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幸せな思い出、そして
第73話 ふにゃふにゃ
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お茶屋さんで軽く休憩をとってから、私達は前と同じルートで園内を回る。
前回はまだ盛りを過ぎたとはいっても紅葉は綺麗な紅色を残していたけれど、今回は流石にもう葉を落とし、冬の様相を見せていた。
先輩や進藤くんに教えてもらいながらなので、前より上手には撮れるけれど、前より素敵には撮れない。
こういう写真は、正直ちょっと苦手だ。葉を落とした枝も、灰色に染まった空も、吐いた息を白くする冷たい空気も。上手く掴めば掴むほど、どうしても物悲しい写真になってしまう。それを、見せたい相手もいない。
微妙な顔で画面とにらめっこをしていると、いつの間にかすぐ背後に来ていた九十九くんが、後ろから私の前まで手を伸ばして、スマホのインカメラを使って自撮りの要領で写真を撮った。
「これでいいか」
画面の中では、並んで見下ろす私と彼の頭の上に紅葉の枝が見えている。冷たく澄んだ冬の空気も、この場の静まった空気感も感じられるけれど、でも、物悲しくは見えない。
「結局、あの二人ってどうなの?」
「さあ。僕も二人の世界には入っていけないので」
写真部師弟が何やらこそこそ遠巻きに話していたので、二人の元に駆け寄って、同じ要領で一緒に写真を撮ってもらった。
二枚の写真を見る。本当だ。やはりこれなら、寂しく見えない。
撮れた写真を眺める私の頭を先輩が撫でてくれる。やるじゃん、ハジメ、と進藤くんにつつかれている九十九くんは、冬の空気より澄ました顔をしていた。
せっかく素敵な撮り方を九十九くんに教えてもらったけれど、立入禁止の古民家を撮るときは、季節の情景を活かした寂しげな雰囲気の写真をわざと撮った。
前回は上手く撮れなかったけれど、そんな写真でも、父に見せてみたら気に入ってもらえたのだ。こういうモチーフが好きらしいという父の趣味は、その時初めて知った。
喜んでもらえたら、また見せたくなる。見せたい相手の顔が浮かべば、写したい形も見えてくる。
父の顔を浮かべながら撮った写真は、写真部の二人にも褒めてもらえた。
「九十九くん、どう?」
「……お前は、どんどん素人臭さがなくなっていくな」
「九十九くんは?」
渋面をつくりながら渋々スマホを差し出す彼の写真を見れば、素人臭さの意味がよくわかった。
なんというか、平たい写真だ。明確なモチーフがあるのに、画面の中のどれもが際立ってなくて、どこに注目したらいいか分からない。
彼も私と同じように写真部師弟から手取り足取り教えられているのに、なかなか結果に繋がらないらしい。
一度、冬紗先輩がべったり彼にくっついて、設定も構図も全部先輩プロデュースで撮ってみたけれど、多少上手く写せてもあまりいい写真に見えるようにはならなかった。
「ハジメ君は、もっといろんなものに興味を持たないとね」
冬紗先輩の一言はあまりにも深く九十九くんに突き刺さったので、隣でケタケタと笑う進藤くんのようには、私は笑えなかった。
その次。中に入れる大きな合掌造りの建物に入ってから、気づくと九十九くんを見失っていた。
「九十九くん?」
呼びながら探して回ると、建物や生活道具の展示に見入っている私達を放っておいて、真っ先に囲炉裏に炊かれた火にあたって暖を取る彼が見つかった。
「疲れた?」
「いや」
彼の隣に並んで火にあたる。なんとなく、こうしていたくなる気持ちがわかった。夏だったら、縁側に腰掛けるのもいいだろうけど、今の季節はここが一番だろう。
心地よくて、暖かい。
すぐ後に、先輩たちも追いついてきて、ずるいぞ二人とも、なんて言いながら、反対側で火にあたる。
「この間来たときは、一透ちゃんはこういう家が友達の家だったら最高だって言ってたけど、どう? ハジメ君。将来こういう家に住んでみない?」
「それも、いいかもしれませんね」
「やめときなよ。ハジメはちゃんとしなきゃいけない時はきっちりしてるけど、オフになってスイッチ切れるとめちゃくちゃだらけるんだから。一生囲炉裏の側から離れられなくなるよ」
「そんなことはない」
「どこがだよ。もう既にふにゃふにゃじゃないか」
「ふにゃふにゃじゃない」
目を細めて気の抜けた顔で囲炉裏の火を見つめる九十九くんの声に、覇気はなかった。
スマホが振動する。眼の前にいるはずの先輩から、何故かメッセージが来ていた。
『やっぱり、可愛いね』
先輩の方を見ると、スマホで口元を隠すようにしてクスクスと笑っている。隣でふにゃふにゃになっている九十九くんに視線を移す。確かに。
『囲炉裏を撮る振りをして、こっそり九十九くんを撮ることって出来ますか?』
『ふふっ。任せて』
先輩は立ち上がって、九十九くんがしっかり写るように囲炉裏を撮る。あとで見せてもらうのが楽しみだ。
「ほら、そろそろ次行かないと」
誤魔化しがてらにそう言って、先輩は移動を促したけれど、九十九くんは生返事を返すばかりで、しばらく動こうとしなかった。
これまでやや時間を贅沢に使ってしまったので、記念館には寄らず、高閣に向かった。園全体を展望出来るその場所で、前回同様写真のお披露目会をと思っていたのだけれど。
「私たち、ちょっと飲み物買ってくるから、少し休んでて」
冬紗先輩が、そう言って私の手を引く。
「僕が行きますよ、先輩」
「いいのいいの。その代わり、切れちゃったハジメ君のスイッチ、入れ直しておいて」
呆れ返った目で九十九くんを見る進藤くんを置いて、私は先輩と移動する。私に何か話があるのだろうか、と思っていたけれど、そうではないようで、
「急いで戻るよ」
すぐ近くの自動販売機でさっと買い物を済ますと、私に内緒話でもするように、口元に人差し指を当ててそう言って、早足で男子たちのところへ戻った。
先輩は階段を上がりきらず、彼らのいる展望フロア手前で壁に張り付く。彼らの会話を盗み聞きするつもりのようだった。
「で、何で避けてるんだ」
「……別に、人見さんを避けてるわけじゃないさ」
二人の声が聞こえる。耳だけに集中しているからか、後ろめたそうな進藤くんの心の音が、微かに聞こえる。
小さなノイズが走るような、ザリザリとした粒だった音。
前回はまだ盛りを過ぎたとはいっても紅葉は綺麗な紅色を残していたけれど、今回は流石にもう葉を落とし、冬の様相を見せていた。
先輩や進藤くんに教えてもらいながらなので、前より上手には撮れるけれど、前より素敵には撮れない。
こういう写真は、正直ちょっと苦手だ。葉を落とした枝も、灰色に染まった空も、吐いた息を白くする冷たい空気も。上手く掴めば掴むほど、どうしても物悲しい写真になってしまう。それを、見せたい相手もいない。
微妙な顔で画面とにらめっこをしていると、いつの間にかすぐ背後に来ていた九十九くんが、後ろから私の前まで手を伸ばして、スマホのインカメラを使って自撮りの要領で写真を撮った。
「これでいいか」
画面の中では、並んで見下ろす私と彼の頭の上に紅葉の枝が見えている。冷たく澄んだ冬の空気も、この場の静まった空気感も感じられるけれど、でも、物悲しくは見えない。
「結局、あの二人ってどうなの?」
「さあ。僕も二人の世界には入っていけないので」
写真部師弟が何やらこそこそ遠巻きに話していたので、二人の元に駆け寄って、同じ要領で一緒に写真を撮ってもらった。
二枚の写真を見る。本当だ。やはりこれなら、寂しく見えない。
撮れた写真を眺める私の頭を先輩が撫でてくれる。やるじゃん、ハジメ、と進藤くんにつつかれている九十九くんは、冬の空気より澄ました顔をしていた。
せっかく素敵な撮り方を九十九くんに教えてもらったけれど、立入禁止の古民家を撮るときは、季節の情景を活かした寂しげな雰囲気の写真をわざと撮った。
前回は上手く撮れなかったけれど、そんな写真でも、父に見せてみたら気に入ってもらえたのだ。こういうモチーフが好きらしいという父の趣味は、その時初めて知った。
喜んでもらえたら、また見せたくなる。見せたい相手の顔が浮かべば、写したい形も見えてくる。
父の顔を浮かべながら撮った写真は、写真部の二人にも褒めてもらえた。
「九十九くん、どう?」
「……お前は、どんどん素人臭さがなくなっていくな」
「九十九くんは?」
渋面をつくりながら渋々スマホを差し出す彼の写真を見れば、素人臭さの意味がよくわかった。
なんというか、平たい写真だ。明確なモチーフがあるのに、画面の中のどれもが際立ってなくて、どこに注目したらいいか分からない。
彼も私と同じように写真部師弟から手取り足取り教えられているのに、なかなか結果に繋がらないらしい。
一度、冬紗先輩がべったり彼にくっついて、設定も構図も全部先輩プロデュースで撮ってみたけれど、多少上手く写せてもあまりいい写真に見えるようにはならなかった。
「ハジメ君は、もっといろんなものに興味を持たないとね」
冬紗先輩の一言はあまりにも深く九十九くんに突き刺さったので、隣でケタケタと笑う進藤くんのようには、私は笑えなかった。
その次。中に入れる大きな合掌造りの建物に入ってから、気づくと九十九くんを見失っていた。
「九十九くん?」
呼びながら探して回ると、建物や生活道具の展示に見入っている私達を放っておいて、真っ先に囲炉裏に炊かれた火にあたって暖を取る彼が見つかった。
「疲れた?」
「いや」
彼の隣に並んで火にあたる。なんとなく、こうしていたくなる気持ちがわかった。夏だったら、縁側に腰掛けるのもいいだろうけど、今の季節はここが一番だろう。
心地よくて、暖かい。
すぐ後に、先輩たちも追いついてきて、ずるいぞ二人とも、なんて言いながら、反対側で火にあたる。
「この間来たときは、一透ちゃんはこういう家が友達の家だったら最高だって言ってたけど、どう? ハジメ君。将来こういう家に住んでみない?」
「それも、いいかもしれませんね」
「やめときなよ。ハジメはちゃんとしなきゃいけない時はきっちりしてるけど、オフになってスイッチ切れるとめちゃくちゃだらけるんだから。一生囲炉裏の側から離れられなくなるよ」
「そんなことはない」
「どこがだよ。もう既にふにゃふにゃじゃないか」
「ふにゃふにゃじゃない」
目を細めて気の抜けた顔で囲炉裏の火を見つめる九十九くんの声に、覇気はなかった。
スマホが振動する。眼の前にいるはずの先輩から、何故かメッセージが来ていた。
『やっぱり、可愛いね』
先輩の方を見ると、スマホで口元を隠すようにしてクスクスと笑っている。隣でふにゃふにゃになっている九十九くんに視線を移す。確かに。
『囲炉裏を撮る振りをして、こっそり九十九くんを撮ることって出来ますか?』
『ふふっ。任せて』
先輩は立ち上がって、九十九くんがしっかり写るように囲炉裏を撮る。あとで見せてもらうのが楽しみだ。
「ほら、そろそろ次行かないと」
誤魔化しがてらにそう言って、先輩は移動を促したけれど、九十九くんは生返事を返すばかりで、しばらく動こうとしなかった。
これまでやや時間を贅沢に使ってしまったので、記念館には寄らず、高閣に向かった。園全体を展望出来るその場所で、前回同様写真のお披露目会をと思っていたのだけれど。
「私たち、ちょっと飲み物買ってくるから、少し休んでて」
冬紗先輩が、そう言って私の手を引く。
「僕が行きますよ、先輩」
「いいのいいの。その代わり、切れちゃったハジメ君のスイッチ、入れ直しておいて」
呆れ返った目で九十九くんを見る進藤くんを置いて、私は先輩と移動する。私に何か話があるのだろうか、と思っていたけれど、そうではないようで、
「急いで戻るよ」
すぐ近くの自動販売機でさっと買い物を済ますと、私に内緒話でもするように、口元に人差し指を当ててそう言って、早足で男子たちのところへ戻った。
先輩は階段を上がりきらず、彼らのいる展望フロア手前で壁に張り付く。彼らの会話を盗み聞きするつもりのようだった。
「で、何で避けてるんだ」
「……別に、人見さんを避けてるわけじゃないさ」
二人の声が聞こえる。耳だけに集中しているからか、後ろめたそうな進藤くんの心の音が、微かに聞こえる。
小さなノイズが走るような、ザリザリとした粒だった音。
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