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わたしの居場所
ちょっと親戚のところに行くんだ
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三人が家を出たのは深夜過ぎ。
微かな夜の気配を感じる時間だった。
ロバの背に乗せた荷物は大量だ。
宿を取るお金はないから、野宿ををするための食料と鍋などの調理器具、いくらかの食器が入っている。
着替えや毛布なども積んであった。
「ちょっと目立つが、護身用だと言えば大丈夫かな」
ヴィルヨは盗賊団の大男から奪い取った長剣を、腰に下げていた。
ニューリは「得意だから」と、背中に狩猟用の弓と矢筒を背負う。
カティヤは瞳の色を隠す為に、ニューリの濃いグリーンのスカーフを頭に被った。
彼のものは布地が透けていて、目深に被っても前が見やすく都合が良かった。
家の前の松の木に、トゥオモが止まっていた。
木の下にはオオヤマネコのヘルカ。
姿は見えないが、向こうの木々の間にちらちら光るものは、おそらく狼の目だ。
三人は森の仲間たちに見送られながら、道を急いだ。
森も湖も道沿いに咲く草花も、すべて薄青に染まり、浅い眠りの中にいる。
それでも辺りは、歩くのに全く支障がない明るさだった。
夏至祭が過ぎた町の中はしんと寝静まっており、誰一人出会うことはなかった。
しかし、町の外れまで来た時、夜釣りから帰ってきたらしい中年の男と、二十代そこそこの青年の二人組が向こうからやってきた。
町の鍛冶屋の親子だ。
カティヤは慌ててスカーフを目深に被って目元を隠し、ロバの陰にさりげなく移動した。
「ヴィルヨじゃないか。こんな夜中にどこへ行くんだい? 結構な旅支度じゃないか」
荷物をたくさんを積んだロバを引いているのを見て、鍛冶屋の父親が声をかけてきた。
「ああ。ちょっと親戚のところに行くんだ。しばらく留守にするよ」
「そうかい。近々、お前さんに手伝ってもらいたいことがあったんだが、しょうがないな。おや、その子は? ここいらでは見かけない子だね」
小さな町だから、町の人々は全員が顔なじみだ。
見知らぬ、しかもニューリのように目立つ容姿の少年がいれば、嫌でも目に留まる。
「い、従兄弟だよ。こいつを家まで送り届けるんだ」
ヴィルヨは引きつった顔で笑いながらも、親しげにニューリの肩をぐいと引き寄せた。
その様子に、鍛冶屋の親子も納得する。
「ああ、夏至祭に遊びに来ていたんだな。坊主、この町の篝火は見事だっただろう?」
「うん」
「また、遊びにくるといい。道中、気をつけてな」
「カティヤも、身体に気をつけて」
鍛冶屋の親子は、手にした釣り竿を振りながら愛想良く笑うと、通り過ぎて行った。
低い位置にあるオレンジ色の太陽の光を正面から受けていたこともあって、鍛冶屋の親子はカティヤの瞳の真紅の色には気付かなかったようだ。
「はぁー。緊張した」
親子がずいぶん遠く離れてから、カティヤは被っていたスカーフをはぎ取った。
まともに息をしていなかったような気がして、大きく深呼吸する。
背中には嫌な汗をじっとりとかいていた。
「お前の目の色は、ばれなかったようだな。やっぱり、夜に移動する方がよさそうだ。数日なら、食うもんもあるし……」
ヴィルヨも緊張した面持ちで、手の甲で額の汗を拭った。
家を出てから四日が過ぎた。
三人は昼間に仮眠を取り、深夜を中心に移動するという旅を続けていた。
この日は、太陽が少し高くなった頃に町に差し掛かってしまい、それ以上進めなくなってしまった。
しょうがないので、道から少し降りた場所に流れる小川のそばで、夜を待つことにする。
こんな調子では、十日程度で目的地にたどり着くのは難しいだろう。
三人は申し合わせたようにため息をついた。
荷物を降ろしてやると、ロバは川岸の草をのんびりと食べ始めた。
ヴィルヨとニューリが火を起こし、鍋にお湯を沸かす。
カティヤはその鍋に、固くなったパンと少量の米、昨日焼いた山鳥の肉とチーズを入れてリゾットを作る。
「ねぇ。もう、パンがなくなったわ。じゃがいもも、あと少ししかないし……」
「そうだな。毎日、肉と魚だけ食ってる訳にもいかねぇな」
今日のように昼間動けない日は川や湖に釣り糸を垂らしたり、ニューリが一人で森に入り、野うさぎや山鳥を仕留めてきた。
だから、肉や魚には不自由していないが、いい加減おいしいパンや新鮮な野菜も食べたくなってくる。
「すぐそこに町があるんだ。一休みしたら、食料を調達しに行けばいいだろう。ニューリ、お前、後で行ってきてくれないか?」
「町に? 僕一人で?」
「ああ。ここに金があるから、日持ちするパンとじゃがいもと、野菜と……」
ヴィルヨはベストの内ポケットから硬貨を何枚か取り出し、戸惑っているニューリに手渡した。
「これは、なんだい? あぁ、何か書いてあるね」
ニューリは手の中の小さな丸い金属を一枚摘まみ上げ、不思議そうに首を傾げる。
「はぁ? 金だよ、金。これで、食いもんを買うんだよ」
「買う?」
「これと、パンを交換するのよ」
「パンの方がおいしいし、よっぽど役に立つのに、どうしてこんなちっぽけなものと交換してもらえるんだい?」
どうしても納得がいかない様子のニューリに、カティヤとヴィルヨは顔を見合わせた。
「…………そっか。知らないのね。お金のこと」
これまで森の奥で暮らしてきて、塩や砂糖、パンすら知らなかった彼だ。
お金のことを知らなくても不思議はない。
「かーっ! 役にたたねぇ奴だな。まぁ、いい。俺が行ってくる。ついでにパンキクッカのことも聞いてきてやるよ。ここまで来れば、知っている人もいるだろう」
「じゃあ、わたしはニューリと二人で、ここで待ってるわ」
そう笑いながら、カティヤはでき上がったリゾットを木の器に取り分けた。
微かな夜の気配を感じる時間だった。
ロバの背に乗せた荷物は大量だ。
宿を取るお金はないから、野宿ををするための食料と鍋などの調理器具、いくらかの食器が入っている。
着替えや毛布なども積んであった。
「ちょっと目立つが、護身用だと言えば大丈夫かな」
ヴィルヨは盗賊団の大男から奪い取った長剣を、腰に下げていた。
ニューリは「得意だから」と、背中に狩猟用の弓と矢筒を背負う。
カティヤは瞳の色を隠す為に、ニューリの濃いグリーンのスカーフを頭に被った。
彼のものは布地が透けていて、目深に被っても前が見やすく都合が良かった。
家の前の松の木に、トゥオモが止まっていた。
木の下にはオオヤマネコのヘルカ。
姿は見えないが、向こうの木々の間にちらちら光るものは、おそらく狼の目だ。
三人は森の仲間たちに見送られながら、道を急いだ。
森も湖も道沿いに咲く草花も、すべて薄青に染まり、浅い眠りの中にいる。
それでも辺りは、歩くのに全く支障がない明るさだった。
夏至祭が過ぎた町の中はしんと寝静まっており、誰一人出会うことはなかった。
しかし、町の外れまで来た時、夜釣りから帰ってきたらしい中年の男と、二十代そこそこの青年の二人組が向こうからやってきた。
町の鍛冶屋の親子だ。
カティヤは慌ててスカーフを目深に被って目元を隠し、ロバの陰にさりげなく移動した。
「ヴィルヨじゃないか。こんな夜中にどこへ行くんだい? 結構な旅支度じゃないか」
荷物をたくさんを積んだロバを引いているのを見て、鍛冶屋の父親が声をかけてきた。
「ああ。ちょっと親戚のところに行くんだ。しばらく留守にするよ」
「そうかい。近々、お前さんに手伝ってもらいたいことがあったんだが、しょうがないな。おや、その子は? ここいらでは見かけない子だね」
小さな町だから、町の人々は全員が顔なじみだ。
見知らぬ、しかもニューリのように目立つ容姿の少年がいれば、嫌でも目に留まる。
「い、従兄弟だよ。こいつを家まで送り届けるんだ」
ヴィルヨは引きつった顔で笑いながらも、親しげにニューリの肩をぐいと引き寄せた。
その様子に、鍛冶屋の親子も納得する。
「ああ、夏至祭に遊びに来ていたんだな。坊主、この町の篝火は見事だっただろう?」
「うん」
「また、遊びにくるといい。道中、気をつけてな」
「カティヤも、身体に気をつけて」
鍛冶屋の親子は、手にした釣り竿を振りながら愛想良く笑うと、通り過ぎて行った。
低い位置にあるオレンジ色の太陽の光を正面から受けていたこともあって、鍛冶屋の親子はカティヤの瞳の真紅の色には気付かなかったようだ。
「はぁー。緊張した」
親子がずいぶん遠く離れてから、カティヤは被っていたスカーフをはぎ取った。
まともに息をしていなかったような気がして、大きく深呼吸する。
背中には嫌な汗をじっとりとかいていた。
「お前の目の色は、ばれなかったようだな。やっぱり、夜に移動する方がよさそうだ。数日なら、食うもんもあるし……」
ヴィルヨも緊張した面持ちで、手の甲で額の汗を拭った。
家を出てから四日が過ぎた。
三人は昼間に仮眠を取り、深夜を中心に移動するという旅を続けていた。
この日は、太陽が少し高くなった頃に町に差し掛かってしまい、それ以上進めなくなってしまった。
しょうがないので、道から少し降りた場所に流れる小川のそばで、夜を待つことにする。
こんな調子では、十日程度で目的地にたどり着くのは難しいだろう。
三人は申し合わせたようにため息をついた。
荷物を降ろしてやると、ロバは川岸の草をのんびりと食べ始めた。
ヴィルヨとニューリが火を起こし、鍋にお湯を沸かす。
カティヤはその鍋に、固くなったパンと少量の米、昨日焼いた山鳥の肉とチーズを入れてリゾットを作る。
「ねぇ。もう、パンがなくなったわ。じゃがいもも、あと少ししかないし……」
「そうだな。毎日、肉と魚だけ食ってる訳にもいかねぇな」
今日のように昼間動けない日は川や湖に釣り糸を垂らしたり、ニューリが一人で森に入り、野うさぎや山鳥を仕留めてきた。
だから、肉や魚には不自由していないが、いい加減おいしいパンや新鮮な野菜も食べたくなってくる。
「すぐそこに町があるんだ。一休みしたら、食料を調達しに行けばいいだろう。ニューリ、お前、後で行ってきてくれないか?」
「町に? 僕一人で?」
「ああ。ここに金があるから、日持ちするパンとじゃがいもと、野菜と……」
ヴィルヨはベストの内ポケットから硬貨を何枚か取り出し、戸惑っているニューリに手渡した。
「これは、なんだい? あぁ、何か書いてあるね」
ニューリは手の中の小さな丸い金属を一枚摘まみ上げ、不思議そうに首を傾げる。
「はぁ? 金だよ、金。これで、食いもんを買うんだよ」
「買う?」
「これと、パンを交換するのよ」
「パンの方がおいしいし、よっぽど役に立つのに、どうしてこんなちっぽけなものと交換してもらえるんだい?」
どうしても納得がいかない様子のニューリに、カティヤとヴィルヨは顔を見合わせた。
「…………そっか。知らないのね。お金のこと」
これまで森の奥で暮らしてきて、塩や砂糖、パンすら知らなかった彼だ。
お金のことを知らなくても不思議はない。
「かーっ! 役にたたねぇ奴だな。まぁ、いい。俺が行ってくる。ついでにパンキクッカのことも聞いてきてやるよ。ここまで来れば、知っている人もいるだろう」
「じゃあ、わたしはニューリと二人で、ここで待ってるわ」
そう笑いながら、カティヤはでき上がったリゾットを木の器に取り分けた。
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