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リュカが助けてくれたんでしょ?

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 空が少しずつ白んできて、室内がうっすらと明るくなっていた。
 アレットの作業台兼食卓に、あちこちに印をつけられた大きな地図が広げられ、たくさんの紙が散らばっている。

「え……? リュカ、どうしちゃったの」

 水の入った鍋とランプを手に、ミリアンと一緒に二階から降りてきたアレットが、テーブルに突っ伏したまま動かないリュカに気付いた。

『やあ。おはよう、アレット。具合はもういいのかい? まだ時間が早いから、もう少し寝ていればいいのに』
「ロイク? もう、すっかり大丈夫よ。心配かけてごめんね」

 アレットが、頭の中に聞こえてきた声に答え、黒猫の姿を探すように視線をさまよわせた。
 続いて伯爵の声も聞こえてくる。

『リュカと三人で、一晩中、話をしていたんだが、彼は疲れて眠ってしまったんだ』
「そう……眠っているだけなのね」

 アレットはほっとすると、二階から毛布を取ってきて、リュカの背中にかけた。
 そして、気遣わしげにしばらく彼を見つめた後、おそるおそる手を伸ばし、彼の深い赤褐色の髪に触れる。
 といっても、触れたのはほんの一瞬。
 彼女は慌てて手を引っ込めると、足音を立てないように気をつけながら、部屋の奥へ去っていった。

 伯爵は彼女の様子を腕を組んで見守り、ロイクは辛そうに眼をそむけた。
 ミリアンは「待ってー!」と無邪気に彼女を追っていった。





 部屋の奥から響いてくる物音を、リュカは遠い意識の向こうでぼんやりと聞いていた。

 包丁で何かを切る軽やかな音。
 鍋がぐつぐつ騒ぐ音……。
 子どもの頃を思い起こさせる、幸せで優しい音だ。

 やがて漂ってきたおいしそうな香りに、意識よりも先に腹の虫が眼を覚ました。

「…………う……ぁ?」

 まだ、半分眼を閉じたまま、身体を起こした。
 下敷きにしていた腕が痺れて感覚がない。
 不自然な体勢で寝ていたから首も痛い。
 その苦痛を自覚して、ようやく眼が覚めた。

「く……いたたた……。俺、あのまま寝てしまったのか……。そうだ、アレットは?」

 食欲をそそる香りが漂っているのは、彼女が元気になった証拠だと思いつつ、椅子を立って部屋の奥に向かう。

「アレット?」

 声をかけると、アレットが振り向いた。
 彼女の足元にまとわりつくように、ミリアンとロイクがいる。
 火にかけられた鍋が、白い湯気と賑やかな音をたてている。

「おはよう、リュカ。もうすぐ朝ご飯、できるわ」
「おはよう。熱は、もう下がったの? まだ、無理しない方が……」

 彼女のいつもと変わらない笑顔にほっとする。
 彼女との間にさっと割り込んできたロイクが、冷たい視線でこちらを見上げてくるが気にしない。

「大丈夫よ。ミリアンが一生懸命看病してくれたから、すっかり元気になったわ。ごめんね……みんなに心配かけちゃった。わたし、全然覚えてないんだけど、リュカが助けてくれたんでしょ? ありがとう」
「いや、あれは、半分は伯爵の力だよ」
「リュカがわたしを、すごーく苦労して家まで運んでくれたって聞いたわ。重かったでしょ?」

 アレットが申し訳なさそうに言う。

 実際、リュカはすごーく苦労したし、今は情けないことに筋肉痛にもなっているが、苦労したなんてことは、彼女に知られたくなかった。

「そんなことないよ。苦労なんてしてないから。誰が、そんなこと言ったのさ」
『アタシよ、アタシ』
「余計なこと、言うなよ!」

 アレットのスカートの陰から顔をのぞかし、けらけら笑うミリアンを、かるく睨んでみせていると、目の前に小皿がすっと差し出された。
 ふわりと立ったかぼちゃの甘い香りが、鼻孔をくすぐる。

「え? 何?」
「味見してみて」

 小皿を受け取り、口にする。
 ほんの一口だけの温かいスープが、身体のすみずみにまで染み渡っていく。
 昨晩、持っていた林檎を一個かじっただけだったことを、頭でなく腹で思い出す。

「うん、うまいよ」

 笑顔でそう言うか言わないうちに、腹がぐうぅぅと豪快に鳴った。

『リュカ、すごい音ぉー!』

 女の子たちが揃って爆笑する。

「わっ、わわ…………し、しょうがないだろ? ……すごく、腹ぺこなんだ……よ」

 恥ずかしくはあるが、女の子たちが楽しそうに笑っている姿を見るのは悪くない。
 アレットが本当に元気になったことが嬉しい。
 だからリュカも、照れ隠しに頭をかきながら、一緒になって笑い飛ばした。

 賑やかに笑い合う様子を、ロイクが輪の外側から複雑な表情で眺めていた。
 そして、顔をしかめてうつむくと、静かにその場を立ち去った。
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