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古代からの襲撃

時の狭間(一)

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 真円に少し足りない月が、西の空から冴え冴えとした光を降らせていた。
 真夜中の住宅街はいくつかの窓に明かりが見えるものの、ひっそりと静まり返っている。

「こんな夜中に頻繁に外に出るのは、あまり感心しませんね」

 ツクスナはたしなめるように言いながらも、リビングから外に出てきた留以花を迎えるように、ラティスの陰から立ち上がった。

「だって……」

 留以花はそれ以上は言わずに、いつものようにウッドデッキに腰掛けた。
 彼もまた、いつものように隣に腰を下ろした。

 日が経つにつれて、留以花はいてもたってもいられないような強烈な焦燥感に駆られていった。
 まるで、残りがどれくらいあるのか分からない、カウントダウンのただ中にいるようだ。
 見えない恐怖がいつも背中に貼り付いて、様子をうかがっている。
 いつ敵に襲われるかと思いながら過ごす緊張感は、かなりの重圧だった。

 だから、彼のそばにいたかった。
 彼なら自分を守ってくれると信じていたから、少し肩の力を抜くことができた。

 ツクスナは一旦、問いかけるような視線を向けてきたが、留以花が何も話さなかったため、芝生に視線を落とした。

 彼は必要なこと以外、自分から話しかけることはなかった。
 留以花が黙っていれば、延々と静かな時間が流れていく。
 それでも、気まずいとか居心地が悪いということはない。
 こんな時、彼は空気のような存在で、そこにいた。

 話しかければ、彼はきちんと向き合って答えてくれる。
 声をかけなくても視線を向ければ、すぐに気づいて優しい瞳で問いかけてくれる。

 きっと、ずっとこういう風に、姫の傍らに控えていた人なのだろう。
 一歩引いているようで、すごく近い絶妙の距離感で、姫を大切に見守っていた人なのだろう。

 いつも、こんな感じで……。

「どうかしましたか? ルイカ」

 ツクスナが振り向いた。

「え?」

 彼と目が合って、はっとした。
 無意識に彼を見つめていたことに気づいて、うろたえる。

 どうしよう。
 何を話そう?

「あ……えっと。ツクスナって、どうやって砂を出しているのかな……って?」

 動揺をごまかすためにとっさに口から出たのは、常々疑問に思っていたことだった。

「そうですね。あまり深く考えたことはなかったですが」

 彼は真面目な顔つきでしばらく考え込んだ後、左手をすっと前に伸ばした。

「例えば、何か物を掴もうと思ったら、こうやって手を伸ばし、五本の指を動かす。対象が重いものなら腕に力を入れる。けれども、そんなことはいちいち考えないでしょう? それと同じことを砂の力でやる……そんな感じでしょうか」
「う……」

 留以花が眉をひそめると、彼が困った顔をして頭を掻いた。

「うーん。伝わりませんか? 普段、あまり意識していないことなので、説明が難しくて」
「ううん。なんとなく分かるけど、それって、逆に難しくない? 強く念じればいいっていうんだったら、わたしにもできるかな……って思ったのに」
「念じて、というのは違いますね。自分の身体の一部を動かすのと同じように、自然にやっていることです」
「そっか……」

 留以花はがっかりした。

 敵に対抗する術を身につければ、このどうしようもない不安も少しは和らぐと思ったのに……。

 右の掌を、目の前で閉じたり開いたりしてみる。

 この手から炎を出せるなんて、到底思えなかった。
 眠っている力があるとも思えない。
 自分が炎をまとっている姿を見たという彼の言葉すら、何かの間違いじゃないかと思えてくる。

「そう言えば……」

 留以花の思い悩む様子を横目で見ていたツクスナが、何かを思い出したように、軽く握った右手を目の高さに上げた。
 彼の指の間から細かな銀色の粒が月影を弾きながら滑り落ち、膝の上で小さく跳ねた。

「やっぱり」
「どうしたの?」

 驚いたように目を見張った彼の顔を、留以花が怪訝そうに覗き込んだ。

「本来、砂徒の力は左腕に宿るものなのです。私も左手しか使えなかったのですが、ほら、今は右手も使える。これなら、両腕であなたを守ることができます」

 彼が満足そうに笑って、留以花を見つめ返した。

 右の掌からこぼれた砂が、空中に巻き上がる。
 砂は渦巻きながら二人の間に集まり、ピンポン玉ぐらいの大きさに丸くまとまった。

 表面が細かく波打ち繊細な銀色の光を放つ球体は、西の空に輝く月をそのまま小さくしたようだ。

「うわ、すごい……。きれい」

 留以花が瞳を輝かせて、その月を受け止めようと両手を差し出した。

「あなたの力は、この間のように本当に必要なときに現れて、あなたを守ってくれるはずです。私もそばについています。だから、焦らなくてもいいのです」

 小さな月が、ふわりと留以花の両手に下りてきて、掌の上で小さな銀色の山になった。
 留以花はその砂をしばらく見つめた後、両手でぎゅっと握りしめた。

「うん……」

 そして祈るように、握った手を唇に押し当て瞳を閉じた。

 彼の砂が、手の中で微かな優しい音を立てる。
 彼の視線を右の頬に感じる。
 きっとまた、あの穏やかな瞳で見ていてくれるのだろう。

 身体にまとわりついていた不安や焦りが、溶けて流れていく。
 温かく優しいもので、心が満たされていく。

 ——こんな夜が、ずっと続けばいいのに。

 しかし、カウントダウンは、いつか必ずゼロになるのだ。
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