【完結】百年に一人の落ちこぼれなのに学院一の秀才をうっかり消去しちゃいました

平田加津実

文字の大きさ
上 下
5 / 43
消えたユーリウス

あんたが俺に消去呪文をかけたんだ!

しおりを挟む
「うわ……やっぱり、触れない。ユーリだって何も感じないんでしょ? どうなってるの、これ」
『知るかよ!』
「一体、何があったのよ」
『さっき突然、巨大な魔力が降り掛かってきたんだ。これまで経験したことのない、とてつもない大きな力だった。その直後、周りのみんなが、ユーリが消えたって騒ぎ出したんだ。俺はずっとそこにいたのに』

 ティルアが植物園から中庭に戻ってきたのは、その混乱が起こった直後だ。

「そんなにすごい力が? あたしは全然感じなかったけど?」
『そりゃ、落ちこぼれのあんたはそうだろうな』
「だけど、どんな魔術をかけられたんだろう? みんなユーリの身体をすり抜けていったわよ。本当に見えていなかったみたいだし、声も聞こえていなかったし……」
『なのにどうして、あんたにだけは見える?』
「さぁ……」
『あんた、百年に一人の逸材だって言われていたんだよな?』
「え? 急になによ。今は百年に一人の落ちこぼれだって、言われているけど?」

 ティルアが百年に一人と呼ばれたのに対して、ユーリウスは十年に一人。
 そのことを彼は昔から根に持っていた。
 同級生だった三ヶ月ほどの間には、ずいぶん嫌味を言われたものだ。
 けれども、今となれば二人の差は天と地ほどの開きがある。
 だから、何を今さら……と、思う。

『この学院に、あんな桁外れの魔術を使える生徒はいない。先生方の実力だって、学院長や数人を除けば、たかが知れてる。だったら、さっきの魔術は誰が使ったっていうんだよ』
「そんなこと、知らないわよ」
『あんたの仕業じゃないのか? ティルア・キーリッツ』

 緑の瞳が、尋問するようにすっと細められた。

「な、なんで、あたし?」
『俺ですら林檎三分の二しか消せないのに、あんたはわずか九歳で、丸ごと消してみせた天才なんだろう? あんた以外、あり得ない!』
「ないない! あたしがまともに魔術を使えたのは、選抜試験の日だけなんだから! あれ以来、消去呪文は一度も成功したことがないのよ。ついさっきも、羽を消そうとして失敗したばかり——」

 その言葉に、ユーリウスの表情がさっと変わった。

『それだ! やっぱり、あんたがっ!』

 彼は勢い良く膝立ちになると、両手でティルアの肩に掴み掛かった。
 しかし、その手はティルアの肩を突き抜け、勢い余って倒れ込んでくる。

『うわぁっ!』
「あぶないっ!」

 彼を支えようと伸ばしたティルアの手も彼の身体を突き抜け、捕らえることなどできない。
 幼さを僅かに残した綺麗な顔が、大写しでティルアに迫ってくる。

「きゃぁぁぁっ!」

 彼と鼻と鼻が触れる瞬間、ティルアはぎゅっと目を閉じ身体を強ばらせた。
 しかし、やはり衝撃も痛みも何も感じなかった。
 ただ、心臓だけがばくばくと焦っていた。

 そおっと目を開いてみると、尻もちをついた自分のお腹から、彼の腰から下が突き出していた。

「ひゃあ!」

 奇妙を通り越し、あまりにも不気味な光景だ。
 慌てて飛び退くと、自分のいた場所に、ユーリウスが四つん這いの体勢で俯き、身体をぶるぶると振るわせていた。

『くそ……っ、あんたのせいだ。あんたが俺に消去呪文をかけたんだ!』

 きっと振り返った緑の瞳の端にはじわりと水が溜まり、屈辱とも憎しみともつかぬ目で睨んでくる。

『俺になんの恨みがあるんだよ! さっさと元に戻せ! さぁ、早く!』
「だから、落ちこぼれのあたしが犯人のはずがないでしょ。だいたい、消去呪文で消せるのは、林檎サイズが最大だし、命のあるものは消せないのよ。そんな基本的なこと、十歳の一年生だって知ってるわ。消去呪文のはずがないじゃない!」
『いいや、これは消去呪文だ! 間違いない!』
「なんでそう言い切れるのよ」

 掴み掛からんばかりの勢いだが、さすがに懲りたのか手を出さずに主張する彼に、ティルアは問い返した。

 すると、彼はぐるりとあたりを見回した。

『こうやって見渡してみると、いつもの学院の風景が見える。でも、地面にいろんなものが散らばっていて、やけにごみだらけなんだ』
「ごみだらけ……?」

 ティルアも同じように辺りを見渡してみたが、目に映るのは、冬の間に色あせてしまった芝生に十字に走る石畳の小道。
 四角に刈り込まれた庭木と、新しい苗が植えられたばかりの花壇。
 普段と何も変わらない春の初めの中庭だ。

「ごみなんか、どこにも落ちていないけど?」
『あんたに見えないだけだ』

 そう言いながら、彼は右手の親指と人差し指で何かを拾い上げた。

『これは、キャンディの包み紙……それから』

 ティルアには見えないそれをぽいと捨てては、次々に何かを拾う動作をする。

『これは一年生が消去呪文の練習に使う鳥の羽。メモ書きした紙の切れ端。オレンジの皮。この丸められた紙は……成績表? ひどい点だな』
「そんなものが、落ちているの?」
『そうだ。ここでは、ちょっとしたごみは消去呪文で消してしまうだろう? こんな、他人に見られたくないものなんかも……な』

 彼は誰かの成績表をつまんでいるであろう手を、ひらひらと動かした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】黒隼の騎士のお荷物〜実は息ぴったりのバディ……んなわけあるか!

平田加津実
恋愛
王国随一の貿易商に仕えるレナエルとジネットは双子の姉妹。二人は遠く離れて暮らしていても、頭の中で会話できる能力を持っていた。ある夜、姉の悲鳴で目を覚ました妹のレナエルは、自身も何者かに連れ去られそうになる。危ないところを助けてくれたのは、王太子の筆頭騎士ジュールだった。しかし、姉のジネットは攫われてしまったらしい。 女ながら巨大馬を駆り剣を振り回すじゃじゃ馬なレナエルと、女は男に守られてろ!という考え方のジュールは何かにつけて衝突。そんな二人を面白がる王太子や、ジネットの婚約者を自称する第二王子の筆頭騎士ギュスターヴらもそれぞれの思惑で加わって、ジネット救出劇が始まる。

生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
 妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。 「お願いします、私と結婚してください!」 「はあ?」  幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。  そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。  しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

逆ハーレムは苦行でしかないんですけど!

もっけさん
ファンタジー
 魔法王立学園卒業一週間前に、階段から足を踏み外して頭を打ったら前世の記憶が生えました。  私ことリリー・エバンスは、前世の記憶が生える前に学園で逆ハーレムを構築していたっぽい。  卒業式でエリス・R・シュタイン公爵令嬢を断罪すると計画を立てている。  これ、あかんやつやん!!  私は、職業婦人になりたいのに。学園を卒業したら、破滅まっしぐらじゃないか!  そのフラグ、全力でへし折りたいと思います。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...