【完結】炎輪の姫巫女 〜教科書の片隅に載っていた少女の生まれ変わりだったようです〜

平田加津実

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時の彼方に消えた姫巫女

月の砂(四)

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 ゴボゴボ……ゴボゴボ…………。

 何?
 これは……水の音?

 そう気づいた瞬間、暗く冷たい水が頭上を覆った。
 手に、足に、身体全体に。
 蛇の鱗のようなものが絡み付いて、全く身動きができない。

 苦しい。
 息が……できない。
 誰か、助け……て。

「ルイカ!」

 必死の顔をした皓太が手を伸ばしてくる。

 しかし届いたかに思えたその手は、実体を無くしてすり抜ける。
 頭の中に響いていた彼の声が、だんだん遠ざかっていく。
 もがけばもがくほど、身体中を水が埋め尽くし、目の前が闇に染まっていく。

 このままではコウが消えてしまう。

「コウ! だめよ、行かないで! 誰か、助けて!」

 はっと目が覚めた。

 ——もう何度、同じ夢を見ただろう。

 留以花はベッドから起き上がると、震える手で、銀色の砂が満たされた小瓶を取った。
 両手で瓶を強く握りしめ、身体を小さく丸める。
 恐怖に全身が支配され、冷たい汗が背中を伝っていく。
 しばらくそうやって恐怖をやり過ごし、少し落ち着いたところで、ようやく顔を上げた。

 窓の外が、いやに明るかった。

「月?」

 留以花はよろよろとベッドを下り、窓に近づいた。

 カーテンを開けると月の姿こそ見えなかったが、冴えた光が夜の町を包み込んでいた。
 庭の所々に、銀色の光の円がぼんやりと浮かび上がって見える。

 あれはこの間、ツクスナが置いていったものだ。
 手にしている小瓶に入っているものと同じ、銀色の砂。

「また……だ」

 それとは別に、妙に気になる場所があった。
 実は最近ずっと、気にかかっていた。

 庭のウッドデッキの横にある、木香薔薇が絡むラティスの陰。
 留以花の部屋からは死角になって見えないが、何かを感じる。

「もしかして……?」

 手にしていた小瓶を見つめる。

 あんな悪夢を見た後に、深夜の庭に出るのは少し怖い。
 しかし、確かめずにはいられなかった。

 留以花はパジャマの上に上着を着込んだ。
 部屋を出ようとしてふと足を止め、椅子にかけてあった膝掛けを手に取った。
 電気をつけずにそっと階下に下り、リビングからウッドデッキに出る。

「やっぱり……」

 その声が届く前に、ラティスの向こう側からゆらりと人影がのぞいた。

「見つかってしまいましたか」

 月明かりに照らし出されたツクスナは、皓太の顔に困ったような表情を浮かべていた。

「毎晩、ここにいるでしょ?」

 留以花の断定的な言葉に、彼が意外そうな顔をした。

「気づいていたのですか?」
「姿を見た訳じゃなかったけど、前から気になってたの。もしかして……コウが退院してから後、ずっといたんじゃないの?」

 留以花の言う通りだった。

 彼は毎晩、皓太の家を抜け出し、朝までこの場所に潜んでいた。
 彼は夜だけでなく、いつでもできる限り彼女の近くにいた。
 何か異変があれば、すぐに駆けつけられる場所に控えていたのだ。

「参りましたね。見なくても分かるのですか。さすがというか……」

 彼が額を押さえて苦笑した。

「どうして、こんなところにいるの?」
「あなたを守ると、言ったはずですよ」

 じっと眼を見つめ、言い聞かせるように話す彼に、留以花は戸惑う。

「で、でもっ、毎晩なんて」
「大丈夫ですよ。昔から、これが私の役目ですから慣れています。本当は、いつも近くにいるべきなのですが、コウとして暮らしている以上、なかなかそうもいかず……」
「向こうの世界でも、いつもこんなことをしていたの?」
「そうです。姫の護衛の任に就いておりましたから……」

 彼がふと、足元に視線を落とした。
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