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手紙・序
しおりを挟む一列談判破裂して
日露戦争始まった
さっさと逃げるはロシヤの兵
死んでも尽すは日本の兵
五万の兵を引き連れて
六人残して皆殺し
七月十日の戦いに
哈爾浜までも攻め破り
クロパトキンの首を取り
東郷元帥万々歳
(一列談判 東京都の手鞠唄)
***
拝啓
北風もそろそろ身を切るような肌寒さに感じられるようになってきた今日この頃、恭一さんにおかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
大学もようやく長い冬休みに入って年の瀬もせまり、私も相変わらずバイトにサークルにと慌ただしく過ごしています。
最近になってようやくプライベートな時間にゆとりが持てるようになりましたので、突然ですが本日筆を取った次第です。
恥ずかしながら、こうして改めて男性の方と書簡のやりとりをするのは、なにぶん初めてのことですので乱文乱筆のほど、何卒ご容赦下さいませ。
さて、あの白昼夢のような真夏の出来事から三ヶ月…時が経つのは本当に早いもので、東京では間もなく本格的な冬の訪れが近づいてこようとしております。
恭一さんと初めて出会った時は私も浴衣姿でしたが、あのお婆ちゃんの形見の品も今となっては稲見沢のお爺ちゃんの家のタンスの中で、来年の夏の訪れを待っているような次第です。
その節は本当にお世話になりました。あの時、恭一さんがお爺ちゃんを尋ねていらっしゃった時のことを覚えておられますか?
恭一さんも村に伝わる、あの不思議な手鞠唄のことはずいぶん気にかけておられたようでしたので、私も祖父に倣って民俗学者の真似事をして、ひと通り稲見沢に伝わるあの手鞠唄について判ったことをご報告したいと思います。
手鞠唄は以下の内容であったかと思います。
(一番)
ねえさま 白無垢 角隠し
森の狐は知らんぷり
笑って囃すチンジュサマ
荼毘の鬼子は括りやれ
社の枝に かけられた
かけられた かけられた
(二番)
とうさま 黒肌 炭を焼き
森の狸に化かされて
怒って火を吹くチンジュサマ
荼毘の炎で燃やしやれ
社の床が ささくれた
ささくれた ささくれた
(三番)
かあさま 朱肌 後ろ髪
森の鼠は一人きり
泣いて目隠しチンジュサマ
荼毘の川へと流しやれ
社の向こう はなされた
はなされた はなされた
手鞠唄は地方によって様々なバリエーションがあって、今でも残っている有名な唄の中にはその当時の世相や時代背景を反映したような歌詞や節回しもめずらしくはありません。
最近になってあの事件のことをよく思い出します…。殊に手鞠唄や神隠しや妖怪について自分なりに調べるにつれ、その思いは一層に強くなりました。
あんな平和で長閑な稲見沢に、あんな恐ろしい出来事があったのだと思うと、私は今でも震えが止まりません…。
恭一さんもご存知のように稲見沢は平成の世にあっても地域同士、村同士の結びつきはとても強く、過疎化による市区町村の併合や統廃合の憂き目にあったとはいえ、今でもそこかしこに昔の風習を残している集落なのです。
有り体に言ってしまえば地方の田舎なのですが、まるで横溝正史の『八つ墓村』や『悪魔の手鞠唄』といった作品に出てくるような地方特有の、どこかうら寂しい雰囲気や歴史を持っていた地域でもあるのです。
例の手鞠唄もこの地方独特のもので、遡ってみると神隠し事件ともあながち無関係ではないことも解りました。
稲見沢地方で『コートバーズ』と呼ばれる妖怪も、やはり神隠しと無関係ではなかったようです。
以下は祖父の文献で調べた稲見沢の神隠し事件についてです。
寛延の百姓一揆から、123年後の明治6年(1873年)6月26日の夕方、稲見沢において髪の毛が伸び放題で挙動不審な女性が現れ、幼児を奪って逃げようとする事件が起きました。
この事件は「子取り婆」が現れたという流言となって、たちまち近隣の村々に広がりました。この子取り婆が訛ってコートバーズになったのは言うまでもありません。
折しもこの頃、民衆は国の兵役を「血税」と称していることを誤解し、徴兵検査によって国から血を抜き採られると思いこみ、地域全体が不安感を抱いていました。
今と違って情報の伝達も不便な地方の村々では、よくこうした誤解はあったようなのです。
そんな馬鹿なと当時の日本を笑うことはできません。戦争に対する民衆の不安は都市部のみならず地方にとっても同様だったのです。
民衆の不安感に「子取り婆」の流言が火をつけ、数千人規模に膨らんだ群集が竹槍を揚げ、税の軽減や徴兵の反対などを要求してS地方の村々へ次々と進撃し、官と名のつくものを攻撃していった事件でもありました。
侵攻された村々は130ヶ村、焼き討ちされた箇所は当時の役場、役人宅、学校など約600ヶ所に及んだといいます。
騒動の参加者は総勢4千人を超え、うち3千人が当時の稲見沢に連なる地方の出身者だといわれています。
私と恭一さんが出会った今の土沢地区も山階の蓮醍寺が、本堂を村役場に庁舎として貸していた為に放火され、一時は消失しました。
問題の子取婆さんは、A郡K村(今の稲見沢堂ヶ沢地区)の農業、与助の孫娘レイという二十七、八才の婦人で、自分の子供が溜池に落ちて溺れ死んだのが原因で精神に異常を来したため、所変われば良くなるだろうと、親族の者がこの地域に女中として住み込ませていた女性でした。
このレイさんが付近で遊んでいた二人の少女を見るや否や「あゝ私の子供二人がここに居た」と両脇に抱えて走り去ろうとしました。
それを見た里人達が「子取り婆さんが子供をさらって逃げていくぞ!」と絶叫したそうです。
人々はこれを聞くや鍬・竹槍などをひっさげて駆けつけ、狂婦を捕らえて叩き、ついには彼女を刺し殺してしまいました。
この騒動もやがて当時、警察予備隊(今の自衛隊)の前身にあたる軍隊によって終結しましたが後の裁判の結果、死刑七人、懲役五十六人、その他の罪に処せられた者は千六百五十九人で、死刑の執行は山間の深堀にて十二月二十日より毎日一人づつ高台の絞首台で行われたということです。
名目上は集団リンチの私刑に対する刑罰ですが、前述のように国体に反旗を翻す集団を一斉に取り締まったというのが実状です。
私の幼い頃、遊びで帰りが遅くなったり悪いことをしたりすると、すぐ「コートバーズがお前をさらいに来るぞ!」とお爺ちゃんによく脅かされたものですが、これがオリジナルの事件だったのです。
先日、恭一さんもよく知る、あの探偵の来栖要さんから恭一さんに宜しく伝えておいてほしいとの伝言を承りました。
来栖さんも、あの事件や恭一さんのことを随分と気にかけていらっしゃるようでした。
あの手鞠唄についてご報告することは、あるいは恭一さんにとって思い出したくない辛い話かもしれません…。
人の縁とは不思議なものですね。
あの事件に出会わなければ私も恭一さんに出会い、こうして手紙をしたためる事もなかったのかもしれませんから。
私にとって決して忘れられない、あの事件の記憶…。
今にして思えば、あの時の事件と恭一さんとの出会いは、あの哀切とした手鞠唄が呼び寄せた物悲しい物語のように思えます…。
(中略)
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