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民衆の前に降り立つ希望
夜明けの襲撃(二)
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「来た!」
ルイカの叫び声とほぼ同時に、地面が沈み込むような不気味な地鳴りが起きた。
宮の手前に見える建物の屋根から、黒いもやが噴き上がる。
それは、見る見るうちに巨大な漆黒の蛇の形に変化し、こちらを目がけて突進してきた。
ツクスナがルイカを守るように右腕で抱き寄せると、左手を目の前にかざす。
「はっ!」
ツクスナが気合いを込めると、左の掌から輝く粒子が放たれ、瞬時に二人を取り囲む銀色の壁を作り上げた。
顎を開いた黒い大蛇が、猛烈な速度で体当たりしてきたが、銀色の結界は微塵も揺らがなかった。
その様子を確認した砂徒長が、空に向かって高く響く指笛を吹くと、雄叫びを上げて斜面を駆け下りていった。
方々から、呼応するように指笛が鳴り響く。
宮の近くに身を潜めていた砂徒達が、一斉に宮に向かって走り出し、外壕も城柵も軽々と超えていく。
銀色の壁を透かせて、ヤナナと伍徒が草むらを疾走していくのも見えた。
ツクスナが全身から砂の力を立ち上がらせ、防御の力を強めていく。
大蛇は空中で長い身体を激しくよじり、咆哮を上げながら何度も壁に襲いかかってきた。
その度に、耳をつんざくような激しい音が響き、鱗がはげるように飛び散った黒い欠片が空気に溶けて霧散する。
「この蛇は、ヨウダキなの?」
「分かりません……が、あの女にしては物足りない。まだ力が回復していないのか、あるいは市で襲ってきた少年の方か……」
二人の役目は、蛇の力を引きつけその力を削ぐこと。
蛇の力が姫巫女を襲っている間は、宮を襲撃する味方達には危害が及ばない。
もう一人、蛇の力の使い手がいたとしても、砂徒長を始めとする砂徒達が食い止めることになっていた。
「あっ!」
突然、ルイカの脳裏に一つの場面が映った。
それは意思とは無関係に瞬時に切り替わっては、次々と違った場面を見せつける。
宮の南門を破って乱入する、トシゴリ率いる邪馬台国と斯馬国の混合軍。
北からは、己百支国の兵達がなだれ込む。
伊邪国の兵と斬り結ぶ砂徒。
宮の中を悲鳴を上げて逃げ惑う大勢の人たち。
数人の男達を同時に相手にするヤナナと伍徒。
血に染まり、地に倒れた人々。
重なり合う悲鳴、うめき声、苦痛に歪む顔。返り血を浴びた姿。
凄惨な場面が次々と映し出され、ルイカは愕然とした。
「う……そ。こんな……」
どうしてこんなことに……。
わたしはただ、ヨウダキを倒したかっただけなのに。
現代人のルイカは、戦というものを分かっていなかった。
特にこの時代の、人と人とが直接傷つけ合う戦が全くイメージできていなかったのだ。
しかし、この時代の人々は戦に慣れている。
だからこそ、淡々と戦の準備を進めてきたし、当然のことのように戦いに身を投じていく。
戦の現実はこの時代の人々には共通の認識であるから、誰一人……ツクスナすら、ルイカに説明したりはしなかった。
「い……や。やめて、違う。こんなことを……望んだんじゃない」
意思に反して見せつけられる残酷な現実に、身体ががくがくと震えてくる。
——姫巫女様の、蛇の使い手を討ちたいという命に従ったまで。
砂徒長が言っていたことは、でたらめではない。
本意でなくても、この戦は自分が起こしたようなものだ。
ヨウダキを倒したいという自分の望みの為に、大勢の無関係の者たちが恐怖に怯え、傷つけ合い、血と涙が流されていくのだ。
「やめ……て……」
誰も傷つけたくないと思ってこの時代に来たのに、これではヨウダキがやってきたことと、まるで同じではないか。
人の命を踏みにじる、あの女と——。
「違う! もう、嫌! やめてぇぇぇぇ!」
ルイカが絶叫すると、長い髪がぶわりと浮き上がった。
身体の中心に生まれた熱い塊が、急速に膨れ上がっていく。
「ルイ……カ!」
ツクスナは蛇の激しい攻撃から目を離せずにいたが、腕の中の強烈な変化を感じ取り息を飲んだ。
今にも外へと弾け飛びそうな強い力を、右腕で懸命に押さえ込む。
次の瞬間、ルイカの全身からあらゆる方向に、目がくらむほどの眩しい輝きが放たれた。
それは瞬時に銀色の砂の壁を、そして黒い大蛇の頭部を飲み込んで、二人を包み込む巨大な炎の塊となる。
ツクスナがとっさにルイカの身体を抱え込んで身を伏せた。
歯を食いしばり、めちゃくちゃに吹き荒れる金色の嵐に堪える。
轟々と荒れ狂う炎はいっそう威力を増し大きく燃え上がった。
そして唐突に、二人は凶暴な輝きと風から解放された。
「……え?」
突如訪れた静けさに二人が呆然としていると、目の端に先程の眩い光が映った。
はっと顔を上げた先にあったのは、強烈な金色の光に包まれた伊邪国の宮。
直後、巨大な雷が落ちたかのような爆音が轟き、大地が大きく揺さぶられた。
「何が、起こった……の?」
庇われた腕の間から見えた伊邪国の宮は、一瞬のうちにすっかり様子が変わっていた。
先程まで見えていた祭殿の屋根が視界から消え、そのすぐ手前の城柵が外側に向かって大破している。
どれほどの破壊力だったかが、目に見えて分かる。
「さっきのは、わたしの炎? もしかして、蛇の力を伝っていったの?」
「どうも、そのようですね。あなたの力は本当に計り知れない」
ツクスナが苦笑気味に言いながら腕の中のルイカの体勢を変え、両腕を取って自分の首に回させた。
「え? え? なに?」
「私たちも行きましょう。落ちないように、しっかり掴まっていてください」
彼はルイカを縦に抱いて立ち上がり、目の前の斜面を一気に駆け下りていった。
「きゃあぁぁぁっ!」
身体が後ろに傾き、背中から落ちるような感覚に身がすくむ。
目を固く閉じ、振り落とされないように彼の首にしがみついた。
斜面を下り終えると平坦な草むら。
爆風に引き抜かれた逆茂木が散らばる中をすり抜け、なぎ倒された城柵で埋まる外壕を軽々と超えて、あっという間に城柵の内側に入った。
ルイカの叫び声とほぼ同時に、地面が沈み込むような不気味な地鳴りが起きた。
宮の手前に見える建物の屋根から、黒いもやが噴き上がる。
それは、見る見るうちに巨大な漆黒の蛇の形に変化し、こちらを目がけて突進してきた。
ツクスナがルイカを守るように右腕で抱き寄せると、左手を目の前にかざす。
「はっ!」
ツクスナが気合いを込めると、左の掌から輝く粒子が放たれ、瞬時に二人を取り囲む銀色の壁を作り上げた。
顎を開いた黒い大蛇が、猛烈な速度で体当たりしてきたが、銀色の結界は微塵も揺らがなかった。
その様子を確認した砂徒長が、空に向かって高く響く指笛を吹くと、雄叫びを上げて斜面を駆け下りていった。
方々から、呼応するように指笛が鳴り響く。
宮の近くに身を潜めていた砂徒達が、一斉に宮に向かって走り出し、外壕も城柵も軽々と超えていく。
銀色の壁を透かせて、ヤナナと伍徒が草むらを疾走していくのも見えた。
ツクスナが全身から砂の力を立ち上がらせ、防御の力を強めていく。
大蛇は空中で長い身体を激しくよじり、咆哮を上げながら何度も壁に襲いかかってきた。
その度に、耳をつんざくような激しい音が響き、鱗がはげるように飛び散った黒い欠片が空気に溶けて霧散する。
「この蛇は、ヨウダキなの?」
「分かりません……が、あの女にしては物足りない。まだ力が回復していないのか、あるいは市で襲ってきた少年の方か……」
二人の役目は、蛇の力を引きつけその力を削ぐこと。
蛇の力が姫巫女を襲っている間は、宮を襲撃する味方達には危害が及ばない。
もう一人、蛇の力の使い手がいたとしても、砂徒長を始めとする砂徒達が食い止めることになっていた。
「あっ!」
突然、ルイカの脳裏に一つの場面が映った。
それは意思とは無関係に瞬時に切り替わっては、次々と違った場面を見せつける。
宮の南門を破って乱入する、トシゴリ率いる邪馬台国と斯馬国の混合軍。
北からは、己百支国の兵達がなだれ込む。
伊邪国の兵と斬り結ぶ砂徒。
宮の中を悲鳴を上げて逃げ惑う大勢の人たち。
数人の男達を同時に相手にするヤナナと伍徒。
血に染まり、地に倒れた人々。
重なり合う悲鳴、うめき声、苦痛に歪む顔。返り血を浴びた姿。
凄惨な場面が次々と映し出され、ルイカは愕然とした。
「う……そ。こんな……」
どうしてこんなことに……。
わたしはただ、ヨウダキを倒したかっただけなのに。
現代人のルイカは、戦というものを分かっていなかった。
特にこの時代の、人と人とが直接傷つけ合う戦が全くイメージできていなかったのだ。
しかし、この時代の人々は戦に慣れている。
だからこそ、淡々と戦の準備を進めてきたし、当然のことのように戦いに身を投じていく。
戦の現実はこの時代の人々には共通の認識であるから、誰一人……ツクスナすら、ルイカに説明したりはしなかった。
「い……や。やめて、違う。こんなことを……望んだんじゃない」
意思に反して見せつけられる残酷な現実に、身体ががくがくと震えてくる。
——姫巫女様の、蛇の使い手を討ちたいという命に従ったまで。
砂徒長が言っていたことは、でたらめではない。
本意でなくても、この戦は自分が起こしたようなものだ。
ヨウダキを倒したいという自分の望みの為に、大勢の無関係の者たちが恐怖に怯え、傷つけ合い、血と涙が流されていくのだ。
「やめ……て……」
誰も傷つけたくないと思ってこの時代に来たのに、これではヨウダキがやってきたことと、まるで同じではないか。
人の命を踏みにじる、あの女と——。
「違う! もう、嫌! やめてぇぇぇぇ!」
ルイカが絶叫すると、長い髪がぶわりと浮き上がった。
身体の中心に生まれた熱い塊が、急速に膨れ上がっていく。
「ルイ……カ!」
ツクスナは蛇の激しい攻撃から目を離せずにいたが、腕の中の強烈な変化を感じ取り息を飲んだ。
今にも外へと弾け飛びそうな強い力を、右腕で懸命に押さえ込む。
次の瞬間、ルイカの全身からあらゆる方向に、目がくらむほどの眩しい輝きが放たれた。
それは瞬時に銀色の砂の壁を、そして黒い大蛇の頭部を飲み込んで、二人を包み込む巨大な炎の塊となる。
ツクスナがとっさにルイカの身体を抱え込んで身を伏せた。
歯を食いしばり、めちゃくちゃに吹き荒れる金色の嵐に堪える。
轟々と荒れ狂う炎はいっそう威力を増し大きく燃え上がった。
そして唐突に、二人は凶暴な輝きと風から解放された。
「……え?」
突如訪れた静けさに二人が呆然としていると、目の端に先程の眩い光が映った。
はっと顔を上げた先にあったのは、強烈な金色の光に包まれた伊邪国の宮。
直後、巨大な雷が落ちたかのような爆音が轟き、大地が大きく揺さぶられた。
「何が、起こった……の?」
庇われた腕の間から見えた伊邪国の宮は、一瞬のうちにすっかり様子が変わっていた。
先程まで見えていた祭殿の屋根が視界から消え、そのすぐ手前の城柵が外側に向かって大破している。
どれほどの破壊力だったかが、目に見えて分かる。
「さっきのは、わたしの炎? もしかして、蛇の力を伝っていったの?」
「どうも、そのようですね。あなたの力は本当に計り知れない」
ツクスナが苦笑気味に言いながら腕の中のルイカの体勢を変え、両腕を取って自分の首に回させた。
「え? え? なに?」
「私たちも行きましょう。落ちないように、しっかり掴まっていてください」
彼はルイカを縦に抱いて立ち上がり、目の前の斜面を一気に駆け下りていった。
「きゃあぁぁぁっ!」
身体が後ろに傾き、背中から落ちるような感覚に身がすくむ。
目を固く閉じ、振り落とされないように彼の首にしがみついた。
斜面を下り終えると平坦な草むら。
爆風に引き抜かれた逆茂木が散らばる中をすり抜け、なぎ倒された城柵で埋まる外壕を軽々と超えて、あっという間に城柵の内側に入った。
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