【完結】炎輪の姫巫女 〜教科書の片隅に載っていた少女の生まれ変わりだったようです〜

平田加津実

文字の大きさ
上 下
61 / 69
民衆の前に降り立つ希望

旗印の姫巫女(二)

しおりを挟む
「失礼いたします」

 戸口での声に気付き、笑い転げていた二人がさっと真顔に戻った。

 姿を見せたのは先発隊として出ていた伍徒。
 ルイカが市に出かけた時の警備の責任者であった彼は、ヤナナの姿を見るとふっと苦い顔になった。
 彼もまだ、引きずるものがあるのだろう。

「伍徒か。己百支国の方はどうなっている」

 ツクスナが椀を置くと、真顔で状況を確認する。

 伍徒は入り口で跪いたまま、固い声で報告を始めた。

「はい、己百支国の協力を無事取り付けました。国境も、問題なく越えられます」

 そう言うと、彼は首から下げた通行手形のような木札を見せた。

「己百支国の第四王子率いる隊が、現地で合流することになっております。先方の計らいで、途中のムラ長の館を借り受けておりますので、まずはその館を目指します」
「そこまでの距離は?」
「月が少し上がってからここを出ても、早朝には到着できるでしょう。その後の手はずも、万事整えてあります。伊邪国には、明後日の夜明け前にはたどり着ける算段です」
「そうか、分かった」
「では後ほど、お迎えに上がります」

 報告を終え、一礼して立ち上がりかけた伍徒に、姫巫女がにっこりと声をかけた。

「伍徒、そなた夕餉はまだかえ?」
「はい、先程、到着したばかりですので」
「ならば、ここで食べていくが良い。三人だけでは食べ切れぬのじゃ」

 無邪気にも見える姫巫女の笑顔に何かしら不穏なものを感じ、伍徒の腰が引ける。

「……ですが」
「せっかく姫巫女様が、こうおっしゃられているのだ。遠慮するものではない。これまでの詳しい話も聞きたいから、お前も出発までここにいれば良いだろう」

 上官である弐徒からもそう言われて、伍徒は恐る恐る中に入ってきた。
 ツクスナとヤナナが場所を空け、彼らの間に伍徒が居心地悪そうに座った。

 伍徒の話から、砂徒長が姫巫女の名を全面的に掲げて、各国と交渉しているのは確かだった。
 しかも、蛇の使い手ではなく、暴君を討ちにいくという話になっていることを聞かされ、ルイカは呆然とした。




 ルイカ達は与えられた館でしばらく仮眠を取った後、出発の準備を始めた。
 これから夜通し走るため荷物は最小限に抑えられ、武器以外はすべて伍徒が背負った。

 ルイカはまたツクスナに背負われたが、今回は二人の間に折り畳んだ掛布が挟まれ、これまで以上にきつく帯を締められた。
 その苦しさに、ルイカが思わず呻いた。

「苦しいでしょうが、我慢してください」

 彼はそう言いながら、軽く跳ねたり上半身を動かしたりして、帯の具合を確かめている。

「走っている間は、私の首を締めない程度に、しっかり掴まっていてください。舌を噛むといけないので、しゃべらないでくださいよ。辛くなってきたら、手で合図してください」
「うん……」

 身体が締め付けられぎしぎしと痛かったが、ツクスナ達はこれから何時間も夜道を走るのだ。
 その大変さを思えば文句は言えない。
 ルイカは素直に頷いた。

 館を出ると、ひずみの目立つ月が東の空に浮かんでいた。
 上空には風があるらしく、時折、黒いもやのような雲が冴えた月光を鈍らせている。

 通常なら、大抵の者は休んでいるはずの時間であったが、門の前には大勢の武人達が見送りに集まっていた。

「どうぞ、ご無事で」
「儂らは、ここから加勢いたします」

 次々に掛けられる声に、ルイカはツクスナの背中の上から手を振って笑顔で応えた。
 下級の武人が姫巫女に軽々しく口をきくのは前代未聞であるが、三日間、一緒に旅してきた仲間達だ。
 既に、気安い関係が出来上がっていた。

 門のすぐ前には、派手な房飾りの付いた長柄の大矛を手にしたトシゴリが直立していた。
 美豆良を大きく結い直し、額に長い鉢巻き、黒漆の胴を身につけた将軍らしい堂々とした出で立ちだ。
 彼は一歩前に出ると、矛の柄で力強く地面をひと突きし、夜の空気を振るわせるような野太い声を張り上げた。

「姫巫女様、斯馬国の陣は安心して我らにお任せください。明後日、伊邪国で必ずやお目にかかりましょう!」

 そして、宙を切り裂くような音をさせて頭上で矛を大きく回転させた後、門の外に向かって矛先を勢いよく突き出した。

「ご武運を!」

 その声に、周りの武人達が一斉に身を伏せる。

「ご武運を!」

 多くの力強い声に送られて、三つの影が門をすり抜けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少女漫画の当て馬女キャラに転生したけど、原作通りにはしません!

菜花
ファンタジー
亡くなったと思ったら、直前まで読んでいた漫画の中に転生した主人公。とあるキャラに成り代わっていることに気づくが、そのキャラは物凄く不遇なキャラだった……。カクヨム様でも投稿しています。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

『神山のつくば』〜古代日本を舞台にした歴史ロマンスファンタジー〜

うろこ道
恋愛
【完結まで毎日更新】 時は古墳時代。 北の大国・日高見国の王である那束は、迫る大和連合国東征の前線基地にすべく、吾妻の地の五国を順調に征服していった。 那束は自国を守る為とはいえ他国を侵略することを割り切れず、また人の命を奪うことに嫌悪感を抱いていた。だが、王として国を守りたい気持ちもあり、葛藤に苛まれていた。 吾妻五国のひとつ、播埀国の王の首をとった那束であったが、そこで残された后に魅せられてしまう。 后を救わんとした那束だったが、后はそれを許さなかった。 后は自らの命と引き換えに呪いをかけ、那束は太刀を取れなくなってしまう。 覡の卜占により、次に攻め入る紀国の山神が呪いを解くだろうとの託宣が出る。 那束は従者と共に和議の名目で紀国へ向かう。山にて遭難するが、そこで助けてくれたのが津久葉という洞窟で獣のように暮らしている娘だった。 古代日本を舞台にした歴史ロマンスファンタジー。

東へ征(ゆ)け ―神武東征記ー

長髄彦ファン
歴史・時代
日向の皇子・磐余彦(のちの神武天皇)は、出雲王の長髄彦からもらった弓矢を武器に人喰い熊の黒鬼を倒す。磐余彦は三人の兄と仲間とともに東の国ヤマトを目指して出航するが、上陸した河内で待ち構えていたのは、ヤマトの将軍となった長髄彦だった。激しい戦闘の末に長兄を喪い、熊野灘では嵐に遭遇して二人の兄も喪う。その後数々の苦難を乗り越え、ヤマト進撃を目前にした磐余彦は長髄彦と対面するが――。 『日本書紀』&『古事記』をベースにして日本の建国物語を紡ぎました。 ※この作品はNOVEL DAYSとnoteでバージョン違いを公開しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

あかるたま

ユーレカ書房
歴史・時代
伊織の里の巫女王・葵は多くの里人から慕われていたが、巫女としては奔放すぎるその性格は周囲のものたちにとっては悩みの種となっていた。彼女の奔放を諫めるため、なんと〈夫〉を迎えてはどうかという奇天烈な策が講じられ――。 葵/あかるこ・・・・・伊織の巫女王。夢見で未来を察知することができる。突然〈夫〉を迎えることになり、困惑。 大水葵郎子/ナギ・・・・・伊織の衛士。清廉で腕が立つ青年。過去の出来事をきっかけに、少年時代から葵に想いを寄せている。突然葵の〈夫〉になることが決まり、困惑。 山辺彦・・・・・伊織の衛士頭。葵の叔父でもある。朗らかだが機転が利き、ひょうきんな人柄。ナギを葵の夫となるように仕向けたのはこの人。

処理中です...