【完結】百年に一人の落ちこぼれなのに学院一の秀才をうっかり消去しちゃいました

平田加津実

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時計塔の悲劇

えっ? フリーデルって書いて……

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「えっ? フリーデルって書いて……あ、違う。彼じゃない!」
『そう、あいつじゃないんだ』

 一行目にはフリーデル・クラッセンと書かれていた。
 プラネルトではない。
 そしてその下に、ユーリウス・オスヴァルトと六名の男女の名前が続く。

「でも、フリーデル・クラッセンって誰? 聞いたことない名前だけど。彼以外は全員、この学院の生徒で、しかも成績優秀な子ばかりね」

 ティルアが紙面を指で辿っていく。

『成績優秀というか、俺から下は来年度の魔術統括省の入省者の名前だ』
「そうなの? 単にこの学院の優秀な生徒を、並べて書いてあるだけじゃないの?」
『いや、違う。この三番目に名前があるコンスタンティンは、学院の成績では十番目ぐらいだ。そして、最後に名前がある彼女はまだ七年生。この二人が、この位置に書かれているということは、入省者名簿が元になっていると考えて間違いない』
「ああ、なるほど」

 魔術統括省の入省者がどのように決まるのかは、誰にも分からない。
 魔術のインクで書かれた半年後の事実に従って、入省することになっている。

 名簿に記された名前は成績順に並んでいるとされているが、学院の成績だけで決まるのではないらしく、今回のような番狂わせが度々起きる。
 だから、順位までが正確に反映されているこの紙は、入省者名簿を写したものだと推測できるのだ。

 しかし、いちばん上に書かれた名前が謎すぎる。

 先日、掲示板に貼り出された名簿には、フリーデル・クラッセンという名はなかった。
 だいたい、こんな生徒はこの学院に存在しない。

「フリーデル・クラッセンって誰なんだろう。ユーリより成績優秀な生徒ってことになるよね」
『これが、本当に入省者の名簿の写しならそうだな』
「なんの偶然だろう? もしかして、フリーデル・プラネルトとフリーデル・クラッセンは同一人物なのかしら? だったら、この学院でいちばん優秀な生徒が、彼っていうことになるけど」
『俺があいつに劣るはずがないだろう! 魔術薬学以外は……』
「あら? 魔術薬学はフリーデルに敵わなかったの?」

 ユーリウスが言いかけて口をつぐんだ内容を問い返すと、彼は不機嫌な顔でふいと横を向いた。
 あまりにも子どもっぽく、分かりやすい肯定だ。

 ティルアはこんな状況ながらくすりと笑ってしまいそうになり、慌ててごまかすように口を開く。

「でも、それはしょうがないわよ。彼は一年生のときから薬草馬鹿だったもの」
『あんなに…………のに……』
「え?」
『……あいつは……この、俺が……どんなに頑張っても、一度も勝て……なかった』

 苦しそうに絞り出された声は、やがて堰を切って溢れ出す。

『だからあいつは……あいつは、魔術薬学者にならなきゃならなかったんだ! 絶対、誰よりもすばらしい学者になれたはずなんだ! こんなところで死んでいい奴じゃないんだよ!』

 わなわなと肩を震わせている後ろ姿に、胸が詰まった。

 ああ、そういうことだったのか。

 ユーリウスにとって彼は、友達というより、実力を認めたライバルだったのだ。
 薬草学に限ってずばぬけた才能を見せた天才肌の彼は、この学校一の秀才に、屈辱感と闘争心、嫉妬や羨望、尊敬といった思いを抱かせた、唯一無二の存在だったに違いない。

『くそっ! なんで死んだんだよ! なんで……』

 ユーリウスが、足元に積もっているはずの羽毛を蹴り上げた。

 プライドの高い彼が、学院一の落ちこぼれにこんな姿を曝してしまうほど、ライバルの死は彼に衝撃を与えたのか。

 荒ぶる彼の周囲に、色とりどりの鳥の羽が舞っている光景が目に浮かぶ。
 それは、あまりに滑稽で、胸を握りつぶされそうなほど痛ましくて。

 ティルアは思わず彼に手を伸ばした。

 ところが——。

『俺はっ……』

 勢い良く振り向いた彼の顔面に、ティルアの右手がぶすりと突き刺さった。

『うわあぁっ!』
「ひゃあ!」

 ユーリウスは悲鳴を上げて後ろに飛び退り、ティルアは慌てて手を引き抜いた。
 もちろん、お互い痛みは感じないが、視覚での衝撃は強烈だ。

『な、な、なにするんだよ! いきなり』

 どれほど驚いたのか、両手で顔を押さえて叫ぶ彼に向かって、ティルアは何でもないことのようにひらひらと手を振り、引きつった笑いを浮かべた。

「ご、ごめん。あの、えーと、そうだ。か、肩に羽がついてたから、取ってあげようと思ったんだけど、急にこっちを向くんだもん」

 頭を撫でてあげたくなったなんて本当のことを言ったら、彼はどれほど怒るだろう。

 そう思って必死に言い訳するが、こんな見えすいた嘘に気付かないはずはなく、彼の表情がひやりと凍った。
 彼はゆっくりと右手で足元をすくい、その手をぐいとティルアの目の前に突き出す。

『羽なんて……あんたには、見えないだろうが!』

 彼の手には、たくさんの羽が握られているはずだ。
 もちろん、一枚も見えない。

「あれ? おかしいなぁ。見えたような気がしたんだけどなぁ」
『デイレ!』

 そのとたん、彼の手の甲を突き抜けて、たくさんの羽がふわふわと床へと舞い落ちる。

『アスペクトゥース!』

 立て続けの呪文で、今度はティルアの手から名前が書かれた紙が消えた。
 彼は、見えなくなった紙を拾って厳重にポケットにしまうと、凍り付いた瞳でティルアを見た。

『今から消去呪文の特訓する。今日中に、俺を元に戻すんだ』
「えっ? 今日はいいじゃない。ユーリだって疲れているでしょ。少し休んだら?」
『そんな必要はない。こっち側にいたら、疲れることはないんだって言っただろう。俺は一刻も早く元に戻りたいんだ』

 いくら肉体的な疲れはないとしても、ライバルの死の真相を昨晩から追い続けてきたのだ。
 今の彼には、気持ちを休める時間が必要だ。

 けれど、そんなことを言ったところで彼が聞くはずがない。
 同情なんかするなと憤慨し、逆効果になりそうだ。

 そういえば……。

 ふと、クリスタから聞いた話を思い出した。
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