せきがんの胡姫は持ち前の身体の柔らかさで、するりするりと巧みに人込みを抜け、最前列に這い出ることができました。ちょうど将兵の集団の先頭が彼女の鼻先をかすめていくところで、将官はみな馬に乗っています。
尊大そうな、いかにも美々しい鎧に身を包んだ神丘道行軍しんきゅうだいこうぐん大摠官だいそうかんの後ろに、忘れ得ぬ人がやはり騎馬で従っていました。

 白蓮はその人に向けて、胸元から首にかけた皮ひもを引き出すと、先端に結んだ私を掲げてみせました。彼は眼を細め、柔らかな微笑を浮かべて馬上から舞姫に頷き、手にした鞭をお返しに掲げたのです。
 そして、またきりりと武人の顔に戻って行き過ぎていきました。聞くところによれば、唐と新羅の連合軍で百済を討つその出立で、仁問さまも副大摠官として戦を指揮なさるということでした。
 
 行列がすっかり去って人々がちりぢりになった後も、私を温かな手に包み込みながら白蓮はじっとたたずみ、「ご無事で、くれぐれもご無事で……」とつぶやき、肩にかけた羽織ものをかきあわせ、貴公子と共に過ごした一夜を思い出すのでした。

――水をそそいで平地に置けば 各自に東西南北に流る
  人生にも亦た命《めい》あり 安くんぞ行きて嘆じ復た坐してうれえん
――どなたの詩ですか?
――南朝は宋の、鮑照という人だ。ある方が私のために書いてくださった詩の一節で……。
――私に詩の優劣はわかりかねますが、寂しく、悲し気な響きがしますわね。
――うむ。『各自に東西南北に流る』、私たちも同じだな。また東西に別れる身なれば……。


――さて、私の持ち主はとうとう人外の者になりましたが、女神さまの仰る私の旅は、まだ続きそうです。


  セプティミア・バト・ザッバイ 君知るや はるかな沙中の国よ
  セプティミア・バト・ザッバイ 黄金も乳香にゅうこうも今はただ風のかなた
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦争はただ冷酷に

航空戦艦信濃
歴史・時代
 1900年代、日露戦争の英雄達によって帝国陸海軍の教育は大きな変革を遂げた。戦術だけでなく戦略的な視点で、すべては偉大なる皇国の為に、徹底的に敵を叩き潰すための教育が行われた。その為なら、武士道を捨てることだって厭わない…  1931年、満州の荒野からこの教育の成果が世界に示される。

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

梅すだれ

木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。 登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。 時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

処理中です...