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『自由』の名を持つ者
先生。これが何か知ってる?
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ユーリウスはにやりと笑ってさらに前に出ると、石畳に横たわるリームを見下ろした。
内ポケットを探り、光を反射する小さな物体を取り出す。
そしてそれを親指と人差し指で摘むと、リームの目の前に突きつけた。
「先生。これが何か知ってる?」
繊細な蔦の模様が描かれた銀色の包み紙。
表面には薔薇の花びらのような凹凸が浮かび上がっている。
それを見たリームの表情がさっと変わった。
「クリスタの部屋で消去されていたのを見つけたんだけど、高級そうなチョコレートでしょ? 先生も一粒どう?」
ユーリウスはそう言いながら、銀色の包み紙をあえて細かくちぎりながら剥がし、パラパラとリームの顔の上に落とした。
「い、いらん!」
「どうして? きっとおいしいよ。クリスタはこれを三つも食べたんだ」
ユーリウスがリームの背中に腕を回し、拘束呪文が効いた上半身を抱え起こした。
「や……やめろ」
「ほら。遠慮しないで、食べなよ!」
「う……ん……むむむむ」
口だけにしか自由を与えられていないリームは、必死に唇を結んだ。
瞳には恐怖の色がありありと浮かんでいる。
ティルアは、その様子から、そのチョコレートがどんなものであるのかを悟った。
リームは、自分では決して口にできない恐ろしい毒を、甘く美しいチョコレートの中に仕込んで、クリスタに渡したのだ。
彼を信じ切っていた彼女は、幸せな気分でこのチョコレートを味わったにちがいない。
彼が自分を最悪の形で騙しているとも知らずに——。
この男だけは、どうしても許せない。
ティルアは人差し指をリームに向けた。
「開け」
冷ややかな声で呪文を言い放つと、頑に抵抗していたリームの口ががばりと開く。
「あ……がっ!」
「ああ、いいね。白状しないのなら、その口に無理やりねじ込んでやる」
「あああー! あっ……あーっ。ああぁぁぁぁ……」
恐怖に大きく見開かれた目の端に、みるみる涙が浮かんでいく。
呪文で拘束されてもなお、全身ががたがたと震えている。
「さあ、このチョコを食べるか? 白状するか?」
「あ……あ、ああああっ!」
「どっちだ!」
「……あ、あー!」
リームの様子を確認して、ユーリウスがちらりと視線をよこした。
ティルアは小さく頷くと、「喋れ」と、学院長が先程使った呪文を唱えた。
「わ、分かった! 全て話す! そうだ。僕が、二人を殺したんだ!」
口の自由を取り戻したリームは、二人の殺害方法を淡々と説明していった。
フリーデル・プラネルトが進路の相談に来ていたという話は全くの嘘。
時計塔の通路に珍しい苔が見つかったと彼を誘い出し、そこから突き落として自殺に見せかけた。
自分を慕っていたクリスタは、毒を盛ったチョコレートで、病死に仕立て上げた。
ティルアは、呪いを込めたノートでおびき出し、魔術の事故を装って殺すつもりだった——と。
しかし、殺害の理由については、頑に説明を拒んだ。
「お願いだ。それだけは勘弁してくれ。それを言ったら、僕が殺されてしまう……」
さめざめと泣くエリートに、ユーリウスが侮蔑の視線を落とした。
「そんな心配しなくてもいいぜ。そいつらも、すぐに捕らえられるはずだから……」
彼はそう言いながら、ポケットから四つ折りにされた一枚の紙を取り出した。
「これは、フリーデルが倒れていた時計塔の近くで見つけた紙です。リーム先生がフリーデルを塔から突き落とした後、もう不要だと思って消去したのでしょう。本来ならこれは、誰の目にも触れることはなかった。けれど、同じく消去されていた俺が拾ってしまった」
ユーリウスがちらりと視線を向けると、もう術が解かれたはずのリームの口があんぐりと開かれていた。
「この紙には、来年度の魔法統括省の入省者の名前が書いてあります。だけど、筆頭に書かれているのは俺じゃない。フリーデル・クラッセンという名前です」
「クラッセンだって? まさか……」
驚きの声を上げたのは、近代魔術史のレルナー先生だった。
「そう。前国王の毒殺の罪に問われて処刑された、フリードリヒ・クラッセンの子どもの名前です。事件の黒幕は、死んだはずの子どもの名前が名簿に書かれたことに驚き、リーム先生にこの子を抹殺するように命じた。……そうですよね? 先生」
ユーリウスの確認に、リームは唇を固く結んだだけで、否定も肯定もしなかった。
「フリードリヒの子どもが、生きていたのか」
「名簿に名前があったのなら、間違いないな」
「妻子を殺して、同時に消去したと聞いていたが……」
教師たちがざわざわし始める。
「けれども、この学院にそんな名前の生徒はいなかった。そこで先生は、名簿の筆頭に選ばれる条件に合う生徒を殺害した。フリーデル・プラネルトは同じ名前だった上に、魔術薬学の天才だったから名簿に名前が載っても不思議はなかった。そしてクリスタ・キーリッツは、孤児院に預けられる前に両親が付けた本当の名前を持つ可能性があった。でも、彼らはフリーデル・クラッセンではなかった。彼らを殺しても、名簿からその名は消えなかったのです」
「そんな……。あの子たちは、人違いで殺されたというの? ひどい。ひどいわ!」
両手で顔を覆ってザビーネが泣き崩れた。
そんな老教師を慰めようとした女子生徒が、その涙につられてしゃくり上げる。
すすり泣きが、林の中に広がっていった。
内ポケットを探り、光を反射する小さな物体を取り出す。
そしてそれを親指と人差し指で摘むと、リームの目の前に突きつけた。
「先生。これが何か知ってる?」
繊細な蔦の模様が描かれた銀色の包み紙。
表面には薔薇の花びらのような凹凸が浮かび上がっている。
それを見たリームの表情がさっと変わった。
「クリスタの部屋で消去されていたのを見つけたんだけど、高級そうなチョコレートでしょ? 先生も一粒どう?」
ユーリウスはそう言いながら、銀色の包み紙をあえて細かくちぎりながら剥がし、パラパラとリームの顔の上に落とした。
「い、いらん!」
「どうして? きっとおいしいよ。クリスタはこれを三つも食べたんだ」
ユーリウスがリームの背中に腕を回し、拘束呪文が効いた上半身を抱え起こした。
「や……やめろ」
「ほら。遠慮しないで、食べなよ!」
「う……ん……むむむむ」
口だけにしか自由を与えられていないリームは、必死に唇を結んだ。
瞳には恐怖の色がありありと浮かんでいる。
ティルアは、その様子から、そのチョコレートがどんなものであるのかを悟った。
リームは、自分では決して口にできない恐ろしい毒を、甘く美しいチョコレートの中に仕込んで、クリスタに渡したのだ。
彼を信じ切っていた彼女は、幸せな気分でこのチョコレートを味わったにちがいない。
彼が自分を最悪の形で騙しているとも知らずに——。
この男だけは、どうしても許せない。
ティルアは人差し指をリームに向けた。
「開け」
冷ややかな声で呪文を言い放つと、頑に抵抗していたリームの口ががばりと開く。
「あ……がっ!」
「ああ、いいね。白状しないのなら、その口に無理やりねじ込んでやる」
「あああー! あっ……あーっ。ああぁぁぁぁ……」
恐怖に大きく見開かれた目の端に、みるみる涙が浮かんでいく。
呪文で拘束されてもなお、全身ががたがたと震えている。
「さあ、このチョコを食べるか? 白状するか?」
「あ……あ、ああああっ!」
「どっちだ!」
「……あ、あー!」
リームの様子を確認して、ユーリウスがちらりと視線をよこした。
ティルアは小さく頷くと、「喋れ」と、学院長が先程使った呪文を唱えた。
「わ、分かった! 全て話す! そうだ。僕が、二人を殺したんだ!」
口の自由を取り戻したリームは、二人の殺害方法を淡々と説明していった。
フリーデル・プラネルトが進路の相談に来ていたという話は全くの嘘。
時計塔の通路に珍しい苔が見つかったと彼を誘い出し、そこから突き落として自殺に見せかけた。
自分を慕っていたクリスタは、毒を盛ったチョコレートで、病死に仕立て上げた。
ティルアは、呪いを込めたノートでおびき出し、魔術の事故を装って殺すつもりだった——と。
しかし、殺害の理由については、頑に説明を拒んだ。
「お願いだ。それだけは勘弁してくれ。それを言ったら、僕が殺されてしまう……」
さめざめと泣くエリートに、ユーリウスが侮蔑の視線を落とした。
「そんな心配しなくてもいいぜ。そいつらも、すぐに捕らえられるはずだから……」
彼はそう言いながら、ポケットから四つ折りにされた一枚の紙を取り出した。
「これは、フリーデルが倒れていた時計塔の近くで見つけた紙です。リーム先生がフリーデルを塔から突き落とした後、もう不要だと思って消去したのでしょう。本来ならこれは、誰の目にも触れることはなかった。けれど、同じく消去されていた俺が拾ってしまった」
ユーリウスがちらりと視線を向けると、もう術が解かれたはずのリームの口があんぐりと開かれていた。
「この紙には、来年度の魔法統括省の入省者の名前が書いてあります。だけど、筆頭に書かれているのは俺じゃない。フリーデル・クラッセンという名前です」
「クラッセンだって? まさか……」
驚きの声を上げたのは、近代魔術史のレルナー先生だった。
「そう。前国王の毒殺の罪に問われて処刑された、フリードリヒ・クラッセンの子どもの名前です。事件の黒幕は、死んだはずの子どもの名前が名簿に書かれたことに驚き、リーム先生にこの子を抹殺するように命じた。……そうですよね? 先生」
ユーリウスの確認に、リームは唇を固く結んだだけで、否定も肯定もしなかった。
「フリードリヒの子どもが、生きていたのか」
「名簿に名前があったのなら、間違いないな」
「妻子を殺して、同時に消去したと聞いていたが……」
教師たちがざわざわし始める。
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「そんな……。あの子たちは、人違いで殺されたというの? ひどい。ひどいわ!」
両手で顔を覆ってザビーネが泣き崩れた。
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すすり泣きが、林の中に広がっていった。
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