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姫巫女の記憶とルイカの決意
黄金の炎を纏う矢(二)
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「……くっ」
苦しげに肩を震わせる姫巫女の様子に、その場が騒然となった。
ツクスナが慌てて座を立ち、駆け寄ってくる。
「姫様! いかがなされましたか?」
ツクスナが心配そうに声をかけ、両肩に手を添えて姫巫女の身体を起こした。
姫巫女は怒りと悔しさで、唇をわなわなと振るわせている。
「口惜しや……。何も、読めぬわ」
姫巫女のあえぎながらの言葉に、集まった男達の間に動揺が広がる。
場のざわめきが徐々に大きくなっていく。
「姫巫女様が、市などという下賎な場所に出かけられるから、巫女の力を失くされたのではありませぬか」
左の列の中央付近から、突然、冷ややかな声が上がった。
「おい、ノクビ、なんということを……」
「そもそも、姫巫女様が宮を出られなければ、このような事態も……」
周囲が慌ててたしなめても暴言は止まらず、やむなく声の主の左右の男が口を押さえるなどして言葉を封じた。
姫巫女はぴくりと身体を動かすと、ツクスナの腕を振りほどくようにして立ち上がった。
再度、祭壇に向かって占の手順を踏むと、結果を示す卜骨を左手に、美しく整った幼い顔に微笑を浮かべて振り向く。
「ノクビ。先程、そなたの二番目の妻に、初めて男子が生まれたようじゃの? まだ、赤児の顔を見ておらぬのであろう?」
口元に笑みを乗せて告げられた姫巫女の言葉に、ノクビは驚きに目を見開いた。
言葉が出せずに口をぱくぱくとさせている。
実際、彼は軍議の始まる直前に、その知らせを受けていた。
そのことはまだ宮の誰にも話しておらず、姫巫女が知っているはずはなかった。
「ほう、それはまことか」
オシヒコ王が髭をなでながらノクビに目をやると、男はがばりと顔を伏せた。
震える声でそれを肯定する。
「そうか、男子か。それはめでたいことだ。ならばノクビ。今これから、赤児の顔を見てくるが良い」
王のかけた優しげな言葉に、ひれ伏したままのノクビは逆に震え上がった。
周りで見守る男達は、声音とはうらはらの王の冷たい表情に、背筋を凍らせた。
姫巫女の涼やかなたたずまいもまた、恐ろしかった。
「……いえ、軍議が終わりましてからで……」
「もう良い。下がれ」
静まり返った中に、王の突き放すような重い声が響く。
ノクビはうつむいたまま、よろよろと立ち上がった。
「ノクビ。後ほど、わらわから祝いの品をもたせようぞ」
背中を見せて立ち去ろうとする男に、姫巫女が追い打ちのように優しげな声をかけた。
男の姿が暗がりに消えると、姫巫女は祭壇を背に静かに膝を折り姿勢を正した。
その左右に二人の巫女が同じ姿勢で控え、ツクスナは少し端に下がった。
姫巫女がゆっくりと、目の前に並ぶ男達を見回すと、辺りが水を打ったように静まり返った。
「先程占じた三つの卜骨には、全く同じ相が現れておる。九徒の行方を、間違いなく示しておる。しかし、わらわはそれを読み解くことができぬ」
姫巫女は厳かな声でそう言うと、左右の巫女に問うような視線を向けた。
「わたくしにも、できませんでした。何やら黒いものが邪魔をするのでございます」
「わたくしもです。このようなことは初めてでございます」
二人の巫女は口々にそう言い、青ざめた顔を伏せた。
「先程ノクビを占じた時には、なんの障りもなかった。わらわの占の力が弱まった訳ではない。今回の事件に関わることにのみ、得体の知れぬ力が邪魔をしておるようじゃ」
ルイカは膝に置いた両手を、震えるほどに握りしめた。
腹立たしさに叫びだしたい気持ちを必死に押さえ、姫巫女らしく振る舞い、俯いて声を振り絞る。
「わらわには、それ以上は分からぬ。蛇の力に屈するとは……なんと、口惜しい」
「そうか……」
オシヒコ王が髭を撫でながら、姫巫女に気遣いのこもる視線を向けた。
「姫。もうよい。何度も占じて疲れたであろう。もう夜も遅い。館に戻って、ゆっくりと休まれよ」
その言葉に、ルイカが王を見上げるように顔を上げた。
王は姫巫女の炎を浮かべたような瞳を受け止めながらも、静かに首を横に振る。
姫巫女は悔しげに唇を噛み、立ち上がった。
「……あっ……」
自分では大丈夫なつもりでいたが、やはり神経をすり減らしていたらしく足元がふらついた。
慌てて腰を浮かせたツクスナに、背中を支えられる。
「大丈夫ですか? ルイカ」
そっと耳元で囁く心配そうな声に、ルイカが頷いた。
「もう、館にお戻りください。ですが、申し訳ありませんが、私はお供できません」
そう言うと彼は、高官達の後ろに跪いている影に声をかけた。
「ヤナナ」
突然名を呼ばれ、彼女はびくりとしたように顔を上げた。
その顔には、驚きだけでなく、疲労と焦燥が色濃く見える。
物見櫓の上から見た、颯爽とした姿とのあまりの差に、ルイカは息を飲んだ。
「私はまだ、この場を離れる訳にはいかない。姫様を館までお送りして、私が戻るまで館の戸口での警護を頼む」
「わたしが……ですか?」
「ああ、そうだ。頼む」
ヤナナは迷うように視線をさまよわせたが、軍の上官である弐徒の指示を拒否することは許されない。
少し間を置いて、掠れた声で了承した。
苦しげに肩を震わせる姫巫女の様子に、その場が騒然となった。
ツクスナが慌てて座を立ち、駆け寄ってくる。
「姫様! いかがなされましたか?」
ツクスナが心配そうに声をかけ、両肩に手を添えて姫巫女の身体を起こした。
姫巫女は怒りと悔しさで、唇をわなわなと振るわせている。
「口惜しや……。何も、読めぬわ」
姫巫女のあえぎながらの言葉に、集まった男達の間に動揺が広がる。
場のざわめきが徐々に大きくなっていく。
「姫巫女様が、市などという下賎な場所に出かけられるから、巫女の力を失くされたのではありませぬか」
左の列の中央付近から、突然、冷ややかな声が上がった。
「おい、ノクビ、なんということを……」
「そもそも、姫巫女様が宮を出られなければ、このような事態も……」
周囲が慌ててたしなめても暴言は止まらず、やむなく声の主の左右の男が口を押さえるなどして言葉を封じた。
姫巫女はぴくりと身体を動かすと、ツクスナの腕を振りほどくようにして立ち上がった。
再度、祭壇に向かって占の手順を踏むと、結果を示す卜骨を左手に、美しく整った幼い顔に微笑を浮かべて振り向く。
「ノクビ。先程、そなたの二番目の妻に、初めて男子が生まれたようじゃの? まだ、赤児の顔を見ておらぬのであろう?」
口元に笑みを乗せて告げられた姫巫女の言葉に、ノクビは驚きに目を見開いた。
言葉が出せずに口をぱくぱくとさせている。
実際、彼は軍議の始まる直前に、その知らせを受けていた。
そのことはまだ宮の誰にも話しておらず、姫巫女が知っているはずはなかった。
「ほう、それはまことか」
オシヒコ王が髭をなでながらノクビに目をやると、男はがばりと顔を伏せた。
震える声でそれを肯定する。
「そうか、男子か。それはめでたいことだ。ならばノクビ。今これから、赤児の顔を見てくるが良い」
王のかけた優しげな言葉に、ひれ伏したままのノクビは逆に震え上がった。
周りで見守る男達は、声音とはうらはらの王の冷たい表情に、背筋を凍らせた。
姫巫女の涼やかなたたずまいもまた、恐ろしかった。
「……いえ、軍議が終わりましてからで……」
「もう良い。下がれ」
静まり返った中に、王の突き放すような重い声が響く。
ノクビはうつむいたまま、よろよろと立ち上がった。
「ノクビ。後ほど、わらわから祝いの品をもたせようぞ」
背中を見せて立ち去ろうとする男に、姫巫女が追い打ちのように優しげな声をかけた。
男の姿が暗がりに消えると、姫巫女は祭壇を背に静かに膝を折り姿勢を正した。
その左右に二人の巫女が同じ姿勢で控え、ツクスナは少し端に下がった。
姫巫女がゆっくりと、目の前に並ぶ男達を見回すと、辺りが水を打ったように静まり返った。
「先程占じた三つの卜骨には、全く同じ相が現れておる。九徒の行方を、間違いなく示しておる。しかし、わらわはそれを読み解くことができぬ」
姫巫女は厳かな声でそう言うと、左右の巫女に問うような視線を向けた。
「わたくしにも、できませんでした。何やら黒いものが邪魔をするのでございます」
「わたくしもです。このようなことは初めてでございます」
二人の巫女は口々にそう言い、青ざめた顔を伏せた。
「先程ノクビを占じた時には、なんの障りもなかった。わらわの占の力が弱まった訳ではない。今回の事件に関わることにのみ、得体の知れぬ力が邪魔をしておるようじゃ」
ルイカは膝に置いた両手を、震えるほどに握りしめた。
腹立たしさに叫びだしたい気持ちを必死に押さえ、姫巫女らしく振る舞い、俯いて声を振り絞る。
「わらわには、それ以上は分からぬ。蛇の力に屈するとは……なんと、口惜しい」
「そうか……」
オシヒコ王が髭を撫でながら、姫巫女に気遣いのこもる視線を向けた。
「姫。もうよい。何度も占じて疲れたであろう。もう夜も遅い。館に戻って、ゆっくりと休まれよ」
その言葉に、ルイカが王を見上げるように顔を上げた。
王は姫巫女の炎を浮かべたような瞳を受け止めながらも、静かに首を横に振る。
姫巫女は悔しげに唇を噛み、立ち上がった。
「……あっ……」
自分では大丈夫なつもりでいたが、やはり神経をすり減らしていたらしく足元がふらついた。
慌てて腰を浮かせたツクスナに、背中を支えられる。
「大丈夫ですか? ルイカ」
そっと耳元で囁く心配そうな声に、ルイカが頷いた。
「もう、館にお戻りください。ですが、申し訳ありませんが、私はお供できません」
そう言うと彼は、高官達の後ろに跪いている影に声をかけた。
「ヤナナ」
突然名を呼ばれ、彼女はびくりとしたように顔を上げた。
その顔には、驚きだけでなく、疲労と焦燥が色濃く見える。
物見櫓の上から見た、颯爽とした姿とのあまりの差に、ルイカは息を飲んだ。
「私はまだ、この場を離れる訳にはいかない。姫様を館までお送りして、私が戻るまで館の戸口での警護を頼む」
「わたしが……ですか?」
「ああ、そうだ。頼む」
ヤナナは迷うように視線をさまよわせたが、軍の上官である弐徒の指示を拒否することは許されない。
少し間を置いて、掠れた声で了承した。
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