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民衆の前に降り立つ希望
身代わりの炎(三)
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主祭殿の外では、国王オシヒコ、将軍トシゴリと二人の砂徒が、集まった約二百名の武人達の前に立っていた。
小さく美豆良を結い簡素な衣と防具を身に着けた下級武人と変わらない姿のトシゴリが、野太い声で今回の派兵の説明をしている。
「おお、姫巫女。遅かったではないか。さあ、こちらへ」
ルイカ達に気付いた王が手招きする。
ヤナナは脇に残り、二人が前に出て行くと、これまで将軍に集中していた武人達の視線が一斉に男装の姫巫女に向いた。
「貴様達には、こちらの姫巫女様を無事に斯馬国の陣までお連れするという、大事な任務もある!」
将軍がさらに声を張り上げると、集まった武人達から「おお!」と声が上がった。
男達の視線が異様に熱い上に、このうねるような声だ。
ルイカは思わず肩をすくめた。
しかし、少し落ち着いてくると、見覚えのある顔が多いことに気付く。
彼らは崇拝するような、あるいは親愛のこもったような熱い眼差しで自分を見つめている。
「ねぇ」
ルイカがツクスナの衣の裾をひっぱると、彼が身を屈めた。
「見たことがある武人が多いんだけど?」
「あぁ、それは、先日の襲撃事件のときに関わった者を中心に集めたからですよ。彼らは姫巫女に好意を持っていますからね。それに、あのときいなかった者の間にも噂が広まっていて、姫巫女のファンはすごく多いのですよ」
「う……そ。マジで?」
呆然とするルイカに、彼は「マジで」と笑った。
そうこうしているうちに将軍の話は終わったらしく、男達はそれぞれに荷を背負い出発の準備をし始めた。
「そろそろ出発ですね。乗ってください」
ツクスナが後ろで束ねた髪を前に下ろすと、背を向けてしゃがみ込んだ。
ヤナナが、持っていた帯をルイカの背中にかけて脇の下に通し、その帯の端をツクスナの肩に渡す。
これはまさか、おんぶ紐?
「え? え? これじゃあまるで、赤ちゃんみたいじゃない」
顔を赤らめて思わず後ずさると、彼がにこやかに振り返った。
「こうしないとお互い疲れますし、私の両手が使えなくては、何かあったときに危険ですから。もし、気分が悪くなったら言ってください」
「ねぇ……ホントに、こうしないとだめなの? 恥ずかしいじゃない」
ルイカは困惑していたが、彼はそれに構わず、帯を引きながら後ろに下がってきた。
身体が強く引きつけられて、もう後ろに逃げられない。
「さぁ、姫巫女様。お乗りください」
真面目顔のヤナナに促され、渋々、彼の首に両腕を回して背中に乗りかかった。
ぐいと帯が引かれ、彼の頭と並ぶ高さに身体が引っ張り上げられたかと思うと、ぐんと視界が高くなる。
「う……わ。高い」
隣にいるヤナナよりもずっと高い。
周りの男達よりも高い。
彼の目からはいつもこんな風に見えているのかと、不思議な感動を覚えて辺りを見回している間に、ヤナナの手によって、帯が手早くかけられていく。
ぎゅっと締め付けられて、ツクスナの背中に身体が密着させられた。
これは……ないわ。
ルイカが恥ずかしさと情けなさで、彼の肩に顔を伏せて唸った。
「あぁ、ずいぶん、大きくなられましたね」
帯を自分の胸の辺りで固く結びながら、彼がしみじみと言う。
「え?」
「いえ、姫巫女様を最後におぶったのは、かなり昔だったのですね。ずいぶん成長されたようです」
彼が、幼いイヨ姫をおぶった時と比べていることに気付き、ルイカの気持ちが沈んだ。
以前、姫をおんぶしたという話を聞いたときには、おぼろげでも記憶は残っていた。
しかし今は、その記憶を掘り起こしたくても、何の痕跡も見あたらない。
自分のものではなくても、彼と共有できる思い出がなくなったことは、やはり悲しかった。
「そう……。そんなに大きくなった?」
できるだけ、普通に答えようとしたのに、ツクスナには気付かれてしまったらしい。
彼ははっとしたように肩を揺らすと、ルイカの頭が乗っている左肩に振り向いた。
「あ……。そういうつもりで言ったのでは……」
申し訳なさそうな言葉に、ルイカがさっと反対の肩に逃げた。
「ルイカ?」
彼が慌ててその方向に振り向くと、さらに逆に逃げる。
最初は顔を見られたくなくて逃げていたのだが、何度か繰り返すうちに、彼の困った様子がだんだん可笑しくなってくる。
くすくす笑い始めると、大きな手に頭をがしっと捕らえられてしまった。
「逃げないでください」
ツクスナは溜め息をつくと、頭に置いた手を、何度か髪に滑らせた。
遠く東に連なる山に、一粒の眩しい輝きが見えた。
それはみるみる大きくなり、山の縁を黄金に彩り、まっすぐな光の帯を地上に届ける。
——夜明けだ。
東の正門に集まっていた男達は、姫巫女を中心に守るように隊列を組み、二人の砂徒を先導にゆっくり歩き始めた。
しっかりと大きく温かな背中で、歩に合わせて一定のリズムで心地よく揺すられ、出発直後だというのに、ルイカは早くも瞼が重くなってきた。
おんぶすると、イヨ姫はすぐに寝ちゃったって言ってたっけ?
そんな話を、ぼんやりと思い出す。
「眠ってください。お疲れでしょう?」
そんな声が直接身体を伝わって鼓膜を優しく振るわせると、ルイカはあっけなく眠りに引きずり込まれていった。
小さく美豆良を結い簡素な衣と防具を身に着けた下級武人と変わらない姿のトシゴリが、野太い声で今回の派兵の説明をしている。
「おお、姫巫女。遅かったではないか。さあ、こちらへ」
ルイカ達に気付いた王が手招きする。
ヤナナは脇に残り、二人が前に出て行くと、これまで将軍に集中していた武人達の視線が一斉に男装の姫巫女に向いた。
「貴様達には、こちらの姫巫女様を無事に斯馬国の陣までお連れするという、大事な任務もある!」
将軍がさらに声を張り上げると、集まった武人達から「おお!」と声が上がった。
男達の視線が異様に熱い上に、このうねるような声だ。
ルイカは思わず肩をすくめた。
しかし、少し落ち着いてくると、見覚えのある顔が多いことに気付く。
彼らは崇拝するような、あるいは親愛のこもったような熱い眼差しで自分を見つめている。
「ねぇ」
ルイカがツクスナの衣の裾をひっぱると、彼が身を屈めた。
「見たことがある武人が多いんだけど?」
「あぁ、それは、先日の襲撃事件のときに関わった者を中心に集めたからですよ。彼らは姫巫女に好意を持っていますからね。それに、あのときいなかった者の間にも噂が広まっていて、姫巫女のファンはすごく多いのですよ」
「う……そ。マジで?」
呆然とするルイカに、彼は「マジで」と笑った。
そうこうしているうちに将軍の話は終わったらしく、男達はそれぞれに荷を背負い出発の準備をし始めた。
「そろそろ出発ですね。乗ってください」
ツクスナが後ろで束ねた髪を前に下ろすと、背を向けてしゃがみ込んだ。
ヤナナが、持っていた帯をルイカの背中にかけて脇の下に通し、その帯の端をツクスナの肩に渡す。
これはまさか、おんぶ紐?
「え? え? これじゃあまるで、赤ちゃんみたいじゃない」
顔を赤らめて思わず後ずさると、彼がにこやかに振り返った。
「こうしないとお互い疲れますし、私の両手が使えなくては、何かあったときに危険ですから。もし、気分が悪くなったら言ってください」
「ねぇ……ホントに、こうしないとだめなの? 恥ずかしいじゃない」
ルイカは困惑していたが、彼はそれに構わず、帯を引きながら後ろに下がってきた。
身体が強く引きつけられて、もう後ろに逃げられない。
「さぁ、姫巫女様。お乗りください」
真面目顔のヤナナに促され、渋々、彼の首に両腕を回して背中に乗りかかった。
ぐいと帯が引かれ、彼の頭と並ぶ高さに身体が引っ張り上げられたかと思うと、ぐんと視界が高くなる。
「う……わ。高い」
隣にいるヤナナよりもずっと高い。
周りの男達よりも高い。
彼の目からはいつもこんな風に見えているのかと、不思議な感動を覚えて辺りを見回している間に、ヤナナの手によって、帯が手早くかけられていく。
ぎゅっと締め付けられて、ツクスナの背中に身体が密着させられた。
これは……ないわ。
ルイカが恥ずかしさと情けなさで、彼の肩に顔を伏せて唸った。
「あぁ、ずいぶん、大きくなられましたね」
帯を自分の胸の辺りで固く結びながら、彼がしみじみと言う。
「え?」
「いえ、姫巫女様を最後におぶったのは、かなり昔だったのですね。ずいぶん成長されたようです」
彼が、幼いイヨ姫をおぶった時と比べていることに気付き、ルイカの気持ちが沈んだ。
以前、姫をおんぶしたという話を聞いたときには、おぼろげでも記憶は残っていた。
しかし今は、その記憶を掘り起こしたくても、何の痕跡も見あたらない。
自分のものではなくても、彼と共有できる思い出がなくなったことは、やはり悲しかった。
「そう……。そんなに大きくなった?」
できるだけ、普通に答えようとしたのに、ツクスナには気付かれてしまったらしい。
彼ははっとしたように肩を揺らすと、ルイカの頭が乗っている左肩に振り向いた。
「あ……。そういうつもりで言ったのでは……」
申し訳なさそうな言葉に、ルイカがさっと反対の肩に逃げた。
「ルイカ?」
彼が慌ててその方向に振り向くと、さらに逆に逃げる。
最初は顔を見られたくなくて逃げていたのだが、何度か繰り返すうちに、彼の困った様子がだんだん可笑しくなってくる。
くすくす笑い始めると、大きな手に頭をがしっと捕らえられてしまった。
「逃げないでください」
ツクスナは溜め息をつくと、頭に置いた手を、何度か髪に滑らせた。
遠く東に連なる山に、一粒の眩しい輝きが見えた。
それはみるみる大きくなり、山の縁を黄金に彩り、まっすぐな光の帯を地上に届ける。
——夜明けだ。
東の正門に集まっていた男達は、姫巫女を中心に守るように隊列を組み、二人の砂徒を先導にゆっくり歩き始めた。
しっかりと大きく温かな背中で、歩に合わせて一定のリズムで心地よく揺すられ、出発直後だというのに、ルイカは早くも瞼が重くなってきた。
おんぶすると、イヨ姫はすぐに寝ちゃったって言ってたっけ?
そんな話を、ぼんやりと思い出す。
「眠ってください。お疲れでしょう?」
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