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奪われた想い出
卑劣な奇襲(六)
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真円に近い月が夜空に上がっているはずなのに、換気用の窓しかない竪穴式の館には、その青白い光はほとんど入ってこない。
部屋の隅にきられた炉の明かりが、ぼんやりと部屋の中を照らしているだけだ。
普段であれば、姫巫女が休むときは、お付きの侍婢が同じ部屋で一夜を明かす。
しかしこの夜、彼女達は別の館に移動させられていた。
タダキはどうしても付き添うと言って聞かなかったが、何かが起こったときに彼女を巻き込むことを嫌ったルイカが、強い口調で遠ざけた。
かわりに、枕元から少し離れた場所に、ツクスナが控えている。
館の外には、数人の砂徒が警護に当たっているはずだ。
砂徒長も近くの館に待機している。
こんな物々しく不安な夜が、この先どれくらい続くのだろう……。
現代にいた時も同様の経験をしたが、今回は、蛇の力を身体に埋め込まれてしまったせいで、精神的な重圧は比べ物にならなかった。
禍々しい蛇の力が、身体の中で静かに増殖している気がして息苦しい。
ルイカは深い溜め息をつくと、また寝返りをうった。
「眠れないのですか?」
寝処からは見えない場所から、穏やかで優しい声がする。
「うん……」
「今晩、蛇の力が襲ってくることはないですよ。しばらくは来ないはずです」
「それは、分かっているけど……ね」
大きな力を続けて使うことができないことは、ルイカにも分かっていた。
現代にいたときも、蛇の力が立て続けに襲って来ることはなかった。
今回の攻撃は、以前に比べて地味に感じるが、宮に張り巡らされた強固な結界をかいくぐるために、かなりの妖力を必要としたはずだ。
だから今回も、消耗した力が回復するまでは仕掛けてこないだろう。
衣擦れの音がして、ツクスナが近づいてきたことを感じ取る。
「手をつなぎますか?」
「は?」
予想外の言葉に驚いたルイカが、彼の気配に顔を向けた。
部屋が薄暗い上に炉の明かりが逆光になって、彼の表情はよく見えない。
「頭を撫でて差し上げましょうか? おんぶして散歩をしてもいいですよ。姫の小さかったときは、よく、そうやって寝かしつけたものです。どうしても、寝付けないときでも、おんぶしてあげると、あっという間に眠ってしまわれた」
彼の大きな影が、当時をしみじみと懐かしむ。
「もぉ! 子ども扱いしないでよ! ……でも、ツクスナに寝かしつけられたことって、姫の記憶にはほとんど残っていないわよ」
「でしょうね。そんなことをしていたのは、姫が本当に小さかったときです。姫が成長されてからは、男の私が夜間に館に入ることはなくなりました。そう言えば、こんな時間にここにいるのは、ずいぶんと久しぶりです」
ツクスナは足を崩し、ルイカの枕元に腰を下ろした。
彼の方から、姫の思い出話をするのは初めてだった。
彼なりに、心の整理ができたのだろう。
炉の炎の橙色に縁取られた鼻筋の通った綺麗な横顔に、懐かしさを感じる。
幼かったイヨ姫の記憶はおぼろげでも、感覚として残っているのかもしれない。
「私はここにおりますから、安心してお休みください」
言い聞かせるように囁く言葉も、いつか聞いたことがある気がした。
「……うん。おやすみ」
彼に寝顔を見られないように、掛布にもぞもぞと潜り込むと、また、静けさが戻ってきた。
炉の火が爆ぜる微かな音が、妙に耳につく。
言いようのない不安が、身体の中を這い回る。
「ツクスナ」
そっと呼びかける声にツクスナが顔を上げた。
小さく丸まった掛布の端から、小さな右手が出ている。
彼はふっと笑ってもう少し近く寄ると、何も言わずにその手を握った。
部屋の隅にきられた炉の明かりが、ぼんやりと部屋の中を照らしているだけだ。
普段であれば、姫巫女が休むときは、お付きの侍婢が同じ部屋で一夜を明かす。
しかしこの夜、彼女達は別の館に移動させられていた。
タダキはどうしても付き添うと言って聞かなかったが、何かが起こったときに彼女を巻き込むことを嫌ったルイカが、強い口調で遠ざけた。
かわりに、枕元から少し離れた場所に、ツクスナが控えている。
館の外には、数人の砂徒が警護に当たっているはずだ。
砂徒長も近くの館に待機している。
こんな物々しく不安な夜が、この先どれくらい続くのだろう……。
現代にいた時も同様の経験をしたが、今回は、蛇の力を身体に埋め込まれてしまったせいで、精神的な重圧は比べ物にならなかった。
禍々しい蛇の力が、身体の中で静かに増殖している気がして息苦しい。
ルイカは深い溜め息をつくと、また寝返りをうった。
「眠れないのですか?」
寝処からは見えない場所から、穏やかで優しい声がする。
「うん……」
「今晩、蛇の力が襲ってくることはないですよ。しばらくは来ないはずです」
「それは、分かっているけど……ね」
大きな力を続けて使うことができないことは、ルイカにも分かっていた。
現代にいたときも、蛇の力が立て続けに襲って来ることはなかった。
今回の攻撃は、以前に比べて地味に感じるが、宮に張り巡らされた強固な結界をかいくぐるために、かなりの妖力を必要としたはずだ。
だから今回も、消耗した力が回復するまでは仕掛けてこないだろう。
衣擦れの音がして、ツクスナが近づいてきたことを感じ取る。
「手をつなぎますか?」
「は?」
予想外の言葉に驚いたルイカが、彼の気配に顔を向けた。
部屋が薄暗い上に炉の明かりが逆光になって、彼の表情はよく見えない。
「頭を撫でて差し上げましょうか? おんぶして散歩をしてもいいですよ。姫の小さかったときは、よく、そうやって寝かしつけたものです。どうしても、寝付けないときでも、おんぶしてあげると、あっという間に眠ってしまわれた」
彼の大きな影が、当時をしみじみと懐かしむ。
「もぉ! 子ども扱いしないでよ! ……でも、ツクスナに寝かしつけられたことって、姫の記憶にはほとんど残っていないわよ」
「でしょうね。そんなことをしていたのは、姫が本当に小さかったときです。姫が成長されてからは、男の私が夜間に館に入ることはなくなりました。そう言えば、こんな時間にここにいるのは、ずいぶんと久しぶりです」
ツクスナは足を崩し、ルイカの枕元に腰を下ろした。
彼の方から、姫の思い出話をするのは初めてだった。
彼なりに、心の整理ができたのだろう。
炉の炎の橙色に縁取られた鼻筋の通った綺麗な横顔に、懐かしさを感じる。
幼かったイヨ姫の記憶はおぼろげでも、感覚として残っているのかもしれない。
「私はここにおりますから、安心してお休みください」
言い聞かせるように囁く言葉も、いつか聞いたことがある気がした。
「……うん。おやすみ」
彼に寝顔を見られないように、掛布にもぞもぞと潜り込むと、また、静けさが戻ってきた。
炉の火が爆ぜる微かな音が、妙に耳につく。
言いようのない不安が、身体の中を這い回る。
「ツクスナ」
そっと呼びかける声にツクスナが顔を上げた。
小さく丸まった掛布の端から、小さな右手が出ている。
彼はふっと笑ってもう少し近く寄ると、何も言わずにその手を握った。
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