【完結】白夜の花嫁 〜赤い瞳の少女は精霊の花嫁になる運命から逃れたい〜

平田加津実

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夏至祭(ユハンヌス)の夜

これも運命ってぇやつかい?

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 湖畔に作られた大きな篝火コッコに、早くも火が入れられたらしい。
 空はまだ昼間と変わらないほどに明るいが、わずかに温度が下がった風に乗って、かすかな煙の臭いが町の中まで届けられた。

「くそっ。もう、こんな時間か」

 ヴィルヨは額の汗を拭いながら、時間の読みづらい青空を見上げた。
 白樺の枝と色とりどりの草花で飾り付けられた巨大な夏至祭のポールが、青い空に向かってそびえ立っている。
 これが、今日の最後の仕事だった。

 短く刈り上げた金髪と碧眼は、この地方に多い容姿だ。
 彼は周囲の人々と同じような衣服を身に着け、言葉遣いにも注意し、なるべく目立たないように生活している。
 しかし、際立って良い体格と目尻から頬にかけて斜めに走る傷のある強面は、嫌でも人目を引いていた。

 町の男たちと共に後片付けをしていると、あちこちから「ご苦労様」「今年のポールは立派だね」などと声がかかる。

「おう」

 ヴィルヨは軽く手を挙げて、人々のねぎらいに応えた。

 特別な夏至である今年だけは、妹のカティヤのそばを離れたくなかった。
 しかし、町長に直々に頼み込まれ、どうしても祭の手伝いを断りきれなかった。
 かといって、妹をここに連れてくる訳にもいかない。
 仕方なく「家でじっとしていろ」と厳命して家を出たのだが、一日中何をしていても妹のことが気になってしかたがなかった。

「これで、やっと帰れる」

 祭を祝う町長の挨拶が始まり、ポールを取り囲んだ大勢の人々が歓声を上げた。
 それを背後に聞きながら、人の輪を離れようとすると、ぽんと肩を叩かれた。

「……んだよ」

 一刻も早く家路につきたかったから、不機嫌に振り向くと、そこに見覚えのある顔があった。

 首領ポモ——!

 思わず上げそうになった声を、必死に飲み込んだ。

 手入れされていない顎髭には白い物が目立つようになったが、鋭い眼光を放つ紺色の瞳は以前と変わらない。
 夏だというのに毛皮の帽子とベストを身に着けた異様な風貌の男は、これまでヴィルヨが必死で逃げ隠れてきた相手、盗賊団の首領カールロだった。

「よぉ、ニコ。ガキだったお前が、ずいぶん大きくなったもんだなぁ。おい」

 カールロは左頬だけを吊り上げてにやりと笑い、酒臭い息を吐きながら、十年以上前に捨て去った昔の名前で親しげにヴィルヨを呼んだ。
 その声に、冷たい汗が背中を伝った。

「悪いが、人違いだ」

 ヴィルヨは男の手を振り払うと、必死に平静を装い、くるりと背を向けた。
 しかし、今度は別の男が目の前に回り込んできた。

 目尻が吊り上がった痩せぎすのこの男にも見覚えがある。
 いつも首領にくっついていた、古株のスルホだ。

「そんなはずはないだろう? 首領にやられたその目元の傷が、何よりの証拠だからよぉ」

 スルホは嫌な笑いを見せながら腰の短刀を抜くと、ぎらりと光る短刀の腹でヴィルヨの頬を数回叩いた。

「まさか今年の夏至祭に、お前に会えるとはよぉ。これも運命ってぇやつかい?」

 背後からも強烈な殺気を感じる。
 カールロも短刀を構えているに違いない。

「あの娘はどうした? あれからずっと一緒にいたんだろう? ちょうど今日、十五歳になるはずだ。久々に、あの娘にも会いたいもんだな、ニコ。もちろん、会わせてくれるだろ?」

 恐ろしいほどの殺気とは真逆の、楽しげな声が背後から聞こえ、ヴィルヨは奥歯を強く噛んだ。

 かき鳴らされるカンテレの旋律と、豊穣を願う歌声、ポールを取り囲んで踊る大勢の人々の熱気が辺りに満ちている。
 熱狂の祭の隅で起きている物騒な事態に気づく者など一人もいなかった。
 それはある意味、幸運だった。

 覚悟を決めたヴィルヨは、無言のまま顎をしゃくって自宅とは反対方向を示すと、そのまま歩き始めた。

 背後から、殺気立った二つの足音がついてくる。

 子どもの頃は、首領がひどく大きく見えた。
 何かにつけ折檻された幼い日の恐怖は、十数年たっても身体を震えさせる。

 しかし、今は自分の方が、あの恐ろしかった男より体格で勝っている。
 年齢を考えても、体力や腕力も、超えているはずだ。
 そして、もう一人の痩せぎすの男は、口ばかり達者で、たいして腕が立たないことを知っている。

 今の俺なら、この二人を倒せるはずだ。

 ヴィルヨはその機会を探りながら、白樺が立ち並ぶ、湖へ向かう小道をゆっくりと歩いて行った。

 篝火の煙の臭いと、人々の歓声が、湖からの涼しい風に乗ってくる。

「おい、まだか!」

 じれた様子のスルホが、声を荒げたそのとき。
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