上 下
121 / 146
私の隣は、心が見えない男の子

第114話 一日限りの特等席

しおりを挟む
 子ども用プールを除いた三つのプールは、前に女子三人で来た時と同じ順番で回ることにした。

 二十五メートルプールでは今回はビーチボールではなく、別の遊びを考えてきたので、それに九十九くんを巻き込む。

 九十九くんの肩を、ぺたり。

「はい。九十九くん鬼ね」

 九十九くんの理解が追いつく前に、人をかき分けて逃げつつ、潜って視界外へ。これで時間を稼げるだろう。

 しめしめと笑みを浮かべながら潜水、浮上を繰り返す。次第に私も彼を見失ってしまったけど、元いた方向に注意を払っていれば大丈夫なはずだ。

「ぅわ!」

 そう思っていたら後ろから肩を掴まれた。水上も水中も、どちらもよく観察していたはずだけれど、わずか数分で回り込まれてしまったらしい。

 後ろにはもちろん、九十九くん。

「人混み、大丈夫なのか」

 見失う前に触り返さなきゃ、と焦る私を意に介さず、肩を掴んだまま話しかけてくる。

「うん。前にも来たけど、大丈夫」

「……すぐに気付けないところには行かない。キツくなったら言え」

 そんなハンデはいらないよ、と言おうとしたけれど、振り返ろうとした動作の勢いが増すように私の身体を回転させながら、九十九くんは私を突き飛ばした。

 背中から勢いよく水に突っ込んで、顔を上げた頃にはもう、彼はいない。

 この勝負、負けてなるものか。




 
 何度か鬼が入れ替わった。九十九くんが付かず離れずの位置にいてくれるからかも知れないけど、どれだけ人が多くても、彼を視界に捉えればすぐにそれが彼だと気づけた。

 ただし、それは彼も同じらしく、どれだけ人混みに紛れてもすぐに見つかってしまった。

 距離を取ろうと潜りながら端へ移動したのは特に失策だった。追い込まれて逃げられなくなってしまうことくらい考えれば分かるはずなのに。

 均衡が崩れたのは、私の鬼が五回目を超えた時。それまではすぐに見つかった九十九くんが全く見つからなくなった。

 くまなく辺りを見渡しながら歩き回ること数分。影も形もない。フェアな勝負で勝ちたかったんだけど、仕方ない。そろそろ鬼ごっこはお開きにしよう。

 一緒に来ているのに彼の存在を感じられず、一人で練り歩くのは寂しくて、絶対に捕まえられる切り札があったから。

 我ながら卑怯だと思うけど、最後にこれを切らせて貰おう。

「九十九くん」

 なるべく人の密集していない方へ移動し、彼を呼ぶ。少し待つ。来ない。もう一回呼ぶ。

「九十九くん」

「大丈夫か」

 瞬間、急に眼の前に浮上してきて、ちょっとびっくりした。同時に、彼が見つからなかった理由が分かった。

「ううん。寂しかった」

 ぎゅ、と彼の手を掴むと、一瞬で心配の目が批難するような目に変わる。

「おい」

「九十九くんもラッシュガード脱いでずっと背中向けてたでしょ。おあいこ」

 最大の特徴が知らぬ間に消えていた上に、下の水着も黒いシンプルなデザインで、髪型も濡れて張り付いていればこれといった特徴が見受けられなくて、その上顔を見せてくれないのであれば見つけようがない。ずるいのはお互い様だったようだ。

 それでも約束を守って助けに来てくれるあたりが、やっぱり九十九くんだなと思う。

「悪かったから、離せ。俺の番だろう」

「ううん。鬼ごっこはもういいや。ウォータースライダーに行こ」

 掴んだ手を離さないまま、九十九くんを引っ張って移動する。

 プールから上がる時は離さざるを得なかったけれど、先に上がった九十九くんが手を貸して引っ張り上げてくれたので、またその手を離さないようにする。

「おい」

「ほら、早く」

 文句はわざと聞き流す。それだけで、相変わらず握り返しはしてくれないけれど、好きにさせてくれる。

 ごめんね、九十九くん。

 今日一日は、我儘でいさせてね。君とこんな風に過ごせるのは、最後かも知れないから。

 夏休みが明けて、君にたくさん友達が出来たら。他の男子達や一条さんに囲まれて、君がいろんな人に受け入れられたら。

 それでもそこに、私の居場所はあるかな。

 君の心を埋めてあげられる人が他にいて、私じゃなくても良くなったら。それでもこんな風に、君と一緒に過ごせるかな。

 私は、たとえ側にいられても、きっと今とは変わってしまうんだろうなって、そう思ってしまうから。

 だから、今日だけ。今日一日だけ、独り占めさせてね。

 他の誰の邪魔も入らない、君に一番近い席。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

TEN-ent
青春
女子高生5人が 多くの苦難やイジメを受けながらも ガールズバンドで成功していく物語 登場人物 ハナ 主人公 レイナ ハナの親友 エリ ハナの妹 しーちゃん 留学生 ミユ 同級生 マキ あるグループの曲にリスペクトを込め作成

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

百合色雪月花は星空の下に

楠富 つかさ
青春
 友達少ない系女子の星野ゆきは高校二年生に進級したものの、クラスに仲のいい子がほとんどいない状況に陥っていた。そんなゆきが人気の少ない場所でお昼を食べようとすると、そこには先客が。ひょんなことから出会った地味っ子と家庭的なギャルが送る青春百合恋愛ストーリー、開幕!

Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜

green
青春
一ノ瀬財閥の令嬢、一ノ瀬綾乃は小学校一年生からサッカーを始め、プロサッカー選手になることを夢見ている。 しかし、父である浩平にその夢を反対される。 夢を諦めきれない綾乃は浩平に言う。 「その夢に挑戦するためのお時間をいただけないでしょうか?」 一人のお嬢様の挑戦が始まる。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

処理中です...