【完結】炎輪の姫巫女 〜教科書の片隅に載っていた少女の生まれ変わりだったようです〜

平田加津実

文字の大きさ
上 下
29 / 69
姫巫女の記憶とルイカの決意

最期の記憶(一)

しおりを挟む
 五日後、ルイカは宮にいちばん近い市に限り、外出を許可された。

「どうして、姫巫女様がこのようなお姿をなさらなければならないのですか」

 侍婢頭のタダキが、ふくよかな身体を揺すって不満をあらわにした。
 彼女はイヨ姫が宮に引き取られてきた当初から、姫に仕えている。
 長年慈しんだ大事な姫に、ましてや永い眠りから目覚めたばかりの主に、みすぼらしい姿をさせることが腹立たしいらしく、先ほどから延々とぼやいている。

 柔らかな茜色の絹の衣から、粗末な生成りの腰布と貫頭の衣に着替える。
 王族を表す貝紫の鮮やかな腰帯の代わりに、麻紐を前で結ぶ。
 美しい飾り物は全て取り外し、長い髪は色のない組紐で後ろで一つに束ねられた。
 麻で荒く織られた衣はほどよくくたびれて、肌触りは悪くない。
 ほっそりとした手足がむき出しになり、風通りが良すぎてすーすーするが、手足にまとわりつく動きづらい衣装や、じゃらじゃらする飾り物から解放されて、ルイカは満足だった。

「この衣は動きやすうて、なかなか良いわ。わらわは気に入った」

 イヨ姫の言葉遣いで、おっとりと微笑んでみせる。
 しかし、言葉と表情が同じだけで、話す内容はまるで別人。
 そもそも、姫巫女がこんな姿をすることも、宮の外に出て行くことも、前代未聞なのだ。

「ああ、なげかわしや。今すぐにでも、元のお姿にお召し替えさせとうございます」

 タダキは大いに嘆くと、出てもいない涙を拭う振りをした。
 ルイカは後ろを向くと、こっそり舌を出した。

「姫様、もうよろしいでしょうか」

 館の外からツクスナの声がした。
 タダキに次いで姫の側仕えとして長いツクスナは、男でありながら姫の館に入ることを許されているが、お召し替え中ということで外で待っていた。

 ルイカが侍婢たちに見送られて館の外に出ると、跪いて待っていたツクスナがすっと立ち上がった。

 彼もまた、いつもと違った格好をしていた。
 普段、後ろで一つに束ねている髪は、耳の前で雑な美豆良に結ってある。
 着ている衣はくたびれた貫頭衣のみ。
 いつもの紺青の腰帯や、素環頭大刀は身につけていない。
 衣の裾から、砂の文様が刻まれた長い両足がにゅっとのぞいていた。

「ツクスナ、その姿、よう似合うておるわ」

 笑いをかみ殺しながら感想と逆のことを言うと、彼はむうっと眉をひそめた後、朗らかな笑顔を見せた。

「さすが姫巫女様は、そのようなお姿もお可愛らしい。ですが、これではいささか、お綺麗すぎるかと。……失礼いたします」

 彼はルイカの後ろに回ると、髪を結んでいた組紐を解いて、美しく整えられていた黒髪を両手でぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
 そして、無造作に一つに束ね直すと、確認するように顔を覗き込む。

 しかし、いくらみすぼらしい姿をさせ髪を乱しても、姫巫女として育てられた品の良さは隠せないどころか、かえって際立つほどだった。

「うーん。困りましたね」

 彼は腕組みをしてしばらく考えた後、あっけにとられている女たちを放置して館に入っていった。

 ほどなくして戻ってきたツクスナは、膝をつくと、ルイカの頬を掌で撫でた。
 姫巫女の透き通るような白い頬が、黒く汚されていく。

「な、なんじゃ? ツクスナ」

 何をしているのか分からないが、肌にざらついた感触を覚え、ルイカが驚いた顔で目をぱちくりさせた。

「弐徒! 姫様になんということを!」
「姫様はあまりにお綺麗ですから、こうでもしておかないと、ムラに出たときに目立って危険でしょう?」

 目を剥くタダキにしれっと答えながら、ツクスナは両手につけた煤を、ルイカの顔や首、両腕になすり付けていく。

「ふふふ。よい。これも面白いではないか」

 ルイカは煤を塗りたくられる自分や侍婢たちの反応が面白くて仕方なかったが、爆笑する訳にもいかず、無理やり押さえつけた微笑を浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。 再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた― これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。 史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。 不定期更新です。 SFとなっていますが、歴史物です。 小説家になろうでも掲載しています。

東へ征(ゆ)け ―神武東征記ー

長髄彦ファン
歴史・時代
日向の皇子・磐余彦(のちの神武天皇)は、出雲王の長髄彦からもらった弓矢を武器に人喰い熊の黒鬼を倒す。磐余彦は三人の兄と仲間とともに東の国ヤマトを目指して出航するが、上陸した河内で待ち構えていたのは、ヤマトの将軍となった長髄彦だった。激しい戦闘の末に長兄を喪い、熊野灘では嵐に遭遇して二人の兄も喪う。その後数々の苦難を乗り越え、ヤマト進撃を目前にした磐余彦は長髄彦と対面するが――。 『日本書紀』&『古事記』をベースにして日本の建国物語を紡ぎました。 ※この作品はNOVEL DAYSとnoteでバージョン違いを公開しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

『神山のつくば』〜古代日本を舞台にした歴史ロマンスファンタジー〜

うろこ道
恋愛
【完結まで毎日更新】 時は古墳時代。 北の大国・日高見国の王である那束は、迫る大和連合国東征の前線基地にすべく、吾妻の地の五国を順調に征服していった。 那束は自国を守る為とはいえ他国を侵略することを割り切れず、また人の命を奪うことに嫌悪感を抱いていた。だが、王として国を守りたい気持ちもあり、葛藤に苛まれていた。 吾妻五国のひとつ、播埀国の王の首をとった那束であったが、そこで残された后に魅せられてしまう。 后を救わんとした那束だったが、后はそれを許さなかった。 后は自らの命と引き換えに呪いをかけ、那束は太刀を取れなくなってしまう。 覡の卜占により、次に攻め入る紀国の山神が呪いを解くだろうとの託宣が出る。 那束は従者と共に和議の名目で紀国へ向かう。山にて遭難するが、そこで助けてくれたのが津久葉という洞窟で獣のように暮らしている娘だった。 古代日本を舞台にした歴史ロマンスファンタジー。

ラスト・シャーマン

長緒 鬼無里
歴史・時代
 中国でいう三国時代、倭国(日本)は、巫女の占いによって統治されていた。  しかしそれは、巫女の自己犠牲の上に成り立つ危ういものだった。  そのことに疑問を抱いた邪馬台国の皇子月読(つくよみ)は、占いに頼らない統一国家を目指し、西へと旅立つ。  一方、彼の留守中、女大王(ひめのおおきみ)となって国を守ることを決意した姪の壹与(いよ)は、占いに不可欠な霊力を失い絶望感に伏していた。  そんな彼女の前に、一人の聡明な少年が現れた。

処理中です...