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ジネットの自称婚約者(5)

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『何か気になることでも?』
『やっぱり納得いかないわ。ここがオクタヴィアン領だと仮定すると、大きな屋敷と言える建物は、オクタヴィアン家かその縁者の屋敷しかないはず。わたしは仕事で辺境伯に会ったことがあるけど、北の国境を守るだけあって、すごく厳格な方なのよ。その彼が、こんな事件に関わるとは到底思えないわ。でも、山岳地帯には、こんな大きな屋敷はほとんどない。それに、その二カ所のどちらも、通った道が全然違う気がする。きっと、どこかで何かが間違っているのよ』

 この屋敷までの道中、ジネットはジュールに言われたこともあって、馬車の中で感じ取れる道の状態から、行き先を推測しようとしていた。
 しかし、日を追う毎に、頭の中にある地図と、道の状態が一致しなくなり、昨日あたりから完全に迷子になっていた。

 姉の言葉を伝えると、ジュールはしばらく考え込んだが、悩むより行動することを選んだ。

「目隠しされた状態だから、道が辿れなくなったとしても仕方がない。とにかく今は、僅かな情報でも調べてみる価値はある。北方は今、緊張感が高まっているから、既に、軍の間諜が入り込んでいる。調べるのは容易いだろう。……そういえば、オクタヴィアン家はギュスの母方の実家だったか」
「ギュスって、昼間会った人?」
「ああ。彼の母親はオクタヴィアン家の三女で、現在の当主はいちばん上の兄だ」
「へぇ……。あ、そうだった」

 ギュスターヴの名前が出たことで、昼間の出来事を思い出した。

『あのね、今日の昼に、ギュスに会ったの』
『ギュスって……えぇっ? まさか、ギュスターヴ・ルコント?』
『うん。ジジが攫われたことを、あたしに知らせようとしてくれたみたい。で、あたしのことを、近々、義理の妹になる予定だって言ってたわよ』
『なに勝手なこと言ってるのよ! 冗談じゃないわ!』

 ジネットが憤慨して、ここから女の子同士のおしゃべりが始まった。

 大部分はギュスターヴの悪口だったが、たまにジュールの話も混ざって盛り上がる。
 もちろん、話の内容はジュールには聞こえていない。
 しかし、レナエルは両足をばたつかせたり、ベッドをばんばんと激しく叩いたり、転がり回って悶えたり。
 表情も、目を閉じたまま、にやりと笑ったり眉をひそめたり、不気味なほどに滑稽だ。
 話が脱線しているのは明らかだった。

 しばらくあきれ顔で様子を見ていたジュールだったが、いつ終わるか分からない盛り上がりように、いい加減しびれを切らした。

「おい、お前ら、いい加減にしろっ!」

 突然怒鳴られて、レナエルはびくりと肩を震わせた。
 慌てて、文句を言いつつも話を軌道修正する。

『また、ジュールに怒られちゃった。本当にあいつ、口うるさいんだから。でね、ギュスも、貴女の大事な姉上は、必ず私がお救いします……って言ってたわ。それに彼のお母さんって、オクタヴィアン家の人なんでしょ? 彼に協力してもらったら何か分かるかも?』
『ええっ! やめてよ、そんなこと。ギュスターヴ・ルコントに助け出されてしまったら、あの話、断れなくなっちゃうじゃないの』
『あ、そっか。そうだね』

 あの話とは、もちろん結婚話のことだ。
 ジネットはギュスターヴの求婚を、のらりくらりとかわしてきたはずだったが、彼の方は完全に婚約者気取りだった。
 確かに、下手に借りを作ると、結婚を断れなくなってしまうだろう。

 あの甘ったるい表情や台詞や仕草を思い出すだけで、レナエルも鳥肌が立ちそうだから、姉の気持ちはよく分かる。

『あの男に助けられるのだけは、絶対に嫌! そんなことになるくらいなら、このまま、ここに一生いる方がましよ!』
『分かった。あたしだってあんな気色悪い人に、大事なジジを取られるのは嫌だもん。ギュスの力は借りない。ジジを助けるのはあたしよ! 任せておいて!』

 レナエルは姉に力強く宣言した。
 敵の魔の手からも、自称婚約者からも、姉を救い出してみせると強く心に決め、拳を固く握る。

「おい。もう、いいだろう。メシに行くぞ」

 そんな声が聞こえてきたら、急にお腹が空いてきて、レナエルは姉に断って会話を切った。
 もちろん、夜寝る前に、話の続きをしようと約束した。

 目を開けると、腕を組んだジュールがこちらを睨むように見ていた。

「おおかた、良からぬことを考えていたんだろう」
「そんなことないわよ」
「その顔と……」

 彼がレナエルの顔と手を、順番に指差していく。

「握った拳で分かる。ジジは自分が助ける。あるいは、敵は自分が倒す。どうせ、そんなところだろう」

 完全な図星に、レナエルは目を見開いた。
 しかし、なぜこんな風に責められるのかが分からずに、直後にむっとする。

「それのどこが良からぬことなのよ!」
「良からぬことだ」

 そうぴしゃりと言って、彼はベッドから立ち上がった。
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