【完結】炎輪の姫巫女 〜教科書の片隅に載っていた少女の生まれ変わりだったようです〜

平田加津実

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奪われた想い出

卑劣な奇襲(二)

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 宮から迎えに出た軍が、負傷者と戦死者を連れ戻ったのは、西の空にうっすらと赤みが差す頃だった。

 身体のあちこちに赤く染まった布を巻き付けた武人達は、ざっと四十名。
 板に乗せられて運ばれてきた亡骸は三体。
 重傷者は斯馬国に置いてきていることも考えると、その被害は甚大なものだった。

 三人の死者は、東の小さな祭殿の高床の下に安置された。
 彼らは運ばれてきた板に横たえられ、上にムシロがかけられていた。
 悲しみに暮れる親族と思われる者たちが、それぞれの亡骸を囲んでいる。

「本当に行かれるのですか? 姫巫女はあまり人前には出ないものですが」
「今まではそうだったかもしれないけど、わたしは行きたい!」
「……辛い思いをしますよ」

 ルイカは上下ともに白い巫女装束を纏い、東の祭殿に向かっていた。
 相当の決意で足を進めていたのだが、祭殿の下に肩を寄せ合う人影を認めすすり泣きの声を耳にすると、その場に凍り付いたように動けなくなった。

「ルイカ、無理をしなくても……」

 ツクスナが後ろからそっと声をかけた。

 ルイカは俯いて唇をきゅっと結ぶと、くるりと向きを変えてもと来た道を少し戻った。
 そこに、白い穂のような満開の花をつけた、大きな波波迦の木があった。
 木を高く見上げ、その清楚な白い花の集まりを指差す。

「ツクスナ、あの花を三本切ってきて」
「この時代には、死者に花を手向ける風習はありませんが」
「いいの。わたしは、そうしたいの」

 彼は微かに微笑んで頷くと、木に登り、ちょうど良い咲き具合の枝を吟味して刀子で三本切った。
 そして、戻ってくるとルイカの前に跪き、その花を捧げ持った。
 ルイカは厳かに花を受け取ると、また東の祭殿に足を向けた。

 祭殿の下に集まっていた人々は、波波迦の花を手にした白装束の少女に気づくと、唖然とした表情になった。
 少女の後ろには、独特の文様を顔と身体に刻んだ屈強な男が控えている。
 少女が何者なのかは知らなくても、供を従えた凛とした威厳ある姿に、人々は畏れおののき身を寄せ合った。

 あどけない小さな子どもが、ぽかんとした顔でこっちを見ている。

 きっとこの子は父親を亡くしたのだろう。
 そう思うと、ルイカの胸が痛んだ。

「このお方は、姫巫女様であらせられる」

 跪いたツクスナが重々しく告げると、人々はひっと息を飲み、慌てて地面に額をこすりつけるようにひれ伏した。

「面を上げよ。わらわにひれ伏さずとも良い」

 震えそうになる声をこらえて、人々に優しく声をかけた。
 しかし、誰一人顔を上げることはなく、固く丸めた背中を小刻みに振るわせている。
 その間を、ルイカはゆっくりと歩いていく。

「この哀れな者たちに、せめて、花を捧げよう」

 わたしには、こんなことしかできない。

 やりきれない思いで、ムシロがかけられた亡骸の傍らに膝をつくと、手にした白い花を彼らの胸の上に一本置いた。
 目を閉じて、静かに祈りを捧げる。
 その後ろでツクスナも膝を折った。

 三本の花と祈りを捧げると、ルイカは静かにその場を去った。

 姫巫女の姿が遠く離れてから、人々はようやく涙の伝う顔を上げた。
 身分の低い自分たちに膝を折ってくれた高貴な姫巫女を、心から敬い崇拝する眼差しを向ける。

 じわりとした熱を背後に感じながら、ツクスナは目の前を歩くルイカを見つめていた。

 背を伸ばして真っすぐ前を見ながらも悲しみと強い憤りに震える小さな背中は、まぎれもなく、王となる者の後ろ姿であった。
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