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変わり果てた森
こっちの噂も本当だったようだな
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「なるほど、噂通りだな。精霊の花嫁は濃い緑色のスカーフを被っている。そして、髪を三つ編みにしたきれいな顔の少年と一緒にいる」
ああ、やっぱりあの時の男が……!
絶望で膝から崩れそうになるのを、カティヤは必死にこらえた。
真紅の瞳を他人に見られてしまったのは、一昨日、トントゥと出くわしたときの一度きりだ。
あの男が精霊の花嫁の噂をまき散らしてしまったのだ。
「お嬢さん。あんたの目は太陽の光に弱いんだってな? だが今は太陽は出ていない。何の不都合もないはずだ」
ニューリの背中に顔を伏せて震えているから見えないが、男の声がゆっくり近づいてくるのが分かる。
「わたしは……精霊の花嫁なんかじゃ、ない……わ」
「だったら、そのスカーフを取って証明してみせてくれ。精霊の花嫁じゃないのなら、できるだろう?」
「それ……は……」
スカーフを取ることなど、できるはずがなかった。
いくら太陽が沈んでいても、しがみついているニューリの上着の模様が、はっきりと見えるほどの明るさなのだ。
発光するように輝く真紅の瞳など、一瞬で見極められてしまう。
「やめろって言っているだろう!」
カティヤのスカーフを奪おうと伸ばされた手を、ニューリがぱしりと払いのけた。
そしてその男の手首を、ヴィルヨの大きな手が掴む。
「精霊の花嫁なんかじゃねぇよ。俺の花嫁になる娘なんだ。てめえらみてぇな薄汚い奴らに、顔を見られてたまるかよ。こんなに嫌がっているのに」
ヴィルヨは脅すような低い声で言うと、掴んだ手首をぎりぎりと締め付けた。
男は手首の痛みに耐えながら、ヴィルヨの顔を睨む。
「くっ……。こっちの噂も、本当だったようだな」
「噂?」
「ああ。目元に傷のある大男が、精霊の花嫁を連れているっていう噂だよ」
「な……っ。そんな、ばかな!」
ヴィルヨが驚きの声を上げる。
カティヤとニューリも息を飲んだ。
あの時、その場にヴィルヨはいなかったのだ。
しかし、目の前の男は、ヴィルヨの目元に傷があるということまで知っている。
まさか、盗賊団の奴らが?
盗賊団の男たちは、女装したニューリの顔を見て、昔、攫った娘は精霊の花嫁ではなかったと信じたはずだった。
ヴィルヨにやられた腹いせに、嫌な噂を流したと考えられなくもないが、もしかすると。
嘘がばれた——。
目の前の男は、驚きのあまり緩めてしまったヴィルヨの手を振り払うと、数歩下がって腕を組んだ。
その後ろに控えるように、馬を降りた二人の男が油断なくこちらを睨んでいる。
ちらりと背後を見ると、馬に乗ったままの男が二人いた。
「俺たちは、精霊の花嫁に危害を加えようっていうんじゃないんだ。本物の精霊の花嫁がいるのなら、ぜひ会ってみたいと、領主様に言われてな」
「丁重に、お連れしろとのことだ。心配はいらない」
言葉面だけは紳士的だが、取り囲む男たちの体格は良く、腰には剣も下がっている。
口では「丁重に」などと言っているが、こちらの意思に反してでも、連れて行くつもりなのは明らかだ。
だいたい、何の目的で精霊の花嫁に会いたいというのか。
悪魔の手先として捕らえる様子ではないから、盗賊団と同じように、花嫁を利用しようと考えているのかもしれない。
だとしたら、連れ去られたら最後、カティヤの自由は奪われてしまう。
「精霊の花嫁なんかじゃないと、言っているだろう」
背中でがたがたと震えるカティヤを庇いながら、ニューリが短刀の柄に手をかけた。
少年とは思えない冷え冷えとした声と、妙に迫力のある緑の瞳。
ぴんと張り詰めたような隙のない構えに、男たちはたじろぐ。
「だ、だったら、証拠を見せてみろ! その娘の顔を見せさえすればいいんだ」
「断る」
「見せられないということは、やっぱりそうなんだな」
「違うと、言ってるだろう!」
目の前の気迫に驚いた男たちだったが、相手の見た目は小柄で華奢な少年だ。
気を取り直したように迫ってくる。
その間に、凄みの効いた低音が割り込んだ。
「おい。目元に傷のある男は、たいそう腕が立つっていう噂は、流れていなかったか?」
にやりと笑ったヴィルヨが長剣を抜き様に前を鋭く払うと、男たちは血相を変えて後方に飛び退った。
今度の凄まじい殺気の主は、見た目にも屈強な大男だ。
男たちは身を守るために、一斉に剣を抜いた。
ヴィルヨは威圧するようにゆっくりと前に出ると、右肩の上に長剣を構えた。
「お前ら、逃げろ!」
その声が聞こえる前に、カティヤの手が強く引かれた。
「走るよ!」
「う、うん!」
道と林を区切るように咲く白い花を踏み越え、白樺の林に走り込む。
「花嫁が逃げたぞ! 追え!」
「待てーっ!」
剣が交わる激しい金属音と共に、怒声が響く。
すぐに、背後から馬の蹄の音が追いかけてきた。
細い白樺がまばらに生えた林は、ずっと遠くまで見通せる。
膝の高さまで茂った草は、二人にとっては障害でも、馬はものともしない。
逃げられるはずもなかった。
ああ、やっぱりあの時の男が……!
絶望で膝から崩れそうになるのを、カティヤは必死にこらえた。
真紅の瞳を他人に見られてしまったのは、一昨日、トントゥと出くわしたときの一度きりだ。
あの男が精霊の花嫁の噂をまき散らしてしまったのだ。
「お嬢さん。あんたの目は太陽の光に弱いんだってな? だが今は太陽は出ていない。何の不都合もないはずだ」
ニューリの背中に顔を伏せて震えているから見えないが、男の声がゆっくり近づいてくるのが分かる。
「わたしは……精霊の花嫁なんかじゃ、ない……わ」
「だったら、そのスカーフを取って証明してみせてくれ。精霊の花嫁じゃないのなら、できるだろう?」
「それ……は……」
スカーフを取ることなど、できるはずがなかった。
いくら太陽が沈んでいても、しがみついているニューリの上着の模様が、はっきりと見えるほどの明るさなのだ。
発光するように輝く真紅の瞳など、一瞬で見極められてしまう。
「やめろって言っているだろう!」
カティヤのスカーフを奪おうと伸ばされた手を、ニューリがぱしりと払いのけた。
そしてその男の手首を、ヴィルヨの大きな手が掴む。
「精霊の花嫁なんかじゃねぇよ。俺の花嫁になる娘なんだ。てめえらみてぇな薄汚い奴らに、顔を見られてたまるかよ。こんなに嫌がっているのに」
ヴィルヨは脅すような低い声で言うと、掴んだ手首をぎりぎりと締め付けた。
男は手首の痛みに耐えながら、ヴィルヨの顔を睨む。
「くっ……。こっちの噂も、本当だったようだな」
「噂?」
「ああ。目元に傷のある大男が、精霊の花嫁を連れているっていう噂だよ」
「な……っ。そんな、ばかな!」
ヴィルヨが驚きの声を上げる。
カティヤとニューリも息を飲んだ。
あの時、その場にヴィルヨはいなかったのだ。
しかし、目の前の男は、ヴィルヨの目元に傷があるということまで知っている。
まさか、盗賊団の奴らが?
盗賊団の男たちは、女装したニューリの顔を見て、昔、攫った娘は精霊の花嫁ではなかったと信じたはずだった。
ヴィルヨにやられた腹いせに、嫌な噂を流したと考えられなくもないが、もしかすると。
嘘がばれた——。
目の前の男は、驚きのあまり緩めてしまったヴィルヨの手を振り払うと、数歩下がって腕を組んだ。
その後ろに控えるように、馬を降りた二人の男が油断なくこちらを睨んでいる。
ちらりと背後を見ると、馬に乗ったままの男が二人いた。
「俺たちは、精霊の花嫁に危害を加えようっていうんじゃないんだ。本物の精霊の花嫁がいるのなら、ぜひ会ってみたいと、領主様に言われてな」
「丁重に、お連れしろとのことだ。心配はいらない」
言葉面だけは紳士的だが、取り囲む男たちの体格は良く、腰には剣も下がっている。
口では「丁重に」などと言っているが、こちらの意思に反してでも、連れて行くつもりなのは明らかだ。
だいたい、何の目的で精霊の花嫁に会いたいというのか。
悪魔の手先として捕らえる様子ではないから、盗賊団と同じように、花嫁を利用しようと考えているのかもしれない。
だとしたら、連れ去られたら最後、カティヤの自由は奪われてしまう。
「精霊の花嫁なんかじゃないと、言っているだろう」
背中でがたがたと震えるカティヤを庇いながら、ニューリが短刀の柄に手をかけた。
少年とは思えない冷え冷えとした声と、妙に迫力のある緑の瞳。
ぴんと張り詰めたような隙のない構えに、男たちはたじろぐ。
「だ、だったら、証拠を見せてみろ! その娘の顔を見せさえすればいいんだ」
「断る」
「見せられないということは、やっぱりそうなんだな」
「違うと、言ってるだろう!」
目の前の気迫に驚いた男たちだったが、相手の見た目は小柄で華奢な少年だ。
気を取り直したように迫ってくる。
その間に、凄みの効いた低音が割り込んだ。
「おい。目元に傷のある男は、たいそう腕が立つっていう噂は、流れていなかったか?」
にやりと笑ったヴィルヨが長剣を抜き様に前を鋭く払うと、男たちは血相を変えて後方に飛び退った。
今度の凄まじい殺気の主は、見た目にも屈強な大男だ。
男たちは身を守るために、一斉に剣を抜いた。
ヴィルヨは威圧するようにゆっくりと前に出ると、右肩の上に長剣を構えた。
「お前ら、逃げろ!」
その声が聞こえる前に、カティヤの手が強く引かれた。
「走るよ!」
「う、うん!」
道と林を区切るように咲く白い花を踏み越え、白樺の林に走り込む。
「花嫁が逃げたぞ! 追え!」
「待てーっ!」
剣が交わる激しい金属音と共に、怒声が響く。
すぐに、背後から馬の蹄の音が追いかけてきた。
細い白樺がまばらに生えた林は、ずっと遠くまで見通せる。
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逃げられるはずもなかった。
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