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待ち受ける運命
ニューリ! 受け取れ!
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「うわっ!」
彼の驚いたような声と同時に、幸せな温もりが引きはがされた。
喪失感に驚いて目を開くと、目に映ったのはのけぞったニューリッキの顎と、その背後に、恐ろしい形相で立ち尽くす血まみれのヴィルヨの姿。
そして彼を支えるように立っている自分そっくりの少女だった。
「お……にいちゃん」
ヴィルヨはカティヤと目が合うと、気まずそうに顔を背けた。
今の……お兄ちゃんに見られた?
カティヤの方も、気まずいなんてものじゃなかった。
兄という立場で自分を大切に育て、結婚を申し込んでくれさえした人に、別の男性と抱き合うだけではすまない場面を見せてしまった。
あまりにも申し訳なくて恥ずかしくて、小さな悲鳴を上げて顔を伏せた。
「何をする、ヴィルヨ」
三つ編みの先を鷲掴みにするヴィルヨに、ニューリッキが苦しい体勢から冷ややかな声をかけた。
今の彼は、もう少年の姿ではない。
ヴィルヨと同じか、いくらか年上に見える青年だ。
彼が、狩猟の神ニューリッキであることも、分かっているはずだ。
しかしヴィルヨは、これまでと変わらない調子で、食って掛かった。
「それはこっちの台詞だ。てめぇ、俺のカティヤに何しやがる!」
三つ編みをさらに強く引かれ、ニューリは顔をしかめた。
しかし、その仕打ちに文句を言うことはない。
反撃することもない。
ただ、淡々と言葉を続ける。
「自分の妻に、愛情を示して何が悪い」
「つ……妻だとぉ!」
ヴィルヨは、空いている方の手に握り拳を固め、勢い良く振り上げた。
「やめて、やめてお兄ちゃん。ニューリに乱暴しないで!」
一触即発に見える二人を止めようと、カティヤが必死に声を上げた。
「カティヤ! こいつは……精霊だったんだぞ! 俺たちをずっと欺いていたんだ!」
「いいの! わたしは、ニューリが好き! 彼が人間でも精霊でも、少年でも大人でも構わないの! 彼が、好きなの!」
ひどく残酷なことを告げていることは分かっていたが、曖昧にはしておけなかった。
ニューリのことが好きなのだ。
彼との婚姻契約も、既に結ばれてしまった。
だから、ヴィルヨの想いには応えられない。
「ごめんなさい……」
その涙声に、ヴィルヨの拳は下ろされた。
反対の手で握りしめていた銀色の髪も解放される。
「そうか。分かった。だったら俺は、お前の兄に戻るだけだ」
彼はくるりと背を向けた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「謝らなくていい。良かったな、カティヤ」
その声はまぎれもなく、自分を慈しんで育ててくれた優しい兄のものだった。
遠ざかる彼の広い背中や力強い腕には、古い傷跡の上に、生々しく血がにじむ新しい傷が数えきれないほどできていた。
左足を痛めたのか、歩きづらそうに引きずっている。
彼もまた、カティヤを愛し、ずっと守り続けてきた一人だった。
「待って! 無理しちゃだめよ!」
そんな彼を、自分そっくりの少女が追っていく。
実現しなかった未来の幻を見ているかのような、不思議な光景から目が離せないでいると、少女が追いつく直前に、ヴィルヨが振り返った。
「ニューリ! 受け取れ!」
ズボンのポケットを探って何かを取り出し、投げてよこす。
弧を描いて飛んできた礫を受け取って、ニューリッキは首を傾げた。
「これは……? カティヤの?」
「違うわ。わたしのは、ここにあるもの」
カティヤは首もとの革ひもをたぐって、トナカイの角の先で作られたペンダントを取り出した。
角の一部を削り落とした面に刻まれているのは、二羽の小鳥が並ぶ『幸せの鳥』。
この夏至の誕生日に、ヴィルヨから贈られたものだ。
ニューリッキの手の中にも、全く同じものが握られている。
「これはきっと、お兄ちゃんのだったんだわ」
ヴィルヨは同じものを二つ用意していたのだ。
二羽の小鳥。
幸せの鳥という名の図柄。
そして、それが二つある意味——。
そこに込められたたくさんの思いを、ニューリッキはぎゅっと握りしめた。
「僕は、君のお兄さんに、許してもらえたと思ってもいいのかな」
そう呟くと、彼はカティヤとお揃いのペンダントを首に掛けた。
彼の驚いたような声と同時に、幸せな温もりが引きはがされた。
喪失感に驚いて目を開くと、目に映ったのはのけぞったニューリッキの顎と、その背後に、恐ろしい形相で立ち尽くす血まみれのヴィルヨの姿。
そして彼を支えるように立っている自分そっくりの少女だった。
「お……にいちゃん」
ヴィルヨはカティヤと目が合うと、気まずそうに顔を背けた。
今の……お兄ちゃんに見られた?
カティヤの方も、気まずいなんてものじゃなかった。
兄という立場で自分を大切に育て、結婚を申し込んでくれさえした人に、別の男性と抱き合うだけではすまない場面を見せてしまった。
あまりにも申し訳なくて恥ずかしくて、小さな悲鳴を上げて顔を伏せた。
「何をする、ヴィルヨ」
三つ編みの先を鷲掴みにするヴィルヨに、ニューリッキが苦しい体勢から冷ややかな声をかけた。
今の彼は、もう少年の姿ではない。
ヴィルヨと同じか、いくらか年上に見える青年だ。
彼が、狩猟の神ニューリッキであることも、分かっているはずだ。
しかしヴィルヨは、これまでと変わらない調子で、食って掛かった。
「それはこっちの台詞だ。てめぇ、俺のカティヤに何しやがる!」
三つ編みをさらに強く引かれ、ニューリは顔をしかめた。
しかし、その仕打ちに文句を言うことはない。
反撃することもない。
ただ、淡々と言葉を続ける。
「自分の妻に、愛情を示して何が悪い」
「つ……妻だとぉ!」
ヴィルヨは、空いている方の手に握り拳を固め、勢い良く振り上げた。
「やめて、やめてお兄ちゃん。ニューリに乱暴しないで!」
一触即発に見える二人を止めようと、カティヤが必死に声を上げた。
「カティヤ! こいつは……精霊だったんだぞ! 俺たちをずっと欺いていたんだ!」
「いいの! わたしは、ニューリが好き! 彼が人間でも精霊でも、少年でも大人でも構わないの! 彼が、好きなの!」
ひどく残酷なことを告げていることは分かっていたが、曖昧にはしておけなかった。
ニューリのことが好きなのだ。
彼との婚姻契約も、既に結ばれてしまった。
だから、ヴィルヨの想いには応えられない。
「ごめんなさい……」
その涙声に、ヴィルヨの拳は下ろされた。
反対の手で握りしめていた銀色の髪も解放される。
「そうか。分かった。だったら俺は、お前の兄に戻るだけだ」
彼はくるりと背を向けた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「謝らなくていい。良かったな、カティヤ」
その声はまぎれもなく、自分を慈しんで育ててくれた優しい兄のものだった。
遠ざかる彼の広い背中や力強い腕には、古い傷跡の上に、生々しく血がにじむ新しい傷が数えきれないほどできていた。
左足を痛めたのか、歩きづらそうに引きずっている。
彼もまた、カティヤを愛し、ずっと守り続けてきた一人だった。
「待って! 無理しちゃだめよ!」
そんな彼を、自分そっくりの少女が追っていく。
実現しなかった未来の幻を見ているかのような、不思議な光景から目が離せないでいると、少女が追いつく直前に、ヴィルヨが振り返った。
「ニューリ! 受け取れ!」
ズボンのポケットを探って何かを取り出し、投げてよこす。
弧を描いて飛んできた礫を受け取って、ニューリッキは首を傾げた。
「これは……? カティヤの?」
「違うわ。わたしのは、ここにあるもの」
カティヤは首もとの革ひもをたぐって、トナカイの角の先で作られたペンダントを取り出した。
角の一部を削り落とした面に刻まれているのは、二羽の小鳥が並ぶ『幸せの鳥』。
この夏至の誕生日に、ヴィルヨから贈られたものだ。
ニューリッキの手の中にも、全く同じものが握られている。
「これはきっと、お兄ちゃんのだったんだわ」
ヴィルヨは同じものを二つ用意していたのだ。
二羽の小鳥。
幸せの鳥という名の図柄。
そして、それが二つある意味——。
そこに込められたたくさんの思いを、ニューリッキはぎゅっと握りしめた。
「僕は、君のお兄さんに、許してもらえたと思ってもいいのかな」
そう呟くと、彼はカティヤとお揃いのペンダントを首に掛けた。
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