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君の欠片を

第58話 君なんだよ

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「九十九くん」

 私は覚悟を決めていた。

「私ね、人の心を感じ取ることが出来るの」

 これを伝えたことがあるのは、家族に続いて、君が二番目。

「九十九くん、以前本を読んでいたでしょ? 人の心が色で見える共感覚を持った、少女のお話」

 君がそれを読んでいたのは、夏休み前。私に似た題材に興味を持って、私は夏休み中に図書館で同じ本を借りて読んで、君の感想が聞きたくなって、電話をかけた。

「私とあれじゃあ、少し違うけど」

 小説の主人公は、視覚だけで、色しか見えない代わりに常に出力が強のスイッチが入っているみたいな感じだった。だからこそ、見えるが故の苦悩があった。

 私は五感でいろんな刺激を感じ取れるけど、常に全てのスイッチが入っている訳でもなければ、強弱もバラバラで意識を向けようとしなければ多少は目を逸らせる。

 比べてみて余計に、私の〝感覚〟は私に都合がいいなと思ったのを覚えている。

「私には、君の心がずっと見えなかった。靄がかかったみたいにぼやけていて、何も感じ取れなかったから。でも今は、君自身を痛めつけているように見える」

 まだ理解が追いついてなさそうだけど、でも、もしそうなら、と心当たりのありそうな顔をしたから。私はその痛みの原因を取り除いてあげたくて、君に聞く。

「あの時、大野さんもそうだった。大野さんは、思ってもないことを言ってしまうのが止められない自分を責めてた。君は、君の何を責めているの?」

 右手で頭を抱えて俯きながら、ぽつりぽつりと話す君の言葉に耳を傾ける。一つも、受け取り損ねたくない。

「……俺は、間違えた。大事なものを天秤にかけても、それでも。大切なものを損なってでも、そのとき自分が楽な道を選んだ。踏み込もうとしなかった。だから、大野がああなるのも止められなかった。お前が追い詰められるのを、二度も止められなかった。その、前にも」

「うん」

 そんなことはない、と言いたかった。だけど、何をどう否定するのか、間違えてはいけない。

「お前に、俺の心が靄みたいになって見えていたのなら、きっと、俺が諦めていたからだ。誰かのために何かをしたいと思うのも、それに対して、何もできなかったくせに今更どの面下げて、って思うのも、悩んでなにも行動できなくて間違いを積み重ねるのにも、疲れてしまったから」

「……うん」

 私にも、その気持ちは痛いほどわかった。九十九くんにも私と同じように、何かを失った過去があるのだろうか。私の場合は、意味もなくただがむしゃらに動いた。君は、諦めたと言った。

「だからずっと、眼の前のことから目を背けて、見ないようにして生きた。何も考えないようにしてきた。いつか、避けられない壁にぶつかって、どうにもできずに野垂れ死ねばいいと思った。大事なものから目を背けてまで逃げたんだから、死ぬまでそうしていればいいと思った」

 じゃあ、なんで。

「じゃあなんで、私にタオルを掛けてくれたの?」

 君が息を飲む音が聞こえた。何のことかは分かるはずだ。君はいつだって、私に対していい加減なことはしなかった。

「どうして、私に傘を差してくれたの? どうして、倒れた私を誰より早く助けに来てくれたの? どうして、私の代わりに走ってくれたの?」

 唇を噛んで、また強く拳を握るのが見える。君の心が強く揺れる。

「どうして、私の手を引いて保健室まで連れて行ってくれたの? どうして、大野さんのところに駆けつけてきて、私の言いたいことを聞き出してくれたの?」

 全て諦めて、目を背けて、自分が楽ならそれでいいだなんて。そんな風に思っている人が、どうしてここまでしてくれるだろうか。

「お前が、見てくれたから」

「えっ」

 それは、想像もしていなかった答え。

「誰とも向き合おうとしない俺のことを、お前が見てくれたから。お前が、皆と関われる位置まで、連れ出してくれたから。俺を助けてくれるって、言ってくれたから。見てるよって、言ってくれたから。大嫌いだった自分の手に、お前が触れてくれたから」

 涙は流れていないのに、君が泣きじゃくるみたいにそう言うから。私が君に、してもらったことのお返しをするはずだったのに、君が先に、私が君にしてきたことの答えをくれるから。

 泣けない君の代わりみたいに、私の目から涙がこぼれ出した。

「だから、思い上がってしまったんだ。お前のしてくれたことに応えたいって。報いたいって。何もできなかったくせに。しようともしなかったくせに。今更になって」

「違うよ」

 だから今度こそ、私の番だね。九十九くん。

「君はずっと、そうなんだね。今更だって思っても、どの口がって思っても。眼の前の人の気持ちに応えようとすることも、傷つかないでって願うことも、やめられないんだね」

「ちがう、俺は!」

「だって」

 だって、最初は君だったんだよ。九十九くん。

「君は、私を被服室へ連れて行ってくれた」

 全ての始まりは、君からだったんだよ。
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