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君の欠片を

第53話 全日準備

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 アラームの音で目が覚めた。朝はいつも寝ぼけてしまうのだが、今日は比較的意識がはっきりしている。

 とはいえ、あまり気持ちのいい寝覚めではなかった。昨日あれだけ泣いたからだろう。目がまだ少しヒリヒリと痛い。

 いつもより意識がはっきりしている分、テキパキと支度を進め、はっきりと受け答えをするので、母にはからかわれてしまった。

「文化祭当日でもないのに、楽しみで寝られなかったみたいな顔してるよ、あんた」

 余計なお世話だ。彼に何をどう伝えようか、なんて考えてワクワクはしていたけど、泣き疲れていたお陰で睡眠はきちんと取れた。顔が変なのは目の痛みのせいだろう。

 朝食は今日も美味しかった。からかわれつつもそれがあまり嫌ではなかったのは、昨日の余韻が残っているせいか。

 当たり前になりすぎた家族の愛情ですら、なんだか過敏に感じ取れてしまう。

 それもこれも、彼女たちと、彼のお陰だろう。食べ終えた朝食の食器を片付けてから部屋に戻って、淡い青色の便箋を手に取る。

『九十九くんへ

  後夜祭の時間、教室で待っています

                人見一透』

 一夜明けても、なんだかやっぱり照れくさい。彼はこれを読んでどんな気持ちになってくれるだろうか。

 折りたたんだそれを小さな封筒に入れ、シールで封をしてから、折れ曲がらないように丁寧に鞄にしまって家を出る。

「いってきます」

 今日と明日頑張ってちゃんと完成させたら、二日後にはいよいよ文化祭本番だ。


---


 全日準備の期間に入った。今日からは授業は行われないため、各クラス本格的なセッティングを始め、出し物で使用する予定のない余分な机や椅子、教卓は空き教室へ運ばれる。

 と、いうことを思い出したのは教室に来てからだった。何が言いたいのかというと、手紙を彼の机にこっそり仕込んでおく作戦は使えないということだ。

 仕込まれたまま運ばれてしまえば、手紙はもう文化祭期間中には見つからないだろう。

 他のクラスとの間で机や椅子をやり取りしたりはしないから、ちゃんとクラスに戻ってはくるだろうけれど、九十九くんの下に戻るとは限らない。

 机や椅子に名前を書いてそれぞれで管理したりはしていないのだ。まず間違いなく、文化祭後に戻ってくるのは別の誰かのものになるはず。

 手紙は、一度別の誰かの手にわたってしまう可能性が高い。

 うちのクラスは教室内で食事をしていけるようにもするため、全ての机を運び出すわけではない。けれど、仮に運び出されずとも、教室に残す机は当日教室で食べていくお客様用のテーブルになる。

 もはや終了するまで彼の席とは呼べなくなるのだ。そんなとこに仕込んでおいたら、それはそれで結局、関係のない人の手に渡る可能性がある。

 彼ならその前に気づいてくれるかも知れないと思ったが、万が一を考えるとあまりにリスクが高くてやはり出来ない。わざわざ彼より早く登校してきた意味がなくなってしまった。

 であれば下駄箱にでも、と思ったが、そんなに余裕を持って来たわけではないので、今から向かうと鉢合わせになる可能性がある。

 今は諦めよう。呼び出しは後夜祭の時間なのだ。焦らなくても、まだ渡すチャンスは沢山ある。最悪、本番二日目に渡しても間に合うだろう。

 そんな訳で、手紙の扱いは一旦保留となった。
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