上 下
41 / 43
『自由』の名を持つ者

先生。これが何か知ってる?

しおりを挟む
 ユーリウスはにやりと笑ってさらに前に出ると、石畳に横たわるリームを見下ろした。
 内ポケットを探り、光を反射する小さな物体を取り出す。
 そしてそれを親指と人差し指で摘むと、リームの目の前に突きつけた。

「先生。これが何か知ってる?」

 繊細な蔦の模様が描かれた銀色の包み紙。
 表面には薔薇の花びらのような凹凸が浮かび上がっている。

 それを見たリームの表情がさっと変わった。

「クリスタの部屋で消去されていたのを見つけたんだけど、高級そうなチョコレートでしょ? 先生も一粒どう?」

 ユーリウスはそう言いながら、銀色の包み紙をあえて細かくちぎりながら剥がし、パラパラとリームの顔の上に落とした。

「い、いらん!」
「どうして? きっとおいしいよ。クリスタはこれを三つも食べたんだ」

 ユーリウスがリームの背中に腕を回し、拘束呪文が効いた上半身を抱え起こした。

「や……やめろ」
「ほら。遠慮しないで、食べなよ!」
「う……ん……むむむむ」

 口だけにしか自由を与えられていないリームは、必死に唇を結んだ。
 瞳には恐怖の色がありありと浮かんでいる。

 ティルアは、その様子から、そのチョコレートがどんなものであるのかを悟った。

 リームは、自分では決して口にできない恐ろしい毒を、甘く美しいチョコレートの中に仕込んで、クリスタに渡したのだ。
 彼を信じ切っていた彼女は、幸せな気分でこのチョコレートを味わったにちがいない。
 彼が自分を最悪の形で騙しているとも知らずに——。

 この男だけは、どうしても許せない。

 ティルアは人差し指をリームに向けた。

開けアペルトゥース

 冷ややかな声で呪文を言い放つと、頑に抵抗していたリームの口ががばりと開く。

「あ……がっ!」
「ああ、いいね。白状しないのなら、その口に無理やりねじ込んでやる」
「あああー! あっ……あーっ。ああぁぁぁぁ……」

 恐怖に大きく見開かれた目の端に、みるみる涙が浮かんでいく。
 呪文で拘束されてもなお、全身ががたがたと震えている。

「さあ、このチョコを食べるか? 白状するか?」
「あ……あ、ああああっ!」
「どっちだ!」
「……あ、あー!」

 リームの様子を確認して、ユーリウスがちらりと視線をよこした。
 ティルアは小さく頷くと、「喋れルクエレ」と、学院長が先程使った呪文を唱えた。

「わ、分かった! 全て話す! そうだ。僕が、二人を殺したんだ!」

 口の自由を取り戻したリームは、二人の殺害方法を淡々と説明していった。

 フリーデル・プラネルトが進路の相談に来ていたという話は全くの嘘。
 時計塔の通路に珍しい苔が見つかったと彼を誘い出し、そこから突き落として自殺に見せかけた。

 自分を慕っていたクリスタは、毒を盛ったチョコレートで、病死に仕立て上げた。

 ティルアは、呪いを込めたノートでおびき出し、魔術の事故を装って殺すつもりだった——と。

 しかし、殺害の理由については、頑に説明を拒んだ。

「お願いだ。それだけは勘弁してくれ。それを言ったら、僕が殺されてしまう……」

 さめざめと泣くエリートに、ユーリウスが侮蔑の視線を落とした。

「そんな心配しなくてもいいぜ。そいつらも、すぐに捕らえられるはずだから……」

 彼はそう言いながら、ポケットから四つ折りにされた一枚の紙を取り出した。

「これは、フリーデルが倒れていた時計塔の近くで見つけた紙です。リーム先生がフリーデルを塔から突き落とした後、もう不要だと思って消去したのでしょう。本来ならこれは、誰の目にも触れることはなかった。けれど、同じく消去されていた俺が拾ってしまった」

 ユーリウスがちらりと視線を向けると、もう術が解かれたはずのリームの口があんぐりと開かれていた。

「この紙には、来年度の魔法統括省の入省者の名前が書いてあります。だけど、筆頭に書かれているのは俺じゃない。フリーデル・クラッセンという名前です」

「クラッセンだって? まさか……」

 驚きの声を上げたのは、近代魔術史のレルナー先生だった。

「そう。前国王の毒殺の罪に問われて処刑された、フリードリヒ・クラッセンの子どもの名前です。事件の黒幕は、死んだはずの子どもの名前が名簿に書かれたことに驚き、リーム先生にこの子を抹殺するように命じた。……そうですよね? 先生」

 ユーリウスの確認に、リームは唇を固く結んだだけで、否定も肯定もしなかった。

「フリードリヒの子どもが、生きていたのか」
「名簿に名前があったのなら、間違いないな」
「妻子を殺して、同時に消去したと聞いていたが……」

 教師たちがざわざわし始める。

「けれども、この学院にそんな名前の生徒はいなかった。そこで先生は、名簿の筆頭に選ばれる条件に合う生徒を殺害した。フリーデル・プラネルトは同じ名前だった上に、魔術薬学の天才だったから名簿に名前が載っても不思議はなかった。そしてクリスタ・キーリッツは、孤児院に預けられる前に両親が付けた本当の名前を持つ可能性があった。でも、彼らはフリーデル・クラッセンではなかった。彼らを殺しても、名簿からその名は消えなかったのです」

「そんな……。あの子たちは、人違いで殺されたというの? ひどい。ひどいわ!」

 両手で顔を覆ってザビーネが泣き崩れた。
 そんな老教師を慰めようとした女子生徒が、その涙につられてしゃくり上げる。
 すすり泣きが、林の中に広がっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒隼の騎士のお荷物〜実は息ぴったりのバディ……んなわけあるか!

平田加津実
恋愛
王国随一の貿易商に仕えるレナエルとジネットは双子の姉妹。二人は遠く離れて暮らしていても、頭の中で会話できる能力を持っていた。ある夜、姉の悲鳴で目を覚ました妹のレナエルは、自身も何者かに連れ去られそうになる。危ないところを助けてくれたのは、王太子の筆頭騎士ジュールだった。しかし、姉のジネットは攫われてしまったらしい。 女ながら巨大馬を駆り剣を振り回すじゃじゃ馬なレナエルと、女は男に守られてろ!という考え方のジュールは何かにつけて衝突。そんな二人を面白がる王太子や、ジネットの婚約者を自称する第二王子の筆頭騎士ギュスターヴらもそれぞれの思惑で加わって、ジネット救出劇が始まる。

亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎
ファンタジー
二十年前に起こった世界戦争の傷跡も癒え、世界はかつてない平和を享受していた。 最果ての島イールに暮らす漁師の息子ジャンは、外の世界への好奇心から幼馴染のニコラ、シェリーを巻き込んで自分探しの旅に出る。 ジャンは旅の中で多くの出会いを経て大人へと成長していく。そして渦巻く陰謀、社会の暗部、知られざる両親の過去……。彼は自らの意思と無関係に大きな運命に巻き込まれていく。 ☆本作は小説家になろう、マグネットでも公開しています。 ☆挿絵はみずきさん(ツイッター: @Mizuki_hana93)にお願いしています。 ☆ノベルアッププラスで最新の改稿版の投稿をはじめました。間違いの修正なども多かったので、気になる方はノベプラ版をご覧ください。こちらもプロの挿絵付き。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

隣人は不愛想な警部!大人の階段登りたい男性恐怖症のわたしはロマンチックを所望しています

はなまる
恋愛
念願の保育士になった胡桃沢はつね。彼女は高校生の時乱暴されて以来男性恐怖症だ。それでもやっと念願の一人暮らし。これからは新しい出会いもあると期待していた。ところがある日チャイムが鳴りモニター越しに見えた男性はなんとも無愛想な人で‥‥そしてひょんなことから彼を夕食に招くことになって、なぜか彼には恐い気持ちは浮かばない、それよりもっと別の気持ちが沸き上がる。これってもしかして‥‥でも兄の友人が訪ねて来た。彼がそれを目撃してからは、メールの一つもなくなった。そんなある日はつねは暗い夜道で襲われる。ちょうど通りかかった彼が助けてくれて…はつねは彼に縋りつく。もうわたしからずっと離れないでと…   再投稿です。設定はすべてフィクションになっています。警察組織関係は特に架空設定です。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...