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姫巫女の記憶とルイカの決意
誰より強い力(二)
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「そう言えばトシゴリ様が、将軍を引退したら姫巫女様に後を継がせたいと、おっしゃっていましたよ」
「は? なんで?」
彼がいきなり妙なことを言い出したので、ルイカが怪訝そうに掛布から顔を出した。
泣きはらした真っ赤な眼が痛々しかったが、ツクスナはにっと片頬を上げてみせる。
「昨晩のルイカは、あの場の誰よりも男前でしたからね」
「それって、褒めているの?」
不満そうに眉をひそめると、彼がふっと笑った。
「それより、昨晩の炎には驚きました。どうやって出したのですか?」
「え? どうやって……って、言われても」
自分でも、どうやったのか分からなかった。
自分の時代でヨウダキに襲われたときは、とにかく必死だったから、とっさに力を発揮できたのだろう。
イヨ姫が襲われたときも状況は同じだ。
しかし昨晩は、そんな危機的状況ではなかった。
「あのとき、単純に矢尻に火が点けばいいと、思って……」
昨晩のことを思い出しながら、すっと右手を前に出した。
ポッ——。
微かな音を立てて、人差し指の先に、蝋燭の火ほどの小さな金色の炎が灯る。
「えっ。うそっ!」
「あ……あぁ、素晴らしいです。ルイカ」
小さくとも眩く神々しい光を放つ炎を、二人は眼を細めて見つめた。
「しばらくそのままでいてください」
ツクスナが手を伸ばし指先で炎に触れた。
触れても大丈夫であることを確認して指を動かすと、その動きに合わせて炎が揺らめくが、消えたりはしない。
「やはり、熱くはありませんね。もう少し、大きな火にできますか?」
「やってみる」
じっと見つめると指先の炎は火勢を増し、ぐるぐると回転して、ルイカの頭と同じぐらいの大きさの火球になった。
まるで、雲に隠れて見えない太陽をそのまま移してきたかのような、密度のある眩い力の塊。
しかし。
「む……無理。これ以上は大きくならない」
どう頑張っても、ヨウダキに対抗したときのような、大きな炎を作り出すことはできなかった。
「でも、小さくすることは、できそう」
そう言うと、火の勢いはみるみる弱まり、豆粒ほどの小さな輝きになった。
「ルイカ、もう一方の手に私の砂を持っていますよね。それを、炎の上から落としてみてくれませんか」
「え? これを?」
よく分からないまま、握っていた銀色の砂を、微かな火の上にさらさらと落とす。
すると、小さな炎がいきなり音を立てて大きく燃え上がり、上にかざした左手を包み込んだ。
「きゃ……っ!」
驚いたルイカはとっさに左手を引いた。
瞬きの間に、炎はまた小さな火種に戻っている。
「なるほど。あなたの力には、そういう性質があるのですね」
ツクスナは興味深げにそう言うと、左手から砂を放ち、二人を取り巻く円柱状の銀色の壁を作り上げた。
「その炎で、この壁に触れてみてください」
「うん」
何が起こるのかは、もう予想できた。
ルイカは彼の顔を見上げてにっと笑うと、手を伸ばして炎の浮かぶ指先で銀色の壁に触れた。
ちっ……と微かな音を立てて壁に燃え移った炎は、一瞬で二人を取り巻き、轟音を立てて天をつく火柱になる。
その激しさに、物見櫓がぐらぐらと揺れた。
直後、何事もなかったかのように唐突に炎が消えると、ルイカは腰が抜けたように床にへたりこんだ。
予想はしていたものの、これほど威力があるとは思っていなかった。
「あ……ははは……。す、ごい。砂の力を燃やしてしまうのね」
「砂徒の力だけではありません」
現代で巨大な炎の力が発現したときは、砂の壁が取り囲み、その外側に蛇の姿を取った力がとぐろを巻いていた。
イヨ姫が襲われたときは、姫の周囲に砂の壁、ツクスナの身体に砂の盾、そして蛇の力も放出されていた。
「あ……。もしかして」
「そうです。あなたの炎は蛇の力にも、燃え移っていました。私の砂と蛇の力を巻き込んで、あれだけの爆発的な力になったのだと思います。おそらくあなたの炎は、他の力を燃やし尽くし浄化できるのでしょう。そう考えると、あなたの力は誰よりも強い」
「誰よりも、強い…………?」
「ええ、そうです」
「ヨウダキよりも? あの蛇の少年よりも?」
「はい。きっと」
ルイカは自分の両手をじっと見つめた。
ヨウダキを倒す手段を手に入れたことが嬉しかった。
同時に、この力を使う日がくることを思うと、身体が震えた。
そんなルイカの様子を見ていたツクスナの右手の指が、ぴくりと動いた。
しかし、これまでなら力づけるように肩や頭に置かれたその手は、身体の横に下ろされたまま動かなかった。
昨日、イヨ姫の最期の記憶に支配されたルイカが彼女の感情をぶつけてしまってから、彼との間に距離を感じるようになった。
彼女のひたむきな思いが、それと同じ強さで、彼を傷つけてしまったのかもしれない。
姫はきっと、そんなことを望んではいないのに——。
「さて、そろそろ館に戻りましょう。タダキが温かい朝餉を用意してくれているはずです」
ルイカは彼の顔と、見えない鎖に捕われているかのような彼の手を交互に見た。
「立たせて。ツクスナ」
そう言って伸ばした右手は、残酷なのかもしれない。
姫巫女がこう言えば、彼は立場上、拒むことができないのだから。
それでも、この手を取ってほしかった。
「はい」
彼は痛みを押し隠すような微笑を浮かべ、姫巫女の手を取った。
小さな子どもの手を完全に包み込んでしまう大きなごつごつとした手に、イヨ姫の記憶が懐かしさに震えた。
その記憶が無意識のうちに手を動かし、彼の中指と人差し指をぎゅっと握る。
ツクスナが、はっと目を見開いた。
「ひ……め」
彼は声にならない声で呟くと、顔を背ける。
「お腹が空いたわ。早く帰ろう」
ルイカはそれを見て見ぬ振りして笑顔を作ると、彼の手を引っ張って歩き出した。
「は? なんで?」
彼がいきなり妙なことを言い出したので、ルイカが怪訝そうに掛布から顔を出した。
泣きはらした真っ赤な眼が痛々しかったが、ツクスナはにっと片頬を上げてみせる。
「昨晩のルイカは、あの場の誰よりも男前でしたからね」
「それって、褒めているの?」
不満そうに眉をひそめると、彼がふっと笑った。
「それより、昨晩の炎には驚きました。どうやって出したのですか?」
「え? どうやって……って、言われても」
自分でも、どうやったのか分からなかった。
自分の時代でヨウダキに襲われたときは、とにかく必死だったから、とっさに力を発揮できたのだろう。
イヨ姫が襲われたときも状況は同じだ。
しかし昨晩は、そんな危機的状況ではなかった。
「あのとき、単純に矢尻に火が点けばいいと、思って……」
昨晩のことを思い出しながら、すっと右手を前に出した。
ポッ——。
微かな音を立てて、人差し指の先に、蝋燭の火ほどの小さな金色の炎が灯る。
「えっ。うそっ!」
「あ……あぁ、素晴らしいです。ルイカ」
小さくとも眩く神々しい光を放つ炎を、二人は眼を細めて見つめた。
「しばらくそのままでいてください」
ツクスナが手を伸ばし指先で炎に触れた。
触れても大丈夫であることを確認して指を動かすと、その動きに合わせて炎が揺らめくが、消えたりはしない。
「やはり、熱くはありませんね。もう少し、大きな火にできますか?」
「やってみる」
じっと見つめると指先の炎は火勢を増し、ぐるぐると回転して、ルイカの頭と同じぐらいの大きさの火球になった。
まるで、雲に隠れて見えない太陽をそのまま移してきたかのような、密度のある眩い力の塊。
しかし。
「む……無理。これ以上は大きくならない」
どう頑張っても、ヨウダキに対抗したときのような、大きな炎を作り出すことはできなかった。
「でも、小さくすることは、できそう」
そう言うと、火の勢いはみるみる弱まり、豆粒ほどの小さな輝きになった。
「ルイカ、もう一方の手に私の砂を持っていますよね。それを、炎の上から落としてみてくれませんか」
「え? これを?」
よく分からないまま、握っていた銀色の砂を、微かな火の上にさらさらと落とす。
すると、小さな炎がいきなり音を立てて大きく燃え上がり、上にかざした左手を包み込んだ。
「きゃ……っ!」
驚いたルイカはとっさに左手を引いた。
瞬きの間に、炎はまた小さな火種に戻っている。
「なるほど。あなたの力には、そういう性質があるのですね」
ツクスナは興味深げにそう言うと、左手から砂を放ち、二人を取り巻く円柱状の銀色の壁を作り上げた。
「その炎で、この壁に触れてみてください」
「うん」
何が起こるのかは、もう予想できた。
ルイカは彼の顔を見上げてにっと笑うと、手を伸ばして炎の浮かぶ指先で銀色の壁に触れた。
ちっ……と微かな音を立てて壁に燃え移った炎は、一瞬で二人を取り巻き、轟音を立てて天をつく火柱になる。
その激しさに、物見櫓がぐらぐらと揺れた。
直後、何事もなかったかのように唐突に炎が消えると、ルイカは腰が抜けたように床にへたりこんだ。
予想はしていたものの、これほど威力があるとは思っていなかった。
「あ……ははは……。す、ごい。砂の力を燃やしてしまうのね」
「砂徒の力だけではありません」
現代で巨大な炎の力が発現したときは、砂の壁が取り囲み、その外側に蛇の姿を取った力がとぐろを巻いていた。
イヨ姫が襲われたときは、姫の周囲に砂の壁、ツクスナの身体に砂の盾、そして蛇の力も放出されていた。
「あ……。もしかして」
「そうです。あなたの炎は蛇の力にも、燃え移っていました。私の砂と蛇の力を巻き込んで、あれだけの爆発的な力になったのだと思います。おそらくあなたの炎は、他の力を燃やし尽くし浄化できるのでしょう。そう考えると、あなたの力は誰よりも強い」
「誰よりも、強い…………?」
「ええ、そうです」
「ヨウダキよりも? あの蛇の少年よりも?」
「はい。きっと」
ルイカは自分の両手をじっと見つめた。
ヨウダキを倒す手段を手に入れたことが嬉しかった。
同時に、この力を使う日がくることを思うと、身体が震えた。
そんなルイカの様子を見ていたツクスナの右手の指が、ぴくりと動いた。
しかし、これまでなら力づけるように肩や頭に置かれたその手は、身体の横に下ろされたまま動かなかった。
昨日、イヨ姫の最期の記憶に支配されたルイカが彼女の感情をぶつけてしまってから、彼との間に距離を感じるようになった。
彼女のひたむきな思いが、それと同じ強さで、彼を傷つけてしまったのかもしれない。
姫はきっと、そんなことを望んではいないのに——。
「さて、そろそろ館に戻りましょう。タダキが温かい朝餉を用意してくれているはずです」
ルイカは彼の顔と、見えない鎖に捕われているかのような彼の手を交互に見た。
「立たせて。ツクスナ」
そう言って伸ばした右手は、残酷なのかもしれない。
姫巫女がこう言えば、彼は立場上、拒むことができないのだから。
それでも、この手を取ってほしかった。
「はい」
彼は痛みを押し隠すような微笑を浮かべ、姫巫女の手を取った。
小さな子どもの手を完全に包み込んでしまう大きなごつごつとした手に、イヨ姫の記憶が懐かしさに震えた。
その記憶が無意識のうちに手を動かし、彼の中指と人差し指をぎゅっと握る。
ツクスナが、はっと目を見開いた。
「ひ……め」
彼は声にならない声で呟くと、顔を背ける。
「お腹が空いたわ。早く帰ろう」
ルイカはそれを見て見ぬ振りして笑顔を作ると、彼の手を引っ張って歩き出した。
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