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古代からの襲撃
蛇の鱗の文様(一)
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二学期の中間試験の一日目が終わり、緊張感から解放された生徒達がぞろぞろと校舎から出てきた。
テスト期間は全学年が正午過ぎに一斉に下校する。
いつもより混雑した校門付近は、満足そうな顔や肩を落とす姿などそれぞれだった。
昼過ぎの明るい日差しの中、留以花は、近所に住む親友の紗季と一緒に歩いていた。
「うーん。駄目だ。数学が壊滅的……」
留以花が呻きながら頭を抱えた。
成績は決して悪くはないのだが、新学期が始まってからいろいろなことが起こりすぎて勉強が全く手につかなかったから、当然の結果だった。
「ルイカにしちゃ、珍しいよね。でも、いろいろあったから、今回はしょうがないんじゃない?」
紗季は、そう慰めながらちらりと後ろを振り返った。
彼女は『いろいろ』の原因、皓太がすぐ後ろを歩いていることに気づいていた。
彼女もまた、彼とは幼馴染みのようなものだから、気楽に声をかける。
「コウ。あんた、テストどうだった?」
「あー、そんなん、できる訳ないじゃん」
あっけらかんと答える皓太の声に、留以花も振り返る。
紗季がにやにやしながら、少し戻って皓太に近づくと何事かを耳打ちした。
「は? な、なっ……。関係ないだろ!」
「ふふーん。そお?」
「そ、そうだよっ。お前、いつも、うっせーんだよ!」
何を言われたのかは分からないが、皓太は顔を赤らめ、うろたえた顔を見せた。
紗季は昔から皓太の天敵のような存在で、いつも彼をからかって面白がっていた。
かといって、仲が悪いという訳ではなく、こんなじゃれ合いも日常の一部だった。
しかし今、紗季と言い合っているのは皓太ではない。
ツクスナが「皓太の記憶があるから、彼のふりをするのは難しくない」と言っていたが、誰が見ても、どこから見ても皓太にしか見えない。
紗季だって、目の前の彼が別人だなんて、思いもしないだろう。
留以花は最初の頃、皓太の表情をしたツクスナを見るのが辛かった。
しかし、日が経つにつれて少しずつ慣れ、胸の痛みもなんとかやり過ごせるようになっていた。
三人は途中まで、帰り道が同じだった。
女の子二人がおしゃべりしながら歩く少し後ろを、ツクスナが皓太の表情で歩いていた。
閑静な住宅街は、お昼の時間帯のせいか、ほとんど人の姿がなかった。
紗季と別れる交差点に差し掛かった時、足元が大きく揺らぎ、総毛立つような感覚が留以花とツクスナを襲った。
「なに?」
突如、空中に蛇の鱗の文様が出現し、留以花と紗季をぐるりと取り囲む。
「きゃぁぁー!」
「ルイカ! 紗季!」
ツクスナが慌てて左手をかざしたが間に合わない。
二人は黒く禍々しい鱗の檻に、あっという間に捕われてしまった。
それでも彼は、左手で砂を放った。
檻の外側を砂の力で覆うことができれば、おそらく檻は消滅する。
しかし、放った砂は何も形作ることができず、檻に触れた瞬間に蒸発するかのように消えていく。
「くそっ……こんな」
ツクスナは呆然とした。
これほど圧倒的な力は、これまで経験したことがなかった。
檻の中では、紗季が膝から力なく崩れていった。
「紗季っ! しっかり!」
留以花が手を伸ばして紗季を支えようとすると、その腕を彼女がいきなり掴んだ。
思いがけないほどの、強い力に顔をしかめる。
「紗季? ……じゃない」
ゆらりと立ち上がった紗季は右手をついと伸ばし、冷たい指先で留以花の顎を持ち上げた。
彼女の顔の左半分に、蛇の鱗の文様が浮かび上がっていた。
「ほぅ……なるほど。やはり、大きな力を持っておるようじゃな。イヨ姫」
親友とは違う、地の底から響くような低い女の声に、背筋が凍る。
「誰!」
留以花が、顎にかかった女の手を振り払った。
「わらわはヨウダヒ。次の世の女王となる者」
親友の顔に妖気を貼り付かせた女の眼は、異様な暗い光に満ちていた。
口元には歪んだ笑みを浮かべている。
「やはり、殺すにはもったいないほどの力よのぉ。どうじゃイヨ姫、わらわと手を組まぬか。お前とわらわの力があれば、この世のすべてを手にできよう」
「嫌よ!」
留以花がきっとした眼で女を睨み、両手を硬く握りしめた。
「これまでのことは全部、あんたがやったことなの? あんたの……あんたのせいでコウが……」
女は、舌の先で上唇をぐるりと舐めた。
「ふふふふ……。良い眼をしておるわ。さあ、わらわのもとに来るか? わらわに従うのであれば、今すぐお前の魂をここから連れ往こう」
「嫌だって言ったでしょ! 誰があんたなんかと!」
「そうか、強情な娘じゃの。それなら……」
女は制服のスカーフをするりと抜き取ると、自分の首に巻き付けた。
「何を……するの」
「この娘の命と引き換えでは、どうじゃ?」
「やめてぇぇ!」
留以花が絶叫した。
紗季自身の手がスカーフの両端を引き、首をギリギリと締め詰める。
彼女の苦痛に歪んだ顔が天を仰ぎ、身体が震え始める。
「……さあ、応えよ」
女の声は、今度は紗季の口からではなく、直接、留以花の頭の中に響いてきた。
頭が刺すように痛む。
「やめ……て。やめて! 紗季を返して!」
留以花が頭を抱えて叫んだ。
「このままでは、この娘はお前のせいで死ぬのじゃぞ。お前は友を見捨てるのか?」
「いや! 紗季は関係ないじゃない! 元に戻して!」
「応えよ! 一緒に行くと言うが良い」
「嫌! 行かない! あんたの言う通りにはならない! 私は……あんたを」
留以花の瞳に鋭い光が宿り、周囲の空気が急激に膨張した。
吹き上がる風が、髪を巻き上げる。
留以花の輪郭が、金色の煌めきに縁取られていく——。
テスト期間は全学年が正午過ぎに一斉に下校する。
いつもより混雑した校門付近は、満足そうな顔や肩を落とす姿などそれぞれだった。
昼過ぎの明るい日差しの中、留以花は、近所に住む親友の紗季と一緒に歩いていた。
「うーん。駄目だ。数学が壊滅的……」
留以花が呻きながら頭を抱えた。
成績は決して悪くはないのだが、新学期が始まってからいろいろなことが起こりすぎて勉強が全く手につかなかったから、当然の結果だった。
「ルイカにしちゃ、珍しいよね。でも、いろいろあったから、今回はしょうがないんじゃない?」
紗季は、そう慰めながらちらりと後ろを振り返った。
彼女は『いろいろ』の原因、皓太がすぐ後ろを歩いていることに気づいていた。
彼女もまた、彼とは幼馴染みのようなものだから、気楽に声をかける。
「コウ。あんた、テストどうだった?」
「あー、そんなん、できる訳ないじゃん」
あっけらかんと答える皓太の声に、留以花も振り返る。
紗季がにやにやしながら、少し戻って皓太に近づくと何事かを耳打ちした。
「は? な、なっ……。関係ないだろ!」
「ふふーん。そお?」
「そ、そうだよっ。お前、いつも、うっせーんだよ!」
何を言われたのかは分からないが、皓太は顔を赤らめ、うろたえた顔を見せた。
紗季は昔から皓太の天敵のような存在で、いつも彼をからかって面白がっていた。
かといって、仲が悪いという訳ではなく、こんなじゃれ合いも日常の一部だった。
しかし今、紗季と言い合っているのは皓太ではない。
ツクスナが「皓太の記憶があるから、彼のふりをするのは難しくない」と言っていたが、誰が見ても、どこから見ても皓太にしか見えない。
紗季だって、目の前の彼が別人だなんて、思いもしないだろう。
留以花は最初の頃、皓太の表情をしたツクスナを見るのが辛かった。
しかし、日が経つにつれて少しずつ慣れ、胸の痛みもなんとかやり過ごせるようになっていた。
三人は途中まで、帰り道が同じだった。
女の子二人がおしゃべりしながら歩く少し後ろを、ツクスナが皓太の表情で歩いていた。
閑静な住宅街は、お昼の時間帯のせいか、ほとんど人の姿がなかった。
紗季と別れる交差点に差し掛かった時、足元が大きく揺らぎ、総毛立つような感覚が留以花とツクスナを襲った。
「なに?」
突如、空中に蛇の鱗の文様が出現し、留以花と紗季をぐるりと取り囲む。
「きゃぁぁー!」
「ルイカ! 紗季!」
ツクスナが慌てて左手をかざしたが間に合わない。
二人は黒く禍々しい鱗の檻に、あっという間に捕われてしまった。
それでも彼は、左手で砂を放った。
檻の外側を砂の力で覆うことができれば、おそらく檻は消滅する。
しかし、放った砂は何も形作ることができず、檻に触れた瞬間に蒸発するかのように消えていく。
「くそっ……こんな」
ツクスナは呆然とした。
これほど圧倒的な力は、これまで経験したことがなかった。
檻の中では、紗季が膝から力なく崩れていった。
「紗季っ! しっかり!」
留以花が手を伸ばして紗季を支えようとすると、その腕を彼女がいきなり掴んだ。
思いがけないほどの、強い力に顔をしかめる。
「紗季? ……じゃない」
ゆらりと立ち上がった紗季は右手をついと伸ばし、冷たい指先で留以花の顎を持ち上げた。
彼女の顔の左半分に、蛇の鱗の文様が浮かび上がっていた。
「ほぅ……なるほど。やはり、大きな力を持っておるようじゃな。イヨ姫」
親友とは違う、地の底から響くような低い女の声に、背筋が凍る。
「誰!」
留以花が、顎にかかった女の手を振り払った。
「わらわはヨウダヒ。次の世の女王となる者」
親友の顔に妖気を貼り付かせた女の眼は、異様な暗い光に満ちていた。
口元には歪んだ笑みを浮かべている。
「やはり、殺すにはもったいないほどの力よのぉ。どうじゃイヨ姫、わらわと手を組まぬか。お前とわらわの力があれば、この世のすべてを手にできよう」
「嫌よ!」
留以花がきっとした眼で女を睨み、両手を硬く握りしめた。
「これまでのことは全部、あんたがやったことなの? あんたの……あんたのせいでコウが……」
女は、舌の先で上唇をぐるりと舐めた。
「ふふふふ……。良い眼をしておるわ。さあ、わらわのもとに来るか? わらわに従うのであれば、今すぐお前の魂をここから連れ往こう」
「嫌だって言ったでしょ! 誰があんたなんかと!」
「そうか、強情な娘じゃの。それなら……」
女は制服のスカーフをするりと抜き取ると、自分の首に巻き付けた。
「何を……するの」
「この娘の命と引き換えでは、どうじゃ?」
「やめてぇぇ!」
留以花が絶叫した。
紗季自身の手がスカーフの両端を引き、首をギリギリと締め詰める。
彼女の苦痛に歪んだ顔が天を仰ぎ、身体が震え始める。
「……さあ、応えよ」
女の声は、今度は紗季の口からではなく、直接、留以花の頭の中に響いてきた。
頭が刺すように痛む。
「やめ……て。やめて! 紗季を返して!」
留以花が頭を抱えて叫んだ。
「このままでは、この娘はお前のせいで死ぬのじゃぞ。お前は友を見捨てるのか?」
「いや! 紗季は関係ないじゃない! 元に戻して!」
「応えよ! 一緒に行くと言うが良い」
「嫌! 行かない! あんたの言う通りにはならない! 私は……あんたを」
留以花の瞳に鋭い光が宿り、周囲の空気が急激に膨張した。
吹き上がる風が、髪を巻き上げる。
留以花の輪郭が、金色の煌めきに縁取られていく——。
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