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私の隣は、心が見えない男の子
第113話 市民プールアゲイン
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夏休みは順調に過ぎていった。
他のことにかまけ過ぎて宿題の消化が危ぶまれたタイミングもあったけれど、夏休み最初の方に真咲ちゃん達と勉強会をしていてよかった。
あそこで要所を消化していたお陰もあって、なんとか予定通りに終わらせることは出来そうだ。
冬紗先輩の大学に行ったあとには、結季ちゃんとのお買い物イベントも発生した。
先輩のカメラと同じ機種のカメラを買ったのと、もう一つ。結季ちゃんのアドバイスをもらって、ある買い物をしたのだ。
今日は、土曜日。あの時買ったものが日の目を見る日が来た。成果があるかどうかは正直、九十九くん次第だけれど。
彼のことだ。まあ大丈夫だろう。
スマホの画面を開いて、メッセージアプリを起動する。九十九くんとのメッセージ履歴。つい先日送ったばかりの履歴が一番下に表示されている。
『九十九くん、一緒にプールに行きませんか』
『いかない』
『今度の土曜日なんだけど』
『いかない』
相変わらず素っ気ない。他の人を気遣う以外の理由で、誘いに乗ってすらくれないことはあまりないのだけど、プールは嫌なのだろうか。
『泳げなくても大丈夫だよ』
フォローとして最後に送った文面は、返信してもらえずスルーされている。仕方がないので、当日を迎えて強硬手段に出ることにした。
『九十九くん』
《写真を送信しました。》
『待ってるね』
本当は今から家を出るのだけど。真咲ちゃん達と行った時に外観を撮っておいてよかった。プールの名前も写っているから、検索すれば場所は分かるはずだ。
夏休み最後の土曜日。着信音が鳴り止まないスマホの電源を落として、水泳バッグを手に家を出た。
---
隣の市にあるちょっと大きな市民プール。来るのは二度目。九十九くんとは、初めて。
連絡してからすぐ家を出たから、準備をしなければいけない九十九くんはまだしばらく来ないだろうと思っていた。
下手をすれば一時間はかかるかと思ったけれど、何十分も待つようなことすらなく、思ったより早く彼は来た。
「九十九くん」
直前まで走ってきたのだろうか。肩で息をしながら歩いてくる九十九くん。
声をかけながら近寄っていくと、彼が投げた何かが額に直撃した。痛い。
拾い上げると、それはタオルを巻いた保冷剤だった。
「何時間待った」
「二十分も待ってないよ」
「あ?」
「えっと、写真、前に来た時に撮ったやつで」
怖い。怒った顔をしつつ、内心は大目に見てくれている、ということは多いけれど、珍しく本気で怒っているかもしれない。
彼の眼の前で熱中症を発症し倒れたことがあるのだ。この様子だと、相当心配してくれたらしい。
「ご、ごめんなさい」
「調子は」
「ば、ばっちりです」
彼の深い溜め息が、呆れや怒りよりも安心を多く含んでいるのがまた申し訳ない。
彼は何も言わずに歩き出す。その行き先が、駅ではなくプールの入口の方だったから、付き合ってはくれるようだ。
---
更衣室で着替えてロッカーに荷物をしまい、プールサイドに出る。やはりこういう時は男の子の方が時間がかからないらしく、九十九くんは先に待っていてくれた。
「九十九くん、おまたせ」
「ああ」
歩き出そうとする九十九くんの袖をつまんで引き止める。なんだ、と視線で伝えてくる彼に、両手を広げて全身を見せた。
「どう?」
結季ちゃんに選ぶのを手伝ってもらった、おろしたての水着。
外で着られるくらい普通の服に近いデザインを選んだけれど、一応、上下が分かれているのでビキニタイプに属するらしく、肩やお腹が露出している。
恥ずかしければ、と結季ちゃんの勧めでラッシュガードを追加購入したけれど、でも見せるために買ったんだし、と散々迷った結果、上から羽織るだけでファスナーは閉めずにおいた。どうだ。
「ああ、いいと思う」
どこまでも平坦な返事。いつもなら許すところだけど、今日は我儘でいると決めた。
やることは済ませたとばかりに会話を切り上げようとする彼の袖を更に引っ張る。
「おかわり」
「……似合ってる」
「ほんと?」
「ああ」
「かわいい?」
去年の文化祭の時も、自分からそう聞いたわけではないけれど、彼は同意してくれたから。このくらいいいかなと聞いてみた。
あの時と違って、少しだけ目を泳がせて、渋面を作って、それでも。
「とても」
ただ同意するんじゃなくて、そう言ってくれたから、覚悟が揺らいでしまいそうになる。九十九くんは本当に、いつもずるい。
「九十九くんも、似合ってるよ」
辛うじて褒め返す。正直、まさか九十九くんもラッシュガードを着ているとは思わなかった。あまり肌を見られるのが好きじゃないのかな。
だけど、ファスナーは低めの位置、鳩尾の少し上くらいの位置で止められている。引手の部分を引っ張って隙間を作り、中を覗き込んでみた。
「意外と引き締まってるね」
「筋肉があるわけじゃない。余計な脂肪もないだけだ」
確かにちょっと、九十九くんは細身すぎるかも知れない。お昼はいつもどこかで一人で済ませているらしいけれど、ちゃんと食べているのだろうか。
せめて今日くらいは、無理やりにでもお腹いっぱい食べさせてあげよう。次の機会は、もう来ないかもしれないから。
他のことにかまけ過ぎて宿題の消化が危ぶまれたタイミングもあったけれど、夏休み最初の方に真咲ちゃん達と勉強会をしていてよかった。
あそこで要所を消化していたお陰もあって、なんとか予定通りに終わらせることは出来そうだ。
冬紗先輩の大学に行ったあとには、結季ちゃんとのお買い物イベントも発生した。
先輩のカメラと同じ機種のカメラを買ったのと、もう一つ。結季ちゃんのアドバイスをもらって、ある買い物をしたのだ。
今日は、土曜日。あの時買ったものが日の目を見る日が来た。成果があるかどうかは正直、九十九くん次第だけれど。
彼のことだ。まあ大丈夫だろう。
スマホの画面を開いて、メッセージアプリを起動する。九十九くんとのメッセージ履歴。つい先日送ったばかりの履歴が一番下に表示されている。
『九十九くん、一緒にプールに行きませんか』
『いかない』
『今度の土曜日なんだけど』
『いかない』
相変わらず素っ気ない。他の人を気遣う以外の理由で、誘いに乗ってすらくれないことはあまりないのだけど、プールは嫌なのだろうか。
『泳げなくても大丈夫だよ』
フォローとして最後に送った文面は、返信してもらえずスルーされている。仕方がないので、当日を迎えて強硬手段に出ることにした。
『九十九くん』
《写真を送信しました。》
『待ってるね』
本当は今から家を出るのだけど。真咲ちゃん達と行った時に外観を撮っておいてよかった。プールの名前も写っているから、検索すれば場所は分かるはずだ。
夏休み最後の土曜日。着信音が鳴り止まないスマホの電源を落として、水泳バッグを手に家を出た。
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隣の市にあるちょっと大きな市民プール。来るのは二度目。九十九くんとは、初めて。
連絡してからすぐ家を出たから、準備をしなければいけない九十九くんはまだしばらく来ないだろうと思っていた。
下手をすれば一時間はかかるかと思ったけれど、何十分も待つようなことすらなく、思ったより早く彼は来た。
「九十九くん」
直前まで走ってきたのだろうか。肩で息をしながら歩いてくる九十九くん。
声をかけながら近寄っていくと、彼が投げた何かが額に直撃した。痛い。
拾い上げると、それはタオルを巻いた保冷剤だった。
「何時間待った」
「二十分も待ってないよ」
「あ?」
「えっと、写真、前に来た時に撮ったやつで」
怖い。怒った顔をしつつ、内心は大目に見てくれている、ということは多いけれど、珍しく本気で怒っているかもしれない。
彼の眼の前で熱中症を発症し倒れたことがあるのだ。この様子だと、相当心配してくれたらしい。
「ご、ごめんなさい」
「調子は」
「ば、ばっちりです」
彼の深い溜め息が、呆れや怒りよりも安心を多く含んでいるのがまた申し訳ない。
彼は何も言わずに歩き出す。その行き先が、駅ではなくプールの入口の方だったから、付き合ってはくれるようだ。
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更衣室で着替えてロッカーに荷物をしまい、プールサイドに出る。やはりこういう時は男の子の方が時間がかからないらしく、九十九くんは先に待っていてくれた。
「九十九くん、おまたせ」
「ああ」
歩き出そうとする九十九くんの袖をつまんで引き止める。なんだ、と視線で伝えてくる彼に、両手を広げて全身を見せた。
「どう?」
結季ちゃんに選ぶのを手伝ってもらった、おろしたての水着。
外で着られるくらい普通の服に近いデザインを選んだけれど、一応、上下が分かれているのでビキニタイプに属するらしく、肩やお腹が露出している。
恥ずかしければ、と結季ちゃんの勧めでラッシュガードを追加購入したけれど、でも見せるために買ったんだし、と散々迷った結果、上から羽織るだけでファスナーは閉めずにおいた。どうだ。
「ああ、いいと思う」
どこまでも平坦な返事。いつもなら許すところだけど、今日は我儘でいると決めた。
やることは済ませたとばかりに会話を切り上げようとする彼の袖を更に引っ張る。
「おかわり」
「……似合ってる」
「ほんと?」
「ああ」
「かわいい?」
去年の文化祭の時も、自分からそう聞いたわけではないけれど、彼は同意してくれたから。このくらいいいかなと聞いてみた。
あの時と違って、少しだけ目を泳がせて、渋面を作って、それでも。
「とても」
ただ同意するんじゃなくて、そう言ってくれたから、覚悟が揺らいでしまいそうになる。九十九くんは本当に、いつもずるい。
「九十九くんも、似合ってるよ」
辛うじて褒め返す。正直、まさか九十九くんもラッシュガードを着ているとは思わなかった。あまり肌を見られるのが好きじゃないのかな。
だけど、ファスナーは低めの位置、鳩尾の少し上くらいの位置で止められている。引手の部分を引っ張って隙間を作り、中を覗き込んでみた。
「意外と引き締まってるね」
「筋肉があるわけじゃない。余計な脂肪もないだけだ」
確かにちょっと、九十九くんは細身すぎるかも知れない。お昼はいつもどこかで一人で済ませているらしいけれど、ちゃんと食べているのだろうか。
せめて今日くらいは、無理やりにでもお腹いっぱい食べさせてあげよう。次の機会は、もう来ないかもしれないから。
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