51 / 69
奪われた想い出
壺に収められた想い出(四)
しおりを挟む
表面を黒い煤で汚した青銅の鏡が、荒々しく木の床に投げつけられた。
「……なぜじゃ! なぜ、思い通りにならぬ! イヨ姫の自我は確かに封じたはずなのに、なぜあの小娘を操れぬ。あの状態で、なぜ、わらわに抗える!」
そう叫ぶと、女はがくりと床に崩れ落ちた。
両手と膝を床につき、肩で荒い息をしている女の顔の左半分と、まくれ上がった大袖からのぞく右腕に蛇の鱗の文様が見える。
「姉様! ヨウダキ姉様!」
女と同じ場所に同じ文様を刻んだ少年が、慌てて駆け寄った。
しかし、助け起こそうとした手をうるさそうに払いのけられ、不満のこもった瞳を姉に向けた。
「姉様、もういいだろ! あんな娘などいなくても、俺と姉様の力があれば、充分じゃないか!」
「エンダの言う通りだ。邪馬台国の姫巫女など、今さら必要ないではないか。なぜに、それほど拘るのだ。この先、邪魔になるというのなら、さっさと殺してしまえばいい」
部屋の隅で、姉弟の様子を肴に噛酒をあおっていた五十代ぐらいの男が、残忍な目つきでにやりと口角を上げた。
白髪の混じる髪を撫で付けて低く長く結った美豆良は、邪馬台国のそれとは形が違う。
貝紫の筒袖の衣と同じ色の袴、渋茶と生成りの縞模様の腰帯を身につけ、首には翡翠の大玉の勾玉を五つあしらった頸玉をかけている。
環に菱形の飾りが付いた豪奢な環頭大刀が、床に置かれていた。
「誰がその地位に就かせてやったと思ってんだよ」
エンダと呼ばれた少年が、男に聞かれないように小さく毒づいた。
「小娘め……」
身体の芯が大きくぐらついて、ヨウダキはとうとう床に倒れ込んだ。
限界まで消耗し、身体の自由が利かない。
頭が割れるように痛み、内蔵を逆流しようとするものを歯を食いしばってこらえる。
姫巫女がこの世界に戻ってきたのなら、まだ手に入る可能性があると思っていた。
しかし、姫巫女の力は想像以上に強大だった。
思ったような成果が得られなかったにも関わらず、その代償は大きい。
また、しばらくはまともに動けないだろう。
「おのれ……」
ヨウダキはぎりぎりと歯を食いしばり、床に爪を立てた。
そして、憤怒の形相を顔に貼り付かせたまま、無様な姿で気を失った。
「……なぜじゃ! なぜ、思い通りにならぬ! イヨ姫の自我は確かに封じたはずなのに、なぜあの小娘を操れぬ。あの状態で、なぜ、わらわに抗える!」
そう叫ぶと、女はがくりと床に崩れ落ちた。
両手と膝を床につき、肩で荒い息をしている女の顔の左半分と、まくれ上がった大袖からのぞく右腕に蛇の鱗の文様が見える。
「姉様! ヨウダキ姉様!」
女と同じ場所に同じ文様を刻んだ少年が、慌てて駆け寄った。
しかし、助け起こそうとした手をうるさそうに払いのけられ、不満のこもった瞳を姉に向けた。
「姉様、もういいだろ! あんな娘などいなくても、俺と姉様の力があれば、充分じゃないか!」
「エンダの言う通りだ。邪馬台国の姫巫女など、今さら必要ないではないか。なぜに、それほど拘るのだ。この先、邪魔になるというのなら、さっさと殺してしまえばいい」
部屋の隅で、姉弟の様子を肴に噛酒をあおっていた五十代ぐらいの男が、残忍な目つきでにやりと口角を上げた。
白髪の混じる髪を撫で付けて低く長く結った美豆良は、邪馬台国のそれとは形が違う。
貝紫の筒袖の衣と同じ色の袴、渋茶と生成りの縞模様の腰帯を身につけ、首には翡翠の大玉の勾玉を五つあしらった頸玉をかけている。
環に菱形の飾りが付いた豪奢な環頭大刀が、床に置かれていた。
「誰がその地位に就かせてやったと思ってんだよ」
エンダと呼ばれた少年が、男に聞かれないように小さく毒づいた。
「小娘め……」
身体の芯が大きくぐらついて、ヨウダキはとうとう床に倒れ込んだ。
限界まで消耗し、身体の自由が利かない。
頭が割れるように痛み、内蔵を逆流しようとするものを歯を食いしばってこらえる。
姫巫女がこの世界に戻ってきたのなら、まだ手に入る可能性があると思っていた。
しかし、姫巫女の力は想像以上に強大だった。
思ったような成果が得られなかったにも関わらず、その代償は大きい。
また、しばらくはまともに動けないだろう。
「おのれ……」
ヨウダキはぎりぎりと歯を食いしばり、床に爪を立てた。
そして、憤怒の形相を顔に貼り付かせたまま、無様な姿で気を失った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~
海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。
再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた―
これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。
史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。
不定期更新です。
SFとなっていますが、歴史物です。
小説家になろうでも掲載しています。
東へ征(ゆ)け ―神武東征記ー
長髄彦ファン
歴史・時代
日向の皇子・磐余彦(のちの神武天皇)は、出雲王の長髄彦からもらった弓矢を武器に人喰い熊の黒鬼を倒す。磐余彦は三人の兄と仲間とともに東の国ヤマトを目指して出航するが、上陸した河内で待ち構えていたのは、ヤマトの将軍となった長髄彦だった。激しい戦闘の末に長兄を喪い、熊野灘では嵐に遭遇して二人の兄も喪う。その後数々の苦難を乗り越え、ヤマト進撃を目前にした磐余彦は長髄彦と対面するが――。
『日本書紀』&『古事記』をベースにして日本の建国物語を紡ぎました。
※この作品はNOVEL DAYSとnoteでバージョン違いを公開しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『神山のつくば』〜古代日本を舞台にした歴史ロマンスファンタジー〜
うろこ道
恋愛
【完結まで毎日更新】
時は古墳時代。
北の大国・日高見国の王である那束は、迫る大和連合国東征の前線基地にすべく、吾妻の地の五国を順調に征服していった。
那束は自国を守る為とはいえ他国を侵略することを割り切れず、また人の命を奪うことに嫌悪感を抱いていた。だが、王として国を守りたい気持ちもあり、葛藤に苛まれていた。
吾妻五国のひとつ、播埀国の王の首をとった那束であったが、そこで残された后に魅せられてしまう。
后を救わんとした那束だったが、后はそれを許さなかった。
后は自らの命と引き換えに呪いをかけ、那束は太刀を取れなくなってしまう。
覡の卜占により、次に攻め入る紀国の山神が呪いを解くだろうとの託宣が出る。
那束は従者と共に和議の名目で紀国へ向かう。山にて遭難するが、そこで助けてくれたのが津久葉という洞窟で獣のように暮らしている娘だった。
古代日本を舞台にした歴史ロマンスファンタジー。
ラスト・シャーマン
長緒 鬼無里
歴史・時代
中国でいう三国時代、倭国(日本)は、巫女の占いによって統治されていた。
しかしそれは、巫女の自己犠牲の上に成り立つ危ういものだった。
そのことに疑問を抱いた邪馬台国の皇子月読(つくよみ)は、占いに頼らない統一国家を目指し、西へと旅立つ。
一方、彼の留守中、女大王(ひめのおおきみ)となって国を守ることを決意した姪の壹与(いよ)は、占いに不可欠な霊力を失い絶望感に伏していた。
そんな彼女の前に、一人の聡明な少年が現れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる