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消えたユーリウス
あんたが俺に消去呪文をかけたんだ!
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「うわ……やっぱり、触れない。ユーリだって何も感じないんでしょ? どうなってるの、これ」
『知るかよ!』
「一体、何があったのよ」
『さっき突然、巨大な魔力が降り掛かってきたんだ。これまで経験したことのない、とてつもない大きな力だった。その直後、周りのみんなが、ユーリが消えたって騒ぎ出したんだ。俺はずっとそこにいたのに』
ティルアが植物園から中庭に戻ってきたのは、その混乱が起こった直後だ。
「そんなにすごい力が? あたしは全然感じなかったけど?」
『そりゃ、落ちこぼれのあんたはそうだろうな』
「だけど、どんな魔術をかけられたんだろう? みんなユーリの身体をすり抜けていったわよ。本当に見えていなかったみたいだし、声も聞こえていなかったし……」
『なのにどうして、あんたにだけは見える?』
「さぁ……」
『あんた、百年に一人の逸材だって言われていたんだよな?』
「え? 急になによ。今は百年に一人の落ちこぼれだって、言われているけど?」
ティルアが百年に一人と呼ばれたのに対して、ユーリウスは十年に一人。
そのことを彼は昔から根に持っていた。
同級生だった三ヶ月ほどの間には、ずいぶん嫌味を言われたものだ。
けれども、今となれば二人の差は天と地ほどの開きがある。
だから、何を今さら……と、思う。
『この学院に、あんな桁外れの魔術を使える生徒はいない。先生方の実力だって、学院長や数人を除けば、たかが知れてる。だったら、さっきの魔術は誰が使ったっていうんだよ』
「そんなこと、知らないわよ」
『あんたの仕業じゃないのか? ティルア・キーリッツ』
緑の瞳が、尋問するようにすっと細められた。
「な、なんで、あたし?」
『俺ですら林檎三分の二しか消せないのに、あんたはわずか九歳で、丸ごと消してみせた天才なんだろう? あんた以外、あり得ない!』
「ないない! あたしがまともに魔術を使えたのは、選抜試験の日だけなんだから! あれ以来、消去呪文は一度も成功したことがないのよ。ついさっきも、羽を消そうとして失敗したばかり——」
その言葉に、ユーリウスの表情がさっと変わった。
『それだ! やっぱり、あんたがっ!』
彼は勢い良く膝立ちになると、両手でティルアの肩に掴み掛かった。
しかし、その手はティルアの肩を突き抜け、勢い余って倒れ込んでくる。
『うわぁっ!』
「あぶないっ!」
彼を支えようと伸ばしたティルアの手も彼の身体を突き抜け、捕らえることなどできない。
幼さを僅かに残した綺麗な顔が、大写しでティルアに迫ってくる。
「きゃぁぁぁっ!」
彼と鼻と鼻が触れる瞬間、ティルアはぎゅっと目を閉じ身体を強ばらせた。
しかし、やはり衝撃も痛みも何も感じなかった。
ただ、心臓だけがばくばくと焦っていた。
そおっと目を開いてみると、尻もちをついた自分のお腹から、彼の腰から下が突き出していた。
「ひゃあ!」
奇妙を通り越し、あまりにも不気味な光景だ。
慌てて飛び退くと、自分のいた場所に、ユーリウスが四つん這いの体勢で俯き、身体をぶるぶると振るわせていた。
『くそ……っ、あんたのせいだ。あんたが俺に消去呪文をかけたんだ!』
きっと振り返った緑の瞳の端にはじわりと水が溜まり、屈辱とも憎しみともつかぬ目で睨んでくる。
『俺になんの恨みがあるんだよ! さっさと元に戻せ! さぁ、早く!』
「だから、落ちこぼれのあたしが犯人のはずがないでしょ。だいたい、消去呪文で消せるのは、林檎サイズが最大だし、命のあるものは消せないのよ。そんな基本的なこと、十歳の一年生だって知ってるわ。消去呪文のはずがないじゃない!」
『いいや、これは消去呪文だ! 間違いない!』
「なんでそう言い切れるのよ」
掴み掛からんばかりの勢いだが、さすがに懲りたのか手を出さずに主張する彼に、ティルアは問い返した。
すると、彼はぐるりとあたりを見回した。
『こうやって見渡してみると、いつもの学院の風景が見える。でも、地面にいろんなものが散らばっていて、やけにごみだらけなんだ』
「ごみだらけ……?」
ティルアも同じように辺りを見渡してみたが、目に映るのは、冬の間に色あせてしまった芝生に十字に走る石畳の小道。
四角に刈り込まれた庭木と、新しい苗が植えられたばかりの花壇。
普段と何も変わらない春の初めの中庭だ。
「ごみなんか、どこにも落ちていないけど?」
『あんたに見えないだけだ』
そう言いながら、彼は右手の親指と人差し指で何かを拾い上げた。
『これは、キャンディの包み紙……それから』
ティルアには見えないそれをぽいと捨てては、次々に何かを拾う動作をする。
『これは一年生が消去呪文の練習に使う鳥の羽。メモ書きした紙の切れ端。オレンジの皮。この丸められた紙は……成績表? ひどい点だな』
「そんなものが、落ちているの?」
『そうだ。ここでは、ちょっとしたごみは消去呪文で消してしまうだろう? こんな、他人に見られたくないものなんかも……な』
彼は誰かの成績表をつまんでいるであろう手を、ひらひらと動かした。
『知るかよ!』
「一体、何があったのよ」
『さっき突然、巨大な魔力が降り掛かってきたんだ。これまで経験したことのない、とてつもない大きな力だった。その直後、周りのみんなが、ユーリが消えたって騒ぎ出したんだ。俺はずっとそこにいたのに』
ティルアが植物園から中庭に戻ってきたのは、その混乱が起こった直後だ。
「そんなにすごい力が? あたしは全然感じなかったけど?」
『そりゃ、落ちこぼれのあんたはそうだろうな』
「だけど、どんな魔術をかけられたんだろう? みんなユーリの身体をすり抜けていったわよ。本当に見えていなかったみたいだし、声も聞こえていなかったし……」
『なのにどうして、あんたにだけは見える?』
「さぁ……」
『あんた、百年に一人の逸材だって言われていたんだよな?』
「え? 急になによ。今は百年に一人の落ちこぼれだって、言われているけど?」
ティルアが百年に一人と呼ばれたのに対して、ユーリウスは十年に一人。
そのことを彼は昔から根に持っていた。
同級生だった三ヶ月ほどの間には、ずいぶん嫌味を言われたものだ。
けれども、今となれば二人の差は天と地ほどの開きがある。
だから、何を今さら……と、思う。
『この学院に、あんな桁外れの魔術を使える生徒はいない。先生方の実力だって、学院長や数人を除けば、たかが知れてる。だったら、さっきの魔術は誰が使ったっていうんだよ』
「そんなこと、知らないわよ」
『あんたの仕業じゃないのか? ティルア・キーリッツ』
緑の瞳が、尋問するようにすっと細められた。
「な、なんで、あたし?」
『俺ですら林檎三分の二しか消せないのに、あんたはわずか九歳で、丸ごと消してみせた天才なんだろう? あんた以外、あり得ない!』
「ないない! あたしがまともに魔術を使えたのは、選抜試験の日だけなんだから! あれ以来、消去呪文は一度も成功したことがないのよ。ついさっきも、羽を消そうとして失敗したばかり——」
その言葉に、ユーリウスの表情がさっと変わった。
『それだ! やっぱり、あんたがっ!』
彼は勢い良く膝立ちになると、両手でティルアの肩に掴み掛かった。
しかし、その手はティルアの肩を突き抜け、勢い余って倒れ込んでくる。
『うわぁっ!』
「あぶないっ!」
彼を支えようと伸ばしたティルアの手も彼の身体を突き抜け、捕らえることなどできない。
幼さを僅かに残した綺麗な顔が、大写しでティルアに迫ってくる。
「きゃぁぁぁっ!」
彼と鼻と鼻が触れる瞬間、ティルアはぎゅっと目を閉じ身体を強ばらせた。
しかし、やはり衝撃も痛みも何も感じなかった。
ただ、心臓だけがばくばくと焦っていた。
そおっと目を開いてみると、尻もちをついた自分のお腹から、彼の腰から下が突き出していた。
「ひゃあ!」
奇妙を通り越し、あまりにも不気味な光景だ。
慌てて飛び退くと、自分のいた場所に、ユーリウスが四つん這いの体勢で俯き、身体をぶるぶると振るわせていた。
『くそ……っ、あんたのせいだ。あんたが俺に消去呪文をかけたんだ!』
きっと振り返った緑の瞳の端にはじわりと水が溜まり、屈辱とも憎しみともつかぬ目で睨んでくる。
『俺になんの恨みがあるんだよ! さっさと元に戻せ! さぁ、早く!』
「だから、落ちこぼれのあたしが犯人のはずがないでしょ。だいたい、消去呪文で消せるのは、林檎サイズが最大だし、命のあるものは消せないのよ。そんな基本的なこと、十歳の一年生だって知ってるわ。消去呪文のはずがないじゃない!」
『いいや、これは消去呪文だ! 間違いない!』
「なんでそう言い切れるのよ」
掴み掛からんばかりの勢いだが、さすがに懲りたのか手を出さずに主張する彼に、ティルアは問い返した。
すると、彼はぐるりとあたりを見回した。
『こうやって見渡してみると、いつもの学院の風景が見える。でも、地面にいろんなものが散らばっていて、やけにごみだらけなんだ』
「ごみだらけ……?」
ティルアも同じように辺りを見渡してみたが、目に映るのは、冬の間に色あせてしまった芝生に十字に走る石畳の小道。
四角に刈り込まれた庭木と、新しい苗が植えられたばかりの花壇。
普段と何も変わらない春の初めの中庭だ。
「ごみなんか、どこにも落ちていないけど?」
『あんたに見えないだけだ』
そう言いながら、彼は右手の親指と人差し指で何かを拾い上げた。
『これは、キャンディの包み紙……それから』
ティルアには見えないそれをぽいと捨てては、次々に何かを拾う動作をする。
『これは一年生が消去呪文の練習に使う鳥の羽。メモ書きした紙の切れ端。オレンジの皮。この丸められた紙は……成績表? ひどい点だな』
「そんなものが、落ちているの?」
『そうだ。ここでは、ちょっとしたごみは消去呪文で消してしまうだろう? こんな、他人に見られたくないものなんかも……な』
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