【完結】白夜の花嫁 〜赤い瞳の少女は精霊の花嫁になる運命から逃れたい〜

平田加津実

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夏至祭(ユハンヌス)の夜

君の隣に座ってもいい……かな?

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「君、この実、好きだったでしょ? 君が眠っている間に摘んできたんだ……けど」
「うん。大好きよ! でも、どうしてわたしがラッカが好きだってこと知ってるの?」
「え? えっと……、なんとなく。そう、なんとなくだよ」
「そう。この森をもう少し行くと、いつでもラッカが実っている場所があるのよね。わたしだけの秘密の場所だって思っていたけど、ニューリも知っていたのね」

 一気に気持ちが上を向き、早速、親指の先ほどの大粒の実に手を伸ばす。
 しかし、彼の手が一足先にベリーを摘まみ上げた。

「はい、どうぞ。食べて」

 口元に寄せられたベリーに、一瞬「え?」と躊躇ったが、彼が満面の笑みで勧めるから、素直に口を開けた。

 噛むとふにゃりとつぶれる完熟の実は、ほとんど酸味がなく、強い甘味が口の中一杯に広がる。

「おいしーい。すっごく甘いわ」
「よかった。もっと食べて。君のために、たくさん摘んできたんだから」

 彼は嬉々として、次々と琥珀色の果実をカティヤの口に運ぶ。

 なんだか、親鳥にえさをもらう雛みたい。
 なんて思ったりもしたが、美味しい果実と彼の楽しそうな様子につられ、まあいいかという気になった。

「はい、どうぞ」

 また大粒のラッカが目の前に差し出された。

 彼はカティヤがそれを口にするのを、わくわくしながら待っている。
 けれども、ひたすら食べさせるだけで、自らは口にしようとしない。

「ねぇ、ニューリも食べたら? すっごく甘いわよ」

 こんなに美味しい実を独り占めするのは、申し訳なかった。
 どうせなら、一緒に楽しみたいと思って勧めてみたのだが、彼はとたんに困惑した表情になった。

「え……? 僕はいいよ。全部、君が食べて」
「だって本当に美味しいんだもん。ほらっ!」

 逃げ腰になっている彼を見ると、ちょっと意地悪したくなってきて、残ったベリーの中からいちばん大粒の実をつまんで、彼の口に強引に押し付けた。

「たーべーて!」

 彼は眉をひそめて僅かに身を引いたが、それ以上は拒まない。
 しばらくして、観念したように少しだけ開けた口にベリーを押し込むと、彼は恐る恐るといった様子で、ゆっくりと口を動かした。
 その直後、驚いたように眼を見開く。

「ね、甘いでしょ?」
「あ……まい…………? ああ、そうか。うん、甘いね」

 彼は初めてラッカを食べたかのように、瞳を瞬かせた。
 その後、何かを確かめるように、口をもごもごと動かす。

「ムスティッカよりこっちの方が、甘い……のか?」

 確かにムスティッカよりラッカの方が甘いのだが、カティヤにとって、そんなことはどうでも良かった。
 彼が、ムスティッカの味を思い返しているのは明らかだ。

 もうこの話は蒸し返されたくないっ!
 急いで話題を変えなくちゃ。

「ねえっ! お腹すかない?」
「お腹? いや……?」

 彼がきょとんとしながらもそう答えた直後、彼の腹がぐーっとなった。

「え? え? なに?」

 さっき食べた一粒のベリーが空腹を刺激したに違いなかったが、彼は不思議そうに両手で自分の腹をさすっている。

「あはははは。すっごい音! やっぱりニューリもお腹空いてるじゃない。わたし、家からパンを持ってきてるの。一緒に食べようよ」

 カティヤも朝食を食べたきりだったから、ベリーを食べてもお腹が寂しかった。
 気を抜くと、さっきのニューリのように情けない音を立ててしまいそうだったから、彼に頼んで、籠を持ってきてもらう。

 地面に散らばっていた籠の中身は、彼が拾って元に戻してくれてあった。
 布で包んであったパンは無事だった。

「はい。おいしいよ」

 扇形に割り分けてあったライ麦パンは二切れ。
 そのひとつを手渡すと、彼は「ありがとう」と受け取ったものの、やっぱり困った顔をしていた。

「なによぉ。変な物なんか入ってないわよ。わたしが焼いたんだから」
「いや……そういう訳じゃ……」

 そう言いながら、黒くずっしりとしたパンを裏返したり戻したりしながら、ものめずらしそうに眺めている。

「じゃ、早く食べて!」
「う……うん」

 カティヤがせかすと、彼はようやく、ぱくりとかじりついた。
 そして、固い生地を怖々噛み締めると、さっき以上に大きく眼を見開いた。

「ね。おいしいでしょ?」

 ニューリの反応に満足して聞いてみると、彼は満面の笑みで頷いた。

「おいしい……? うん、おいしい。すごくおいしいよ!」

 夢中でパンを頬張る彼を見ながら、カティヤも楽しい気分でパンをちぎって口に入れた。
 さっき、嬉しそうにベリーを食べさせてくれた彼の気持ちが少し分かった気がした。

「あのさ……あの……」

 あっという間にパンを食べ終わったニューリが、言い出しにくそうに口を開いた。

「なあに? あ、もっと食べたいの?」

 といっても、パンは二切れしかない。
 カティヤが自分の食べかけを半分に割って差し出すと、彼は慌てて両手を振ってそれを止めた。

「ち、違うんだ、そうじゃないよ! そうじゃなくて、あの……嫌ならいいんだけど、君の隣に座ってもいい……かな?」
「え? う、うん」

 上着を貸してくれた彼は、白い半袖シャツ一枚の薄着。
 袖からのぞくしなやかな腕が、ずいぶん寒そうに見えた。
 自分はヘルカの体温が伝わる毛皮にもたれかかっていし、彼の上着を身体に掛けていたから気付かなかったが、夏とはいえ、森の夜は冷えるのだ。

 カティヤがヘルカの頭側に少しずれて場所を空けると、彼は嬉しそうに、それでも遠慮がちに少し隙間を空けて隣に腰を下ろした。

「ごめんね、寒かったでしょ」

 カティヤはそう言って、自分が包まっていた彼の青い上着を広げたが、二人で使うには大きさが足りない。
 だから、思い切って彼に身を寄せ、二人一緒に上着を被せた。

「え? いいの?」
「このほうが、温かいでしょ?」

 深く考えると恥ずかしいから、なんでもない風に軽く答えると、最初は意外そうな表情を見せていた彼の顔がぱあっとほころんだ。

 彼は少々変なところはあるが、一生懸命気を使ってくれるし、悪い人には見えなかった。
 お腹もそれなりにふくれて、くつろいだ気分になっていたから、男の子と身を寄せ合っていても、さほど気にならなかった。
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