4 / 69
時の彼方に消えた姫巫女
炎の向こうに(三)
しおりを挟む
「……弐徒」
すぐ近くで誰かが呼んでいる。
誰かの力強い腕に、上半身が抱え上げられた。
「おいっ、弐徒。しっかりするのだ」
ああ……これは、砂徒長の声だ。
弐徒は、ぼんやりと眼を開いた。
しかし、眼を開けたはずなのに何も見えない。
そこには暗闇しかなかった。
「大丈夫か? 何があった」
「……う……ぁ」
何か答えたくても、うめき声にしかならなかった。
息が苦しい。
ひどく寒い。
手も足も氷のように冷え、指一本動かす事ができなかった。
しかし、自由にならない身体と引き換えに、感覚が研ぎすまされていく。
祭殿の中の様子が手に取るように分かった。
「イヨ……イヨ姫。目を覚ますのじゃ」
上下ともに白い装束を身にまとった大巫女が、姫巫女の傍らにかがみこみ必死に声をかけていた。
侍婢に上半身を抱き起こされた姫の白い手は、力なく床に下がり、閉じられた両の瞼には涙が浮かんでいた。
息はある。
どこにも怪我をした様子は無い。
しかし、姫の近くに倒れていた侍婢たちはすぐに意識を取り戻したというのに、姫だけは一向に目覚める気配がなかった。
「姫……」
大巫女が、姫の涙を拭おうと彼女の頬に触れ、驚きの表情を見せた。
「こ……これは、もしや」
大巫女が目を細め、何かを確かめるように右手を姫の顔の前にかざす。
そして硬く目を閉じて、何ごとかをつぶやいた。
祭殿内を極度の緊張感が覆い尽くし、その場が水を打ったように静まり返った。
しばらくして、大巫女が目を閉じたまま、低い声で話し始めた。
「姫の魂は、この世にはない。あの強すぎる炎の力で、自分の魂を何処かへ弾き飛ばしてしまったようじゃ。一体、何処へ……」
さらに何かを探ろうと、右手を円を描くように動かしていく。
額に刻まれた皺がより深くなり汗が浮かんでいる。
「消えてはおらぬ。どこか……ああ、どこか遠い世にあるのが視える」
そこまで言うと、大巫女は力尽きたように、ぐったりと床に座り込んだ。
「おお……さ……」
砂徒長が、ほとんど音になっていない声に気づいた。
弐徒が、色の無い唇を振るわせて、必死に何かを告げようとしている。
「どうした。弐徒」
「……さま…………を」
砂徒長が目を凝らし、弐徒のかすかな唇の動きを正確に読み取っていく。
「待て。今、お呼びするからな。……大巫女様。ヒミコ様! 弐徒が!」
その声を聞きつけ、大巫女が弟のオシヒコに支えられるようにして近づいてきた。
弐徒は、ほとんど唇の動きだけで、大巫女に懇願する。
薄れていく意識を懸命につなぎ止め、途切れ途切れに音の無い言葉で意思を伝える。
私は、もう助からない。
だから、どうか、どうか私を姫の元へ。
今一度、姫の守りに……。
じっと弐徒の顔を見つめていた大巫女が、膝を折り彼の前にかがみ込んだ。
右手を伸ばして彼の額に触れ、我が子にするかのように髪や頬を愛おしそうに何度も撫でた。
「お前の望み、聞き届けようぞ」
大巫女が厳かに告げた。
力つきた砂の文様を刻んだ頬に、涙がひとすじ伝っていった。
すぐ近くで誰かが呼んでいる。
誰かの力強い腕に、上半身が抱え上げられた。
「おいっ、弐徒。しっかりするのだ」
ああ……これは、砂徒長の声だ。
弐徒は、ぼんやりと眼を開いた。
しかし、眼を開けたはずなのに何も見えない。
そこには暗闇しかなかった。
「大丈夫か? 何があった」
「……う……ぁ」
何か答えたくても、うめき声にしかならなかった。
息が苦しい。
ひどく寒い。
手も足も氷のように冷え、指一本動かす事ができなかった。
しかし、自由にならない身体と引き換えに、感覚が研ぎすまされていく。
祭殿の中の様子が手に取るように分かった。
「イヨ……イヨ姫。目を覚ますのじゃ」
上下ともに白い装束を身にまとった大巫女が、姫巫女の傍らにかがみこみ必死に声をかけていた。
侍婢に上半身を抱き起こされた姫の白い手は、力なく床に下がり、閉じられた両の瞼には涙が浮かんでいた。
息はある。
どこにも怪我をした様子は無い。
しかし、姫の近くに倒れていた侍婢たちはすぐに意識を取り戻したというのに、姫だけは一向に目覚める気配がなかった。
「姫……」
大巫女が、姫の涙を拭おうと彼女の頬に触れ、驚きの表情を見せた。
「こ……これは、もしや」
大巫女が目を細め、何かを確かめるように右手を姫の顔の前にかざす。
そして硬く目を閉じて、何ごとかをつぶやいた。
祭殿内を極度の緊張感が覆い尽くし、その場が水を打ったように静まり返った。
しばらくして、大巫女が目を閉じたまま、低い声で話し始めた。
「姫の魂は、この世にはない。あの強すぎる炎の力で、自分の魂を何処かへ弾き飛ばしてしまったようじゃ。一体、何処へ……」
さらに何かを探ろうと、右手を円を描くように動かしていく。
額に刻まれた皺がより深くなり汗が浮かんでいる。
「消えてはおらぬ。どこか……ああ、どこか遠い世にあるのが視える」
そこまで言うと、大巫女は力尽きたように、ぐったりと床に座り込んだ。
「おお……さ……」
砂徒長が、ほとんど音になっていない声に気づいた。
弐徒が、色の無い唇を振るわせて、必死に何かを告げようとしている。
「どうした。弐徒」
「……さま…………を」
砂徒長が目を凝らし、弐徒のかすかな唇の動きを正確に読み取っていく。
「待て。今、お呼びするからな。……大巫女様。ヒミコ様! 弐徒が!」
その声を聞きつけ、大巫女が弟のオシヒコに支えられるようにして近づいてきた。
弐徒は、ほとんど唇の動きだけで、大巫女に懇願する。
薄れていく意識を懸命につなぎ止め、途切れ途切れに音の無い言葉で意思を伝える。
私は、もう助からない。
だから、どうか、どうか私を姫の元へ。
今一度、姫の守りに……。
じっと弐徒の顔を見つめていた大巫女が、膝を折り彼の前にかがみ込んだ。
右手を伸ばして彼の額に触れ、我が子にするかのように髪や頬を愛おしそうに何度も撫でた。
「お前の望み、聞き届けようぞ」
大巫女が厳かに告げた。
力つきた砂の文様を刻んだ頬に、涙がひとすじ伝っていった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
大陰史記〜出雲国譲りの真相〜
桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ラスト・シャーマン
長緒 鬼無里
歴史・時代
中国でいう三国時代、倭国(日本)は、巫女の占いによって統治されていた。
しかしそれは、巫女の自己犠牲の上に成り立つ危ういものだった。
そのことに疑問を抱いた邪馬台国の皇子月読(つくよみ)は、占いに頼らない統一国家を目指し、西へと旅立つ。
一方、彼の留守中、女大王(ひめのおおきみ)となって国を守ることを決意した姪の壹与(いよ)は、占いに不可欠な霊力を失い絶望感に伏していた。
そんな彼女の前に、一人の聡明な少年が現れた。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
東へ征(ゆ)け ―神武東征記ー
長髄彦ファン
歴史・時代
日向の皇子・磐余彦(のちの神武天皇)は、出雲王の長髄彦からもらった弓矢を武器に人喰い熊の黒鬼を倒す。磐余彦は三人の兄と仲間とともに東の国ヤマトを目指して出航するが、上陸した河内で待ち構えていたのは、ヤマトの将軍となった長髄彦だった。激しい戦闘の末に長兄を喪い、熊野灘では嵐に遭遇して二人の兄も喪う。その後数々の苦難を乗り越え、ヤマト進撃を目前にした磐余彦は長髄彦と対面するが――。
『日本書紀』&『古事記』をベースにして日本の建国物語を紡ぎました。
※この作品はNOVEL DAYSとnoteでバージョン違いを公開しています。
『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』
姜維信繁
SF
1,769年の時を超えて目覚めた古代の女王壱与と、現代の考古学者が織り成す異色のタイムトラベルファンタジー!過去の邪馬壱国を再興し、平和を取り戻すために、二人は歴史の謎を解き明かし、未来を変えるための冒険に挑む。時代考証や設定を完全無視して描かれる、奇想天外で心温まる(?)物語!となる予定です……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる