【完結】炎輪の姫巫女 〜教科書の片隅に載っていた少女の生まれ変わりだったようです〜

平田加津実

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民衆の前に降り立つ希望

紺青の帯と一振の太刀(一)

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 早朝、邪馬台国王の館に、軍の主な面々が集められた。
 少人数で、ヨウダキ討伐の策が練られていく。

 車座となった男達の中には、ぐったりとツクスナにもたれて座る姫巫女の姿もあった。

 輪の中央には、麻布に細い木炭で線を引き黒い印がつけられただけの地図が広げられており、その上の何カ所かに小石が置かれている。
 イヨ姫の記憶を失くしたルイカには、その大雑把な地図は非常に分かりづらかったが、王に一番近い大きい場所が邪馬台国、その北が斯馬国、さらに北の西側が伊邪国で、東は己百支国いはきこくなのだという。

 砂徒長が、地図上の小石を移動させながら説明している。

「明日の早朝、斯馬国に派兵するとして、伊邪国との国境の陣までは三日。その晩に陣を出て己百支国に入れば、五日目の夜明けまでには、伊邪国の宮近くにたどり着けるでしょう。これが、最短になるかと」
「しかし、姫のこの様子では、かような強行は難しかろう」

 王が顎に蓄えた髭をさすりながら、姫巫女を気遣わしげに見た。

「大丈夫じゃ。わらわ以上に、あやつは消耗しておるはずじゃが、回復次第、わらわにとどめを刺そうとするに違いない。その前に、あやつの元まで行かねばならぬ」

 姫巫女が明らかに大丈夫ではない様子ながら、声だけは勇ましく反応した。

「斯馬国の陣までは通常徒行ですから、私が姫様を背負って参りましょう。その後は山道を走ることになりますから、結局、背負うことになりましょうが」

 すぐ隣から、落ち着いた低い声が聞こえてきた。

「そうだな。それしかあるまい。輿では時間がかかるし、目立つしな」

 砂徒長が直ちに同意する。
 周りの男達も、当然だというような顔で頷いている。
 馬すらいないこの時代では、歩けなければ人力で運ぶしかないのだ。

「はぁ?」

 ルイカが不服そうに隣を見上げた。
 ツクスナは口元に笑みを浮かべながらも、有無を言わせない強い眼差しで見つめ返す。

「ぜひ、そうさせてください。姫様にこれ以上の負担をかける訳にはまいりません。あなた様がここで無理をされては、ヨウダキを倒すどころか、伊邪国にたどり着くことすらできませんよ」

 確かに、今の動くこともままならない身体を思うと、数日歩き続けるなんて気が遠くなりそうだった。

 だけど、おぶって行くだなんて……。

「じゃが、わらわを背負ってでは、ツクスナが大変であろう」

 悔しいような恥ずかしいような気持ちを隠して、もっともらしい理由をつける。

「姫様でしたら、五人ぐらい背負って走ることもできましょう」
「姫巫女様。私が鍛え上げた弐徒は、そうヤワではございません。どうぞ、頼ってやってくだされ。そうでなければ、あなた様から授けられた紺青の帯が泣きましょう」

 ツクスナにあっさり片付けられた上に、砂徒長に諭されるように言われ、ルイカは黙り込むしかなかった。

 男たちの熱のこもった議論は続いている。

 昨晩ほとんど眠れなかった上に、極度に体力を消耗したこともあって、黙っているうちにルイカの瞼は徐々に重くなっていった。
 背中をとんとんと優しく叩く温かく大きな手が、より眠気を誘う。
 いつしかルイカは、ツクスナの胡座の片膝に上半身を伏せるようにして、眠り込んでいた。
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