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さらなる悲劇
気持ちの整理がつくまで、ずっと持っていればいい
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魔術学院に戻った翌日。
『何度言ったら分かるんだよ! そんなに急がなくてもいいだろ!』
部屋の扉を開けたティルアの前に、ユーリウスがするりと先回りしてきた。
怒った顔で、両手を広げて目の前に立ちふさがる。
「どいてよ」
『だめだ』
「片付けないと、前に進めないの! どいてって言ってるでしょ!」
『俺はだめだって言ってるんだ!』
「止められるものなら、止めてみなさいよ!」
ディルアはそのまま真っすぐ進むと、ユーリウスの体をするりと通り抜けた。
背後から、ちっと舌打ちする音が聞こえた。
よく遊びに来ていたクリスタの部屋を、ぐるりと見回す。
部屋の隅には大きな木箱が二つ準備されていた。
少女らしく整えられた部屋の中で、それは異質な存在だった。
ティルアは、本来なら身内がする遺品整理を、ザビーネから依頼された。
彼女の私物の中で、自分が使えそうなものは形見に、それ以外の品は孤児院に送る物と処分する物とに分けて、箱に入れるのだ。
整えられたベッドの上には、几帳面に畳まれた夜着が置かれていた。
彼女が好んで着ていた空色のワンピースと、茶色の古い帽子が壁にかかっている。
勉強机の片隅には、あの日の前夜に勉強していたであろう教科書やノートが、きちんと積まれている。
その奥には、苺のジャムが詰まった花の形のクッキーが入った瓶があった。
事前にザビーネに片付けてもらったが、窓にはさっきまで、緑色の生物の日干しがぶら下がっていた。
主の帰りを待っているかのような、居心地よく整理された部屋に胸が詰まる。
クリスタだって、この部屋にもう戻ってこられないなんて、思ってもみなかったはずだ。
「……よしっ!」
じっとしていると、悲しみと寂しさで身動きできなくなってしまうから、浮かびかけた涙を気合いで振り払い、片開きのクローゼットの取っ手に手をかけた。
『やめろよ! まだ、無理だ』
「放っといてよ!」
伸びてきた彼の手は、クローゼットを開けようとするティルアの手首を捕らえられず、彼を振り払おうとしたティルアの手も空を切る。
二人は扉の前で睨み合った。
「大丈夫だって言ってるじゃない! ユーリったら、心配しすぎ」
『大丈夫なはずないだろ! そんなに震えてるじゃないか』
見ると、自分では意識していなかったが、取っ手に掛け直した手が小刻みに震えていた。
慌てて、もう一方の手を重ねて押さえつける。
「震えてないからっ!」
ティルアは強がりを言うと、彼の制止を無視して、勢い良くクローゼットを開けた。
ふわりと、石けんの香りが漂う。
「女の子のクローゼットなんだから、そんなところで見てないでよ! いやらしいわね」
『な……っ』
一旦開けたクローゼットの扉を半分閉めて睨みつけると、彼は顔を赤らめて目をそらした。
こういう部分は十五歳の少年らしく純情だ。
「そこから見られていたら片付けられないから、あっち行って!」
『分かった。早く片付けろよ』
不機嫌な声で言いながらも、彼は素直に従った。
窓際に移動すると、こちらに背中を向けて外を眺めている。
怒って出て行くかもしれないと思ったが、どうやら、このまま部屋に残るつもりらしい。
ティルアはほっと胸を撫で下ろした。
このまま一人きりで、この部屋で遺品を整理することはできそうになかったのだから。
「ありがと」
彼の背中に相手に聞こえないほど小声で呟くと、作業に取りかかった。
クリスタもティルアと同じ孤児だから、経済的には恵まれていない。
ハンガーにかかっている衣類は少なく、古ぼけた地味なものばかりだ。
ティルアが以前着ていた、お下がりも何枚かあった。
ティルアはハンカチや手袋などの小物だけを形見として取り分け、残りはすべて孤児院行きの箱に入れた。
「もう、いいわ」
衣類の整理はあっという間に終わった。
空っぽになったクローゼットの扉を閉めて、背中を向けたままのユーリウスに声をかける。
『大丈夫か? もう部屋に戻ろう』
てっきり文句を言われると思っていたから、心配そうな顔でそう言われて面食らう。
「へ……平気よ。今日中に、この部屋にあるもの全部、片付けてしまいたいから」
今度は、机の隅に積まれていた教科書やノートをまとめて手に取った。
中には、クリスタの几帳面な文字がびっしり書き込まれているはずだから、今は開く勇気がない。
ノートの表紙に書かれた、彼女の筆跡による名前を見るのも辛かった。
「これ……どうしよう。捨てるのはかわいそう」
机の上だけではない。
本棚にも大量の本やノートが、びっしり詰まっている。
その全てが、クリスタの努力の跡。
彼女が生きた証なのだ。
『だったら、全部あんたが持っていればいいだろ? 気持ちの整理がつくまで、ずっと持っていればいい』
「そ、そうよね、持っていてもいいよね?」
『あんたが進級できれば、役にも立つこともあるかもしれない。ま、奇跡でも起きない限り、無理だけどな』
最後の一言が余計だったが、彼が自分の思いに寄り添ってくれたことが嬉しい。
思わず、彼の顔をじっと見つめると、『なんだよ』とそっぽを向かれてしまった。
本棚に入っていた教科書類もすべて取り出して、机の横に積み上げた。
引き出しの中身も整理して、そろそろ片付けも終わるという時、ユーリウスが机の下を指差した。
『ティルア。あそこに何か落ちてる』
「え? どこ?」
片付けの途中で何かを落としたのかと思い、腰を屈めて覗き込んでみた。
しかし、隅っこの暗がりに綿埃が少しあるぐらいだ。他に何も見あたらない。
『何度言ったら分かるんだよ! そんなに急がなくてもいいだろ!』
部屋の扉を開けたティルアの前に、ユーリウスがするりと先回りしてきた。
怒った顔で、両手を広げて目の前に立ちふさがる。
「どいてよ」
『だめだ』
「片付けないと、前に進めないの! どいてって言ってるでしょ!」
『俺はだめだって言ってるんだ!』
「止められるものなら、止めてみなさいよ!」
ディルアはそのまま真っすぐ進むと、ユーリウスの体をするりと通り抜けた。
背後から、ちっと舌打ちする音が聞こえた。
よく遊びに来ていたクリスタの部屋を、ぐるりと見回す。
部屋の隅には大きな木箱が二つ準備されていた。
少女らしく整えられた部屋の中で、それは異質な存在だった。
ティルアは、本来なら身内がする遺品整理を、ザビーネから依頼された。
彼女の私物の中で、自分が使えそうなものは形見に、それ以外の品は孤児院に送る物と処分する物とに分けて、箱に入れるのだ。
整えられたベッドの上には、几帳面に畳まれた夜着が置かれていた。
彼女が好んで着ていた空色のワンピースと、茶色の古い帽子が壁にかかっている。
勉強机の片隅には、あの日の前夜に勉強していたであろう教科書やノートが、きちんと積まれている。
その奥には、苺のジャムが詰まった花の形のクッキーが入った瓶があった。
事前にザビーネに片付けてもらったが、窓にはさっきまで、緑色の生物の日干しがぶら下がっていた。
主の帰りを待っているかのような、居心地よく整理された部屋に胸が詰まる。
クリスタだって、この部屋にもう戻ってこられないなんて、思ってもみなかったはずだ。
「……よしっ!」
じっとしていると、悲しみと寂しさで身動きできなくなってしまうから、浮かびかけた涙を気合いで振り払い、片開きのクローゼットの取っ手に手をかけた。
『やめろよ! まだ、無理だ』
「放っといてよ!」
伸びてきた彼の手は、クローゼットを開けようとするティルアの手首を捕らえられず、彼を振り払おうとしたティルアの手も空を切る。
二人は扉の前で睨み合った。
「大丈夫だって言ってるじゃない! ユーリったら、心配しすぎ」
『大丈夫なはずないだろ! そんなに震えてるじゃないか』
見ると、自分では意識していなかったが、取っ手に掛け直した手が小刻みに震えていた。
慌てて、もう一方の手を重ねて押さえつける。
「震えてないからっ!」
ティルアは強がりを言うと、彼の制止を無視して、勢い良くクローゼットを開けた。
ふわりと、石けんの香りが漂う。
「女の子のクローゼットなんだから、そんなところで見てないでよ! いやらしいわね」
『な……っ』
一旦開けたクローゼットの扉を半分閉めて睨みつけると、彼は顔を赤らめて目をそらした。
こういう部分は十五歳の少年らしく純情だ。
「そこから見られていたら片付けられないから、あっち行って!」
『分かった。早く片付けろよ』
不機嫌な声で言いながらも、彼は素直に従った。
窓際に移動すると、こちらに背中を向けて外を眺めている。
怒って出て行くかもしれないと思ったが、どうやら、このまま部屋に残るつもりらしい。
ティルアはほっと胸を撫で下ろした。
このまま一人きりで、この部屋で遺品を整理することはできそうになかったのだから。
「ありがと」
彼の背中に相手に聞こえないほど小声で呟くと、作業に取りかかった。
クリスタもティルアと同じ孤児だから、経済的には恵まれていない。
ハンガーにかかっている衣類は少なく、古ぼけた地味なものばかりだ。
ティルアが以前着ていた、お下がりも何枚かあった。
ティルアはハンカチや手袋などの小物だけを形見として取り分け、残りはすべて孤児院行きの箱に入れた。
「もう、いいわ」
衣類の整理はあっという間に終わった。
空っぽになったクローゼットの扉を閉めて、背中を向けたままのユーリウスに声をかける。
『大丈夫か? もう部屋に戻ろう』
てっきり文句を言われると思っていたから、心配そうな顔でそう言われて面食らう。
「へ……平気よ。今日中に、この部屋にあるもの全部、片付けてしまいたいから」
今度は、机の隅に積まれていた教科書やノートをまとめて手に取った。
中には、クリスタの几帳面な文字がびっしり書き込まれているはずだから、今は開く勇気がない。
ノートの表紙に書かれた、彼女の筆跡による名前を見るのも辛かった。
「これ……どうしよう。捨てるのはかわいそう」
机の上だけではない。
本棚にも大量の本やノートが、びっしり詰まっている。
その全てが、クリスタの努力の跡。
彼女が生きた証なのだ。
『だったら、全部あんたが持っていればいいだろ? 気持ちの整理がつくまで、ずっと持っていればいい』
「そ、そうよね、持っていてもいいよね?」
『あんたが進級できれば、役にも立つこともあるかもしれない。ま、奇跡でも起きない限り、無理だけどな』
最後の一言が余計だったが、彼が自分の思いに寄り添ってくれたことが嬉しい。
思わず、彼の顔をじっと見つめると、『なんだよ』とそっぽを向かれてしまった。
本棚に入っていた教科書類もすべて取り出して、机の横に積み上げた。
引き出しの中身も整理して、そろそろ片付けも終わるという時、ユーリウスが机の下を指差した。
『ティルア。あそこに何か落ちてる』
「え? どこ?」
片付けの途中で何かを落としたのかと思い、腰を屈めて覗き込んでみた。
しかし、隅っこの暗がりに綿埃が少しあるぐらいだ。他に何も見あたらない。
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