【完結】炎輪の姫巫女 〜教科書の片隅に載っていた少女の生まれ変わりだったようです〜

平田加津実

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民衆の前に降り立つ希望

旗印の姫巫女(二)

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「失礼いたします」

 戸口での声に気付き、笑い転げていた二人がさっと真顔に戻った。

 姿を見せたのは先発隊として出ていた伍徒。
 ルイカが市に出かけた時の警備の責任者であった彼は、ヤナナの姿を見るとふっと苦い顔になった。
 彼もまだ、引きずるものがあるのだろう。

「伍徒か。己百支国の方はどうなっている」

 ツクスナが椀を置くと、真顔で状況を確認する。

 伍徒は入り口で跪いたまま、固い声で報告を始めた。

「はい、己百支国の協力を無事取り付けました。国境も、問題なく越えられます」

 そう言うと、彼は首から下げた通行手形のような木札を見せた。

「己百支国の第四王子率いる隊が、現地で合流することになっております。先方の計らいで、途中のムラ長の館を借り受けておりますので、まずはその館を目指します」
「そこまでの距離は?」
「月が少し上がってからここを出ても、早朝には到着できるでしょう。その後の手はずも、万事整えてあります。伊邪国には、明後日の夜明け前にはたどり着ける算段です」
「そうか、分かった」
「では後ほど、お迎えに上がります」

 報告を終え、一礼して立ち上がりかけた伍徒に、姫巫女がにっこりと声をかけた。

「伍徒、そなた夕餉はまだかえ?」
「はい、先程、到着したばかりですので」
「ならば、ここで食べていくが良い。三人だけでは食べ切れぬのじゃ」

 無邪気にも見える姫巫女の笑顔に何かしら不穏なものを感じ、伍徒の腰が引ける。

「……ですが」
「せっかく姫巫女様が、こうおっしゃられているのだ。遠慮するものではない。これまでの詳しい話も聞きたいから、お前も出発までここにいれば良いだろう」

 上官である弐徒からもそう言われて、伍徒は恐る恐る中に入ってきた。
 ツクスナとヤナナが場所を空け、彼らの間に伍徒が居心地悪そうに座った。

 伍徒の話から、砂徒長が姫巫女の名を全面的に掲げて、各国と交渉しているのは確かだった。
 しかも、蛇の使い手ではなく、暴君を討ちにいくという話になっていることを聞かされ、ルイカは呆然とした。




 ルイカ達は与えられた館でしばらく仮眠を取った後、出発の準備を始めた。
 これから夜通し走るため荷物は最小限に抑えられ、武器以外はすべて伍徒が背負った。

 ルイカはまたツクスナに背負われたが、今回は二人の間に折り畳んだ掛布が挟まれ、これまで以上にきつく帯を締められた。
 その苦しさに、ルイカが思わず呻いた。

「苦しいでしょうが、我慢してください」

 彼はそう言いながら、軽く跳ねたり上半身を動かしたりして、帯の具合を確かめている。

「走っている間は、私の首を締めない程度に、しっかり掴まっていてください。舌を噛むといけないので、しゃべらないでくださいよ。辛くなってきたら、手で合図してください」
「うん……」

 身体が締め付けられぎしぎしと痛かったが、ツクスナ達はこれから何時間も夜道を走るのだ。
 その大変さを思えば文句は言えない。
 ルイカは素直に頷いた。

 館を出ると、ひずみの目立つ月が東の空に浮かんでいた。
 上空には風があるらしく、時折、黒いもやのような雲が冴えた月光を鈍らせている。

 通常なら、大抵の者は休んでいるはずの時間であったが、門の前には大勢の武人達が見送りに集まっていた。

「どうぞ、ご無事で」
「儂らは、ここから加勢いたします」

 次々に掛けられる声に、ルイカはツクスナの背中の上から手を振って笑顔で応えた。
 下級の武人が姫巫女に軽々しく口をきくのは前代未聞であるが、三日間、一緒に旅してきた仲間達だ。
 既に、気安い関係が出来上がっていた。

 門のすぐ前には、派手な房飾りの付いた長柄の大矛を手にしたトシゴリが直立していた。
 美豆良を大きく結い直し、額に長い鉢巻き、黒漆の胴を身につけた将軍らしい堂々とした出で立ちだ。
 彼は一歩前に出ると、矛の柄で力強く地面をひと突きし、夜の空気を振るわせるような野太い声を張り上げた。

「姫巫女様、斯馬国の陣は安心して我らにお任せください。明後日、伊邪国で必ずやお目にかかりましょう!」

 そして、宙を切り裂くような音をさせて頭上で矛を大きく回転させた後、門の外に向かって矛先を勢いよく突き出した。

「ご武運を!」

 その声に、周りの武人達が一斉に身を伏せる。

「ご武運を!」

 多くの力強い声に送られて、三つの影が門をすり抜けていった。
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