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私の隣は、心が見えない男の子

第111話 心当たりは

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 実を言えば、そうじゃないかとは思っていた。

 大学で会える知り合い。九十九くんの事を相談できる人。進藤くんの案内。その全てが冬紗先輩を示唆していて、でも考えないようにしていた。

 私は、先輩を信じて待つつもりでいたのに。先輩が自分の問題を片付けられないまま、私の不安を解消するために会うなんて、駄目だと思ってしまっていたから。

 だけど、声を聞いたら、顔を見たら、もう止まれなかった。

「先輩、先輩、先輩!」

「待って一透ちゃん、道の真ん中だから。一回落ち着こう? ね?」

 ああ、懐かしい。全部見通しているような顔して、意外と想定外のことに弱いこの感じ。紛うことなく冬紗先輩だ。

 先輩に顔を埋めて久々の再会を思う存分堪能していると、後ろ襟を掴まれ、無理やり引き剥がされた。

「ぐえ」

「すみません先輩、手綱がなくて」

「犬みたいに言わないで」

 襟を掴む進藤くんの手を引き剥がしつつ、じとりとした目で抗議すると、先輩からも同じような視線が飛ぶ。

「そうだよ愁君。そもそも、どうして一透ちゃんがここに居るのかな? 私、流石に君に裏切られるとは思っていなかったよ?」

「チャンスは作るけど、会えるかどうかは運次第、ってとこまでが僕が譲歩できるラインだったんですよ。むしろ遠ざけようとしていたのに、なんでこんな所通るんですか」

「自分が通う学校のどの道を通ろうと私の自由でしょう」

 冬紗先輩は理学部だったはず。私が文系なのを知っていて普通に見学をさせようと誘導していたのは、やはり策略だったらしい。それにしても。

 気の置けない間柄であることを感じさせる二人の会話を聞いていると、頬が自然と緩む。

「なあに? 一透ちゃん。変な顔して」

「いえ。先輩も、私と九十九くんのこと、こんな風に見ていたんだなあって思って」

 九十九くんのことをからかったり、利用しようとしたりしたけれど、きっと、それだけじゃなくて。こんな温かい視線を向けてくれていたのも、ちゃんと覚えている。

「言うようになったね、一透ちゃん」

 先輩は痛い所を突かれたみたいな顔をするけれど、でも嬉しそうだ。

 本当によかった。先輩がこんな風に笑えるようになっていてくれて。きっと、もう大丈夫って安心するには早いけれど。それでも、よかった。

「そうそう、そのハジメのことで、相談があるそうですよ」

「そうなの? じゃあ、ランチでもしながら聞こうかな。あ、愁君は別行動ね。謀の罰」

「え」

「じゃあ後でね、進藤くん」

「ちょっと、えぇ……」

 困惑する進藤くんを置いて、冬紗先輩と学食へ。ふぅ、少しだけ、溜飲が下がったかも知れない。


---

 
 大学の食堂は、とんでもなく安い、というほどでもないけれど、程々にリーズナブルでバラエティに富んだメニューがあって、なんだかちょっと面白かった。

 お母さんのお弁当があるから、私はあまり利用することはないだろうけど。

「改めて、また会えて嬉しいです。先輩」

 私がオムライスをつつきながらそう言うと、先輩はフォークにカルボナーラを巻き付けながら、困った顔をする。

「私はまだ、会うつもりはなかったんだけどな」

「それでも、嬉しいです」

 間髪を入れず答える。揺れなくなったら、また。そう言われて待っていたのだ。こちらの方から会いに来てしまったから、先輩はまだ心の準備が整っていないだろう。

 それでも、嬉しい。

「先輩が、生きててくれて嬉しいです」

 会えたのも、それも。そして、それは両方とも進藤くんのおかげだろうから。つい冷たい態度を取ってしまったけど、彼にも後で改めてお礼をしなければ。

「相変わらず、一透ちゃんは眩しいね」

「私からすれば、先輩もですよ」

 困ったように、でも照れくさそうにパスタを食べる先輩を見ていると、自分が浮かれているのがよく分かる。我ながらよく口が回るな、今日は。

「私のことより、ハジメ君とのことでしょ。何があったの?」

 話をすり替えられた感じもあるけれど、確かにそれが本題だった。先輩に一つ一つ説明する。

 九十九くんが一人で背負い込んでしまうのが怖くて、彼に張り付いていること。

 それが負担なのか、彼があまり良い顔をしていないこと。

 それを理由に、距離を置くよう人から勧められていること。

 しばらく見ていない彼の笑顔がその人に向けられているのを見て、不安になってしまっていること。

「そっか。拗れてるねえ……私が見ていた時はハジメ君、一透ちゃんに心開きっぱなしに見えたけどな。何か、切っ掛けはあった?」

「えっと、それは」

「言ってごらん。お姉さん、ハジメ君みたいな考え込んじゃう子のことならわかる方だから」

 それはそうだろうと思う。きっと私の周りなら、冬紗先輩が一番九十九くんの考えがわかるはず。だけど、これを言ってしまうと。

「あの、多分、クリスマスのときの」

「クリスマス? 私達と行った?」

「はい。その時、先輩が、その」

「私? 私が何か――あっ」

 察しがついたのだろう。切っ掛けとなった先輩の一言。

 ――君は一透ちゃんに、邪な気持ちを抱いたこととかないの?

 さぁ、という音が聞こえてきそうなくらい、勢いよく血の気が引いていく。心まで青紫一色に染まる先輩は初めて見た。
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