上 下
18 / 40
わたしの居場所

ちょっと親戚のところに行くんだ

しおりを挟む
 三人が家を出たのは深夜過ぎ。
 微かな夜の気配を感じる時間だった。

 ロバの背に乗せた荷物は大量だ。
 宿を取るお金はないから、野宿ををするための食料と鍋などの調理器具、いくらかの食器が入っている。
 着替えや毛布なども積んであった。

「ちょっと目立つが、護身用だと言えば大丈夫かな」

 ヴィルヨは盗賊団の大男から奪い取った長剣を、腰に下げていた。
 ニューリは「得意だから」と、背中に狩猟用の弓と矢筒を背負う。

 カティヤは瞳の色を隠す為に、ニューリの濃いグリーンのスカーフを頭に被った。
 彼のものは布地が透けていて、目深に被っても前が見やすく都合が良かった。

 家の前の松の木に、トゥオモが止まっていた。
 木の下にはオオヤマネコのヘルカ。
 姿は見えないが、向こうの木々の間にちらちら光るものは、おそらく狼の目だ。

 三人は森の仲間たちに見送られながら、道を急いだ。

 森も湖も道沿いに咲く草花も、すべて薄青に染まり、浅い眠りの中にいる。
 それでも辺りは、歩くのに全く支障がない明るさだった。

 夏至祭が過ぎた町の中はしんと寝静まっており、誰一人出会うことはなかった。
 しかし、町の外れまで来た時、夜釣りから帰ってきたらしい中年の男と、二十代そこそこの青年の二人組が向こうからやってきた。
 町の鍛冶屋の親子だ。

 カティヤは慌ててスカーフを目深に被って目元を隠し、ロバの陰にさりげなく移動した。

「ヴィルヨじゃないか。こんな夜中にどこへ行くんだい? 結構な旅支度じゃないか」

 荷物をたくさんを積んだロバを引いているのを見て、鍛冶屋の父親が声をかけてきた。

「ああ。ちょっと親戚のところに行くんだ。しばらく留守にするよ」
「そうかい。近々、お前さんに手伝ってもらいたいことがあったんだが、しょうがないな。おや、その子は? ここいらでは見かけない子だね」

 小さな町だから、町の人々は全員が顔なじみだ。
 見知らぬ、しかもニューリのように目立つ容姿の少年がいれば、嫌でも目に留まる。

「い、従兄弟だよ。こいつを家まで送り届けるんだ」

 ヴィルヨは引きつった顔で笑いながらも、親しげにニューリの肩をぐいと引き寄せた。
 その様子に、鍛冶屋の親子も納得する。

「ああ、夏至祭に遊びに来ていたんだな。坊主、この町の篝火は見事だっただろう?」
「うん」
「また、遊びにくるといい。道中、気をつけてな」
「カティヤも、身体に気をつけて」

 鍛冶屋の親子は、手にした釣り竿を振りながら愛想良く笑うと、通り過ぎて行った。
 低い位置にあるオレンジ色の太陽の光を正面から受けていたこともあって、鍛冶屋の親子はカティヤの瞳の真紅の色には気付かなかったようだ。

「はぁー。緊張した」

 親子がずいぶん遠く離れてから、カティヤは被っていたスカーフをはぎ取った。
 まともに息をしていなかったような気がして、大きく深呼吸する。
 背中には嫌な汗をじっとりとかいていた。

「お前の目の色は、ばれなかったようだな。やっぱり、夜に移動する方がよさそうだ。数日なら、食うもんもあるし……」

 ヴィルヨも緊張した面持ちで、手の甲で額の汗を拭った。




 家を出てから四日が過ぎた。
 三人は昼間に仮眠を取り、深夜を中心に移動するという旅を続けていた。

 この日は、太陽が少し高くなった頃に町に差し掛かってしまい、それ以上進めなくなってしまった。
 しょうがないので、道から少し降りた場所に流れる小川のそばで、夜を待つことにする。

 こんな調子では、十日程度で目的地にたどり着くのは難しいだろう。
 三人は申し合わせたようにため息をついた。

 荷物を降ろしてやると、ロバは川岸の草をのんびりと食べ始めた。

 ヴィルヨとニューリが火を起こし、鍋にお湯を沸かす。
 カティヤはその鍋に、固くなったパンと少量の米、昨日焼いた山鳥の肉とチーズを入れてリゾットを作る。

「ねぇ。もう、パンがなくなったわ。じゃがいもも、あと少ししかないし……」
「そうだな。毎日、肉と魚だけ食ってる訳にもいかねぇな」

 今日のように昼間動けない日は川や湖に釣り糸を垂らしたり、ニューリが一人で森に入り、野うさぎや山鳥を仕留めてきた。
 だから、肉や魚には不自由していないが、いい加減おいしいパンや新鮮な野菜も食べたくなってくる。

「すぐそこに町があるんだ。一休みしたら、食料を調達しに行けばいいだろう。ニューリ、お前、後で行ってきてくれないか?」
「町に? 僕一人で?」
「ああ。ここに金があるから、日持ちするパンとじゃがいもと、野菜と……」

 ヴィルヨはベストの内ポケットから硬貨を何枚か取り出し、戸惑っているニューリに手渡した。

「これは、なんだい? あぁ、何か書いてあるね」

 ニューリは手の中の小さな丸い金属を一枚摘まみ上げ、不思議そうに首を傾げる。

「はぁ? 金だよ、金。これで、食いもんを買うんだよ」
「買う?」
「これと、パンを交換するのよ」
「パンの方がおいしいし、よっぽど役に立つのに、どうしてこんなちっぽけなものと交換してもらえるんだい?」

 どうしても納得がいかない様子のニューリに、カティヤとヴィルヨは顔を見合わせた。

「…………そっか。知らないのね。お金のこと」

 これまで森の奥で暮らしてきて、塩や砂糖、パンすら知らなかった彼だ。
 お金のことを知らなくても不思議はない。

「かーっ! 役にたたねぇ奴だな。まぁ、いい。俺が行ってくる。ついでにパンキクッカのことも聞いてきてやるよ。ここまで来れば、知っている人もいるだろう」
「じゃあ、わたしはニューリと二人で、ここで待ってるわ」

 そう笑いながら、カティヤはでき上がったリゾットを木の器に取り分けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...