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岸辺と花の文字が並ぶ地名
どうしたら、笑ってくれる?
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窓の向こうに小さくなっていく、上背のある逞しい背中を見送る。
「お兄ちゃんと恋をして、お兄ちゃんと結ばれたら、きっと二人とも幸せになれるよね。だって、お兄ちゃんはこんなにも、わたしを大事にしてくれるんだもの」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉が、心の中に沈んでいく。
ずっとこの家で、これまで通り二人仲良く暮らしていけたら……それだけでいいのに。
これまでと違った愛情が伝わる分、ずっしりと重く感じるペンダントを、カティヤはエプロンの下に滑り込ませた。
「さ、旅支度を始めなきゃ!」
自分を奮い立たせるように明るく言って振り向くと、白いブラウスと赤いスカート姿のままのニューリが、せつない眼差しでじっとこっちを見ていた。
「小リスを呼んでこようか? それとも野うさぎがいい? 君はいつも彼らと楽しそうに遊んでいただろう? そうだ。また、ラッカの実を籠いっぱい摘んきてあげようか」
「ニューリ、どうしたの?」
必死な様子で、脈絡のないことを次々言い出した彼を怪訝に思う。
「どうしたら、笑ってくれる?」
「え?」
「大変なことが次々起きたし、ヴィルヨのことで悩んでいるのも分かるけど、僕は、君に笑って欲しいんだ。ねぇ、僕はどうしたらいい? どうしたら笑ってくれる?」
そっか。
彼は、わたしを元気づけようとしてくれているんだ。
カティヤが答えに困っている間にも、彼はいろいろな提案を出してくる。
ついには、こんな突拍子もないことを言い出した。
「そうだ、空に虹をかけるってのはどう?」
「そんなこと、できるの?」
カティヤが思わず聞き返すと、彼はようやく答えを得たと思ったのか目を輝かせた。
「もちろん! でき…………ない。ああ……無理だ……今は」
しかし、自信満々だった言葉は途中で失速し、彼はがっくりと肩を落とした。
神様じゃあるまいし、人間が虹をかけるなんてできるはずない。
それなのに、以前はできたとでも言いたげな彼の様子に、カティヤは思わず吹き出した。
「……ぷっ。そんなこと、ニューリにできる訳ないじゃない!」
「そ、そうだよね。普通、できないよね……」
彼はきまり悪そうに、両手でスカートを握りしめた。
「あははは……。そうよぉー」
実際に虹なんかかけられなくても、そこまで必死になってくれる彼の優しさが嬉しかった。
胸のつかえが急に軽くなり、自然と笑い声がこぼれてくる。
「ああ、笑ってくれた。うさぎでもラッカでもなく、僕が、君を……?」
「だって、ニューリが変なこと言うんだもん」
くすくす笑いながらちらりと彼を見ると、彼の白い頬は心なしか赤く染まり、何かをこらえるように唇を固く結んでいた。
スカートを握りしめていた両手が、ふるふると震えている。
「ニューリ。どうしたの?」
「カティヤ」
様子のおかしい彼に歩み寄ろうとすると、それより先に抱きつかれた。
ふわりと、森林の香りがした。
「ち、ちょっと、ニューリったら、どうしちゃったのよ!」
びっくりして、ぱしぱしと彼の背中を叩く。
「ああ、もう。どうしよう! なんてかわいいんだろう」
しかし彼は、腕をますますきつく締めて、愛おしそうに頬ずりしてくる。
「なに言ってるのよ。ニューリの方がずっと綺麗じゃない」
そう。
彼は自分より少し身体が小さく華奢で、おまけに女物のブラウスとスカートを身につけている。
彼の背中を叩くと、見事な銀色の長い髪がふわりと揺れる。
だから、女の子同士でじゃれあっているような、不思議な気分になってくる。
「なにを言っているんだよ。カティヤの方が、ずっとかわいいに決まってるじゃないか」
「男の子なのに、ニューリの方が綺麗だなんて悔しいわ」
「そんなことないよ。だって、君の髪はふわふわで、お日様の光の色をしてるんだよ?」
「それを言うなら、ニューリの髪は冬の月の色みたいで神秘的だわ!」
むきになって相手を誉めたたえながら、二人はふと顔を見合わせた。
「……ぷっ」
自分たちのおかしな状況に気付いて、最初にカティヤが吹き出した。
つられてニューリも笑い出す。
「もぉ、やだぁ。わたしたち何やってるの」
二人してさんざん笑い、ようやくそれが納まったとき、ニューリの手がカティヤの頬にそっと触れた。
明るい緑の瞳がじっと見つめてくる。
「やっぱり、笑っている方がずっといいよ。ヴィルヨだって、きっとそう思ってるはずだ。彼の想いに、無理に応えようとしなくてもいいんだよ。負い目を感じる必要もない。そんな風に思っていたら、君が辛いだけだろう?」
「さっきの、聞いてたの?」
「……うん。でも、聞こえてなくても分かる」
「わたしは、どうしたらいい?」
「笑っていたらいい。彼だって、君が自分のせいで苦しんでいると知ったら、辛い思いをする。だから……ね、笑っていてよ」
「……うん。そうだね」
同い年ぐらいのはずなのに、ぐっと大人びた落ち着いた口調が心地よい。
不思議と今の彼は、カティヤの服を身に着けていても女の子には見えなかった。
「お兄ちゃんと恋をして、お兄ちゃんと結ばれたら、きっと二人とも幸せになれるよね。だって、お兄ちゃんはこんなにも、わたしを大事にしてくれるんだもの」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉が、心の中に沈んでいく。
ずっとこの家で、これまで通り二人仲良く暮らしていけたら……それだけでいいのに。
これまでと違った愛情が伝わる分、ずっしりと重く感じるペンダントを、カティヤはエプロンの下に滑り込ませた。
「さ、旅支度を始めなきゃ!」
自分を奮い立たせるように明るく言って振り向くと、白いブラウスと赤いスカート姿のままのニューリが、せつない眼差しでじっとこっちを見ていた。
「小リスを呼んでこようか? それとも野うさぎがいい? 君はいつも彼らと楽しそうに遊んでいただろう? そうだ。また、ラッカの実を籠いっぱい摘んきてあげようか」
「ニューリ、どうしたの?」
必死な様子で、脈絡のないことを次々言い出した彼を怪訝に思う。
「どうしたら、笑ってくれる?」
「え?」
「大変なことが次々起きたし、ヴィルヨのことで悩んでいるのも分かるけど、僕は、君に笑って欲しいんだ。ねぇ、僕はどうしたらいい? どうしたら笑ってくれる?」
そっか。
彼は、わたしを元気づけようとしてくれているんだ。
カティヤが答えに困っている間にも、彼はいろいろな提案を出してくる。
ついには、こんな突拍子もないことを言い出した。
「そうだ、空に虹をかけるってのはどう?」
「そんなこと、できるの?」
カティヤが思わず聞き返すと、彼はようやく答えを得たと思ったのか目を輝かせた。
「もちろん! でき…………ない。ああ……無理だ……今は」
しかし、自信満々だった言葉は途中で失速し、彼はがっくりと肩を落とした。
神様じゃあるまいし、人間が虹をかけるなんてできるはずない。
それなのに、以前はできたとでも言いたげな彼の様子に、カティヤは思わず吹き出した。
「……ぷっ。そんなこと、ニューリにできる訳ないじゃない!」
「そ、そうだよね。普通、できないよね……」
彼はきまり悪そうに、両手でスカートを握りしめた。
「あははは……。そうよぉー」
実際に虹なんかかけられなくても、そこまで必死になってくれる彼の優しさが嬉しかった。
胸のつかえが急に軽くなり、自然と笑い声がこぼれてくる。
「ああ、笑ってくれた。うさぎでもラッカでもなく、僕が、君を……?」
「だって、ニューリが変なこと言うんだもん」
くすくす笑いながらちらりと彼を見ると、彼の白い頬は心なしか赤く染まり、何かをこらえるように唇を固く結んでいた。
スカートを握りしめていた両手が、ふるふると震えている。
「ニューリ。どうしたの?」
「カティヤ」
様子のおかしい彼に歩み寄ろうとすると、それより先に抱きつかれた。
ふわりと、森林の香りがした。
「ち、ちょっと、ニューリったら、どうしちゃったのよ!」
びっくりして、ぱしぱしと彼の背中を叩く。
「ああ、もう。どうしよう! なんてかわいいんだろう」
しかし彼は、腕をますますきつく締めて、愛おしそうに頬ずりしてくる。
「なに言ってるのよ。ニューリの方がずっと綺麗じゃない」
そう。
彼は自分より少し身体が小さく華奢で、おまけに女物のブラウスとスカートを身につけている。
彼の背中を叩くと、見事な銀色の長い髪がふわりと揺れる。
だから、女の子同士でじゃれあっているような、不思議な気分になってくる。
「なにを言っているんだよ。カティヤの方が、ずっとかわいいに決まってるじゃないか」
「男の子なのに、ニューリの方が綺麗だなんて悔しいわ」
「そんなことないよ。だって、君の髪はふわふわで、お日様の光の色をしてるんだよ?」
「それを言うなら、ニューリの髪は冬の月の色みたいで神秘的だわ!」
むきになって相手を誉めたたえながら、二人はふと顔を見合わせた。
「……ぷっ」
自分たちのおかしな状況に気付いて、最初にカティヤが吹き出した。
つられてニューリも笑い出す。
「もぉ、やだぁ。わたしたち何やってるの」
二人してさんざん笑い、ようやくそれが納まったとき、ニューリの手がカティヤの頬にそっと触れた。
明るい緑の瞳がじっと見つめてくる。
「やっぱり、笑っている方がずっといいよ。ヴィルヨだって、きっとそう思ってるはずだ。彼の想いに、無理に応えようとしなくてもいいんだよ。負い目を感じる必要もない。そんな風に思っていたら、君が辛いだけだろう?」
「さっきの、聞いてたの?」
「……うん。でも、聞こえてなくても分かる」
「わたしは、どうしたらいい?」
「笑っていたらいい。彼だって、君が自分のせいで苦しんでいると知ったら、辛い思いをする。だから……ね、笑っていてよ」
「……うん。そうだね」
同い年ぐらいのはずなのに、ぐっと大人びた落ち着いた口調が心地よい。
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