【完結】白夜の花嫁 〜赤い瞳の少女は精霊の花嫁になる運命から逃れたい〜

平田加津実

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夏至祭(ユハンヌス)の夜

わたしが生まれた土地に連れていって

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 ヴィルヨは手近にあった小枝をぽきりと折ると、小さなたき火にくべた。
 ぱちぱちと音がたち、火の粉が舞い上がる。

 話はまず、彼の生い立ちから始まった。

「俺は八歳の時、流行病で両親を相次いで失くした。貧しかったし、他に身寄りもない。まともに働けるような年齢でもなかったから、スリや盗みをしながら生きていくしかなかった。でも、そんな生活も限界で……。飢えと寒さで道ばたに倒れていたところを、盗賊団の首領に拾われたんだ」

 それは、カティヤがこれまで聞かされていた生い立ちとは全く違った、壮絶なものだった。

 彼は盗賊団に拾われた後、食事の支度や、洗濯、使いっ走りなどの下働きをさせられていた。
 首領や団の男たちは、働きが悪いと言っては幼いヴィルヨを殴った。
 彼らの機嫌が悪いときは、何の理由もなく鞭で打たれたりもした。
 目元の傷も、酒をこぼしたことで激怒した首領に負わされたものだ。

 それでも、団の中にいれば食いっぱぐれることはなかったから、ヴィルヨは歯を食いしばり辛い仕打ちに耐えていた。
 いつか、ここを出て行ってやると思いながら……。

 そんな彼の前に、ある日、小さな女の子が連れてこられた。

「俺が十二歳の時だったよ。季節は秋だったから、その子は一歳と少し。よちよち歩きをしていて、まだ言葉もろくにしゃべれなかった。首領は『精霊の花嫁になるかもしれねぇ娘だから、大事に育てろ』と、その子の世話を俺に任せたんだ」

「それが……わたし?」

「そうだ。誰も名前を知らなかったから、俺がカティヤと名付けた」

 ヴィルヨは当時を懐かしむように、遠い目をした。

 幼い子どもの世話などしたことがなかったから苦労は多かったが、指先をぎゅっとにぎりしめてくる小さな手や、あどけない笑顔に癒された。
 いつの間にか言葉を覚え、自分を「お兄ちゃん」と呼んでくれるようになった少女が愛おしかった。

「お前は、伝説の魔女ロウヒの子孫だという女に、精霊の花嫁になると予言された娘らしい。だから、盗賊団はお前を攫ったんだ。けれども首領は、それを完全には信じていなかったようだった。だから、もし精霊の花嫁でないことが分かったら、いずれ自分の愛人にすると……」

 少女は将来、美しい娘になるだろうことが容易に想像がつく顔立ちをしていた。
 ヴィルヨは、大事に育ててきた少女が人間以外の得体の知れない者と結婚し、その伴侶に与えるという力を、盗賊団に利用されるのは嫌だった。
 人を人とも思わない、残忍な首領の愛人にされてしまうのは、それ以上にぞっとした。

 カティヤの運命は、どちらに転んでも最悪だった。

 だから、幼いカティヤに盗賊団に育てられたという忌まわしい記憶が残る前に、団から逃亡した。
 ヴィルヨ十四歳、カティヤが三歳になったばかりの夏のことだった。

 幼い『妹』を連れた少年には、同情を向けてくれる人も多かった。
 だから、なんとか仕事にもありつけたし、雨風をしのぐ場所も見つけられた。
 しかし、団の者たちに見つかることを恐れ、生活が軌道に乗っても、同じ場所で同じ季節を二度過ごすことはなかった。

「だから、あちこち点々として暮らしたのね」
「そうだ。お前が精霊の花嫁である可能性がある以上、奴らに見つかったら連れ戻されてしまうからな。だが、この町は居心地が良くて長居しすぎた。もう、あの家も、奴らに知られてしまったかもしれない」

 たしかに、この町には一年以上も暮らしていた。
 夏至祭を迎えたのも二度目だった。

 これまでそんなに長く一つ所に留まっていたことはなかったから、カティヤはこのままここで暮らすのかと思っていた。

「もう、あの家には帰れないの?」

 カティヤは自分が置かれた状況を受け入れつつあった。
 しかし、愛着のある小さな家を、そのまま捨てていかなければならないのが辛い。
 親切にしてくれた町の人たちに、さよならすら言えないことが悲しい。

「奴らと鉢合わせるとまずいから、このまま、どこかに逃げよう」

 唇を噛んで俯いてしまったカティヤをなだめるように、ヴィルヨが手を伸ばし、頭をくしゃりと撫でた。

 いつも、こうやって慰めてくれる、大きなごつごつとした手。
 お兄ちゃんのこの手が、大好きだった……。

 少しがさつな動きも、重みも、温かさもこれまでと同じなのに、胸の奥に重苦しいものが広がっていく。
 これまで兄と妹だった二人の関係が、明らかに変わってしまったことを思い知る。

「逃げるあてはあるのか?」

 二人の様子を間近で眺めながら、ニューリが口を開いた。

「いや……。だが、できるだけ遠くに逃げないと」
「だったら、お願い! わたしが生まれた土地に連れていって」

 カティヤはすがるように、赤い瞳を上げた。

 物心ついた頃から各地を流れ歩いてきたから、自分に故郷があるなんて考えたこともなかった。
 けれども、自分が攫われてきた娘なら、どこかに故郷があるはず。
 そこへ行ってみたいと思うのは、自然な感情だった。

 しかし、それを聞いたヴィルヨは眉をひそめ顔を背けた。
 カティヤの頭から離れた手が、きつく握りしめられる。

「カティヤ……すまない。お前が攫われてきたときは、俺もまだガキだったから、その場所がどこだったのか分からねぇんだ。お前を両親の元に返してやりたくて、行く先々で手がかりを探していたんだが……」
「え? わたしの両親って、生きているの? ずっと、死んだって聞かされてたから……」
「それは俺の両親のことだ。お前は俺の妹ってことにしていたから、そう説明するしかなかった」

「じゃあ……」

 カティヤの瞳が輝きを増した。
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