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なんで彼女はそんなことになっちゃったんだ?
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「さ、行こうか」
台車の紐を拾おうとかがみ込んだ隙に、ロイクが背中に飛び乗ってきた。
そのまま背中を伝って、肩の上まで移動してくる。
肩に乗っても亡霊だから重くはないのだが、なんとなくこの黒猫には苦手意識を感じていた。
できれば離れていたかった。
「降りてくんない?」
顔をしかめて不機嫌な声で言ってみたが、黒猫は応じない。
かわりに、自分の前足を舐める素振りに隠しながら、耳元で声を潜めた。
『……困ってるんだ。助けて欲しい』
「え?」
思いがけない言葉に思わず肩の上を見ると、真剣な金色の瞳と間近でぶつかった。
「写真館は、こっちよ」
アレットが歩き始めたので、仕方なく、黒猫を肩に乗せたまま歩き始める。
台車の上の荷物には、ミリアンがにこにこしながら座っている。
石畳の上で台車を引っぱると、ごろごろとかなり大きな音が響く。
奇抜なメイクと派手な衣装、荷物を引きずる大きな音は、歩いているだけで街の人々の注目を集めていた。
ロイクが耳元で、声をひそめて話し始めた。
『さっきの話だけど……』
「うん」
『アレットの、亡霊を引き寄せる力が、だんだん強くなってきているんだ。正確に言えば、彼女の中の、亡霊が依り付ける場所が、広がってきているってことになるのかな。最初はミリアンだけだったのに、いつの間にか、もっと受け入れても平気になっていた。最近まで、同時に四体が取り憑いていたんだ』
「は? 冗談だろ? 今の状態でもあり得ないのに、四体だって?」
現在、彼女に直接取り憑いている亡霊は二体。
この黒猫も亡霊だ。
亡霊は、取り憑いた相手に悪影響を及ぼす。
たった一体取り憑いただけでも、身体や精神に異常をきたすことが多いのだ。
だから、三体の亡霊に取り囲まれた彼女を見かけた時、焦りのあまり、強引に除霊しようとしてしまった。
なのに、今以上に、亡霊が取り憑いていたのいうのか?
自分の常識を覆す現象に、リュカはぽかんと口を開けた。
『本当だ。そのうちの二体はうまく消えたが、今、彼女の中にはその二体分以上の場所が空いているはず。おまけに、彼女は取り憑かれても影響を受けないから、全く危機感がないんだ』
彼女に出会ってから、ついさっきまでの出来事は、ロイクの話を裏付けていた。
伯爵が追い払った悪霊は、おそらく、彼女の中に空いていた二体分の場所に目をつけたのだろう。
もしかすると、彼女自身を乗っ取ろうとしたのかもしれない。
おぞましい推測に、背筋に悪寒が走り、それを隠すために大きく息をついた。
「……なるほどね。アレットは普通では考えられないほどの、大きな器を持ってるんだな。だから亡霊たちが寄ってくるし、悪霊に狙われたりもする」
『器?』
「さっきお前、亡霊が依り付ける場所って言い方をしただろ? それを器って言うんだ」
前を歩いているアレットの後ろ姿を、何かを探るように眼を細めて見た。
「大きすぎる器は危険だ。君たちみたいな害のない亡霊ならまだいいけど、さっきみたいなたちの悪いヤツまで呼び込んでしまうからな。そんなのに取り憑かれてしまったら、アレットもさすがに無事じゃすまないだろう。悪魔の器にでもされようものなら、大変なことになる」
「ねぇ、リュ……」
アレットが振り返って、リュカに話しかけようとして、口をつぐんだ。
彼は険しい顔をして、横目で肩口を見ながら、誰かと話しているようだった。
アレットの眼には、話している相手は映らない。
台車の車輪の音で、話し声も聞こえていない。
『ロイクと、何か話しているようだ』
アレットの後ろから、伯爵が教えた。
「そう……」
リュカとロイクのひそひそ話は続いている。
『今は、伯爵が撃退してくれているが、彼の手に負えなくなることが心配なんだ』
「そうだな。相手が同じ亡霊なら大丈夫だろうけど、それ以上のやっかいなものが襲ってきたら、彼には無理かもしれない。彼女の器が成長し続けているなら、それも時間の問題だろう」
『やっぱりそうか。……どうにかする方法はないのか?』
「うーん……そうだな」
リュカは無意識に、シャツの上から、胸にかかるクロスに触れた。
「襲われないように守る方法はあるけど、器がどんどん大きくなっていったら、押さえ切れなくなるだろうな。そもそも、なんで、彼女はそんなことになっちゃったんだ?」
『寂しいんだ……すごく』
ロイクが辛い顔でうつむいた。
「あの……」
会話が途切れたおかげで、遠慮がちなアレットの呼びかけに気づいた。
視線を前に向けると、彼女は困ったような顔で立っている。
「あぁ、ごめん。すっかりロイクと話し込んでたよ。着いたの?」
「うん。でも、今日、お休みだったの」
彼女が指差す先を見ると、写真館と思われる建物の扉に、本日休業と書かれた札が寂しげかかっている。
「あらら。お休みじゃしょうがないね。明日にしよう。俺、明日もあの広場で午後から大道芸をやるつもりだから、夕方なら大丈夫だよ」
しょんぼりしているアレットは、手を差し伸べてしまいたいほどにいじらしい。
だから、彼女を元気づけるためにからっとした笑顔で、明日の仕切り直しを申し出る。
リュカにしてみれば、この娘と明日の約束ができるのなら、逆に運が良いともいえた。
「そうだ! 良かったら、明日観に来てよ。その後、写真館に行けばいいんだし、ね?」
「う……うん」
「じゃあ、また明日。広場でね!」
「……うん」
少々名残惜しい気もしたが、明日もある。
右手を振って彼女に背を向け、歩き出したのだが、考えてみると行くあてがなかった。
今日の昼過ぎにこの町に着いて、そのまま広場に向かったため、まだ宿を見つけていなかったのだ。
こういうことは、地元の人に聞くに限る。
リュカは自分でもそうとは意識しない口実を作り、足を止めて振り返った。
「ねぇ、アレット。近くに、いい宿がないかな? なるべく安いところだと助かるんだけど、知らない?」
「宿?」
「うん。この町は初めて来たから、よく分からないんだ」
「そうね……」
彼女はしばらく考えを巡らせているようだったが、突然、何に思い至ったのか表情を明るくさせた。
台車の紐を拾おうとかがみ込んだ隙に、ロイクが背中に飛び乗ってきた。
そのまま背中を伝って、肩の上まで移動してくる。
肩に乗っても亡霊だから重くはないのだが、なんとなくこの黒猫には苦手意識を感じていた。
できれば離れていたかった。
「降りてくんない?」
顔をしかめて不機嫌な声で言ってみたが、黒猫は応じない。
かわりに、自分の前足を舐める素振りに隠しながら、耳元で声を潜めた。
『……困ってるんだ。助けて欲しい』
「え?」
思いがけない言葉に思わず肩の上を見ると、真剣な金色の瞳と間近でぶつかった。
「写真館は、こっちよ」
アレットが歩き始めたので、仕方なく、黒猫を肩に乗せたまま歩き始める。
台車の上の荷物には、ミリアンがにこにこしながら座っている。
石畳の上で台車を引っぱると、ごろごろとかなり大きな音が響く。
奇抜なメイクと派手な衣装、荷物を引きずる大きな音は、歩いているだけで街の人々の注目を集めていた。
ロイクが耳元で、声をひそめて話し始めた。
『さっきの話だけど……』
「うん」
『アレットの、亡霊を引き寄せる力が、だんだん強くなってきているんだ。正確に言えば、彼女の中の、亡霊が依り付ける場所が、広がってきているってことになるのかな。最初はミリアンだけだったのに、いつの間にか、もっと受け入れても平気になっていた。最近まで、同時に四体が取り憑いていたんだ』
「は? 冗談だろ? 今の状態でもあり得ないのに、四体だって?」
現在、彼女に直接取り憑いている亡霊は二体。
この黒猫も亡霊だ。
亡霊は、取り憑いた相手に悪影響を及ぼす。
たった一体取り憑いただけでも、身体や精神に異常をきたすことが多いのだ。
だから、三体の亡霊に取り囲まれた彼女を見かけた時、焦りのあまり、強引に除霊しようとしてしまった。
なのに、今以上に、亡霊が取り憑いていたのいうのか?
自分の常識を覆す現象に、リュカはぽかんと口を開けた。
『本当だ。そのうちの二体はうまく消えたが、今、彼女の中にはその二体分以上の場所が空いているはず。おまけに、彼女は取り憑かれても影響を受けないから、全く危機感がないんだ』
彼女に出会ってから、ついさっきまでの出来事は、ロイクの話を裏付けていた。
伯爵が追い払った悪霊は、おそらく、彼女の中に空いていた二体分の場所に目をつけたのだろう。
もしかすると、彼女自身を乗っ取ろうとしたのかもしれない。
おぞましい推測に、背筋に悪寒が走り、それを隠すために大きく息をついた。
「……なるほどね。アレットは普通では考えられないほどの、大きな器を持ってるんだな。だから亡霊たちが寄ってくるし、悪霊に狙われたりもする」
『器?』
「さっきお前、亡霊が依り付ける場所って言い方をしただろ? それを器って言うんだ」
前を歩いているアレットの後ろ姿を、何かを探るように眼を細めて見た。
「大きすぎる器は危険だ。君たちみたいな害のない亡霊ならまだいいけど、さっきみたいなたちの悪いヤツまで呼び込んでしまうからな。そんなのに取り憑かれてしまったら、アレットもさすがに無事じゃすまないだろう。悪魔の器にでもされようものなら、大変なことになる」
「ねぇ、リュ……」
アレットが振り返って、リュカに話しかけようとして、口をつぐんだ。
彼は険しい顔をして、横目で肩口を見ながら、誰かと話しているようだった。
アレットの眼には、話している相手は映らない。
台車の車輪の音で、話し声も聞こえていない。
『ロイクと、何か話しているようだ』
アレットの後ろから、伯爵が教えた。
「そう……」
リュカとロイクのひそひそ話は続いている。
『今は、伯爵が撃退してくれているが、彼の手に負えなくなることが心配なんだ』
「そうだな。相手が同じ亡霊なら大丈夫だろうけど、それ以上のやっかいなものが襲ってきたら、彼には無理かもしれない。彼女の器が成長し続けているなら、それも時間の問題だろう」
『やっぱりそうか。……どうにかする方法はないのか?』
「うーん……そうだな」
リュカは無意識に、シャツの上から、胸にかかるクロスに触れた。
「襲われないように守る方法はあるけど、器がどんどん大きくなっていったら、押さえ切れなくなるだろうな。そもそも、なんで、彼女はそんなことになっちゃったんだ?」
『寂しいんだ……すごく』
ロイクが辛い顔でうつむいた。
「あの……」
会話が途切れたおかげで、遠慮がちなアレットの呼びかけに気づいた。
視線を前に向けると、彼女は困ったような顔で立っている。
「あぁ、ごめん。すっかりロイクと話し込んでたよ。着いたの?」
「うん。でも、今日、お休みだったの」
彼女が指差す先を見ると、写真館と思われる建物の扉に、本日休業と書かれた札が寂しげかかっている。
「あらら。お休みじゃしょうがないね。明日にしよう。俺、明日もあの広場で午後から大道芸をやるつもりだから、夕方なら大丈夫だよ」
しょんぼりしているアレットは、手を差し伸べてしまいたいほどにいじらしい。
だから、彼女を元気づけるためにからっとした笑顔で、明日の仕切り直しを申し出る。
リュカにしてみれば、この娘と明日の約束ができるのなら、逆に運が良いともいえた。
「そうだ! 良かったら、明日観に来てよ。その後、写真館に行けばいいんだし、ね?」
「う……うん」
「じゃあ、また明日。広場でね!」
「……うん」
少々名残惜しい気もしたが、明日もある。
右手を振って彼女に背を向け、歩き出したのだが、考えてみると行くあてがなかった。
今日の昼過ぎにこの町に着いて、そのまま広場に向かったため、まだ宿を見つけていなかったのだ。
こういうことは、地元の人に聞くに限る。
リュカは自分でもそうとは意識しない口実を作り、足を止めて振り返った。
「ねぇ、アレット。近くに、いい宿がないかな? なるべく安いところだと助かるんだけど、知らない?」
「宿?」
「うん。この町は初めて来たから、よく分からないんだ」
「そうね……」
彼女はしばらく考えを巡らせているようだったが、突然、何に思い至ったのか表情を明るくさせた。
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