【完結】白夜の花嫁 〜赤い瞳の少女は精霊の花嫁になる運命から逃れたい〜

平田加津実

文字の大きさ
上 下
16 / 40
岸辺と花の文字が並ぶ地名

どうしたら、笑ってくれる?

しおりを挟む
 窓の向こうに小さくなっていく、上背のある逞しい背中を見送る。

「お兄ちゃんと恋をして、お兄ちゃんと結ばれたら、きっと二人とも幸せになれるよね。だって、お兄ちゃんはこんなにも、わたしを大事にしてくれるんだもの」

 自分に言い聞かせるように呟いた言葉が、心の中に沈んでいく。

 ずっとこの家で、これまで通り二人仲良く暮らしていけたら……それだけでいいのに。

 これまでと違った愛情が伝わる分、ずっしりと重く感じるペンダントを、カティヤはエプロンの下に滑り込ませた。

「さ、旅支度を始めなきゃ!」

 自分を奮い立たせるように明るく言って振り向くと、白いブラウスと赤いスカート姿のままのニューリが、せつない眼差しでじっとこっちを見ていた。

「小リスを呼んでこようか? それとも野うさぎがいい? 君はいつも彼らと楽しそうに遊んでいただろう? そうだ。また、ラッカの実を籠いっぱい摘んきてあげようか」
「ニューリ、どうしたの?」

 必死な様子で、脈絡のないことを次々言い出した彼を怪訝に思う。

「どうしたら、笑ってくれる?」
「え?」
「大変なことが次々起きたし、ヴィルヨのことで悩んでいるのも分かるけど、僕は、君に笑って欲しいんだ。ねぇ、僕はどうしたらいい? どうしたら笑ってくれる?」

 そっか。
 彼は、わたしを元気づけようとしてくれているんだ。

 カティヤが答えに困っている間にも、彼はいろいろな提案を出してくる。
 ついには、こんな突拍子もないことを言い出した。

「そうだ、空に虹をかけるってのはどう?」
「そんなこと、できるの?」

 カティヤが思わず聞き返すと、彼はようやく答えを得たと思ったのか目を輝かせた。

「もちろん! でき…………ない。ああ……無理だ……今は」

 しかし、自信満々だった言葉は途中で失速し、彼はがっくりと肩を落とした。

 神様じゃあるまいし、人間が虹をかけるなんてできるはずない。
 それなのに、以前はできたとでも言いたげな彼の様子に、カティヤは思わず吹き出した。

「……ぷっ。そんなこと、ニューリにできる訳ないじゃない!」
「そ、そうだよね。普通、できないよね……」

 彼はきまり悪そうに、両手でスカートを握りしめた。

「あははは……。そうよぉー」

 実際に虹なんかかけられなくても、そこまで必死になってくれる彼の優しさが嬉しかった。
 胸のつかえが急に軽くなり、自然と笑い声がこぼれてくる。

「ああ、笑ってくれた。うさぎでもラッカでもなく、僕が、君を……?」
「だって、ニューリが変なこと言うんだもん」

 くすくす笑いながらちらりと彼を見ると、彼の白い頬は心なしか赤く染まり、何かをこらえるように唇を固く結んでいた。
 スカートを握りしめていた両手が、ふるふると震えている。

「ニューリ。どうしたの?」
「カティヤ」

 様子のおかしい彼に歩み寄ろうとすると、それより先に抱きつかれた。
 ふわりと、森林の香りがした。

「ち、ちょっと、ニューリったら、どうしちゃったのよ!」

 びっくりして、ぱしぱしと彼の背中を叩く。

「ああ、もう。どうしよう! なんてかわいいんだろう」

 しかし彼は、腕をますますきつく締めて、愛おしそうに頬ずりしてくる。

「なに言ってるのよ。ニューリの方がずっと綺麗じゃない」

 そう。
 彼は自分より少し身体が小さく華奢で、おまけに女物のブラウスとスカートを身につけている。
 彼の背中を叩くと、見事な銀色の長い髪がふわりと揺れる。
 だから、女の子同士でじゃれあっているような、不思議な気分になってくる。

「なにを言っているんだよ。カティヤの方が、ずっとかわいいに決まってるじゃないか」
「男の子なのに、ニューリの方が綺麗だなんて悔しいわ」
「そんなことないよ。だって、君の髪はふわふわで、お日様の光の色をしてるんだよ?」
「それを言うなら、ニューリの髪は冬の月の色みたいで神秘的だわ!」

 むきになって相手を誉めたたえながら、二人はふと顔を見合わせた。

「……ぷっ」

 自分たちのおかしな状況に気付いて、最初にカティヤが吹き出した。
 つられてニューリも笑い出す。

「もぉ、やだぁ。わたしたち何やってるの」

 二人してさんざん笑い、ようやくそれが納まったとき、ニューリの手がカティヤの頬にそっと触れた。
 明るい緑の瞳がじっと見つめてくる。

「やっぱり、笑っている方がずっといいよ。ヴィルヨだって、きっとそう思ってるはずだ。彼の想いに、無理に応えようとしなくてもいいんだよ。負い目を感じる必要もない。そんな風に思っていたら、君が辛いだけだろう?」

「さっきの、聞いてたの?」
「……うん。でも、聞こえてなくても分かる」
「わたしは、どうしたらいい?」
「笑っていたらいい。彼だって、君が自分のせいで苦しんでいると知ったら、辛い思いをする。だから……ね、笑っていてよ」
「……うん。そうだね」

 同い年ぐらいのはずなのに、ぐっと大人びた落ち着いた口調が心地よい。
 不思議と今の彼は、カティヤの服を身に着けていても女の子には見えなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】百年に一人の落ちこぼれなのに学院一の秀才をうっかり消去しちゃいました

平田加津実
ファンタジー
国立魔術学院の選抜試験ですばらしい成績をおさめ、百年に一人の逸材だと賞賛されていたティルアは、落第を繰り返す永遠の1年生。今では百年に一人の落ちこぼれと呼ばれていた。 ティルアは消去呪文の練習中に起きた誤作動に、学院一の秀才であるユーリウスを巻き込んでしまい、彼自身を消去してしまう。ティルア以外の人の目には見えず、すぐそばにいるのに触れることもできない彼を、元の世界に戻せるのはティルアの出現呪文だけなのに、彼女は相変わらずポンコツで……。

野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり
恋愛
ある日、とある森の中で、うっかり子竜を拾ってしまったフロル。竜を飼うことは、この国では禁止されている。しがない宿屋の娘であるフロルが、何度、子竜を森に返しても、子竜はすぐに戻ってきてしまって! そんなフロルは、何故か7才の時から、ぴたりと成長を止めたまま。もうすぐ16才の誕生日を迎えようとしていたある日、子竜を探索にきた騎士団に見つかってしまう。ことの成り行きで、竜と共に城に従者としてあがることになったのだが。 「私って魔力持ちだったんですか?!」 突然判明したフロルの魔力。 宮廷魔道師長ライルの弟子となった頃、フロルの成長が急に始まってしまった。 フロルには、ありとあらゆる動物が懐き、フロルがいる場所は草花が溢れるように咲き乱れるが、本人も、周りの人間も、気がついていないのだったが。 その頃、春の女神の生まれ変わりを探し求めて、闇の帝王がこちらの世界に災いをもたらし始めて・・・! 自然系チート能力を持つフロルは、自分を待ち受ける運命にまだ気がついていないのだった。

【完結】炎輪の姫巫女 〜教科書の片隅に載っていた少女の生まれ変わりだったようです〜

平田加津実
ファンタジー
昏睡状態に陥っていった幼馴染のコウが目覚めた。ようやく以前のような毎日を取り戻したかに思えたルイカだったが、そんな彼女に得体のしれない力が襲いかかる。そして、彼女の危機を救ったコウの顔には、風に吹かれた砂のような文様が浮かび上がっていた。 コウの身体に乗り移っていたのはツクスナと名乗る男。彼は女王卑弥呼の後継者である壱与の魂を追って、この時代に来たと言うのだが……。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

処理中です...