【完結】炎輪の姫巫女 〜教科書の片隅に載っていた少女の生まれ変わりだったようです〜

平田加津実

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時の彼方に消えた姫巫女

歴史上の姫(二)

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 程なくして、彼の気配を庭のいつもの場所に感じた。
 普段より、ずいぶん早い時間だ。

 しかし、家族が起きている間は、さすがに家を抜け出せない。
 留以花はじりじりしながら両親が寝静まるのを待って、リビングからそっと外に出た。

「ルイカ、何かあったのですか?」
「え? なんで……?」

 ラティスの陰から現れた彼のただならぬ様子に、留以花はウッドデッキに下りたところで足を止めた。

「私を、呼んだでしょう?」
「呼んだ? わたしが?」
「はい。早く来て、と聞こえた気がしました。ずいぶん緊迫した様子だったので、慌てて駆けつけたのですが……何も、なかったのですか」

 彼は両肩に手を置いて、無事を確かめるかのように顔を覗き込んできた。

 彼が到着する少し前、確かに『早く来て』と強く願った。
 もしかすると、それが伝わってしまったのだろうか。

「えぇと……危険な事は、何も」
「そうですか。よかった」

 彼はほっとしたように、息をついた。
 かなり心配をかけてしまったらしい。

「ごめんなさい。呼んだつもりはなかったのに……」
「姫にも、よくこんな風に呼ばれましたから、やはり同じ能力をお持ちなのでしょう。私としては、あなたの声が聞こえた方が安心ですから、気になさらないでください」

 彼は穏やかに微笑むと、ウッドデッキに腰を下ろした。

「それで? 全く何もなかった訳ではないのでしょう?」
「うん。ちょっと、ツクスナに聞きたい事があって……」

 留以花はどう切り出そうかと迷いながら、彼の隣に座った。

 自分を守ると言ってくれている彼は、味方とは限らないかもしれない。
 優しそうに見えて、実は何らかの陰謀を企てているのかもしれない。

 そう考えると緊張してきたが、話をせかすことなく、じっとこっちを見つめてくる彼の瞳は穏やかだ。
 悪い人には見えない。

 留以花は覚悟を決めて口を開いた。

「ツクスナは、壱与姫の魂を探しに来たんでしょ。見つけたら、どうするつもりだったの?」

 その言葉に、ツクスナは戸惑いの表情を見せた。

「どう……、とは?」
「姫の魂を、邪馬台国に連れて帰るために、この世界に来たんじゃないの? わたしをこの世界から連れて行くつもりなんじゃないの?」

 必死に言葉を続ける留以花から、彼は辛そうに視線を外した。

「私がこの時代に来たのは、あの方の許へ行きたい一心からでした。ですが……そうですね。本当は、姫をあの国に連れ帰る事が、私の使命なのでしょう」

 重苦しい声に、留以花は息を飲んで硬直した。

「けれど、あなたは姫ではありませんでした。姫の魂を持って生まれたことは間違いありませんが、この時代に生きる、全く別の人間です。姫であった時の記憶もないようですし……」
「じゃあ、わたしは邪馬台国に行かなくてもいいの?」
「そう、思います」
「ほんと……に?」
「はい。それに私には、時間を超えるような大それた能力はありませんから、あなたを無理矢理、邪馬台国に連れて行くことなどできないのです」

 もう一度、まっすぐに自分を見つめる彼の瞳には、嘘は微塵も感じられなかった。
 留以花の強ばった肩から、ふっと力が抜けた。

「だったら、どうやって姫を連れ帰るつもりだったの?」
「さぁ……。そこまでは考えていませんでしたから」
「無計画?」
「というより、すぐにあの姫とは違うと気付いたので、考えもしませんでした」
「そっか……」

 留以花は胸を撫で下ろした。

 邪馬台国に行く必要はない。
 その手段もない。

 それならば、自分が歴史の教科書に残る壱与になるという可能性はゼロだ。
 しかし、謎は依然として残る。

「でも、教科書には十三歳の壱与が王になったって書いてあったわ。私があの時代に行かないんだったら、この壱与は誰なの? ツクスナが仕えていた姫とは別人なの?」

 留以花の疑問に、彼は右膝に肘をついて考え込んだ。

「それは……私にも分かりません。ですが、教科書にある壱与という人物が誰であったとしても、現代にちゃんと歴史が残っているということは、あの国はその後も安泰だったということです。だから、あなたは何も心配しなくていいのですよ」

 太古の昔の真実なんて、もう誰にも分からない。
 ツクスナも、その時代に存在していた間のことしか知らない。
 彼がいなくなった後に実際に何が起きたのかは、分かるはずもない。

「今、残っている歴史って、どこまで正しいんだろう?」
「どうなのでしょうね……」

 ツクスナが少し寂しげな遠い眼をして、夜空を見上げた。
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