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姫巫女の記憶とルイカの決意
二人の未来(二)
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「読める! 外から大勢の人が入ってきて、宮の中が混乱する様子が視える」
「なっ……! 敵が攻め込んでくるということですか。それは、いつですか?」
不吉な言葉に、ツクスナが顔色を変えて立ち上がった。
「四日後よ!」
「四日……後? ああ、そうか」
何か心当たりがあったらしく、彼が強ばった表情を緩めた。
「大丈夫ですよ、ルイカ。先日、斯馬国へ交代の兵が出ましたので、四日後あたりに、先に派遣されていた兵が戻ってきます。あなたが、この時代に来たばかりの頃、物見櫓から見たでしょう?」
「ああ、あれ?」
「外からの大勢の人というのは、その兵達のことでしょう。しかし、混乱するというのが引っかかりますね。何か問題が起きるのかもしれません。後で、トシゴリ様に報告しておきましょう」
「あーあ。やっぱり駄目か」
うなだれるルイカに、彼が両手を膝の上に置いたまま慰めるような笑みを向ける。
「占う対象が大きいから、無関係の結果が出るのは仕方がありませんよ。でも、いつかは引っかかるかもしれません。それに、今回の結果は国のために役立ちますから、無駄ではありません」
「……うん」
「そろそろ、館に戻りますか?」
「疲れたから、ちょっと休みたい」
「頑張りすぎましたからね。それでは、外に出ませんか? ここは見晴らしが良いですし、風に当たると気持ちいいですよ」
二人は祭殿の奥の小さな扉を開けて、露台に出た。
火を焚いて薄く煙っていた薄暗い祭殿内と違い、外の光は目に眩しく、新鮮な空気は清々しい。
空は抜けるように青く、穏やかな風が頬を撫でていく。
二人は大きく息を吸い込むと、壁に寄りかかるようにして並んで座った。
高床式の主祭殿の上階にある祭殿は、実際には三階の高さがあり、確かに見晴らしが良かった。
すぐ目の前には波波迦の巨木があり、咲き始めたばかりの大きな猫じゃらしの穂のような花が、葉の隙間からほんのり白く見えていた。
「なんだか、すごく平和よね」
先日の出来事が嘘のように、宮の中は平穏な空気に包まれていた。
宮の下仕え達がのんびりと、それぞれの仕事に取り組んでいるのが見える。
さっき自分が占で視た光景や斯馬国への派兵という物騒な話が、にわかには信じられないほどののどかさだ。
「斯馬国って隣の国よね。どうしてこの国から派兵してるの?」
「斯馬国と、その北にある伊邪国とが、国境付近で揉めているのです。伊邪国は今の倭国の王が治める国なのですが、暴君ともいえる王のようで……。我が国としても斯馬国が落とされると、良くない状況になりますので、援護に出ているのです」
「暴君……ね」
その話を聞いて、ルイカは歴史の授業を思い出した。
「卑弥呼の死後、男王が立ったが、内乱が絶えなかった——。学校の授業で習った歴史は、やっぱり正しかったのね。そしてその後、邪馬台国の壱与が十三歳で王となる」
現代で中学生だったルイカは、弥生時代や邪馬台国について授業で習った。
皓太の身体に乗り移っていたツクスナも、同じ知識を持っている。
それは、この時代に生きる人々が知るはずもない、未来の話だ。
ルイカがこの時代に来た理由は、ヨウダキを倒すためだ。
歴史に名を残す壱与という女王が自分である可能性には気づいていたが、実際にこの時代に来てみると、それは現実味を増して心に重くのしかかっていた。
ツクスナが、気遣うような視線をルイカに向けた。
膝をぎゅっと抱えて座る小さな姫の姿をした彼女は、ひどく弱々しく頼り無さげに見える。
彼は思わず身を乗り出すと、俯く小さな頭に手を伸ばした。
しかし、その手は彼女に届くことなく、膝に戻される。
「イヨ姫は、もう十三歳だよ? 姫の誕生日はいつなの?」
「誕生日という考え方は、この時代にはありません。この時代では冬至の日に、全員が一斉に一つ年を取るのです。ですから姫は、次の冬に十四歳になります」
「ああ、そうだったわね」
ルイカはイヨ姫の記憶を探って納得する。
この時代は暦などないが、遠くに見える稲の若葉の様子から考えると、今は五月か六月といったところだろう。
「じゃあ、あと半年ほどの間に、わたしは倭国の女王になるってこと?」
「どうなのでしょう……」
もともとイヨ姫は、ヒミコの後継者となるべく育てられた少女だ。
あの日、ツクスナが姫を守り切ることができていれば、彼女はそのまま女王への道を歩んでいったはずだ。
同じ魂を持つとはいえ、別の少女が、同じ運命を背負わされることはなかったのだ。
ツクスナは二人の少女の運命を変えた自分の罪深さに、重く苦しい息を吐いた。
「ルイカの時代に残っている歴史は、どこまで正しいのでしょうね」
歴史が間違っているのなら、ルイカが国を背負わされることはないかもしれない。
しかし、これまでのところ、現代に残っていた歴史と現実には、大きな相違はなかった。
「なっ……! 敵が攻め込んでくるということですか。それは、いつですか?」
不吉な言葉に、ツクスナが顔色を変えて立ち上がった。
「四日後よ!」
「四日……後? ああ、そうか」
何か心当たりがあったらしく、彼が強ばった表情を緩めた。
「大丈夫ですよ、ルイカ。先日、斯馬国へ交代の兵が出ましたので、四日後あたりに、先に派遣されていた兵が戻ってきます。あなたが、この時代に来たばかりの頃、物見櫓から見たでしょう?」
「ああ、あれ?」
「外からの大勢の人というのは、その兵達のことでしょう。しかし、混乱するというのが引っかかりますね。何か問題が起きるのかもしれません。後で、トシゴリ様に報告しておきましょう」
「あーあ。やっぱり駄目か」
うなだれるルイカに、彼が両手を膝の上に置いたまま慰めるような笑みを向ける。
「占う対象が大きいから、無関係の結果が出るのは仕方がありませんよ。でも、いつかは引っかかるかもしれません。それに、今回の結果は国のために役立ちますから、無駄ではありません」
「……うん」
「そろそろ、館に戻りますか?」
「疲れたから、ちょっと休みたい」
「頑張りすぎましたからね。それでは、外に出ませんか? ここは見晴らしが良いですし、風に当たると気持ちいいですよ」
二人は祭殿の奥の小さな扉を開けて、露台に出た。
火を焚いて薄く煙っていた薄暗い祭殿内と違い、外の光は目に眩しく、新鮮な空気は清々しい。
空は抜けるように青く、穏やかな風が頬を撫でていく。
二人は大きく息を吸い込むと、壁に寄りかかるようにして並んで座った。
高床式の主祭殿の上階にある祭殿は、実際には三階の高さがあり、確かに見晴らしが良かった。
すぐ目の前には波波迦の巨木があり、咲き始めたばかりの大きな猫じゃらしの穂のような花が、葉の隙間からほんのり白く見えていた。
「なんだか、すごく平和よね」
先日の出来事が嘘のように、宮の中は平穏な空気に包まれていた。
宮の下仕え達がのんびりと、それぞれの仕事に取り組んでいるのが見える。
さっき自分が占で視た光景や斯馬国への派兵という物騒な話が、にわかには信じられないほどののどかさだ。
「斯馬国って隣の国よね。どうしてこの国から派兵してるの?」
「斯馬国と、その北にある伊邪国とが、国境付近で揉めているのです。伊邪国は今の倭国の王が治める国なのですが、暴君ともいえる王のようで……。我が国としても斯馬国が落とされると、良くない状況になりますので、援護に出ているのです」
「暴君……ね」
その話を聞いて、ルイカは歴史の授業を思い出した。
「卑弥呼の死後、男王が立ったが、内乱が絶えなかった——。学校の授業で習った歴史は、やっぱり正しかったのね。そしてその後、邪馬台国の壱与が十三歳で王となる」
現代で中学生だったルイカは、弥生時代や邪馬台国について授業で習った。
皓太の身体に乗り移っていたツクスナも、同じ知識を持っている。
それは、この時代に生きる人々が知るはずもない、未来の話だ。
ルイカがこの時代に来た理由は、ヨウダキを倒すためだ。
歴史に名を残す壱与という女王が自分である可能性には気づいていたが、実際にこの時代に来てみると、それは現実味を増して心に重くのしかかっていた。
ツクスナが、気遣うような視線をルイカに向けた。
膝をぎゅっと抱えて座る小さな姫の姿をした彼女は、ひどく弱々しく頼り無さげに見える。
彼は思わず身を乗り出すと、俯く小さな頭に手を伸ばした。
しかし、その手は彼女に届くことなく、膝に戻される。
「イヨ姫は、もう十三歳だよ? 姫の誕生日はいつなの?」
「誕生日という考え方は、この時代にはありません。この時代では冬至の日に、全員が一斉に一つ年を取るのです。ですから姫は、次の冬に十四歳になります」
「ああ、そうだったわね」
ルイカはイヨ姫の記憶を探って納得する。
この時代は暦などないが、遠くに見える稲の若葉の様子から考えると、今は五月か六月といったところだろう。
「じゃあ、あと半年ほどの間に、わたしは倭国の女王になるってこと?」
「どうなのでしょう……」
もともとイヨ姫は、ヒミコの後継者となるべく育てられた少女だ。
あの日、ツクスナが姫を守り切ることができていれば、彼女はそのまま女王への道を歩んでいったはずだ。
同じ魂を持つとはいえ、別の少女が、同じ運命を背負わされることはなかったのだ。
ツクスナは二人の少女の運命を変えた自分の罪深さに、重く苦しい息を吐いた。
「ルイカの時代に残っている歴史は、どこまで正しいのでしょうね」
歴史が間違っているのなら、ルイカが国を背負わされることはないかもしれない。
しかし、これまでのところ、現代に残っていた歴史と現実には、大きな相違はなかった。
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