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待ち受ける運命
何が、あるの——?
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「ねぇ……今、何か……聞こえ、なかった?」
二人をもみくちゃにするヒイシの濁流の中、微かに聞こえた高い音。
しかし、それはニューリの耳には届かなかったらしい。
「カティヤ、どうした!」
彼は左腕でカティヤの腰を抱きかかえて庇いながら、重い長剣を右手で振るっている。
彼がいくら切り捨てても、周囲のヒイシの数は減ることがない。
抵抗する二人にも疲れが出てきて、西へと押し流される速度は早まっていた。
「空耳……? 何か悲鳴……の、ような……きゃっ!」
足元をすくわれバランスを崩したところを、ぐっと抱き寄せられる。
「大丈夫か? 向こうに、誰かいる……のか? ヴィルヨじゃなくて?」
「違うわ。もっと、高い……」
説明しようとするカティヤの声をかき消すように、また同じ声が聞こえてきた。
「きゃあぁぁ! もう、やめて!」
今度は、ニューリにもはっきりと聞き取れた。
どこか聞き覚えのある、若い女性の悲鳴だ。
「ほらっ、また!」
「女の……子? どうして、こんな所に……」
考える暇なく次に聞こえてきたのは、複数の男の声だ。
何を話しているのかまでは分からないが、ときおり品のない高笑いが混ざる、ぞっとするものだ。
声が聞こえてきた西の方角に目をやると、少し先で森が途切れているらしく、木々の重なりが薄くなっていた。
「ニューリ、行こう!」
「え?」
「このままでも、どうせあの場所に押し流されちゃうわ。それなら早く、行ってあげよう! 行かなくちゃ!」
ニューリの腕を振り払うように身体を捻り、走り出す。
「ちょっと、カティヤっ! 待って!」
彼女と離れてしまったニューリの目から、ヒイシの影がすうっと引いていく。
あれだけかかっていた強い圧力も感じなくなり、身体が急に軽くなる。
しかし、感じ取れなくなっただけで、カティヤの周囲にヒイシがいるのは明らかだ。
彼女は半分運ばれるように、よろめきながら駆けていく。
「まったく、君は……」
自分自身が危険にさらされているのに、さっきの悲鳴も何者かに仕組まれたものに違いないのに、彼女は自分の身を顧みずに、助けに向かおうとする。
ニューリは苦笑すると長剣を腰に納め、走り始めた。
何の障害も感じないニューリは、あっという間にカティヤに追いつき、追い抜きざまに声をかける。
「僕が先に行く。気をつけて!」
「う……ん。ニューリも!」
自分より小さいはずの彼の背中が、妙に大きく力強く見えた。
一足先に木々の境目に着いたニューリは、そこでぴたりと立ち止まった。
身構えることなく、ただ立ち尽くす後ろ姿に、強い緊張感が漂っている。
何が、あるの——?
嫌な予感に、心臓がどくりと鳴った。
周囲を取り囲みカティヤを押し流していたヒイシが、そこに見えない壁があるかのように、森と広場の境界でぴたりと静止した。
「きゃぁぁぁっ! ニューリっ!」
強い力で広場に押し出されたカティヤを、ニューリが抱き止める。
しかし、勢いを止めきれず、二人はもつれるように草の上に転がった。
「カティヤ、来るんじゃないっ! すぐに逃げろ」
叫び声にはっとして顔を上げると、そこに衝撃的な光景があった。
二人の男に両腕を担がれ、磔にされたような格好のヴィルヨが、二人の男から殴る蹴るの暴行を受けていた。
彼の顔は紫色にひどく腫れ上がり、額と唇の端から赤いものが滴り落ちている。
裸の上半身も傷だらけで鮮血にまみれていた。
「お兄ちゃ……ん?」
今、ヴィルヨをいたぶっている一人は、自宅で彼自身があっさりと倒した大男。
そしてもう一人は、ニューリが捕らえた盗賊団の首領だった。
カティヤの目から見て、二人掛かりでも負けるはずのない相手だ。
あの誰よりも強いお兄ちゃんが、誰かにいいようにやられるなど、あり得ない。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!」
「来るなーっ!」
ヴィルヨに駆け寄ろうと身を起こすと、森林全体が震えるほどの絶叫が響いた。
同時に強く手を引かれ、ニューリの腕に拘束される。
「行っちゃだめだ。ヴィルヨは、逃げられない」
「でも、あのままじゃ、お兄ちゃんが……お兄ちゃんが、死んじゃう!」
ニューリの腕の中でもがいていると、今度は少女の叫び声が聞こえてきた。
「来ちゃだめ! あなただけは逃げて、カティヤ!」
え?
自分の名を呼ぶ、奇妙な感覚を覚える声の主を探して、視線をさまよわせる。
そして、ヴィルヨから少し離れた場所に立つ木の幹に、縄で縛り付けられた少女を見つけ、絶句した。
「お願い、早く逃げてーっ!」
左頬を真っ赤に腫らし、短刀を突きつけられながらも声の限りに叫ぶ少女の顔は、瞳の色を除けば、自分と全く同じだった。
いや、少し前の自分の顔と同じだ。
「誰……なの?」
「分からない。だけど、ヴィルヨは彼女を守るために……」
彼を暴行の場に縛り付けていたのは、ならず者たちの腕ではなかった。
自分そっくりの少女を人質に取られているせいで、男たちに歯向かうことも、逃げることもできないのだ。
「ああ……」
カティヤは両手で口元を覆った。
どうすることもできないのは、お兄ちゃんだけじゃない。
きっと、わたしもそうだ。
もう、逃げられない——。
二人をもみくちゃにするヒイシの濁流の中、微かに聞こえた高い音。
しかし、それはニューリの耳には届かなかったらしい。
「カティヤ、どうした!」
彼は左腕でカティヤの腰を抱きかかえて庇いながら、重い長剣を右手で振るっている。
彼がいくら切り捨てても、周囲のヒイシの数は減ることがない。
抵抗する二人にも疲れが出てきて、西へと押し流される速度は早まっていた。
「空耳……? 何か悲鳴……の、ような……きゃっ!」
足元をすくわれバランスを崩したところを、ぐっと抱き寄せられる。
「大丈夫か? 向こうに、誰かいる……のか? ヴィルヨじゃなくて?」
「違うわ。もっと、高い……」
説明しようとするカティヤの声をかき消すように、また同じ声が聞こえてきた。
「きゃあぁぁ! もう、やめて!」
今度は、ニューリにもはっきりと聞き取れた。
どこか聞き覚えのある、若い女性の悲鳴だ。
「ほらっ、また!」
「女の……子? どうして、こんな所に……」
考える暇なく次に聞こえてきたのは、複数の男の声だ。
何を話しているのかまでは分からないが、ときおり品のない高笑いが混ざる、ぞっとするものだ。
声が聞こえてきた西の方角に目をやると、少し先で森が途切れているらしく、木々の重なりが薄くなっていた。
「ニューリ、行こう!」
「え?」
「このままでも、どうせあの場所に押し流されちゃうわ。それなら早く、行ってあげよう! 行かなくちゃ!」
ニューリの腕を振り払うように身体を捻り、走り出す。
「ちょっと、カティヤっ! 待って!」
彼女と離れてしまったニューリの目から、ヒイシの影がすうっと引いていく。
あれだけかかっていた強い圧力も感じなくなり、身体が急に軽くなる。
しかし、感じ取れなくなっただけで、カティヤの周囲にヒイシがいるのは明らかだ。
彼女は半分運ばれるように、よろめきながら駆けていく。
「まったく、君は……」
自分自身が危険にさらされているのに、さっきの悲鳴も何者かに仕組まれたものに違いないのに、彼女は自分の身を顧みずに、助けに向かおうとする。
ニューリは苦笑すると長剣を腰に納め、走り始めた。
何の障害も感じないニューリは、あっという間にカティヤに追いつき、追い抜きざまに声をかける。
「僕が先に行く。気をつけて!」
「う……ん。ニューリも!」
自分より小さいはずの彼の背中が、妙に大きく力強く見えた。
一足先に木々の境目に着いたニューリは、そこでぴたりと立ち止まった。
身構えることなく、ただ立ち尽くす後ろ姿に、強い緊張感が漂っている。
何が、あるの——?
嫌な予感に、心臓がどくりと鳴った。
周囲を取り囲みカティヤを押し流していたヒイシが、そこに見えない壁があるかのように、森と広場の境界でぴたりと静止した。
「きゃぁぁぁっ! ニューリっ!」
強い力で広場に押し出されたカティヤを、ニューリが抱き止める。
しかし、勢いを止めきれず、二人はもつれるように草の上に転がった。
「カティヤ、来るんじゃないっ! すぐに逃げろ」
叫び声にはっとして顔を上げると、そこに衝撃的な光景があった。
二人の男に両腕を担がれ、磔にされたような格好のヴィルヨが、二人の男から殴る蹴るの暴行を受けていた。
彼の顔は紫色にひどく腫れ上がり、額と唇の端から赤いものが滴り落ちている。
裸の上半身も傷だらけで鮮血にまみれていた。
「お兄ちゃ……ん?」
今、ヴィルヨをいたぶっている一人は、自宅で彼自身があっさりと倒した大男。
そしてもう一人は、ニューリが捕らえた盗賊団の首領だった。
カティヤの目から見て、二人掛かりでも負けるはずのない相手だ。
あの誰よりも強いお兄ちゃんが、誰かにいいようにやられるなど、あり得ない。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!」
「来るなーっ!」
ヴィルヨに駆け寄ろうと身を起こすと、森林全体が震えるほどの絶叫が響いた。
同時に強く手を引かれ、ニューリの腕に拘束される。
「行っちゃだめだ。ヴィルヨは、逃げられない」
「でも、あのままじゃ、お兄ちゃんが……お兄ちゃんが、死んじゃう!」
ニューリの腕の中でもがいていると、今度は少女の叫び声が聞こえてきた。
「来ちゃだめ! あなただけは逃げて、カティヤ!」
え?
自分の名を呼ぶ、奇妙な感覚を覚える声の主を探して、視線をさまよわせる。
そして、ヴィルヨから少し離れた場所に立つ木の幹に、縄で縛り付けられた少女を見つけ、絶句した。
「お願い、早く逃げてーっ!」
左頬を真っ赤に腫らし、短刀を突きつけられながらも声の限りに叫ぶ少女の顔は、瞳の色を除けば、自分と全く同じだった。
いや、少し前の自分の顔と同じだ。
「誰……なの?」
「分からない。だけど、ヴィルヨは彼女を守るために……」
彼を暴行の場に縛り付けていたのは、ならず者たちの腕ではなかった。
自分そっくりの少女を人質に取られているせいで、男たちに歯向かうことも、逃げることもできないのだ。
「ああ……」
カティヤは両手で口元を覆った。
どうすることもできないのは、お兄ちゃんだけじゃない。
きっと、わたしもそうだ。
もう、逃げられない——。
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