上 下
53 / 146
君の欠片を

第52話 君の欠片

しおりを挟む
「一生分泣いたわ……」

 全くだ。今日一日で、三人とも脱水症状になりそうなくらい泣いた。

「目も鼻も真っ赤だよ」

「人見さんもね」

 はい、と差し出されたティッシュを受け取って鼻をかむ。

「ごめん。ありがとう」

「それも、一生分聞いたな」

「一番謝ってたのは大野ちゃんだけどね」

「そりゃ仕方ねえだろ」

 あれもこれもと、一つひとつ謝る大野さんの言葉を、私達はしっかり受け止めた。気持ちは分かっているのでそこまで謝らなくてもよかったのだけれど、きっと、ちゃんと言葉にすることは、誰よりも大野さん自身にとって必要なことだった。

 流石に、二周目に差し掛かったときには止めたけれど。

 そして、今は皆笑っているから。きっと、私の願いは叶えられる。

「明日と明後日頑張って、無事本番を迎えられたら、一緒に写真撮ろうね」

「ああ、そうだったな」

「たくさん撮ろうね」

「うん」

 体育祭の時みたいな写真を、たくさん。いろんな出し物を回るたびに、何度も撮ろう。その写真は、今度はどうしようか。

 写真立てはもう、机の上に二つ並んでいる。あれは意外と場所を取るのだ。そろそろ別の飾り方を考えた方がいいかもしれない。

 ふと、脳裏に彼の顔が浮かんだ。

「九十九くんとも、一緒に撮れるかな」

 口にしてから気がついて、はっとする。九十九くんの話ばかりだと、また大野さんはいい気持ちをしないだろうか。

 そう思って顔色を窺うけれど、お前はほんとそればかりだな、と笑う大野さんは、もう嫌な気持ちはしていないようだった。

「頼まれりゃ嫌とは言わねえだろ、あいつは」

「そうかな? そうだといいな。体育祭の時は、集合写真でしか一緒に写れなかったから」

 クラスでの集合写真。端の方で憮然とした顔をする彼の顔を思い浮かべながらそう言うと、

「写ってたよ?」

 小川さんがそう言って、スマホを取り出し、写真を見せてくれる。それは、私達三人で撮ったあの写真。

「居るか?」

「うん。ここ」

「ほんとだ」

「いや、ほんとか……?」

 大野さんは判別がついていないようだけれど、小川さんが指を指した先に写っていたのは、確かに九十九くんだった。

 集合写真はもう撮り終わったからと、そそくさと退散する彼の後ろ姿が小さく背景に紛れ込んでいる。

 何度も見返した写真なのに、全然気が付かなかった。

「どうして気づいたの?」

「あのとき保健室で人見さんが気にしてたから、本当にすぐ帰ってたなら、タイミング的に写ってるんじゃないかなって思って見返してみたの。本人にもあとから確認したから、間違いないよ」

「にしても、よくこんなちっさい後ろ姿で分かるな……」

 自分では気付かなかったけれど、一度気づいてしまえば、私にはもう分かる。ずっと、こんなところに写ってたんだね、九十九くん。


---


 わずかに揺れる電車の中。二人と別れた私は、自分のスマホであの写真を見る。

 彼はいつも人から離れたところにいるけれど、困った時はいつも、彼の方から歩み寄ってくれる。

 迷子の私を見つけてくれたときも。体育祭で倒れてしまった時も。今回も。

 そういえば、五月の上履き取り違え事件の時はどういう流れで九十九くん達が協力してくれる事になったのか、私は知らない。

 あの時も、そうだったのかな。きっと、そうだったんだろうな。

 何だか心が温かい。この熱はきっと、彼がくれたものだ。九十九くんが今日、私と小川さんの気持ちを拾い上げてくれたみたいに。きっとこれは、私が拾い上げた、彼の優しさの欠片が放つ熱だ。

 彼はきっと、この温かさを知らない。だって私は、知らなかった。私がしてきたことが、小川さんや大野さんにとって、どれだけの価値があるものになっているか。

 今私の心の中にあるのは、間違いなく彼の一部なのに。伝えなければ、彼はそれを知ることが出来ない。小川さんたちが私にそうしてくれたみたいに。私も彼に、伝えないと。

 彼のしてくれたことが、私にとってどれだけ大切なものになっているか。

 どうやって伝えようかな。手紙でも書いてみようか。便箋なら余っている。いや、それじゃあ「俺は大したことはしていない」なんて躱されてしまうかもしれない。

 大したことなんだよって、逃げ道を塞いでちゃんと伝えるには口で伝えるしかないだろう。手紙は、呼び出すために使うのだ。

 文化祭最終日。一般公開終了後に行われる後夜祭。その時だ。その時に、彼に伝えよう。

 いつも私を、助けてくれてありがとう、って。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

TEN-ent
青春
女子高生5人が 多くの苦難やイジメを受けながらも ガールズバンドで成功していく物語 登場人物 ハナ 主人公 レイナ ハナの親友 エリ ハナの妹 しーちゃん 留学生 ミユ 同級生 マキ あるグループの曲にリスペクトを込め作成

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜

green
青春
一ノ瀬財閥の令嬢、一ノ瀬綾乃は小学校一年生からサッカーを始め、プロサッカー選手になることを夢見ている。 しかし、父である浩平にその夢を反対される。 夢を諦めきれない綾乃は浩平に言う。 「その夢に挑戦するためのお時間をいただけないでしょうか?」 一人のお嬢様の挑戦が始まる。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...