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大魔術師フリードリヒ・クラッセン

それ以外に、何の理由があるんだよ?

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『……どこ?』
「だから、あの窓際だって! あの、ふわふわな赤毛の」
『あれが、クリスタだって? あの子ってティルアが今朝、南校舎で話していた子じゃないか。何を話していたのかまでは聞き取れなかったけど』
「ユーリったら、そんなところまで盗み見てたの! もぉ、信じられない」
『それは……』

 彼はしまったという、表情を見せた。

 商店街からの帰り道、ティルアは彼が後をつけてきたことにずいぶん文句を言ったのだが、自分の行為を正当化する言葉を畳み掛けてくる彼に、逆に言いくるめられてしまった。
 当然、彼からの謝罪の言葉は一切なく、それどころか、ティルアの方が「勝手なことをしてごめん」と謝る羽目になったのだ。

 新たな疑惑に怒りが甦る。

 腕を組んでじっとりとユーリウスを睨め付けると、彼はその視線と言葉を遮るように右手を挙げた。
 そして、何事もなかったかのように言葉を続ける。

『だけど、まるで別人だな。クリスタっていったら、いつも髪をおさげにした地味な感じな子だろう。一体、どういう心境の変化なんだ?』

 やはり、謝るつもりはこれっぽっちもないようだ。
 けれども、言葉では彼に敵わないことは、よく身に染みているから、追求を諦めて話に戻る。

「分からないわ。昨日、夕食の時に見かけたときは、いつものクリスタだったのよ。だから、今朝、会った時にはびっくりしたわ」
『ふうん……。どうせ、男でもできたんだろう』
「え? お、男?」
『それ以外に、何の理由があるんだよ?』
「…………」

 女の子が急に綺麗になる理由——。

 それは、そんな経験のないティルアでも、一般論として知っている。
 恋というやつだ。

 実はティルアも、今朝、同じことを感じた。
 姉妹のように育った彼女が遠くに行ってしまうような気がして、その想像を遠ざけたのだが、二つも年下の男の子にまで指摘されたのでは、認めるしかないかもしれない。

 あんなに綺麗になっちゃうなんて、相手は誰なんだろう。
 あたしにまで隠そうとしているみたいだから、まだ片思いなのか、それとも……。

『おい、ティルア、聞いてるのか!』
「え……?」

 クリスタのことをぼんやりと考えていて、彼の話を聞いていなかった。
 はっと視線をあげると、いらついた顔が目の前にある。

『だから、クリスタに聞いてみてくれって言ってるんだ。彼女は、結構できる奴だから、禁書のコーナーに入れるかもしれない』
「わかった」

 二人は簡単に打ち合わせると、クリスタのいる窓際の席に向かった。
 どれだけ集中しているのか、ティルアが近づいても彼女は気付かない様子だ。

「クリスタ……。ねぇ、クリスタったら!」

 何度か声をかけると、ようやく彼女はペンを走らせる手を止めた。
 ゆっくりと、ティルアには見慣れない綺麗な顔を上げる。

「あ……ティルア? どうしたの? こんなところで会うなんて珍しいね」
「あたしだって、図書館で調べ物をすることぐらいあるわよ。でも、ちょっと困っていることがあって……。ねぇ、クリスタって三階の壁の向こうに行ける?」
「禁書の書架のこと? うん。半年ぐらい前に入れるようになったわ」
「ほんと?」
『よしっ!』

 ティルアの声に、気合いの入った少年の声が背後から重なった。

「実は、少し興味を持っていることがあるんだけど、ここの本には何も書いてないのよ。禁書の中にはあると思うから、代わりに調べて欲しいんだけど」

 真実味をもたせるために本を高く積み上げた机を指差すと、クリスタは目を瞬かせた。

「すごいわね。一体、何を調べているの?」
「あのね、フリードリヒ・クラッセンっていう人のこと……」

 フリードリヒは重罪人だとされているから、周囲を気にして耳元に囁くと、彼女も同じことを思ったのか声を潜めた。

「あぁ、前国王を毒殺したっていう人ね。凄腕の魔術師だったらしいけど……。でも、よく彼のことを知ってたわね? わたしでも、最近の授業で習ったばかりなのに」
「た、たまたま……そう、たまたま聞いたの。それで、本物のすごい魔術師って、どれほどの魔術が使えるんだろうって、知りたくなって。本当に前国王を殺したのかとか、どんな毒を使ったのかとかもね」
「そう言えば、前国王を毒殺したことは冤罪にちがいないって、近代魔術史のレルナー先生はおっしゃってたわ」
「そう! だから余計に気になって」
「ふーん。禁書を調べても冤罪は覆らないとは思うけど、犯人の人物像とか、事件の背景なんかはもう少し分かるかもしれないわ。授業の復習にもなるから、ちょっと行ってきてあげる」
「ありがとう! 助かる。わたしはここでクリスタの荷物を見てるから」
「お願いね。じゃあ、後で!」

 クリスタは軽く手を振ると、ふわりと髪をなびかせて背を向けた。

『俺も行くから、ティルアは残りの本を調べておけよ』

 ユーリウスは、さっき選んだ本の山を指差して命じると、彼女の後を追って行く。

「いってらっしゃい」

 彼の相変わらずの命令口調に少々ひきつり気味の笑顔を浮かべながら、ティルアは二人に手を振った。
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