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私の隣は、心が見えない男の子
第127話 浮かれぽんち
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頭がふわふわする。寝ても覚めても、ずっと九十九くんのことを考えているような気がする。
結季ちゃんにそう言ったら、前からじゃなかったかと聞かれた。それはそうかもしれない、と思うと、急に浮足立った気持ちが落ち着くのだから不思議だ。
「九十九くん、おはよう」
「ん」
「……またねっ」
挨拶を済ませ、自席につく。こうなってしまうと、九十九くんが見えない席順は苦痛でしかない。あの時の私は、かえってこれで良かったなんてよく言えたものだ。
「……あなた」
「一条さん、おはよう」
一条さんの方から話しかけてくるなんて珍しい。何かあっただろうか。首を傾げると、何故か怪訝そうな視線が返ってくる。
「おはよう。ねえ、今のは何かしら」
「今のって?」
「九十九に挨拶してから、彼の手の甲を突いていたでしょう。ちょんって」
「うん。スキンシップ」
どうしてこんなに、呆れた顔をされているのだろうか。
---
文化祭のあと、一条さんには謝られた。
「ごめんなさい。全部、余計なお世話だったわ。……駄目ね、私は。こうあるべきだって決めつけて、自分の理想で人を振り回して」
「ううん。そんな事ないよ。一条さんのお陰で九十九くんのお友達も増えたし、私もいろいろ反省できたし、九十九くんも、心の深いところまで私に見せてくれたし。いいことしかなかったよ」
本心からの言葉だった。正直、嫉妬した時もあったし、苦手に思ったりもしたけれど。でも、一条さんはずっと真っ直ぐだった。私にも、九十九くんにも。
そんな彼女に怒ったり、嫌ったりしたことはない。むしろ感謝しているくらいだ。
「あなた達は本当に、お人好しね」
苦笑しながら、そう言われてしまったけれど。一条さんだってあまり変わらないと思う。
「それでも、迷惑をかけてしまったのは事実よ。何か、お詫びをさせてもらえないかしら」
「それなら――」
お詫びなんて必要ない。そう思ったし、言おうとしたのだけれど、責任感が強い彼女はそれでは納得しないだろう。それに一つ、素敵なことを思いついたから。
私は一つ、お願いすることにした。
---
昼休み。私達は女子四人でご飯を食べる。結季ちゃん、真咲ちゃんに加えて、一条さんも一緒だ。
一条さんは顔が広いので毎日ではないけれど、頼んでみた結果、かなりの頻度で混ざってくれるようになった。
「しかし、仲直りできてよかったな。一時はどうなることかと思ったよ」
「わたし達のところに逃げてきたときなんて、殴り込みに行きそうだったもんね、真咲ちゃん」
「結季もだろ」
文化祭二日目、九十九くんのところを飛び出してからの記憶はあまり鮮明ではないのだけど、そんな事になっていたらしい。
「あなた達、もうちょっと考えて動きなさい。もうあんな不毛な仲裁は御免よ」
たまたま通りがかった一条さんが止めてくれて良かった。初めての感情で頭がいっぱいだった私では、事情の説明も制止も上手くできなかったから。
「ごめんね、一条さん。でも、お陰で修学旅行前に片付いてよかったね、一透ちゃん。ぎくしゃくしたまま行くの、辛いもんね」
「自由行動とか地獄だったろうな……でもそれが一転、両想いだもんな」
「両想い?」
「違うの?」
自分の気持ちを理解するだけで私の処理能力はぎりぎりまで使用されていたから、九十九くんの気持ちまでは全く考えていなかった。
そういえばそもそも、私に気持ちを自覚させてくれたあの温度は九十九くんの瞳に宿っていて、それが彼の掌を伝って私に届いたものだ。
ということは、つまり、そういうことなのだろうか。そう言ってもいいのだろうか。そうだとしたら、これからどうしたらいいのだろう。
「どうしよう。この先のこと何も考えてなかった」
素直にそう言うと、結季ちゃんと真咲ちゃんから慈しむような視線を送られる。慈しまれても。
ただでさえ、私は結局、彼を意識してしまうが故にこれまで通りには戻れていないのだ。声は掛けられるし、話もできるけれど、何だか、こう、居た堪れなくなってしまう。
過去の私はよくあれだけ彼にベッタリ出来たものだ。今では考えられない。思い出すだけでも、今すぐ走り出してしまいたいような衝動に駆られてしまう。
それでも彼が私に触れたいと言ってくれたし、私もそうしたいから、スキンシップの練習だけはしているのだけど。
そうだ。私は気持ちを自覚したのだから、進展させることを考えなければならない。
でも、具体的にはどうすれば。そう混乱しかけた思考が、小さなため息で途切れる。声の方を見ると、苦い顔の一条さん。
「どうしたの? 一条さん。ピーマン嫌い?」
「違うわよ。……本当に、気づいてないのね。あなたがそんな調子だから、私もすっかり仲直りしているものと思っていたのだけど」
「どういうことだ?」
「何か問題があるの?」
真咲ちゃんと結季ちゃんから疑いの目で見られる。私は何もしていないつもりだけど、九十九くんに何かあったのだろうか。
「彼、言っていたわよ。頬に触れたら逃げられたって」
え。
「それで拒絶されたと思っていたら、こまめに来ては突いて逃げ出すから何を考えているのかよく分からないって」
二人の疑いの目が非難するものに変わった。
……あれ?
結季ちゃんにそう言ったら、前からじゃなかったかと聞かれた。それはそうかもしれない、と思うと、急に浮足立った気持ちが落ち着くのだから不思議だ。
「九十九くん、おはよう」
「ん」
「……またねっ」
挨拶を済ませ、自席につく。こうなってしまうと、九十九くんが見えない席順は苦痛でしかない。あの時の私は、かえってこれで良かったなんてよく言えたものだ。
「……あなた」
「一条さん、おはよう」
一条さんの方から話しかけてくるなんて珍しい。何かあっただろうか。首を傾げると、何故か怪訝そうな視線が返ってくる。
「おはよう。ねえ、今のは何かしら」
「今のって?」
「九十九に挨拶してから、彼の手の甲を突いていたでしょう。ちょんって」
「うん。スキンシップ」
どうしてこんなに、呆れた顔をされているのだろうか。
---
文化祭のあと、一条さんには謝られた。
「ごめんなさい。全部、余計なお世話だったわ。……駄目ね、私は。こうあるべきだって決めつけて、自分の理想で人を振り回して」
「ううん。そんな事ないよ。一条さんのお陰で九十九くんのお友達も増えたし、私もいろいろ反省できたし、九十九くんも、心の深いところまで私に見せてくれたし。いいことしかなかったよ」
本心からの言葉だった。正直、嫉妬した時もあったし、苦手に思ったりもしたけれど。でも、一条さんはずっと真っ直ぐだった。私にも、九十九くんにも。
そんな彼女に怒ったり、嫌ったりしたことはない。むしろ感謝しているくらいだ。
「あなた達は本当に、お人好しね」
苦笑しながら、そう言われてしまったけれど。一条さんだってあまり変わらないと思う。
「それでも、迷惑をかけてしまったのは事実よ。何か、お詫びをさせてもらえないかしら」
「それなら――」
お詫びなんて必要ない。そう思ったし、言おうとしたのだけれど、責任感が強い彼女はそれでは納得しないだろう。それに一つ、素敵なことを思いついたから。
私は一つ、お願いすることにした。
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昼休み。私達は女子四人でご飯を食べる。結季ちゃん、真咲ちゃんに加えて、一条さんも一緒だ。
一条さんは顔が広いので毎日ではないけれど、頼んでみた結果、かなりの頻度で混ざってくれるようになった。
「しかし、仲直りできてよかったな。一時はどうなることかと思ったよ」
「わたし達のところに逃げてきたときなんて、殴り込みに行きそうだったもんね、真咲ちゃん」
「結季もだろ」
文化祭二日目、九十九くんのところを飛び出してからの記憶はあまり鮮明ではないのだけど、そんな事になっていたらしい。
「あなた達、もうちょっと考えて動きなさい。もうあんな不毛な仲裁は御免よ」
たまたま通りがかった一条さんが止めてくれて良かった。初めての感情で頭がいっぱいだった私では、事情の説明も制止も上手くできなかったから。
「ごめんね、一条さん。でも、お陰で修学旅行前に片付いてよかったね、一透ちゃん。ぎくしゃくしたまま行くの、辛いもんね」
「自由行動とか地獄だったろうな……でもそれが一転、両想いだもんな」
「両想い?」
「違うの?」
自分の気持ちを理解するだけで私の処理能力はぎりぎりまで使用されていたから、九十九くんの気持ちまでは全く考えていなかった。
そういえばそもそも、私に気持ちを自覚させてくれたあの温度は九十九くんの瞳に宿っていて、それが彼の掌を伝って私に届いたものだ。
ということは、つまり、そういうことなのだろうか。そう言ってもいいのだろうか。そうだとしたら、これからどうしたらいいのだろう。
「どうしよう。この先のこと何も考えてなかった」
素直にそう言うと、結季ちゃんと真咲ちゃんから慈しむような視線を送られる。慈しまれても。
ただでさえ、私は結局、彼を意識してしまうが故にこれまで通りには戻れていないのだ。声は掛けられるし、話もできるけれど、何だか、こう、居た堪れなくなってしまう。
過去の私はよくあれだけ彼にベッタリ出来たものだ。今では考えられない。思い出すだけでも、今すぐ走り出してしまいたいような衝動に駆られてしまう。
それでも彼が私に触れたいと言ってくれたし、私もそうしたいから、スキンシップの練習だけはしているのだけど。
そうだ。私は気持ちを自覚したのだから、進展させることを考えなければならない。
でも、具体的にはどうすれば。そう混乱しかけた思考が、小さなため息で途切れる。声の方を見ると、苦い顔の一条さん。
「どうしたの? 一条さん。ピーマン嫌い?」
「違うわよ。……本当に、気づいてないのね。あなたがそんな調子だから、私もすっかり仲直りしているものと思っていたのだけど」
「どういうことだ?」
「何か問題があるの?」
真咲ちゃんと結季ちゃんから疑いの目で見られる。私は何もしていないつもりだけど、九十九くんに何かあったのだろうか。
「彼、言っていたわよ。頬に触れたら逃げられたって」
え。
「それで拒絶されたと思っていたら、こまめに来ては突いて逃げ出すから何を考えているのかよく分からないって」
二人の疑いの目が非難するものに変わった。
……あれ?
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