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私の隣は、心が見えない男の子
第105話 二名様ご来店です
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明日、土曜日になって、九十九くんのお家に行ったら何を話そうか。
まずは、私が何を不安に思っているのか、話さなくちゃいけない。彼の不安を聞き出したいのなら、まずは自分から話すのが筋だろう。
九十九くんが、一人で背負い込みすぎてはいないかということ。
私が側にいるせいで、他の人と過ごせなくなっていないかということ。
私が押しかけていくことを、本当は負担に思っているんじゃないかということ。
彼は誠実な人だから。私が打ち明ければ、きっと彼も話してくれるはず。何に困っているか。何に悩んでいるか。
それから、改めて二人で話すのだ。これからどうしていくかを。
なんだか気恥ずかしくなってしまいそうなので、映画でも借りていこう。映画を見て、感想を語り合う流れで、上手く誘導して、空気が重くなりすぎないように。そうだ、お菓子も買っていこう。
そんなことを考えながら働く金曜日。
「人見さん」
「はい」
マスターがカウンターにコトリと置いたピザトーストとブレンドコーヒーのセットを、注文したお客様の下へ運ぶ。
「お待たせしました」
このお店で働き始めてもうすぐ四ヶ月になるだろうか。いい加減、マスターの言葉足らずな指示にも慣れたものだ。
他にも、沢山のことに慣れた。コーヒーのドリップやケーキ作りはまだ練習中だけれど、軽食なら私も作れるようになったし、ホールスタッフとしての仕事なら、お会計までしっかりこなせる。
お店の制服がエプロンしかないのにも慣れた。あまり尖った格好をしなければマスターは口を出してこないので、ある程度落ち着いた服装を選んで、私服の上からエプロンを着用している。
今日は半袖の白ブラウスと黒のキュロットパンツ。これがオフィスカジュアルというものだろうか。
そして、最後に。一番慣れたのは、暇にだった。
ピーク時はそれなりに人が来るもので、マスター一人では確かに大変だろうと思わされたものだけれど、そうでない時は、たった数人の常連客が、下手をすれば一杯のコーヒーだけで何十分もゆったり過ごしていく。
作業に必要な時間以上の時間を使っていってくれるので、手持ち無沙汰になってしまう時間も沢山あった。
清掃、練習、勉強。出来ることを探して仕事を作ろうと躍起になったこともあったけれど、今では私も、従業員としてそのゆるやかな時間の流れの一部と化している。
勿論さぼっているわけではない。やることはきちんとやっているけれど、きっとこの店にとっては、これも大切な要素なのだ。
そして、そんなとき。私はよく、九十九くんのことなどを考えて過ごすのだった。
カランカラン、とベルが鳴り、私の視線もそちらに向く。お客様のご来店だ。
「いらっしゃいま、せ」
思わず言葉が淀んでしまう。お客様は先程まで私が思い浮かべていた彼と、もう一人。私の姿を認めて、驚いた顔をする女の子。
「……九十九くん、テーブル席、空いてるよ」
「ああ」
私の示したテーブルへ進む彼と、慌てて後を追う女の子。私はいつも通りにお冷を用意して、持っていく。トレーの上、コップの中で波打つ水面が私の動揺を物語っているようだ。
落ち着け。平常心。
「……ここで働いていたのね」
「うん。ゆっくりしていってね、一条さん」
じっと私を見つめる少女、一条美法さんは、なんとも気まずそうだ。メニューを広げる九十九くんを見る。
彼は今日、私が居ることを知っていたはずだ。私は夏休み前、一条さんとファミレスで話した内容を、まだ九十九くんに話せていない。たまたまだろうか。
それとも、彼と一条さんの間でも何らかの会話が交わされていて、わざと連れてきたのだろうか。
真意は、読めない。
「いつもの」
真意なんて無いかもしれない。戸惑うこちらをまるで意に介さず注文する九十九くんは、あまりにも平常運転だった。
「一条さんは?」
「九十九のいつものって?」
「暑い時はアイスカフェオレ。そうじゃない時はホットのブレンドだよ」
「暑いかどうかはどう判断するのよ」
「分かりづらい時はちゃんと口にしてくれるよ」
呆れた視線を向けられるけど、どちらがいいかは、見ていれば大体は分かるものだ。
「なら、私もそれで」
呆れつつもそう注文するということは、一条さんもさっきの九十九くんの注文がアイスカフェオレの方だと分かっているのだろう。
まあ、真夏にわざわざホットコーヒーを頼むことはそうないから、それはそうだろう。
「マスター」
店内はそんなに広いわけではない。注文は繰り返さなくても大体マスターにも聞こえていて、先に準備を進めてくれることが大半だ。
今回も、私が振り返って声をかけたときには既にドリップコーヒーを用意してくれている。
私は氷入りのグラスを用意して、マスターが淹れてくれたドリップコーヒーと冷えたミルクを注ぎ、マドラーで混ぜてコーヒーの温度を下げる。
あとはお好みで入れてもらうシロップと一緒にトレーに乗せ、給仕するだけだ。
「お待たせしました。……宿題?」
私がカフェオレを持っていくと、テーブルにはノートが広げられ、何かを書き始めようとしているところだった。
「いえ、文化祭の準備よ。あとから慌てないように、今のうちに必要になりそうなものをピックアップしておきたくて」
「二人で?」
「おかしいかしら?」
「ううん。そんなことはないけど」
一条さんは、相沢さんと同じく脚本・演出チームに属している。
彼女は脚本も書かないし、演出にも携わらないけれど、練習のスケジュール調整や情報伝達、予算管理などのマネジメント業務を担当してくれていたはずだ。
脚本・演出チームに属しているのは、様々な要件の発生場所だかららしい。
予算案の計上や必要な物品のリストアップは確かに彼女の業務の一環だろう。
ただ、それなら九十九くんと二人でなくてもいいはずだ。九十九くんはただの大道具班の一員で、班を束ねる立場でもなければ、班内外へ橋渡しをする役割でもないはず。
他の脚本チームの人や小道具班、衣装班を呼ばずに、九十九くんだけと話すのは、あまり合理的であるようには思えない。
カランカラン、とベルが鳴り、私の思考が途切れる。新しいお客様だ。
「いらっしゃいませ」
一条さんたちのテーブルを離れる。二人のことは気になるけれど、今は仕事中だ。自分のことに集中しなければならない。
まずは、私が何を不安に思っているのか、話さなくちゃいけない。彼の不安を聞き出したいのなら、まずは自分から話すのが筋だろう。
九十九くんが、一人で背負い込みすぎてはいないかということ。
私が側にいるせいで、他の人と過ごせなくなっていないかということ。
私が押しかけていくことを、本当は負担に思っているんじゃないかということ。
彼は誠実な人だから。私が打ち明ければ、きっと彼も話してくれるはず。何に困っているか。何に悩んでいるか。
それから、改めて二人で話すのだ。これからどうしていくかを。
なんだか気恥ずかしくなってしまいそうなので、映画でも借りていこう。映画を見て、感想を語り合う流れで、上手く誘導して、空気が重くなりすぎないように。そうだ、お菓子も買っていこう。
そんなことを考えながら働く金曜日。
「人見さん」
「はい」
マスターがカウンターにコトリと置いたピザトーストとブレンドコーヒーのセットを、注文したお客様の下へ運ぶ。
「お待たせしました」
このお店で働き始めてもうすぐ四ヶ月になるだろうか。いい加減、マスターの言葉足らずな指示にも慣れたものだ。
他にも、沢山のことに慣れた。コーヒーのドリップやケーキ作りはまだ練習中だけれど、軽食なら私も作れるようになったし、ホールスタッフとしての仕事なら、お会計までしっかりこなせる。
お店の制服がエプロンしかないのにも慣れた。あまり尖った格好をしなければマスターは口を出してこないので、ある程度落ち着いた服装を選んで、私服の上からエプロンを着用している。
今日は半袖の白ブラウスと黒のキュロットパンツ。これがオフィスカジュアルというものだろうか。
そして、最後に。一番慣れたのは、暇にだった。
ピーク時はそれなりに人が来るもので、マスター一人では確かに大変だろうと思わされたものだけれど、そうでない時は、たった数人の常連客が、下手をすれば一杯のコーヒーだけで何十分もゆったり過ごしていく。
作業に必要な時間以上の時間を使っていってくれるので、手持ち無沙汰になってしまう時間も沢山あった。
清掃、練習、勉強。出来ることを探して仕事を作ろうと躍起になったこともあったけれど、今では私も、従業員としてそのゆるやかな時間の流れの一部と化している。
勿論さぼっているわけではない。やることはきちんとやっているけれど、きっとこの店にとっては、これも大切な要素なのだ。
そして、そんなとき。私はよく、九十九くんのことなどを考えて過ごすのだった。
カランカラン、とベルが鳴り、私の視線もそちらに向く。お客様のご来店だ。
「いらっしゃいま、せ」
思わず言葉が淀んでしまう。お客様は先程まで私が思い浮かべていた彼と、もう一人。私の姿を認めて、驚いた顔をする女の子。
「……九十九くん、テーブル席、空いてるよ」
「ああ」
私の示したテーブルへ進む彼と、慌てて後を追う女の子。私はいつも通りにお冷を用意して、持っていく。トレーの上、コップの中で波打つ水面が私の動揺を物語っているようだ。
落ち着け。平常心。
「……ここで働いていたのね」
「うん。ゆっくりしていってね、一条さん」
じっと私を見つめる少女、一条美法さんは、なんとも気まずそうだ。メニューを広げる九十九くんを見る。
彼は今日、私が居ることを知っていたはずだ。私は夏休み前、一条さんとファミレスで話した内容を、まだ九十九くんに話せていない。たまたまだろうか。
それとも、彼と一条さんの間でも何らかの会話が交わされていて、わざと連れてきたのだろうか。
真意は、読めない。
「いつもの」
真意なんて無いかもしれない。戸惑うこちらをまるで意に介さず注文する九十九くんは、あまりにも平常運転だった。
「一条さんは?」
「九十九のいつものって?」
「暑い時はアイスカフェオレ。そうじゃない時はホットのブレンドだよ」
「暑いかどうかはどう判断するのよ」
「分かりづらい時はちゃんと口にしてくれるよ」
呆れた視線を向けられるけど、どちらがいいかは、見ていれば大体は分かるものだ。
「なら、私もそれで」
呆れつつもそう注文するということは、一条さんもさっきの九十九くんの注文がアイスカフェオレの方だと分かっているのだろう。
まあ、真夏にわざわざホットコーヒーを頼むことはそうないから、それはそうだろう。
「マスター」
店内はそんなに広いわけではない。注文は繰り返さなくても大体マスターにも聞こえていて、先に準備を進めてくれることが大半だ。
今回も、私が振り返って声をかけたときには既にドリップコーヒーを用意してくれている。
私は氷入りのグラスを用意して、マスターが淹れてくれたドリップコーヒーと冷えたミルクを注ぎ、マドラーで混ぜてコーヒーの温度を下げる。
あとはお好みで入れてもらうシロップと一緒にトレーに乗せ、給仕するだけだ。
「お待たせしました。……宿題?」
私がカフェオレを持っていくと、テーブルにはノートが広げられ、何かを書き始めようとしているところだった。
「いえ、文化祭の準備よ。あとから慌てないように、今のうちに必要になりそうなものをピックアップしておきたくて」
「二人で?」
「おかしいかしら?」
「ううん。そんなことはないけど」
一条さんは、相沢さんと同じく脚本・演出チームに属している。
彼女は脚本も書かないし、演出にも携わらないけれど、練習のスケジュール調整や情報伝達、予算管理などのマネジメント業務を担当してくれていたはずだ。
脚本・演出チームに属しているのは、様々な要件の発生場所だかららしい。
予算案の計上や必要な物品のリストアップは確かに彼女の業務の一環だろう。
ただ、それなら九十九くんと二人でなくてもいいはずだ。九十九くんはただの大道具班の一員で、班を束ねる立場でもなければ、班内外へ橋渡しをする役割でもないはず。
他の脚本チームの人や小道具班、衣装班を呼ばずに、九十九くんだけと話すのは、あまり合理的であるようには思えない。
カランカラン、とベルが鳴り、私の思考が途切れる。新しいお客様だ。
「いらっしゃいませ」
一条さんたちのテーブルを離れる。二人のことは気になるけれど、今は仕事中だ。自分のことに集中しなければならない。
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